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2023.03.06(2023.03.08 更新)

浜を読む⑤ 海からの贈り物ラック~きれいは汚い,汚いはきれい~(後編)

読み物

専門度:専門度4

きれい/汚いのイメージ図

▲ラックには、きれい(良い面)と汚い(悪い面)がある (本文図14の一部)

テーマ:海の保全砂浜ムーブメント

フィールド:砂浜海岸

日本は、海に囲まれた島国ですが、砂浜の自然についてはまだまだわからないことが多くあります。シリーズ「浜を読む」では、砂浜研究論文を紹介しながら、砂浜の自然がどんな環境なのかをご紹介しています。

砂浜にはいろいろなものが漂着します。そんな出会いも砂浜の魅力のひとつ。第5回は、海藻などの打ち上げ「ラック」について前後編でご紹介します。


水産大学校名誉教授
須田有輔

目次

(前編)>>こちら
1 砂浜へ到着
2 ラックのはたらき

(後編)
3 ラックの逆襲
4 新たな資源として
5 ラックの危機
おわりに
参考文献

3.ラックの逆襲

海からのありがたい贈り物であるラックにも,ダークサイドがあります。とくに,大量に漂着すればたちまち牙をむき,浜を訪れる人々や地域社会を脅かす厄介者に姿を変えます。

グリーンタイド/ゴールデンタイド

アオサのような緑藻の大量漂着は,その色からグリーンタイド(green tide),ホンダワラなど褐藻の場合はゴールデンタイド(golden tide)と呼ばれ,世界の海岸における深刻な環境問題の一つとなっています(Pilkey and Cooper 2014; Smetacek and Zingone 2013)。

グリーンタイド ~死をもたらす緑の海藻~

日本でも内湾域の海岸では,以前から頻繁にアオサが大量漂着し(図11),そのたびに,観光への影響や除去作業などで地元が混乱に陥ってきました。しかし,フランスではそれだけにとどまらず,堆積して腐敗したアオサ類(Ulva armoricana,U. rotundata)から発生した硫化水素ガスが原因ではないかとみられる,人の死亡事故が起きています(Boissoneault 2020; Chrisafis 2019; Nikolic 2019)。大西洋に面したフランスのブルターニュ地方は農畜産業が盛んな土地ですが,1970年代から地元の海岸に大量のアオサが漂着するようになりました。農畜産業で用いる肥料由来の過剰な窒素分が付近の海域に流入し,富栄養化をもたらしたことが原因だと考えられています(Charlier et al 2007; Schreyers et al 2021)。それ以降,犬,イノシシ,馬などの動物が死亡しており,アオサの大量漂着がもたらす危険が懸念されてきましたが,人の死亡事故を防ぐことはできなかったのです。現在,流入する河川の窒素濃度は低下しているものの,今のところ,グリーンタイドの減少にはつながっていないようです(Schreyers et al 2021)。

被害者こそ出ていませんが,グリーンタイド は黄海沿岸,韓国沿岸でも深刻な問題となっています(Kwon et al 2017; Smetacek and Zingone 2013; Wang and Wu 2021; Zhang et al 2019; Zhou et al 2015)。中国の黄海沿岸では,2008年にスジアオノリ(Ulva prolifera)によるグリーンタイドが発生し,北京オリンピックのヨット会場をひかえた青島市では,その対策に追われました(Smetacek and Zingone 2013; Zhang et al 2019)。その後も毎年グリーンタイドが発生しています。韓国南部の済州島の港にも大量のボタンアオサ(Ulva conglobata)やアナアオサ(U. pertusa)が漂着しますが,ここでは,地下水経由の栄養塩がアオサの繁茂を促進していると考えられています(Kwon et al 2017)。

三河湾アオサの写真図11:アオサに被われた景勝地の海岸(愛知県蒲郡,1989年)

