
吉野川河口干潟(写真:とくしま自然観察の会)
井口:「とくしま自然観察の会」を始めたのはうちの子が幼稚園のときで、その年に集まった人たちが今も会の世話人として残ってるんだけど、最初はその人たちの子どもらと、遊びを兼ねて干潟に通ってたんですね。メンバーが干潟に近い小学校のPTAだったので、いまだにその学校のPTAの観察会とか、授業の手伝いは続けてますし、観察会や大きなイベントをやるときは学校でチラシを配布してます。
実は、地元の人は干潟のことを意外と知らないんです。新聞やテレビでシオマネキのことが紹介されたりするでしょ。でも、どこに見に行ったらいいか、地元の人が分からない。吉野川の土手の上なんて、ウォーキングしてる人がたくさんいるんですよ。ところがそこにカニとか生きものがたくさんいて、しかもそれが絶滅危惧種だとか、そういうことは知らない人が多い。それでも活動が新聞やテレビで紹介されて、干潟のことが少しずつ知られるようになってきたので、それはうれしいことです。

吉野川第十堰
井口:1993年に私は自然観察指導員の講習会を受けて、自分でも自然観察会をやろうかなと思っていたんですが、ちょうどそのころに第十堰の可動堰化の問題が明らかになったんですね。それに関連して、市民グループがシオマネキの観察会をしていたので、その観察会に参加してみたんです。それまで私、徳島に住んでいながら、シオマネキがいるということを知らなかったんですよ。子どもを連れて観察会に行って、わあ、こんな不思議なカニがいるって感動してね。
第十堰の運動は、自分たちの観察会とは別に、これを可動堰にすると干潟や河口に影響があるだろうというので参加しました。NACS-Jも可動堰化の影響について調査していたので、その調査にも加わって。結局第十堰は、姫野雅義さんという素晴らしいリーダーのもと、みんなが頑張って、住民投票をやるところまで市民意識も上がって、日本の公共事業で初めて住民が「ノー」と言って止めることができた。可動堰の建設を止めたことで汽水域や沿岸や海洋の環境を守れたのは、吉野川の誇りだと思っています。でもそれは、イコール吉野川に対する市民意識の向上のはずだったんだけど、そうじゃなかったのかな。その後、河口域の東環状大橋の建設とか四国横断自動車道の橋の計画とか、空港とか沖洲海岸の埋め立てとか、沿岸域の大規模な開発が着々と進んでしまいました。それは全部、漁業のポテンシャルがすごく高い河口域や沿岸部、魚の稚魚や稚貝が育つ大事なところをつぶしていく開発なんです。これはこれからの吉野川にとって大きな課題だと思います。
井口:それはあまりないかな。というのは、もともと徳島は地産地消というのが少なくて、農業も漁業も京阪神を目指してやってきたところがあるんです。それから、最近は車社会なので、地域の個人商店はほとんど姿を消してしまって、大型量販店で買い物をする生活、地元産でないものを食べる食生活になってますよね。だから、地元のものは以前も今もあまり食べていないというか。私はたまたま父親が釣り好きだったから、自分で釣りや潮干狩りに行くという経験をしてるし、地元の魚や貝の味を自分の食の記憶として持ってますが……。ちょうど私らの年代が過渡期かもしれませんね。私の下の世代は知らない人が多い。だいたい、こんなに海が近いのに、魚介類を食べることが減ってきてる。食に限らず、海や川とのかかわりが疎遠になってきてると思いますね。 私らより上の世代の人、今60代以上の人は、吉野川でハゼ釣りしたりバカガイ取ったり、素人でもちょっとすればバケツいっぱい取れたっていうんです。そのくらい豊かだったのが、上流に池田ダムと早明浦ダムの2つができて、川の力がぐっと落ちたって。それは漁師の人も言ってます。治水ということでは、ダムをつくったことで川の氾濫はずいぶん抑えられたんだろうけど、そのぶん、山から養分を運ぶ力は落ちたのかなと思うんです。

