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2023.03.06(2023.03.08 更新)

浜を読む⑤ 海からの贈り物 ラック~きれいは汚い,汚いはきれい~(前編)

読み物

専門度:専門度4

打ち上げられた海藻が並ぶ浜辺の写真

図1:海の贈り物,ラック(山口県土井ヶ浜)

テーマ:海の保全砂浜ムーブメント

フィールド:砂浜海岸

日本は、海に囲まれた島国ですが、砂浜の自然についてはまだまだわからないことが多くあります。シリーズ「浜を読む」では、砂浜研究論文を紹介しながら、砂浜の自然がどんな環境なのかをご紹介しています。

砂浜にはいろいろなものが漂着します。そんな出会いも砂浜の魅力のひとつ。第5回は、海藻などの打ち上げ「ラック」について前後編でご紹介します。


水産大学校名誉教授
須田有輔

浜辺に行くと,色々な種類の海藻や海草が打ち上げられているのを見かけるでしょう。浜辺に流れ着いた海藻や海草はラック(wrack)と呼ばれます(図1)。

ラックという語は,古くからスコットランド地方で海藻を表すのに使われていましたが,後には,浜に打ち上げられた海藻や海草も表すようになりました(Dictionaries of the Scots Language; Landsborough 1851)。研究によっては,魚介類や海産動物の死骸(キャリオン carrion)(図2)がラックとして扱われることもあります。

浜辺に打ち上げられたラックには小さなハエや虫がたかっており,生ごみを思わせるかもしれません。また,「白砂のビーチ」を謳った砂浜に海藻が溜まっていれば,美観が台無しだと訪れた人をがっかりさせるかもしれません。実際,海水浴場や観光地の砂浜ではラックがごみ扱いされ,除去すべきものとされています。さらに,大量に流れ着く場所では,ごみどころか,人の生命や社会を脅かす存在にすらなっています。一方で,ラックには,砂浜生態系の栄養源,生物多様性の維持,海岸侵食の軽減などの効果があり,砂浜の自然や地域社会にとってありがたい,海からの贈り物であることを忘れてはなりません。むやみに取り除けば,この自然の恵みを自ら手放すことになります。ラックには,良い面と悪い面,つまり二面性があるのです。「きれいは汚い,汚いはきれい」。まさに、シェイクスピアの悲劇マクベスの有名なセリフを思い出します(松岡和子 訳. マクベス シェイクスピア全集3. ちくま文庫)。

魚のキャリオン図2:魚介類や海産動物の死骸(キャリオン)がラックとして扱われることもある(宮崎県住吉海岸)

【用語】
海藻と海草:両方とも「かいそう」と読むのでまぎらわしいが(海草を「うみくさ」と読み,使い分けることがある),「海藻」の字があてられるのは,ワカメ,コンブ,ホンダワラ,ヒジキ(以上,褐藻類),ノリ(紅藻類),アオサ(緑藻類)など海産の大型藻類。一方,「海草」は,アマモ,ウミヒルモなど海に生育する被子植物を指す。被子植物というのは,サクラ,ケヤキ,キク,ユリなど,私たちが町や野山で普通に見かける草木の仲間。「海草」は陸上植物と同じく海底に根を生やすが,「海藻」の根に見える部分(付着器)は岩などの基盤に付着するための器官であり,根のように栄養や水を吸収するものではない。英語でも,海藻はseaweed,海草はseagrassと区別されている。

目次

(前編)
1 砂浜へ到着
2 ラックのはたらき

(後編)>>こちら
3 ラックの逆襲
4 新たな資源として
5 ラックの危機
おわりに
参考文献

1.砂浜へ到着

ラックはどこから?

