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2022.02.14(2022.02.14 更新)

これからの普及啓発のカタチを考える

イベント報告

専門度:専門度1

テーマ:環境教育人材育成絶滅危惧種獣害問題

広報会員連携部の須藤です。1月29日(土)オンラインで開催されたシンポジウム「これからの普及啓発のカタチ ~クマのことを広めるコツ~」に参加してきました。大変勉強になるシンポジウムでしたので、内容の解説とともに考えたことなどレポートを送ります。

シンポジウム概要
題名:これからの普及啓発のカタチ~クマのことを広めるコツ~
主催:日本クマネットワーク(以下、JBN)
後援:東京都動物園協会、日本自然保護協会(以下、NACS-J)
開催日時:1月29日(土)13:30~16:30
詳細:日本クマネットワークHP

シンポジウムのアーカイブ放送はコチラ!

アーバン・ベアと普及啓発、JBNの苦悩

ニュースを見ていると、近ごろ、クマが街に出ることが増えたなと思う方も多いかもしれません。実際に、これまであまり出てこなかったような市街地への出没数は増加しており、人身事故等もおきています。日本クマネットワーク(JBN)は、この都市(Urban)にクマ(Bear)が出没することが増えている問題(アーバン・ベア問題)への対策を銘打ったアーバン・ベアプロジェクトを打ち立てました。クマ対策には、人間の生活空間とクマの生息域を明確に区分けし、管理する「ゾーニング」という考え方が重要です。これには、地域の様々な関係者の協力が欠かせないため、、地域住民や行政、世論の理解と合意形成が必要です。しかし、現状は厳しく、JBNが実施した地域住民へのアンケート調査では、そもそも基礎的なこと、例えばヒグマとツキノワグマがどこに生息しているのか、ということもあまり知られていないようです。これでは、地方自治体や住民レベルでの適切なクマ対策は難しいでしょう。
JBNはクマの研究者を中心に設立された団体です。普及啓発や環境教育のプロフェッショナルというわけではありません。しかし、アーバン・ベア問題は一般市民に広く普及することが求められる問題であり、専門家ばかりが集う学会のようにはいきません。そんな普及啓発に頭を抱えるJBNが様々な形で普及啓発にかかわる3名の講演者を招き、それぞれの事例や経験からこれからの普及啓発のヒントを得ようとする試みがこのシンポジウムの趣旨というわけです。

1.岡崎弘幸先生の場合

学びの現場から

1人目の講演者、岡崎弘幸先生は理科(生物)教諭・生物部の顧問として中央大学付属中学校・高等学校で教鞭をとられています。現在の学校教育において、一般的な学校では、野生動物にかかるような内容はほかの幅広い分野とともに「生物」のなかに組み込まれます。しかし、その中で野生動物についての内容はわずかであると、岡崎先生は指摘します。社会問題として認知されつつある外来種を取り扱うことはあるが、元来、日本にどんな生きものが生息しているか?ということはあまり取り扱われないそうです。なんともちぐはぐな感じがします。さらに、高校では、理科科目は生物、物理、化学、地学の中から選択します。ましてや都市部に住む生徒さんには、野生動物について学ぶ機会は少ないと言えるでしょう。

