取材・文 市川ゆかり イラスト・さげさかのりこ
取材協力(方言校正含む):とくしま自然観察の会/井口利枝子、九州大学/清野聡子(以上、敬称略)
しいっ、そんなに大きな声で騒いだらあかん。カニが逃げてしまうでよ。ハクセンシオマネキは警戒心が強いけん。静かに、じーっとしててな。そしたらまた出てくるよ。
ほら、あそこ。こっちにも出てきた。ようけおるだろ。捕まえてもええよ。でも、しばらくしたらもとの場所に返してやり。
これ何って、これはコメツキガニがつくった砂団子や。コメツキガニみたいなスナガニの仲間はな、砂や泥をハサミですくうて、混じっとる有機物をこしとって食べよるんよ。で、食べ終わると砂を団子の形にして吐き出す。潮が満ちてくると、この団子は全部崩されて消えるけど、潮が引くとまたこういうふうに、見渡す限り砂団子ができるんよ。
この干潟にはカニやらゴカイやら貝やらがざくざくおるよ。そういう生きものが団子つくったり巣穴を掘ったりしよるけん、泥ん中に酸素が行き渡るんやな。それで干潟は腐らへん。カニたちがおらんかったら、干潟はヘドロになるか、赤潮が出るか……。そこに生えとるヨシも、リンや窒素を吸収して水をきれいにしとる。干潟の浄化能力はすごいんでよ。
カニ取りに夢中になっとらんで、少しは話を聞きよ。この干潟は吉野川が運んできた砂や泥でできとる。吉野川に限らず、大きな川では砂や泥がこうして河口のあたりにたまって、砂浜や砂州や干潟をつくるんよ。そういう場所には川と海が運んできた栄養分がたまっとるし、波は静かやし、大きい生きものも入ってこれんから、稚魚や稚貝が育つのにもちょうどええんよ。吉野川の河口に卵を産みにくる魚は多いんやて、知り合いの漁師さんが言うとった。それでこのへんでは漁をせんようにして、漁業資源を守っとるんやて。
吉野川がつくったのは干潟だけやない。徳島平野ももともとは吉野川が山から運んできた砂と泥からできたもんや。今、家がようけ建っとる徳島市内の市街地も、レンコン畑の粘土質の土も、サツマイモ畑の砂質の土も、みんな川が運んできたんよ。徳島の農業は昔っから、川のくれた豊かな土壌と温暖な気候のおかげで、藍やら鳴門金時やらレンコンやらで全国制覇しとるよ。
ほなけどなあ、ずいぶん前から吉野川は弱っとると言われてて、川が運んでくる砂も泥も水も減ってきとる。上流にダムが2つあるせいか、川水が第十堰を越えとらんこともよくあるで。ちゅうことは、第十堰の下流、河口あたりの水は実はほとんど海の水なのかもしれん。海水では生きられんシオマネキがおるっちゅうことは、川の水もまだ少しは来とるんやろと思うけどな。
漁師さんに言わすと、上流のどっかにテトラポッド1個放り込んでも、干潟や河口にごっつい影響があるんやって。これだけのカニも、貝も、渡り鳥も、潮干狩りに来よる人も、干潟があってこそなのにな。干潟はなくなってほしくないって? ほんまやな。




