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話題の環境トピックス

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2019.11.25(2019.11.28 更新)

【この問題、わたしはこう見る】令和元年台風19号水害『 ダム+堤防の治水枠組みの破綻、減災のための「氾濫受け止め治水」の構築を急げ』

解説読み物

専門度:専門度3

テーマ:防潮堤・護岸川の保全

フィールド:河川

2019年10月12日に上陸した台風19号は、関東甲信越、東北地方を中心に約100人の死者行方不明者、9万棟以上の住宅被害、インフラ損壊など甚大な水災(水・土砂災害)をもたらした。

100~200年に1度の雨に備えてきた一級河川、その支川が破堤・越水して広大な面積が浸水。大流域での洪水に現在の治水計画が破綻したように見える。

現地調査もふまえ千曲川の水害を例に検証し、今後、氾濫を受け止める治水枠組みの再構築が必須であることを述べたい。

保屋野初子(星槎大学教授、公益財団法人日本自然保護協会理事)


“大流域スケールの洪水”が同時多発

この台風で71河川の堤防140カ所が決壊し、これまで破堤頻度が少なかった国管理の堤防でも7河川12カ所にのぼった。浸水総面積は約2万5000ヘクタール、うち阿武隈川水系が約1万2600ヘクタールと半分を占めた。今回の洪水は、流域全体に長時間降り続いた雨が大河川の本川・支川に収まりきれずに広域に浸水したという意味で、“大流域スケールの洪水”と呼ぶことができよう。

信濃川上流部にあたる千曲川の場合、流域面積は約7,100平方キロメートルと長野県の半分強を占める。防災科学技術研究所によると、この流域の多くの場所で12日の24時間雨量が「100年に1度」の想定量を超えた。上流域では12日だけで約400ミリから550ミリ降ったところもあり、破堤箇所より上流の降水総量は約34時間で約12億トンと、多摩川、阿武隈川などより一桁多かったとウェザーニュースは推定する。

しかし、過去には千曲川史上最大規模といわれる1742年の「戌の満水(いぬのまんすい)」と呼ばれる洪水・水害があり、今回が未曾有というわけではない。従来、あまり雨が降らない地域でこうした流域スケールの洪水に見舞われると、より被害が大きくなりやすい。

この桁違いの雨が千曲川を流下する間に、上流域から下流域へと氾濫や堤防欠損を起こしていき、13日早朝、長野市の千曲川左岸・穂保(ほやす)地先で堤防を決壊させた。そのあたりは千曲川が犀川と合流後、川幅1キロメートル余の緩い勾配となり、さらに数キロメートル下流に狭窄部をひかえているため水位が上昇しやすい。穂保地先のある長沼地区は、昔から支流・浅川の内水氾濫などでも水害に遭ってきた地域である。

ただ今回は国管理の「整備済み」の堤防が決壊したことで、住民に衝撃を与えた。破堤した約700メートル区間は2007年に7メートルから17メートルへと拡幅され、地元民が「桜づつみ」と呼んで頼りにしてきた堤防の一部だ(写真1)。自宅と工場が浸水した50代の男性は、「(堤防拡幅)前の増水のときは1階の機械を2階に上げたが、今回は堤防が完成したから大丈夫だと思ってしまった」(11月8日聞き取り)と話した。

長沼地区での不幸中の幸いを挙げるとすれば、過去の災害経験が生かされ、早めの住民避難によって逃げ遅れを最小限にとどめたことだ。今回の国管理堤防決壊12カ所のうち6カ所が「整備済み」だった。

崩落した道路と樹木の写真
(写真1)破堤した穂保地先の桜づつみ。堤内の神社は樹木だけが残っていた。(11月8日)

日本のダムの治水効果は大きくない

台風19号では、関東地方で緊急放流(正式には異常洪水時防災操作)が6ダムで行われた。緊急放流の危険性が知られるようになったきっかけは、2018年7月の西日本豪雨で下流住民8人の命を奪った愛媛県・肱川の2ダムの放流だ。以前から行われてきた操作だが、この2年は一回の雨で6~8ダムが相次いで実施に追い込まれる異例の事態となった。

上田市で千曲川に合流する神川(かんがわ)上流の県営菅平ダムも満水になり、流入量全量ではないが10月12日午後8時から放流を開始した。千曲川との合流点すぐの左岸で越水が始まったのが午後8時10分。その近くに住む70代の女性に聞くと、あふれた水は道路を流れ沿道の屋敷や畑を浸し、自宅は床下浸水くらいの水位だったといい、「菅平ダムが緊急放流した分があふれたのじゃないか」と話した(11月9日聞き取り)。

放流水到着後に越水が始まったかどうかは不明だが、越水しかかっていたタイミングで水位を押し上げたことは確かだろう。緊急放流は、意図せずして人為的水害を起こすリスクをはらむ、非常に難しい操作だ。下流人口120万人の神奈川県相模川の城山ダムの緊急放流が非常にリスキーだったのは、このためである。