砂浜に流れ着く海藻・海草の多くは,近場の岩礁やエスチュアリー(estuary)などに生えていたものですが,嵐や荒天時には遠方からの供給も無視できません(Liebowitz et al 2016)。後編で少し詳しく触れますが,アフリカ西岸沖のホンダワラ類が,数千キロも遠く離れたカリブ海やメキシコ湾の海岸に大量に流れ着くという例もあります(Langin 2018; Wang et al 2019)。砂浜へのラックの供給は,供給源からの距離,地形,波や風に対する向き,沿岸部の湧昇流,波浪などの要因に大きく左右されます。

これらの要因に加えて大事なのが,供給源となる藻場の状態です。藻場とは海藻や海草が密生して生える場所のことで,主な構成種類によって,海藻藻場,海草藻場,ガラモ場(ホンダワラ類),アマモ場などと呼び分けることがあります。たとえば,海水温の上昇は海藻藻場の構成種に変化をもたらすと考えられているので(村瀬 2010),気候変動に伴う海水温上昇は,将来的に浜へのラックの供給にも影響を及ぼすでしょう。そのほかにも,芝生状海藻(turf algae)の繁茂(Connell et al 2014; Filbee-Dexter and Wernberg 2018; Sura et al 2019),植食性魚類やウニによる海藻の食害(Filbee-Dexter and Scheibling 2014; 藤田 他 2006),侵略的外来種(invasive alien species)の侵入(Faria et al 2021; Garcia-Gómez et al 2020, 2021; Roca et al 2022; Ruitton et al 2021; Thomsen et al 2016)など,世界各地で藻場がおびやかされています。藻場の変化は日本でも深刻な問題となっています(藤田 2010)。

海藻・海草にも陸上植物と同じように,1年の中でも繁茂する時期と衰退する時期があり,たとえば,浮力をもたせる気泡というフロート状の器官を多数もったホンダワラの仲間のノコギリモクでは,成熟後の個体は秋までに付着基盤から離れて流出します(村瀬 2003)。このように生活史の中で繁茂と流出を繰り返す場合だけではなく,荒天時には海中が激しく撹拌され,付着基盤からはぎとられて流出します(Krumhansl and Scheibling 2012)。また,洪水時や河川の増水時には陸上植物も海に流れ出し,海岸に打ち上げられます。打ち上げられた樹木は枯死木(woody debris)とも呼ばれます(Eamer and Walker 2010; Manzolli et al 2022; Rangel-Buitrago et al 2021)(図3)。

枯死木の写真

枯死木の写真

図3:流れ着いた陸上の樹木は枯死木と呼ばれる。流木サイズの大きな枯死木(オホーツク海サロマ湖,左)と小さな木の枝(鹿児島県吹上浜,右)。

【用語】
エスチュアリー:陸水と海水が混じり合い,地形的には外海に直接面していない水域。大きな河川の河口域,東京湾,伊勢・三河湾,瀬戸内海のような内湾,サロマ湖のような海跡湖など。
芝生状海藻:高さが15cmより低く,密生して生える藻類の総称。近年,ケルプ藻場などが芝生状海藻に置き換わったという例が世界各地から報告されている。
海藻の侵略的外来種:2015年,地中海のジブラルタル海峡の沿岸では,日本にも分布する北太平洋産の褐藻,フクリンアミジ(Rugulopteryx okamurae)の生育が確認された。その後,スペイン,フランス,アゾレス諸島などの観光地の海岸には,本種のラックが大量に打ち上げられるようになり大きな社会問題となっている。本種はEUにおける侵略的外来種の1種である。

ラックのタイプ

「ラック」という語だけでは具体的にどのようなものかわからないので,特定したい場合には,たとえば,海藻のラック(seaweed wrack),海草のラック(seagrass wrack),コンブ類のラック(kelp wrack)のように表すことがあります。また,’beach-cast macroalgae’や’stranded macroalgae’(ともに,「打ち上げられた大型藻類」の意味)のように,’wrack’という語を使わず表現されることもあります。さらに,大量に打ち上げられたラックをごみとみなした,海産大型藻類ごみ(marine macroalgal waste)という表現を見かけることもあります。