ゴールデンタイド ~大西洋サルガッサム巨大ベルト~

「今にして思えば,2011年はほんの始まりに過ぎなかった」(Langin 2018)。この年を境に,カリブ海やメキシコ湾沿岸の海岸には,毎年のように大量のサルガッサム(Sargassum)が漂着するようになりました。過去に例のない莫大な量のラックは,漁業や観光に大きく依存する同地域の経済に深刻な打撃を与え,バルバドスのように国によっては国家緊急事態宣言が出されるまでになりました。2022年には,6月の1ヶ月間だけで,過去最高の2,420万トンものサルガッサムが打ち上げられたとの報道がありました(Kovac 2022)。グリーンタイドと同じく,サルガッサムの大量漂着は,人の健康にも大きな影響を及ぼす危険があります(Resiere et al 2018, 2021)。

サルガッサムはホンダワラ類の海藻(褐藻類)のことで,藻体を浮かせるための気泡(vesicle)と呼ばれるフロートのような小器官を多数もつことが特徴です。世界で300種以上が知られ(Guiry 2022),日本にもヒジキ,アカモク,ノコギリモクをはじめ約60種が分布しています(島袋 2016)。ホンダワラ類は,流れ藻やガラモ場と呼ばれる藻場を構成する主要な海藻として知られています。このうち,一生を海面に漂って過ごす2種(Sargassum natansの2品種とS. fluitans)が,件のサルガッサムです(Amaral-Zettler et al 2017; Davis et al 2021; Schell et al 2015)。

「サルガッサム(サルガッソー)」と言えば,多くの人が,「魔の海」とか「船の墓場」などの伝説で知られるサルガッソー海(Sargasso Sea)を思い浮かべるかもしれません。実際,サルガッソー海には,その名の通りサルガッサムが大量に漂流しており,当初は,ここから流れ出したサルガッサムがカリブ海やメキシコ湾岸に流れ着いたと考えられていました。しかし,その後の研究により,この大量の流れ藻はサルガッソー海起源ではなく,アフリカ南西岸沖に端を発するもので,海流に乗り大西洋を横断し,ブラジル東岸をかすめカリブ海,そしてメキシコ湾まで到達することがわかってきました(Wang et al 2019)。衛星画像ではっきり捉えられる,長さ9,000 kmにも及ぶこの巨大な海藻の帯は,大西洋サルガッサム巨大ベルト(Great Atlantic Sargassum Belt: GASB)と名付けられました。

GASBの発生には,コンゴ川やアマゾン川からの栄養塩の供給,アフリカ沿岸沖での沿岸湧昇や赤道湧昇による栄養塩供給,サハラダスト(Saharan dust)やアフリカ中西部におけるバイオマスバーニング(biomass burning)に由来するミネラルの供給など,いくつもの要因が関わっています(Lapointe et al 2021)。サハラダストとは貿易風に乗って大西洋や南北アメリカ大陸に運ばれる,北アフリカのサハラ砂漠由来の砂の塵のことです。砂塵に含まれる鉄分が,大西洋やアマゾン熱帯雨林の肥沃化に寄与しているといわれています。余談ですが,2020年に米国南部の大都市を襲った大規模なサハラダストは,「ゴジラ級のサハラダスト(”Godzilla” Saharan dust)」と呼ばれました(Irfan 2020)。バイオマスバーニングは,焼畑農業や山火事などにより,自然や農耕の植生,土壌の有機物が燃える火災です。燃焼により発生したリンがGASBの一つの原因だと考えられています。近年,世界各地で多発する森林火災は,バイオマスバーニングに他なりません。

米国海洋気象庁(NOAA)とサウスフロリダ大学(USF)は共同で,試験的に,カリブ海,メキシコ湾一帯のサルガッサム海藻の週間漂着予報”Experimental Weekly Sargassum Inundation Report”をWEB上で公開しています(NOAA and USF)。GASBではありませんが,スペインやフランスなどで大きな問題となっている侵略的外来種のフクリンアミジ(Rugulopteryx okamurae)の漂着予測のため,ドローンや衛星を利用したモニタリングシステムが開発されつつあります(Roca et al 2022)。