治水機能をもつダムのほとんどは利水も兼ねた多目的ダムで、全国に約780ある。国交省によると、国管理ダムの洪水調節容量は有効貯水容量の約半分。発電用専用ダム400ヵ所余りには洪水調節義務はない。日本のダム総数は約3,000だが、治水機能でみるとけっして大きくはないのである。対策として「事前放流」が検討されているが、さらに難しい判断と操作が要求され、効果も未知数である。(写真2)

水の貯まっていないダムの写真
(写真2)水が貯まらなかった穴あきの浅川ダム。浅川の内水氾濫に効果がなく、脱ダム論争で指摘されたダム根拠のなさを証明することとなった。(11月8日)

ダム・ファーストで堤防強化が後回し?

日本の治水は、確率論によって予想(計画)した降雨の一部を上流ダムで貯め、残った洪水を堤防で封じ込めて海まで排出する考え方である。明治期に連続堤防を築くことで始まった「洪水の河道封じ込め治水」とも呼ぶべきこの手法が、1960年代頃からの多目的ダム建設とともにダム依存の治水枠組みになっていったと考えられる。

ダム計画を根拠づけるのは、計画雨量をもとにシミュレーションした河川の想定洪水流量(基本高水)で、そのまま流下した場合に河道からあふれる流量をダムで一時貯留して氾濫を防ぐ。狭義の「防災」対策といえる。このように、その流域で「想定した雨」を前提に立てられた治水計画は、これまでの中規模洪水には効力を発揮してきたのである。

ところが2015年の常総水害前後から、「想定していなかった雨」が毎年のようにどこかの流域で降るようになり、治水計画が破られ大氾濫する頻度が増している。今後さらに地球温暖化が進むと予測されるなかで同じ安全度を確保しようとすれば、これまでの治水計画そのものを変更しなくてはならないが、そのような対応は財政的、時間的に困難である。そうなると、今後も氾濫やダムの緊急放流は避けられないだろう。

計画した安全度が確保できている「整備済み」堤防は国管理堤防でも7割に満たない。弱い堤防への洪水負担を減らすことができるという理由で、ダム建設が堤防整備より優先されやすい状況にある。実際、決壊・欠損した堤防断面映像を見て、「大河川でも堤防の中身はこんなものか」と驚いた人も多いかもしれない。

日本の河川堤防は一般的に、歴史的につぎはぎされてきた「不均質で複雑な構造の土堤」で、長時間の雨や高い水圧・流速にさらされると決壊しやすいとされる。穂保地先の決壊現場や上田市国分の氾濫現場に立つと、その場特有の弱点が目につき、疑問もわいてくる(写真3, 4, 5)。穂保地先の破堤原因は千曲川堤防調査委員会が調査中だが、氾濫した要因を解明して公開し、今後の堤防整備、河道管理、何より地域住民のために生かされなくてはならない。

道路正面に新しい堤防が見える写真
(写真3)整備済みだった堤防の破堤区間手前(上流側)がなだらかに下っている。これより少し手前から越水が始まったらしい痕跡があった。(11月8日)

新幹線橋梁が見え、住宅が並ぶ川岸付近の写真、
(写真4)上田市国分の神川合流直後の千曲川越水地点。河床が高く、直下に新幹線橋梁と取水堰があるが、堤防が貧弱で新しい住宅も迫っている。(11月9日)

崩落した赤い鉄道橋の写真
(写真5)破堤は免れたが、鉄道橋が崩落した上田市諏訪形地先。樹木が繁茂していた河道の様子は大きく変わり、おびただしい堆砂で河床が上がった。(11月9日)

ダム建設の正当性を守るために堤防強化を後回しにしているのではないか、と国交省に厳しく迫ったのは、淀川水系流域委員会である。1997年の河川法改正を受けて2001年に国交省近畿地方整備局が設置したこの委員会は、2003年にまとめた「できうる限りダムを建設しない」とする提言が国交省に受け入れられず事実上解散させられた。

堤防に関しては、旧建設省が越水や長時間の浸透に対しても破堤しにくくコストも比較的安い耐越水堤防を技術開発していたが、2002に国交省が中止した経緯がある。国交省は、この「越水しても破堤しない堤防」である耐越水堤防によってダム不要論が強まることを恐れたのではないか、との推測がある。また、堤体に鋼矢板あるいはソイルセメントを入れるハイブリッド堤防なども提案されているが、採用されない。

氾濫による壊滅的被害を避けるためには、絶対はないが、越水しても破堤しない堤防が必要であるにもかかわわらず、である。

ダム・ファーストのために、堤防強化、河道整備、河川監視といった「封じ込め治水」の根本がおろそかになっているとすれば本末転倒であることは言うまでもなく、今後も洪水は個々の弱点を狙ったかのように防御を突破し、各地で大被害が繰り返されることになるだろう(写真6)。