1900年代半ば,ラックに見られる昆虫やクモをはじめとした無脊椎動物相を包括的に研究した,ヘルゲ・O・バックルンド(Backlund 1945)とヘンリー・J・エグリショー(Egglishaw 1958)は,それぞれ,スウェーデン/フィンランド,イギリスの海岸で,ラックの厚みや広がりに基づいたラックのタイプ分けを行ないました。ラックの溜まり具合によって,動物相が異なることに注目したのです。

これらラック研究の先駆者たちによるタイプ分けは,最近の文献では見かけなくなりましたが,海岸線に沿って帯状に堆積しているものについては,ラックライン(wrack line)(図4)という呼び名が使われています。古い文献ではウィードライン(weed line)とされていることがあります(Jefferson 1903)。ラックラインは,波で運ばれたラックが,潮が引くことでその場に残されてできたもので,その時点における波の到達位置を示す目安にもなります。複数列のラックラインが存在することもあり,その場合,最も浜の奥のものが,打ち上げられた時が古いものになります。ラックラインには海藻だけではなく,貝殻,軽石,プラスチックごみなど海から運ばれてきた漂流物も堆積するので,「漂着物が残されてできた線」という意味で,ドリフトライン(drift line)あるいはストランドライン(strand line)とも呼ばれます(Marsh 2008)。

ラックラインの写真図4:高潮時の汀線に沿って堆積してできたラックライン(鹿児島県吹上浜)

バンケット

地中海では,地中海固有種の海草ポシドニア・オセアニカ(Posidonia oceanica)のラックが,バンケット(banquette)という特別な名前で呼ばれています(Boudouresque and Meinesz 1982; Boudouresque et al 2016, 2017; Bussotti et al 2022; Deidun et al 2007, 2009, 2011; Del Vecchio et al 2017; Mateo et al 2003; Mossone et al 2019; Rotini et al 2020; Simeone and De Falco 2013; Simeone et al 2022; Vacchi et al 2017; Vance et al 2022)。バンケットという語には,長椅子のように段状になった構造が横に長く延びたもの,という意味があります。海岸線に沿ってテラス状に積もったラックの形がそのように見えるのでしょう。

地中海沿岸のEU加盟国の間では,ポシドニアのバンケットがもつ生態系サービス,とくに,海岸侵食の低減効果や砂の保持効果に注目して,バンケットの保全と管理を目的としたPOSBEMED(ポスビメッド)というプロジェクトが,国際自然保護連合(IUCN)の主導で行われてきました(IUCN 2022; IUCN and Enalia Physics Environmental Research Centre 2022; Otero et al 2018)。従来のようにコンクリート構造物や養浜に頼った海岸保全ではなく,バンケットがもつ自然の機能を活かしたNbSやEco-DRRの実践を目指したプロジェクトです。

【用語】
POSBEMED:Posidonia-Beach Systems in the Mediterranean Region(地中海のポシドニア—ビーチ・システム)の略。EUの地域間連携プログラムの一つ。
養浜:侵食を受けて砂が減った砂浜に,外部から持ってきた砂を投入して砂浜を維持する工法。英語ではbeach nourishment,beach replenishmentなどと呼ばれる。
NbS(エヌ・ビー・エス):Nature-based Solutions(自然を基盤とした解決策)の略。従来のような工学的な手法ではなく,自然がもつ機能を人間社会のさまざまな問題解決に役立てようという考え方。
Eco-DRR(エコ・ディー・アール・アール):Ecosystem-based Disaster Risk Reduction(生態系を利用した防災・減災)の略。生態系がもつ防災・減災機能に注目し,自然災害を受けやすい土地の利用や開発を避けることで被災する危険性を低減したり,生態系を持続的に管理・保全することで災害に対して強靭な地域を作るという考え方。