【用語】
湧昇:海洋の底層から表層に向かって海水が流れる現象。底層に溜まっていた栄養塩が湧昇によって表層に供給されることで,その海域の生産力が高くなる。

バクテリアの繁殖地

ラックが糞便性汚染指標細菌(fecal indicator bacteria: FIB)(いわゆる大腸菌と呼ばれる細菌)の溜まり場や繁殖場となり,ラックのみならずラック周囲の砂の中がFIBに汚染されることがあります(Goodwin et al 2017; Halliday et al 2014; Imamura et al 2011; Solo-Gabriele et al 2016; Suzuki et al 2021; Whitman et al 2014)。そのため,公衆衛生上,とくに海水浴場や観光地として利用されている砂浜では,ラックの除去が望ましいとされています(Imamura et al 2011; Suzuki et al 2021)。

砂浜の砂は海水以上にFIBに汚染されている場合があります(Bonilla et al 2007; Imamura et al 2011)。海水に対する環境基準は日本でもありますが,砂浜の砂に対する環境基準は今のところ存在しません(Suzuki et al 2021)。ラック由来以外にも,砂は感染症をもたらす細菌や鉤虫などの寄生虫に汚染されていることがあるので,場所によっては素足で歩くことさえ避けたほうが良いと言われています(Pilkey and Cooper 2014)。

有毒物質の運び手

ラックには水銀(Graca et al 2022)やカドミウム(Franzén et al 2019)などの有害物質が含まれることがあります。これらの物質は,ラックの分解によって溶け出して砂浜を汚染したり,伝統的にラックが肥料として利用されている地域では農地の汚染を招くおそれがあります。カリブ海諸島では,大西洋サルガッサム巨大ベルト(GASB)によるラックが大量に漂着するようになってから,海岸のヒ素濃度が高まってきました(Devault et al 2021)。

温室効果ガスの発生

海藻・海草は,ブルーカーボンの貯留源としてたいへん重要視されています(Sogin et al 2022)。しかし,浜に流れ着いた海藻・海草は,分解する過程で二酸化炭素やメタンを発生することで,一転して温室効果ガスの排出源ともなります(Lastra et al 2018; Liu et al 2019)。

スペインで行われた研究では,0.5℃以下のわずかな気温上昇でもラックの分解が加速され,二酸化炭素の排出が多くなることがわかりました(Lastra et al 2018)。また,二酸化炭素の排出程度はラックの鮮度によっても変わり,波打ち際にある湿気が多いものは,浜の上部の乾燥したものより多く排出します(Liu et al 2019)。このことから,打ち上げられたラックを波打ち際に放置したままにせず,乾燥した場所に移動させることで温室効果ガスの排出を抑える効果が期待できます。

メタンは二酸化炭素に次いで地球温暖化に及ぼす影響が大きい温室効果ガスで,温暖化効果は二酸化炭素の約25倍もあるとされています。メタンの発生源としては,化石燃料の燃焼,ウシのげっぷ,廃棄物,湿地や融けた永久凍土などが知られています。それに加えて,ラックも発生原因の一つとなっていることが明らかとなってきました(Björk et al 2023; Liu et al 2019; Misson et al 2020, 2021)。

【用語】
ブルーカーボン:海洋生態系に取り込まれた炭素のこと。国連環境計画(UNEP)のレポートにおいて名付けられた(Nellemann et al eds 2009)。

4. 新たな資源として

浜に打ち上げられたラックは,現状ではごみとして扱われることがほとんどです。しかし,大量に打ち上げられたラックを人間社会に役立てるため,新たな資源としてラックの価値を見出そうとする研究や技術開発が,最近になって広がりを見せています。これまでも,地元消費レベルでラックが利用されることはありましたが,新たな動きは,バイオマスの一つとしてラックを循環型経済(circular economy)に組み入れようというものです。とくに,伝統的にラックが利用されてきたEU圏では,ラック活用のプロジェクト(INNOVA,CONTRAなど)が進み,起業化が後押しされています(Stelljes and Martinez 2020)。最新のバイオリファイナリー(biorefinery)の技術を利用して,ラックからバイオ燃料,素材,バイオ製品などを生産しようという取り組みが行われています(Chubarenko et al 2021; Harb and Chow 2022; Pal and Hogland 2022; Pardilhó et al 2022a, b, 2023; Rudovica et al 2022; Vance et al 2022)。