建設中の堤防の写真
(写真6)穂保地先で復旧工事中の鋼矢板の仮締切堤防。(11月4日)

あふれる前提の氾濫原管理が必須となる

かつて川が動き回った領域、すなわち氾濫原にはすでに、膨大な人口と資産が集中し高度な社会活動が行われている現実を直視すれば、「封じ込め治水」不要を言うことはできない。一方で、河川延長を通じて一律に封じ込める現在のやり方もまた現実的ではないだろう。

洪水本来のダイナミズムとエネルギーを、人間の都合で狭めてきた河道に大人しく収めることには土台無理がある。ところどころでエネルギーを放出、つまり「氾濫」させなければ、どこかで取り返しのつかない壊滅的被害を発生させることは自然の理だ。治水の本質に立ち戻れば、もはや「氾濫」を前提にするしか選択肢はないといえよう。

国交省は常総水害後、2015年の水防災意識社会再構築ビジョン、2017年の水防法改正において「施設では守り切れない大洪水が必ず発生する前提に立って」と、初めて「氾濫」を前提とし、「あふれても壊れにくい堤防」と「住民の行動につながる情報周知」の2本の対策を立てた。東日本大震災以降、災害対策の基本は「防災から減災へ」の転換が求められたが、河川法に縛られた治水枠組みは従来の「防災」路線のまま来た。

鬼怒川の決壊による常総水害は「減災」への扉をこじ開けたといえよう。ただし、この「あふれても壊れにくい堤防」は、破堤までの時間を少し引き伸ばすもので、耐越水堤防とは異なる。氾濫前提とはなったが、自治体の洪水ハザードマップ作成義務以外に氾濫後の「減災」対策が用意されたわけではなかった。

かつてはしょっちゅう氾濫する地域には、遊水地、霞堤、輪中堤、水屋、揚げ舟…といった多様な氾濫受容施設や生活様式が備わっていた。こうした氾濫域での各種の対策・対応は、現代では「氾濫原管理」と呼ばれる。氾濫原管理は、1960年代にアメリカ合衆国で、ハード対策の費用対効果が低いことから洪水保険制度とセットで導入された手法で、氾濫を前提に河道外で環境保全も含むさまざまな対策を組み合わせた総合的な対策として体系化されてきた。

日本には氾濫原管理という概念はなかったが、伝統的には古来の治山による防災を主に、中下流域で農地や利用度の低い土地であふれさせる減災の治水があった。しかし、そうした氾濫原を高密度に都市開発してしまったことと封じ込め治水の結果、雨水の流出が速く洪水の水位が高くなった日本でこそ、氾濫原管理は必須となっている。

滋賀県が2014年に制定した「流域治水条例」は、日本で初めて氾濫原管理をめざす法令である。建築規制を盛り込み、中小河川や農業用水、下水、水路などによる生活域での浸水リスクを「地先の安全度マップ」で表す。台風19号では主要河川からの外水と支川、水路、下水などからの内水が相まって浸水被害を大きくしたことからも、生活域での浸水リスクを示すことは住民にとって減災の助けとなる。現在の国の制度で体系的な氾濫原管理は難しいが、自治体だからこそ土地利用規制も含めさまざまな対策を組み合わせた治水対策が可能であることを示した。

アメリカ、ヨーロッパでは、ハードによる安全確保に失敗する経験や環境保全の観点から、氾濫原管理を取り込んだ治水枠組みに転換している。ヨーロッパでは氾濫原の生態学的な機能に着目し、残存する河畔林や旧河道を氾濫原として再生して治水・利水・生態系保全を両立させる河川管理へと転換中である(写真7)。

温暖化の進行によって自然の攪乱が増大していく今後、人工の砦だけで安全を確保することは不可能である。狭義の防災が突き破られたときに「命を守る行動をとってください」だけでは無責任というものだろう。治水については、洪水を地形や生態系など自然の場と社会の側とで受け止める考え方と、工学的・社会学的・生態学的な知見・技術の統合と応用が求められる。減災のための治水枠組みの再構築が急がれる。

左にライン川、道路を挟んで右側に河畔林のある写真
(写真7)ライン川(運河)脇の河畔林を氾濫原に再生し、治水・利水・生態系の統合的な管理を行うドイツのバーデン・ヴュルテンブルク州。(2000年7月)

保屋野初子(星槎大学教授、公益財団法人日本自然保護協会理事)
環境、水資源開発、河川管理政策をテーマとするジャーナリスト活動を経て、研究活動に入る。フィールドワークをベースに調査、研究、執筆、教育に力を入れている。著書に『流域管理の環境社会学』(岩波書店)、『川とヨーロッパ』(築地書館)、共著に『緑のダムの科学』(築地書館)、『共生科学概説 人と自然が共生する未来を創る』(星槎大学出版会)、ほか。

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