文:西村 修(東北大学大学院工学研究科環境生態工学研究室教授) 画:門馬朝久

大正11(1922)年12月、東北大学を訪れたアインシュタイン博士は松島に足を伸ばし、「おー月が、おー月が」と歓喜し、 「どんな名工の絵でも、どんな精巧な写真でもこういう自然の美は見られない」と語った。
松島湾は大小230あまりの島々で形成される多島海で、湾の周囲を標高100m前後のほぼ連続した稜線に囲まれている。湾内の水域面積は約36㎢平均水深は3.5mであり、島々によって外洋からは地形的に隔離されて静穏な水域が広がる。松島の形成は2万年前にさかのぼり、最終氷期の最盛期以後、気候の温暖化に伴う海水面の大規模な上昇により丘陵が溺れてできあがった。
松島湾と人々とのかかわりは縄文時代には始まっており、沿岸や島嶼にはこの時代の人々の生活の痕跡を示す貝塚が数多く分布する。松島湾最大の島「宮戸島」にある里浜貝塚は、縄文時代前期(約6800年前)から弥生時代中期にかけての日本最大級の規模を持った集落跡で、春はアサリなど貝類、内湾に回遊してきたイワシやフグ、夏は貝やウニ・ガザミ、外洋でのマダイ・クロダイ、大型のスズキ・ブリ・マグロなどの漁獲、秋は内湾に回遊してきたアジ・サバの漁獲など、豊富な魚貝類を利用した暮らしがあった。
*参考文献 世界遺産暫定一覧表記載資産候補提案書、「松島―貝塚群に見る縄文の原風景」