生物部、伝播する好奇心

ところで “生物部”と聞くとどんなイメージを持たれるでしょう?白衣を着ていて、ラボで水槽を眺めていて、地味…なんてイメージを持たれるかもしれません(これは筆者の偏見を大いに含みます)。しかし、岡崎先生の“生物部”は全く違います。先生がWildlife部と呼ぶその活動は、野に出ることを信条としており、まさにワイルド。生徒さんたちと先生は、野生のムササビをはじめ、野生動物を観察しに森に入り、山(ときには崖)を登り、夜行性の動物を見るために野宿をすることも。ただ観察するだけではなく、見つけたことを野帳に記録し、そこから考え、研究課題にも取り組みます。ムササビの観察では、フィールドで、地域の方々とも交流します。生物部の皆さんがあまりに頻繁に顔を出すものだから、地域の人も次第に「あそこで動物見たよ!」など気にかけてくれるようになったのだそうです。生徒さんたちはこうした活動を地域住民に向けて発表したりもします。地域の人たちの関心を得る確かな手ごたえがあるようです。こうした活動の中で、生徒さんたちは様々な能力を身に着け、単に知識だけでなく、好奇心や自主性、社会性を育んでいきます。それはしばしば他の分野にも波及し、文化部である生物部員がスポーツの大会で活躍するなんてこともあるのだとか。お話を聞いていて感じたことは、先生自身、生き物が好きで活動を楽しんでいるということでした。先生の好奇心は生徒さんたちの好奇心をも触発し、さらに活動を通して周りの人たちの関心も変えていく。根強い普及啓発のカタチだと思いました。

2.NACS-J自然観察指導員の場合

社会教育、自然が“好き”から自然を“守る”へ

さて、次は啓発の範囲が少し広くなります。NACS-Jは長年、自然観察指導員(以下、指導員)という地域の自然保護を担う人材育成に注力してきました。2人目の講演者、当会職員の浅岡永理は自然観察指導員講習会の運営に携わっています。
地域に根差した自然観察と自然保護の観察者として、指導員の皆さんは全国各地で活躍しています。さらに各地に連絡会という有志団体も存在し、幅広いネットワークがあります。指導員さんたちとNACS-Jは、自然観察会を通して、自然を楽しむことから入り、自然のこと・しくみを知る、さらにそこから守るへの橋渡しを目指しています。
東北地方、白神山地のブナ林は1993年に世界自然遺産に登録され、その豊かな自然は広く知られるところかと思います。クマにとっても重要なブナは生物多様性を支えています。しかし、「木」で「無」いと書く字(橅)が示すように、それまで、木材として無価値という扱いでした。そのため、1980年代には、林道建設のための伐採、林業のためスギ林への置き換えを進める動きがありました。そこで、指導員さんたちと協力し、全国一斉ブナの観察会を実施して、ブナの重要性と美しさを伝えていきました。この活動が功を奏し、前述のように日本で初めて世界自然遺産として登録されました。

さらに広く、すべてのひとへ

 指導員さんはいわゆる“自然好きな人”から始まることが多く、観察会に参加する方々も同様な場合が多いです。すべてのこどもに自然を!プロジェクトは、ある意味では、そこからさらに発信の輪を広げようという試みです。観察会の参加者は口コミや告知を見た“自然に関心のある人たち”であることが常です。一方このプロジェクトは、文字通り、あらゆる格差を乗り越えてすべての子どもに満遍なく自然をとどけるために、こちらから仕掛けます。その方法の一つとして、保育園や保育士を目指す学生さんたちと協力し、保育の現場に自然観察のノウハウと心得を伝えていきます。このプロジェクトをはじめ、現在、NACS-Jでは、指導員さんたちがさらに活動の幅を増やし、よりカッコよく活躍できるような目標を2030ビジョンとして打ち立てています。これにより、指導員さんの活躍の場をさらに増やし、指導員さんに新たに登録する人たちをさらに増やしていこうとしています。

3.MCあまりさん、或いはWoWキツネザルさんの場合

活動の原点、「無関心」という大敵?