ラックがたどる道

一般的に,打ち上げられたラックは,微生物による分解,無脊椎動物による摂取,物理的な作用(砂,波,熱など)による細片化を受けて分解していきます(Hyndes et al 2022)。微生物をはじめ生物による分解は,砂浜における栄養塩の循環にとって要となる作用です(Krumhansl and Scheibling 2012)。
 打ち上げられたラックには急激に微生物が定着し(Krumhansl and Scheibling 2012),たとえば,ケルプ(コンブ類)内のバクテリア量は,浜に打ち上げられてから8日間で12倍も増えるとした研究があります(Koop et al 1982)。バクテリアには,ラックの複雑な有機物を単純な形の栄養分へ分解する働きがあり,それにより栄養分は砂浜生態系内の高次の栄養段階に利用されやすくなります(Hyndes et al 2022; Rodil et al 2018)。

南アフリカの砂浜では,コンブ科の褐藻(Ecklonia maxima)のラックが時間とともにどのように変化するのかが調べられました(Griffiths and Stenton-Dozey 1981)。漂着後1週間までに水分含量は約半分になり,2週間を過ぎる頃からは水分の減り方が緩やかになりました。一方,乾燥重量は2日間で半分となり,2週間までには元の20%にまで減りました。重量が減った主な原因は,双翅目(ハエの仲間)の幼虫や端脚類の摂餌によるものでした。

このほかにも,ラックの分解過程には海藻・海草の形状も関係します。たとえば,ケルプ類は軟らかく,長く,リボン状であり,打ち上げられた時に層状に積み重なるので,バクテリアやデトリタス食者にすぐ利用されやすいとされています(Rodil et al 2018)。それに対して,ホンダワラ類のような海藻は形状が複雑で,分解には時間がかかります。また,海草類は,分子構造が難分解性であることから分解に時間がかかり,生物による消費も少なくなります。そのことは,海草ポシドニアのバンケットが堆積し続ける原因にもなっています(Hyndes et al 2022)。

【用語】
栄養段階:生態系内の栄養関係を表すのに使われる,生物の役割の分類。無機化合物から有機物を合成する生物を生産者(主に植物の仲間),生産者を直接食べる動物を一次消費者,それを食べる二次消費者,・・・と続く。

2.ラックのはたらき

隠れ家や生息場所

ラックに集まる生物

端脚類(ハマトビムシやヨコエビの仲間,図5左),等脚類(スナホリムシの仲間,図5右),昆虫などの砂浜の無脊椎動物が,ラックを生息場所や餌として利用していることは世界各地から数多く報告されていますが,すでに100年以上も前の論文に,ラックに出現する甲虫,ハエ,ダニなどについての記述がみられます(Halbert 1920; Keys 1918; King 1914; Yerbury 1919)。1900年代半ばには,北欧のスウェーデンとフィンランド(Backlund 1945),イギリス(Egglishaw 1958)で,それぞれラックの動物相に関する包括的な研究が行われています。

端脚類の写真

等脚類の写真

図5:ラックに集まる無脊椎動物。端脚類(ハマトビムシ,ヨコエビの仲間,左)と等脚類(スナホリムシの仲間,右)。

ラックを栄養源とする砂浜の無脊椎動物は,デトリタス食者,バクテリア(細菌)食者,捕食者/腐食者という大きく3つのグループ(栄養ギルド trophic guild)に分けることができます(Hyndes et al 2022)。デトリタス食者は打ち上げられたラックを直接食べる動物で,端脚類が代表的ですが,ゴミムシダマシやゾウムシなどの甲虫も普通にみられます。バクテリア食者はラックに付着したバクテリアや微生物を食べる動物で,ハエの仲間が典型的です。ほかの動物をつかまえて食べたり死骸を食べる捕食者/腐食者は,摂餌のためラックに集まったデトリタス食者やバクテリア食者を食べる動物で,ハネカクシ,オサムシ,エンマムシなどの甲虫やクモが代表的です。
 チドリやシギなど海辺に飛来する鳥類のなかには,ラックに集まる無脊椎動物を餌としているものがいます。カリフォルニアの砂浜では,浜辺の鳥類の個体数や種の多様性が,ラックの量と強い相関関係がありました(Dugan et al 2003)。一方,ブラジルの砂浜では,ラックに集まる甲虫など無脊椎動物には,餌のホットスポットと呼べるほどの効果はみられませんでした(Laurino et al 2023)。