一方,ラックを安価で安定供給できる原料とするには,まだ解決すべき課題が多くあります。たとえば,ラックには大量の砂が絡まっており,砂の除去が安価で効率よく行える技術が必要です。ヒ素(Davis et al 2021; Devault et al 2021),水銀(Graca et al 2022),カドミウム(Franzén et al 2019)などの有毒物質が存在することも大きな不安です。また,自然のラックは必ずしも安定して浜に漂着するわけではなく,季節,海洋・気候条件などに左右されます。解決すべき課題は大きいですが,ラックに対する期待は高まっています。

エネルギー源

バイオメタン(biomethane)は,有機物の分解過程で発生するバイオガス(biogas)を精製して,メタン濃度を90%以上にしたものです。すでに世界中にバイオメタン生産の企業が存在し,一般家庭でも利用されている国がありますが,今のところ,原料としては生ごみ,畜産・農業廃棄物などが主です。ラックは新たな原料として期待されています(Barbot et al 2016)。

合成ガス(syngas)は,主に水素や一酸化炭素からなるガスで,さまざまな石油化学製品の製造に用いられています。石炭,天然ガス,バイオマス原料などから作られています。バルト海沿岸国では,打ち上げられたヒバマタ属の褐藻Fucus vesiculosus,緑藻のカワシオグサCladophora glomerata,スギノリ目の紅藻Furcellaria lumbricalis,海草のアマモZostera sp.を用いた,合成ガス生産の実証試験が行われています(Vincevica-Gaile et al 2022)。

バイオエタノール(bioethanol)は,トウモロコシ,サトウキビ,木質バイオマスなどを原料に生産されます。少し前からは,天然の海藻も新たな原料として注目されるようになってきましたが,ラックについてはまだ可能性が指摘されている段階に留まっています(Pardilhó et al 2022a)。しかし,バイオエタノールの需要が世界的に高まり,それに伴い食糧や飼料としてのトウモロコシの不足が大きな問題となり,代替の原料探しは喫緊の課題です。ロシアによるウクライナ侵攻も,食糧や飼料不足に拍車をかけています。今後,原料としてのラックに急速に関心が高まるかもしれません。

バイオコール(biocoal)は,有機廃棄物,木質バイオマス,下水汚泥などを原料として作る炭化燃料です。石炭にバイオコールを混ぜることで,二酸化炭素の排出量が軽減できるという効果があります。ドイツではラックを利用したバイオコールの研究開発が行われています(Chubarenko et al 2021)。

コンポスト(堆肥)や土壌改良材

打ち上げられたラックのコンポスト化の例は,多くの海藻種類で知られています(Patón et al 2023)。リサイクル先進国として知られるドイツでは,回収したラックもリサイクルする制度になっており,その対応の一つとしてコンポスト化が行われています(Chubarenko et al 2021)。ラックを混ぜたコンポストは植物の成長を促進することがわかり,将来的には農業用への展開も期待されています。スペインでは,侵略的外来種に指定されている褐藻フクリンアミジ(Rugulopteryx okamurae)の有効利用法として,ゴキブリ類(Eublaberus spp.)(ゴキブリ堆肥 blatticompost),ミミズ類(Dendrobaena veneta,Eisenia fetida)(ミミズ堆肥 vermicompost),アメリカミズアブ(Hermetia illucens)などの無脊椎動物を用いた,コンポスト化の研究が進められています(Patón et al 2023)。

バイオ炭(biochar)は,バイオマスを無酸素あるいは低酸素条件下で300℃以上に加熱して作られる炭で,土壌の改善効果があります(Macreadie et al 2017; Wen et al 2022)。

飼料・養殖魚の餌

スペインではコイ科のソウギョ養殖の餌にラックを添加した研究が行われ,ラックはソウギョ稚魚の脂肪分を抑え,肝臓の活性を高める効果をもつことが認められました(Galindo et al 2022)。ちなみに,ソウギョは世界の淡水養殖魚のうちもっとも生産量が多い魚種で,2020年の統計では世界で約580万トン(11.8%)でした(FAO 2022)。ブラジルでは,ラックとして打ち上げられた12種の海藻について栄養成分の分析が行われました。その結果,とくに褐藻類アミジグサ目のSpatoglossum schroederi,Dictyopteris jolyana,紅藻類イギス目のAlsidium seaforthii,A. triquetrum,Osmundaria obtusiloba(カエリナミ)では,食物繊維や多価不飽和脂肪酸などの機能性成分が多く,養殖用飼料の添加剤として有望視されています(Mandalka et al 2022)。ポルトガルでは,ラックから脂肪酸,色素,多糖類の抽出が試みられています(Pardilhó et al 2023)。