範囲はさらに広くなります。「無関心」の倒し方というアグレッシブなタイトルで講演するのは、MCあまりさん、またの名をWoWキツネザルさん。「好き」の反対は「嫌い」ではなく「無関心」といわれるように、「無関心」とは、普及啓発においてなんとなくラスボス感があります。「WoWキツネザル」として、自然や環境問題をわかりやすく、楽しい動画を用い、SNSで発信するMCあまりさん。しかし、彼もまたこの大敵に阻まれました。環境問題について発信したい。そんな思いで始めたSNSの活動もはじめは思うように伸びなかったそうです。なぜなのか?ある時、発信を見てくれる友人に聞いてみたそうです。そこで返ってきたのは、「動画を見てると、怒られているみたい」という応えでした。そこであまりさんはハッとします。無関心な人にとって正論はときに暴力なのだと。そこから考えたのは、「WoWキツネザル、マダガスカルに行く」という企画でした。そこで意識したのは、応援してくれる知人だったそうです。どんな企画なら、応援したくなるか?ということを相手の立場を想像し、考えたそうです。結果的にクラウドファンディングは成功し、動画を撮影することができました。この企画を皮切りに現在の楽しい生き物の雑学やエンターテインメントを交えた発信のスタイルを確立していったそうです。

「無関心」の倒し方

あまりさんが次のステップとして考えたのは「絶滅体験レストラン」というイベントでした。レストランという参加しやすい形式、踊りや物語性のあるMCとエンタメ的な演出をふんだんに盛り込みました。この時、意図されたのは、もともと関心を持った人がその友人を連れて参加できるようにということでした。
何かを発信をするとき、その対象となるのは、発信者から見て4つの属性を持った人に分けられます。すなわち、関心のある知人、関心のない知人、関心のある他人、関心のない他人です。関心のある知人が最も近く、関心のない他人が最も遠いと言えます。欲張りな私たちは、普及啓発では、関心のない他人にいかにして届け、考えを変えてもらおうとしてしまいがちです。しかし、あまりさんは、まずは隣にいる知人たちから関心の輪を広げていくことが大切で、地道で遠回りのように思えるこの方法が実は近道なのだと言います。

出会いによって見えたもの

あまりさんのお話しされた、徐々に範囲を広げていく「無関心」の倒し方を、木が枝を伸ばしていくことに例えると、地域に根差した現場的な指導員の観察会はその枝の一つ一つであり、岡崎先生の生物部での生徒さんや周りの人たちの変化こそが、その枝先で起こっている“関心の萌芽”の1つだったのではないかと思いました。これは、1つの解釈にすぎませんし、3人のお話は個別のものではありますが、、普及啓発の全体像のようなものを少し見られたような気がします。

3人が共通して認識していることとして、「体験」が重要だということでした。JBNが普及啓発のために無料で貸し出している教材「ベア・トランクキット」はそれにはうってつけといえるでしょう。実物のクマの毛皮、樹脂で固めたクマの糞、クマ等身大ポスターなどが入っており、パネルディスカッションでは、岡崎先生「教育の現場ですぐにでも使える。」や浅岡「指導員の観察会でも是非使ってほしい(ベアトランクキットを使った普及啓発プレワークショップ)」からも、それぞれの現場で早速使いたいという意見が出てきました。

クマとの共存、その普及啓発に思うこと

クマを取り巻く現状は複雑です。日本には、北海道にヒグマが、本州、四国にツキノワグマが生息しています。かつては九州にもツキノワグマが生息していましたが、現在は絶滅しています。四国においては、推定で僅か20頭ほどしかおらず、危機的な状況です(Save the Island Bear)。一方で、上にあげたように、人里に出没するクマと人間との間には、軋轢が生じています。この相反する状況の中、合意形成を図っていくことは大変です。これは、クマの問題に限ったことではなく、環境問題に立ち向かう中でしばしば躓きます(例えば、再生可能エネルギーと自然保護のバランスに関して)。このときに、正しい知識や科学的な知見が広く普及啓発できていれば、理性的に合意形成ができるでしょう。また、現在はSDGsの普及により、環境問題は以前よりも広く認識されるようになりましたが、人類が自然について知っていることは決して十分ではありません。刻一刻と変わる社会情勢や環境の中で、自然科学の知見を常に更新し、対応していくことが求められます。これと同時に市民や行政へ普及啓発をしていくことが必要です。この時に、今回のシンポジウムで話されたそれぞれの普及啓発のカタチは多くの示唆をくれそうです。

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