シオマネキ
井口:そうです。ずっと観察したり、農家の人や漁師の人に話を聞いたりして、もしかして今、河口を満たしているのは海の水なんじゃないか、っていう疑問が出てきたんです。本来は第十堰の下流は汽水域で、真水と海水がまじり合ってるはずだけど、川の水が外観上、堰を越えてないわけだから。でも、汽水域じゃないとシオマネキはすめないから、たぶん川の水は第十堰を通過していて、まだ汽水域はあるんだと思いますが。そう考えると、河口干潟や汽水域にシオマネキがまとまった数で生息しているということの意味はすごく大きい。吉野川のシオマネキは、汽水域が川と海をつなぐ重要な場所なんだということを教えてくれてるんだと思います。
生物多様性って、生きものだけを守るって話ではなくて、人も含めての話だと思うんですよ。だから自然観察会でも、自然の豊かさとか楽しみ方だけを伝えるのではなくて、そこで起こっていることを、人間の営みも含めて、考えていく場づくりが必要なんじゃないかな。そのためにはやっぱり「つながり」を意識しないとね。生きもの同士のつながりだったり、人とのつながりだったり、川の連続性だったりが重要なんだと思う。
それで、意識して吉野川の歴史や暮らしとのつながりも調べてきたんですよ。そしたら、川が運んできた土砂が徳島平野の豊かな土壌をつくって、農業を育ててきたことも分かった。上流の方では林業が盛んで、伐り出した木を吉野川におろして船で運んでたから水運も栄えたということも分かった。徳島は昔から川とつながって、せめぎ合いながら発達してきた町だったってことが分かってきた。この15年の間に自然だけでなく、いろんなものが見えてきたんですね。
井口:干潟の変動ってものすごく大きいんです。川と海の両方の影響を受けてるから。形も変わるし、干潟の中身も常に動いてると実感します。そうすると、開発側の人は、「これだけダイナミックに変動してるんだから、橋なんかは変動の範囲内に入ってる」って言うんですよ。シミュレーションもやって、干潟に影響のないような計画にしてるって。でも実際、中州にあった「ゾウの鼻」という大きな干潟は数年前の吉野川の大洪水のときに消えちゃったし、いろんな変化が確かにある。ただね、自然が起こす「変動」と、人の手で引き起こしてその場所が消えてしまう「変化」はやっぱり全然違うんじゃないかな。変化の原因が開発工事にあるということを科学的に証明するのはすごく難しいんですが。
経験のある漁師さんに聞くと、流れのいっぱいあるところに橋脚だとか杭だとかを造ったときは、その場所から遠く離れたところにもびっくりするくらい影響があるっていうんです。漁師の人は「この干潟をなくそうと思ったら簡単なんよ」って言うんですよ。おぶけるほど(驚くほど)上流にテトラポッド1個放り込むだけでええ、って。人為的な改変が環境に大きな影響を及ぼすということだと思います。

吉野川河口に計画されている2つの橋(完成予想モンタージュ)。
一番手前に建設が計画されているのが四国横断自動車道。ひとつ奥が、東環状大橋。(写真:とくしま自然観察の会)
井口:あとね、今、沖洲にある人工海浜とか、親水護岸みたいなのが日本全国でどんどん増えてるんです。海岸をコンクリートで固めてあるんだけど、上には砂がたまるから、一見すると自然海岸。私らが子どものころキャンプしてた砂浜も、いつのまにか半分芝生公園になって、なんだか不思議な海岸になってるんですよ。本来の、海があって砂浜があって、生きものがいて、海岸の植生があってという海岸がどんどんなくなってる。植生のあったところがバーベキューコーナーになっとったり。それを今の親子連れは「便利だ」って、楽しんでるんです。昔の海岸を知ってる私らからすれば「ええっ!?」っていう感じ。黙っとれば、ああいう人工海岸がこれから先、子どもたちの海岸の記憶になるんやろね。だいたい、徳島みたいにまわりに海がいっぱいあっても、子どもたちはプールで泳ぐ。海岸では危ないから泳いではいけませんという時代でしょ。
高度経済成長期からずっと、埋め立てと道路建設のセットで日本全国開発してきて、ようやく最近、いや待てよっていうふうに世の中がなってきたのに、徳島ではそういう意識がまだないのかなって思います。経済振興だ、雇用創出だっていっても、そういう仕事のつくり方じゃない方法もあるだろうし、ましてやこれだけお金がないって言ってるときに、どうなんだろうね。
宮沢賢治の『狼森と笊森、盗森』ってあるでしょ。あれで「ここに家建ててもいいかあ」「すこし木貰ってもいいかあ」って、森に対して人間がいちいち聞くでしょう。そうすると森が「いいぞお」って答えて、それで初めて家を建てたり、木を切ったりする。そんな感じで昔は自然と折り合いをつけながらやってきてたのが、今はめっきりそういうのがなくなったよね。
井口:15年前に観察会を始めたときは、干潟での生きものとの出会いがものすごく楽しかったし興味深かったんだけど、最近は生きものとの付き合いプラス、人との付き合いかな。漁師さんや子どもたちとの出会いも、干潟があったからこそ。今の私にとって、干潟や吉野川の一番の魅力は、人と生きものが出会う場所だってこと。そして、生きものだけじゃなくて、そこに人がどうかかわっているかということが、これからのその地域のあり方を決めていくんじゃないかと思います。
(2010年8月22日、徳島市内のホテルにてインタビュー/聞き手 市川ゆかり)

(いぐち・りえこ)/とくしま自然観察の会世話人代表、NACS-J自然観察指導員。若いころはネズミ類の超音波音声によるコミュニケーションを研究していた。1993年から吉野川河口干潟などで自然観察会を行うとともに、シオマネキ、ウミガメ、野ネズミのボランティア調査を行ってきた。人と自然、生きものとのかかわり、思いをいつも頭において伝える観察会や活動をしたいと思っている。現在は母の介護に奮闘中。3匹の猫が活動のアドバイザー。