サーフゾーンのラック

浜に打ち上げられず,サーフゾーン(沖から入ってきた波が砕けながら岸まで到達する範囲)にとどまり滞留し続けるラックは,サーフゾーンの魚類や無脊椎動物の生息場所や餌場となります(Baring et al 2018)。たとえば,オーストラリア西部の海岸では,サーフゾーンに滞留するコンブやホンダワラなどの海藻,ポシドニアやアンフィボリスなどの海草の流れ藻が,ゴンズイ科のCnidoglanis macrocephalus,ボラ科のAldrichetta forsteri,キス科のSillago bassensis,マルスズキ科のArripis georgianaなどの魚類の稚魚の生息場所となっています(Crawley et al 2009; Lenanton and Caputi 1989; Lenanton 1982; Robertson and Lenanton 1984)。地中海では,サーフゾーンの海底の窪地に溜まった海草ポシドニア・オセアニカのラックに,タイ科のDiplodus sargus,D. vulgaris,ヒメジ科のMullus surmuletusなどの魚類が多く集まります(Bussotti et al 2022)。ブラジルの砂浜では,サーフゾーンに滞留するラックに30種以上もの魚類稚魚・幼魚が集まり,中でもアジ科コバンアジの仲間のTrachinotus falcatusやT. goodeiは,ラックに集まる端脚類を積極的に餌として利用していました(Andrades et al 2014)。

生態系のつながり

ラックは,砂浜の外部から砂浜へ供給される資源です(Griffiths et al 1983; Hyndes et al 2022; Krumhansl and Scheibling 2012; Remy et al 2021; Spiller et al 2010)。ラックのように,別の生態系からもたらされる資源のことをサブシディ(subsidy,補償や補助とも呼ばれる)といいます。ラックの場合であれば,藻場生態系から砂浜生態系に流れ着く海藻・海草がサブシディです。このように,別の生態系から資源が供給されることを異地性流入あるいは他生性流入(allochthonous input)といいます(Jefferies 2000; Leroux and Loreau 2008; Mellbrand et al 2011; Polis and Hurd 1996; Polis et al 1997)。砂浜自体は一次生産力がそれほど高くない場所なのに,多くの多様な生物が存在するのは(Brown and McLachlan 1990; Colombini and Chelazzi 2003; Crawley et al 2009; Dugan et al 2003; Hyndes et al 2022; Inglis 1989; Krumhansl and Scheibling 2012; McLachlan 1983),ラックが流れ着くおかげだとも言えます。

ラックが藻場から砂浜へのサブシディになっているのと同じく,ラック起源の栄養物質がサブシディとして砂浜から陸域へ運ばれています。たとえば,ラックで摂餌するハエやクモなどは,ラック起源の炭素を海岸砂丘の植生へと運ぶ役割を担っています(Krumhansl and Scheibling 2012; Mellbrand et al 2011)。無脊椎動物のほかにも,鳥類や哺乳類が,ラックに集まる無脊椎動物を食べ,エコトーン(ecotone)をまたいで有機物を移動させていると考えられています(Hyndes et al 2022)。

このような関係から見えてくるのは,生態系どうしが栄養物質を通して互いにつながりをもっているということです。私たちが海岸に手を加えるとき,大切な生態系のつながりを妨げることがないか,慎重に考えることが必要です。

好みはさまざま

砂浜にラックを置くことで,どのような動物が集まるのかを実験的に調べたオーストラリアでの研究によれば,端脚類や昆虫など68種が確認され,ラックはたしかに小動物を集める効果をもつことがわかりました(Schlacher et al 2017)。しかし,海藻の種類によって集まる生物に違いはあるのでしょうか。

