取材・文 保屋野初子 イラスト・さげさかのりこ
取材協力(敬称略):北海道立オホーツク流氷科学センター/青田昌秋、紋別漁業協同組合/藤田孝太郎、同/飯田弘明、三浦清、半谷正一
港に漁船がそろって揚がってるだろ。3月半ばの海明けを待ってるんだ。流氷で漁に出られないころの名残だね。今はほら沖まで青い海だが、以前はこの時期は一面白い海だった。今も毎年来るんだが勢いが弱ってね。海が変わると漁師は困るよ。なんたって流氷は、このオホーツク海の豊漁の元だっていうんだから。
前は底引き網船に乗ってサハリンや北方四島の方まで行って、スケソウダラ*1やホッケなんか獲れた獲れた。景気よかったなあ。それが減って、網の目を大きくしたりして規制したがダメ。昭和40年代はじめに200海里線が引かれたのをきっかけに、国の方針でだいぶ減船した。今から考えると資源を獲りすぎたな。昔、オホーツク海は「スケソウの宝庫」と言われたもんだが。
ここの漁師は昔っから流氷には苦労させられたんだ。冬の3カ月は漁に出られないから出稼ぎに行ったり。流氷は邪魔物だった。当時の氷は大きくて数メートルも盛り上がってあふれて、港の中まで入ってきた。プランクトンとの関係? そんなこと考えたこともなかったよ。20数年前からかな、青田先生*2が「流氷が減ってるぞ」と警告して、漁に役立ってると知ったのは。確かに流氷が多い年はホタテの実入りがいいんだ。
紋別は、江戸時代終わりに松前藩が江刺方面からニシンを追って北上してきて開いた漁港だ。昭和30年代前半まで、陸からニシンの群れが見えるくらいいた。獲れなくなってから北海道のオホーツクと太平洋岸では各漁協と道とで「栽培漁業」に切り替えてきた。養殖じゃない。スケソウ、ホタテ、カキ、サケ・マス、カニ、ホッケ、ニシン……それぞれ稚魚・稚貝を放して海の力で育ててもらう。海は畑という考え方。海が豊かだからこそできるんだ。
オホーツク沿岸は一時期、大手の水産会社が来て底引き網漁、遠洋漁業の基地として栄えたが撤退して、結局、昔のような地先漁業が残った。今度はルールを守って将来も続けられるよう資源管理していかなくちゃいけない。流氷が減った今もオホーツクの漁師は休漁期間を守ってる。漁師も船も資源も休まないといけないからね。
サケ・マスの場合は、秋に渚滑(しょこつ)川に戻る親から卵を採って孵化させて稚魚まで育てて、5月半ば、海水温が上がってきたら川に放流してやる。北太平洋を回って4年後に戻って来るのを沖の定置網で獲るんだ。その年によって寒流と暖流の入れ替わりや勢い、プランクトンも違うから研究者と情報交換して放流時期を考えていろいろ試してる。「収穫する漁業」とは言っても、魚種はこの海に合ったものしか資源として根づかないんじゃないかな。
アムール川流域はオホーツク海の巨大魚つき林だというが、この地元の山も大事。漁協が中心に木を植えて手入れしてる。これから気候と海がどう変わるか心配だ。日本人の食料も食文化も担っているだろ。輸入養殖魚ばっかりに走られちゃ国内漁業はやっていけなくなるよ。
*1 正式名はスケトウダラだが、地元ではスケソウダラと呼ばれている。
*2 現在、北海道立オホーツク流氷科学センター青田昌秋所長。