住宅用断熱材

ドイツでは,地中海産の海草,ポシドニア(Posidonia oceanica)とアマモ(Zostera marina)のラックを利用した住宅用断熱材の実証研究が行われ,ラック製断熱ボードは,一般的な木製に比べて耐火性が高く,安価であることがわかりました(Kuqo and Mai 2022)。

【用語】
バイオマス:生態学用語としては,ある時点での任意の空間に存在する生物体の量。エネルギーや産業資源の分野では,木質片,農畜産廃棄物,食品残渣,生ごみなど生物由来の有機物資源を指す。
INNOVA(イノバ):気候変動に関連した地域チャレンジのための革新的サービスの開発を目的とした,EUの研究プロジェクトの一つ。
CONTRA(コントラ): EUの地域間協力プログラムの一つ。ごみ扱いされるラックを新たな資源や資産に仕立てるための研究開発プロジェクト。Conversation of a Nuisance to a Resource and Asset(不快物を資源と資産にするための会議)の頭文字をとったもの。
バイオリファイナリー:バイオマスを原料として,エネルギー源としてのバイオ燃料,化学製品,バイオ製品を生産する技術や産業。

5.ラックの危機

ビーチクリーン

海水浴場や観光地の砂浜の管理,あるいは地元の砂浜の環境保全のため,世界各地でビーチクリーンが行われています。ビーチクリーンは砂浜の環境保全にとって大切な活動ですが,問題なのは,ラックがごみとして扱われ,除去の対象となっていることがあることです。

世界各地の砂浜で,ビーチクリーン用の機械を使ったごみの除去や砂表面の整地が行われていますが(図12),その際ラックがごみといっしょに取り除かれてしまいます。カリフォルニアやスコットランドの砂浜では,機械を使ったビーチグルーミング(beach grooming)あるいはビーチレーキング(beach raking)と呼ばれるビーチクリーン作業によってラックが除去されたことで,ラックに集まっていた端脚類,等脚類,甲虫,ハエなど小動物の多様性や個体数が減りました(Dugan et al 2003; Gilburn 2012; Schooler et al 2019)。ラックには,砂浜生物の生息場所や餌など砂浜の自然にとって大事な働きがあるので,ラックを除去することは,海と陸のインターフェイス役としての砂浜の機能を損ねることにつながります(Rodil et al 2018)。単に「きたならしい」という理由だけでラックを取り除くことは,慎重に考えないといけません。「砂浜の見た目をきれいにする」ことがその砂浜の自然にとって好ましいことなのか,ラックの働きを考えた上で,本当に除去する必要があるのかどうかを決めるべきでしょう。

図12:機械を使ったビーチクリーンと整地された浜(撮影・NACS-J)

しかし,海水浴場や観光地の砂浜のように,ラックよりも利用者の利便性や経済効果など人や社会の都合を優先せざるを得ない場合があります(図13)。また,大量に漂着すれば,安全や衛生面からも放置できなくなります。砂浜の「見た目の美しさ」を優先するのか,「本来の砂浜の姿」を優先させるのか,個々のケースに応じた判断が必要です。街から海に流れ出る栄養分の変化が海藻の大発生を招いている場合には、その原因を排除することも必要でしょう。

各種の砂浜認証制度においても,機械力によってラックを除去することはとくに勧められてはいません(Zielinski et al 2019)。国際的な砂浜認証を代表するブルーフラッグ(Blue Flag)の基準でも,利用者にとって安全や衛生上問題にならない限り,浜に残しておくべきものとされています(FEE 2021)。わずかなラックも取り除こうとするのではなく,地中海沿岸国で行われてきた,ラック(ポシドニアのバンケット)の存在を受け入れ,むしろラックがもつ生態系サービスを砂浜の保全に活かすことで,観光地としての砂浜の価値を高めようという取り組み(POSBEMEDプロジェクト)は(IUCN 2022; IUCN and Enalia Physics Environmental Research Centre 2022; Otero et al 2018),今後のラック管理にとって一つの参考になるかもしれません。