スペインの大西洋岸の砂浜では,在来種のSaccorhiza polyschidesと,外来種のSargassum muticumという2種の褐藻類を用いた現場実験が行われました(Rodil et al 2008)。それによれば,ラックに集まる無脊椎動物の個体数はS. polyschidesの方がS. muticumより多く,種数や多様性は逆でしたが,その傾向はラックの加齢とともに不明瞭となりました。

海藻や海草にはフェノール類と呼ばれる化合物が含まれていますが,フェノール類は生物に対する忌避物質として働くと考えられています(Pavia and Toth 2000; Pennings et al 2000; Sogin et al 2022)。スペインの海岸で,浜の上方に残る古いラックと,流れ着いたばかりの新鮮なラックのフェノール含量を比べたところ,新しいラックの方が多く,時間とともに減少していく傾向がありました(Gómez et al 2022)。このことから,ラックに集まる生物は,忌避成分(フェノール)が少ない古いラックの方が多くなるのではないかと予想されたのですが,実際に調べてみたところ,ハマトビムシではフェノール含量の少ない古いラックにやや多く集まる傾向はあったものの,砂浜の無脊椎動物全体でみれば特別な違いは認められませんでした。ラックに集まる小動物は,忌避物質よりもラックの分解状態や湿気の程度などに左右されやすいのかもしれません(Hyndes et al 2022; Lastra et al 2015; Pennings et al 2000)。

オーストラリアの砂浜では,ラックが作り出す微気候(microclimate)と鳥類の行動との関係が調べられました(Davis and Keppel 2021)。新鮮なラックと,見た目にも脱水が進んだ古いラックの,それぞれ周囲(ラックの内部ではなくラックの上方10cm)の気温と湿度を比べたところ,日中の温度は古いラックの方が高く,早朝では逆でした。また湿度は古いラックの方が高いという傾向がありました。シギの仲間のチャオビチドリ(Charadrius bicinctus)やトウネン(Calidris ruficollis)は,日中も早朝も温度が高いラックの周りに集まるという傾向がみられ,おそらくエネルギー消費が少なくて済む,温度の高い場所を選択しているからだと考えられました。

このように,ラックへの動物の集まり方はさまざまです。このような違いが現れたのは,炭水化物,脂肪,有機物などの栄養成分の含量,湿気や温度などラック内の微気候などが,海藻・海草種類ごと,あるいは同じ種類でも分解過程の状態によって異なるためであり(図6),ラックに対する砂浜生物の反応は複雑です。

新しいラックの写真

古いラックの写真

図6:ラック(ホンダワラ類)の鮮度のちがい。新しいラック(左,山口県綾羅木海岸)は水分を多く含み,粘液状の物質で表面が被われているが,古いラック(右,山口県土井ヶ浜)は乾燥し,パリパリしている。

【用語】
デトリタス:生物の死骸,破片,排泄物,枯葉など。
ギルド:生物群集内の機能的な観点からみたときの生物のグループ分け。たとえば,栄養(餌)の摂取に基づけば栄養ギルド,生息地の利用に基づけば生息地ギルドとなる。
一次生産力:一次生産者(植物)が無機化合物から有機物を合成する能力。
エコトーン:生態系どうしの間,生息場所どうしの間などの移行域。

栄養塩の供給

ラックは砂浜の小動物の直接の餌となるばかりではなく,ラックが分解する過程で溶け出したチッソ分(溶存態チッソ)は,サーフゾーンにおける一次生産(Dugan et al 2011)や,砂丘植生の栄養分(Cardona and García 2008; Jiménez et al 2017)として寄与しています。

ラック由来の栄養分は,植物の根に共生するアーバスキュラー菌根菌(arbuscular mycorrhizal fungi: AMF)の働きも活発にすることで,海浜植物の生育を促進すると考えられています(Provost et al 2022a; Sigren et al 2014)。

【用語】
アーバスキュラー菌根菌:植物の根に共生する菌類の一つ。共生する植物の根の中に樹状体を広げることが特徴で,広範な植物種類に見られる。植物の栄養吸収を促進したり,菌から滲出する粘性物質が土壌粒子に絡まることで土壌が安定し,海岸侵食への耐性が高められている(Hanlon 2021; Ievinsh 2022; 斉藤 編著 2020; Walker and Zinnert 2022; Wang et al 2021)。

海岸侵食を抑える

海浜植生には,砂を留め安定性を高めることにより,浜や海岸砂丘が侵食されにくくする効果がありますが(Bryant et al 2017; Feagin et al 2015, 2019; Hesp 2002; Sigren et al 2014; Walker and Zinnert 2022),ラックもそれと同様の効果を発揮します(Dugan and Hubbard 2010; Hemminga and Nieuwenhuize 1990; Hooton et al 2019; Innocenti et al 2018; Provost et al 2022a; Robbe et al 2021; Ruju et al 2022; Simeone and De Falco 2013; Simeone et al 2022)(図7)。

砂を捕捉したラックの写真図7:砂を捕捉するラック。ラックには砂がたまり,周囲の砂面より高くなっている。(山口県綾羅木海岸)

たとえば,フロリダの砂丘では,ラックを除去した場所とそのまま残る場所の比較が21ヶ月間行われました。その結果,ラックを除去した場所では明らかに砂丘植生の多様性と砂の量が減り,ラックは砂丘植生と砂丘のボリュームを増やす効果があることがわかりました(Joyce et al 2022)。スペインでは,砂丘の侵食されている部分の海側にラックを置き,砂丘の侵食を抑える試みが行われました(Roig et al 2009)。地中海沿岸では,海草ポシドニアのラック(バンケット)が砂を捕捉したり,波当たりを弱める効果に,強い関心が寄せられています(IUCN 2022; IUCN and Enalia Physics Environmental Research Centre 2022; Otero et al 2018)。

ラックが分解する過程で生じる栄養塩は先駆植物(pioneer plant)(図8)の成長を促進するので,間接的にラックは浜や砂丘の安定化に寄与していると言えます(van Egmond et al 2019; Williams and Feagin 2010)。バルト海の砂丘では,ラックを海浜植生の肥料とする実証研究が行われています(Chubarenko et al 2021)。同じくバルト海では,木枠で作った堆砂垣(sand fence, wind interference barrier)の中にラックを加えることで,堆砂効果を高めようという研究が行われています。

オカヒジキの写真図8:砂浜の代表的な先駆植物オカヒジキ(山口県綾羅木海岸)

ラックを利用して洪水対策に役立てようという,自然および自然に基づく機能(NNBF)に着目した研究が,米国ミシシッピ州の砂浜で行われています(Provost et al 2022b)。砂浜の背後に広がる海岸砂丘(coastal dune)(図9)は,自然の防壁となることで,洪水,浸水や波浪から内陸部を守るという海岸防護の機能をもっています(Borsje et al 2011; Hanley et al 2013)。そこで,ラックを砂丘の安定材として利用し,砂丘の基部に埋設することで砂丘の安定化を図り,浸水に対する防御効果をより高めようという試みです(Provost et al 2022b)。

海岸砂丘の写真図9:海岸砂丘は陸域を高潮や嵐による洪水や浸水から守る自然の防壁(鹿児島県吹上浜)

【用語】
先駆植物:砂浜の最も海側に生える植物の総称。塩分,乾燥,砂への埋没などに対する耐性が高い。オカヒジキ,ハマヒルガオ,ネコノシタなど。
堆砂垣:飛砂を止め,砂を堆積させることで砂丘を維持するために,砂丘内に設置する障壁。枯れ枝,竹,木材などが利用される。
NNBF:Natural and nature-based featuresの略。沿岸内陸部の洪水リスクを低減するという観点から見たときの,自然の地形,あるいは自然を模して人工的に作った地形や機能(Bridges et al 2015)。