ラック阿川

ラック逗子

図13:海岸管理者を悩ませる,観光地や海水浴場のラック。(右撮影・NACS-J)

海岸構造物

護岸,突堤,離岸堤など海岸構造物が砂浜生態系に及ぼす影響については,数多くの研究が行われていますが,ラックへの影響を論じたものはあまりありません(Heerhartz et al 2014, 2015)。それでも,海岸構造物の設置によってラックの量が減少することが示されています。海岸構造物の設置によって端脚類や等脚類など砂浜生物が減少するとした報告は多くありますが,その中には,構造物がラックの減少を招き,それによって間接的に砂浜生物に影響が及んだと考えられる例があります(Laurino et al 2022)。一方,港湾の防波堤などの建設により,ラックの移動が遮られ,付近の海岸に漂着し,悪臭などの問題が発生したという例もあります(Pattiaratchi and Wijeratne 2019)。

気候変動

ラックの供給は,ハリケーンや嵐など極端な気候現象と強く関係すると考えられますが(Defeo et al 2021; Laurino et al 2023),気候変動がラックに具体的にどのような影響を及ぼすのかについては研究がほとんどなく,はっきりしたことはわかっていません。

大量のラックが打ち寄せるバルト海沿岸国では,この問題への関心が高まっています。供給元である藻場の生育環境が変化したり,ラックの輸送経路上の気象・海象条件が変わることで,ラックの量,構成種,頻度,時期などが変わる可能性があります(Stelljes 2021)。たとえば,現在のバルト海の水温は,主なラック構成種であるブラダーラック(bladderwrack)と呼ばれるヒバマタ属の褐藻Fucus vesiculosusや海草のアマモZostera marinaの生育に適した水温の上限に近づいており,このまま上昇が続けば生育に影響が及び,間接的にラックの供給にも変化が現れるかもしれません(Bobsien 2014; Graiff et al 2015; Stelljes 2021)。また,海面上昇に伴う海岸侵食により,堆積物が巻き上げられることで海水の濁りが発生し,太陽光の入射が弱まり,巻き上がった堆積物が藻場に降りかかり,海藻・海草の生育に影響が及ぶ恐れがあります(Bobsien 2014; Mills and Fonseca 2003; Stelljes 2021)。

おわりに

河川や地下水を通して陸から海へ栄養物質が供給され,それらが沿岸生態系を支えていることは広く知られるようになりましたが,逆の方向,つまり海から陸への供給について論じられることはあまりありません。今回紹介したラックは,前回の「波の花」(浜を読む④)とともに,砂浜にとってたいへん重要な海からの贈り物です。健康で生き生きとした身体の状態を代謝が良いと言いますが,健康な身体と同様,砂浜に打ち上げられたラックでは化学変化やエネルギー変換が活発に行われるので,ラックは代謝のホットスポット(metabolic hotspot)とも呼ばれています(Coupland et al 2007; Heck et al 2008; Rodil et al 2018)。砂浜自体の生産力はそれほど高くないのに,多くの多様な生物に恵まれているのも,ラックのこのような働きが貢献しているからです(Ince et al 2007)。

しかしそんな大切な働きがあるにもかかわらず,海岸の観光や美化のために,ラックはごみと同じ扱いを受けているのが実情です。さらに,贈り物も度が過ぎれば災いに転じ,世界各地で問題となっている大量漂着したラックは,人間社会を脅かす存在にすらなっています。そうした中,災いの元から福をもたらそうと,ラックを新しいバイオマス資源として活用しようという動きもでてきています。

浜辺に打ち上げられたただの海藻にしか見えないラックですが,砂浜の自然のみならず人間社会にとって,良い面と悪い面をもつことがだんだんわかってきました(図14)。

ラックの良い面と悪い面のイメージ図図14:ラックのきれい(良い面)/汚い(悪い面)イメージ図


【参考文献】 前編でご紹介した文献とあわせて掲載しています。

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