プラスチックごみのトラップ

沿岸の藻場はプラスチックごみをトラップする働きをもちますが(Bonanno and Orlando-Bonaca 2020; Hendriks et al 2008; Huang et al 2020; Jones et al 2020; Zhao et al 2022),浜に打ち上げられたラックの効果についてはあまり研究が行われていません。しかし,イタリアの海岸では,湿地に生えるアシ(ヨシ)に似たダンチク(Arundo donax)のラックが,プラスチックごみをトラップする効果があるとされています(Battisti et al 2020)。同じく地中海沿岸では,地中海固有種の海草ポシドニアの破片や繊維が絡まってできた,エガグロパイル(egagropile)と呼ばれる球形のラックが,プラスチックごみを絡め取っています(Cesarini et al 2021, 2022; Pietrelli et al 2017; Sanchez-Vidal et al 2021)(浜を読む③「浜辺のプラスチック(後編)」参照)。しかし,研究は少なくても,浜に行けばプラスチックごみが混ざったラックをよく見かけます(図10)。

その一方,アイスランドで行われた研究によれば,海藻ラックにトラップされたプラスチックはもろくなり,ラックの分解過程とともに細片化し,海岸の土壌に吸収され,土壌汚染の原因となる可能性があります(Burlat and Thorsteinsson 2022)。

プラスチックごみの写真図10:ラックに絡め取られたプラスチックごみ(山口県綾羅木海岸)

域外指標

ラックを構成する海藻の種類や量などは,近傍の藻場の状態を反映すると考えられるので,ラックは近傍の藻場のモニタリング指標として利用できる可能性があります(Suursaar et al 2014; Thibault et al 2022)。フランス,ブルターニュ地方で行われた研究では,砂浜に打ち上げられたラックは,海岸から1 km以内の藻場の状態を反映することがわかりました(Thibault et al 2022)。このように,ラックは近傍の藻場の域外指標(ex situ indicator)として利用できそうです。藻場のような海中に存在するハビタットを長期にわたって直接モニタリングすることは,技術,労力,お金の面でたいへんですが,砂浜に打ち上げられたラックが代わりとなるのなら,たいへん便利です。

伝統的な利用

浜に打ち上げられたラックは,肥料,飼料,マットレスや枕の中詰,家の断熱材,防波堤などと,古くから世界各地で利用されてきました。フランスのブルターニュ地方の海岸を描いたゴーギャンの『ブルターニュの海草採り』のように,ラックの採取は,古くはどの海岸でも見られたありふれた光景だったのかもしれません。

日本と同じく海藻産業が盛んなスコットランドやアイルランドでは,マケア(machair)(Angus 2007; Randall 1983; Ritchie 2005)と呼ばれる,砂丘の背後に広がる,貝殻質の砂に覆われた海岸の低地の施肥に,ラック(主にコンブ属)が使われてきました(Al-Dulaimi et al 2021; Angus 2009; Kelly 2005; Thorsen et al 2010)。マケアでは伝統的に羊の放牧が行われています。変わったところでは,第一次世界大戦時のドイツでは,兵士の寝袋の中詰にラックを使うため,ドイツ皇帝名でラックの供出が海岸住民に求められていたそうです(Timmermans and de Jong 2019)。

日本の北海道や東北地方では,浜に打ち上げられたコンブを採る,拾い昆布漁,寄り昆布漁,流れ昆布漁と呼ばれる漁業が,現在でも行われています。拾い昆布という名前からは,浜辺に流れ着いた昆布を拾うだけの簡単な漁のように聞こえますが,実際は,強い波に巻かれる危険もある厳しいものです。実際,地域を管轄する海上保安部からは注意喚起が行われています。漁の様子を写した画像(ローカルフレンズ制作班 2022)からは,漁が行われる浜は,反射型(浜を読む①「砂浜という環境の多様性」参照)と呼ばれる砂浜のタイプにみえます。このタイプは,波打ち際の勾配がきつく,砂の粒径が粗く,波が汀線際で一気に砕けて,その勢いを保ったまま浜を駆け上がることが特徴です。

後編に続く

参考文献のリストは、後編に掲載しています。

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