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2011.05.01(2018.06.27 更新)

【自然しらべ2011】チョウの不思議話(2)

調べる対象:チョウ

視点が広がる! チョウの話題

※会報『自然保護』2011年7/8月号より転載

 

海を渡るチョウたち。

チョウはしばしば集団で移動することがあり、世界各地で古くから記録されています。例えば、コロンブスもダーウィンも海上を移動するシロチョウ類の大群に遭遇していますし、日本でも鎌倉時代の史書「吾妻鏡(あづまかがみ)」に1248年秋の鎌倉における「黄蝶」の集団移動の記述があります。この「黄蝶」は、昭和期の前半に「顔にぶつかって目も口も開けられないほどの大群」が東京や大阪の街中を通過することもあったイチモンジセセリと考えられていますが、何のための移動なのかは完全には解明されていません。モンシロチョウも大群で海上を移動するのが目撃されています。海上を移動するチョウは海面上に止まったりもするようです。
チョウの長距離移動では、北米のオオカバマダラと日本のアサギマダラが有名です。どちらもチョウの翅にマークすることにより、秋には南へ、春には北へと数千kmに及ぶ移動が明らかにされています。彼らは上昇気流を利用して上空に昇り、風に乗って移動しますが、どのようにして移動方向を知るのかは謎です。
おもしろいことに、モンシロチョウもイチモンジセセリもアサギマダラも、室戸岬の南方450kmの海上に停泊する気象観測船で捕獲されています。

(石井 実/大阪府立大学教授)

 

本来いるはずがない場所と時期にアカボシゴマダラ発見。

写真1(下写真・左)はアカボシゴマダラの幼虫です。今では埼玉県でも普通のチョウになりつつあります。一見普通の写真に見えるかもしれませんが、撮影日は今年の1月8日。アカボシゴマダラは、真冬には幼虫で小さなまま茶色く変色して落ち葉や幹に付いて越冬しているはず(写真2)ですが、なぜか飯能市の駅前の小さなエノキ(このチョウの食樹)上で、緑色のまま2.5cmほどに成長して活動していたのが驚きです。おまけに落葉樹のエノキまでもが、まだ緑の葉を付けています。12月が暖かかったことに加え、食べられる葉が残っていたせいか、幼虫は越冬する体になることができずにいたようです。この後、葉が枯れたので、おそらく幼虫は死んでしまったと思われます。

(大石 章/埼玉県・NACS-J自然観察指導員)


▲写真左:アカボシゴマダラの幼虫(埼玉県飯能市) 、写真右:アカボシゴマダラの越冬幼虫(写真:有田忠弘)

 

アカボシゴマダラ幼虫の見分け方

アカボシゴマダラとオオムラサキ、そしてゴマダラチョウの3種は、幼虫の姿がとても似ていて見分けがつきにくい。背中の突起とシッポで見分けよう。
1)背中の突起が3つなら、ゴマダラチョウ。4つならアカボシゴマダラかオオムラサキ。
2)突起の大きさが4つともほぼ同じならオオムラサキ。3番目が大きければアカボシゴマダラ。
3)シッポが分かれていればオオムラサキ。閉じていたらアカボシゴマダラ。

 

 

 

家紋としても利用されてきたチョウ

家紋の世界で虫がモチーフにされたものは意外と少なく蝶と蜻蛉(とんぼ)、百足(むかで)などがあります。
蝶紋は中国から文様(衣服や物品に描かれた模様)として奈良時代ごろに伝わったようです。中国では蝶を「ボウ」と読む地域があり、これが老人を意味する言葉と同じ発音であることから長寿のシンボルとされたといわれます。
蝶紋は現在確認できているだけでおよそ300種類近いデザインがあります。細かなデザインで描かれるだけに、変化がつけやすく、一見同じように見えても、羽根の模様や足の形が違うなどで数が増えたようです。
蝶紋は初めは平家一門が用い始めたようです。平家が家紋として蝶を用いた記録は平安時代の末期で、美貌の貴公子といわれた平維盛の牛車に蝶紋が描かれていたという記録が残っています。
源平の戦いで滅びた平氏が用いていたとされることで、蝶紋にはどこかはかないイメージがあります。しかし、蝶は変態しながら成長する姿が、再生をイメージさせ、常に死を賭して戦う武人には、死んでも子や孫が継いで家が続いてゆくというように受け止められていたようです。
その後も平氏の末流と称する家で蝶紋は用いられ続けました。特に伊勢平氏の本拠地の三重県を中心とした隣接県で現在でも多く見られる家紋で、平氏を自称した織田信長も用いています。信長が幼少のころ、遊び相手だった池田恒興は信長が着用した裃(かみしも)をもらい受け、その裃に揚羽蝶紋があったことから池田家の家紋になったという言い伝えもあります。
蝶紋は羽を上げた揚羽蝶紋、羽を下に置いた蝶の丸紋の二つが主流です。羽を置いた姿は臥蝶(ふせちょう・がちょう)であり、おそらく蛾をイメージしているのでしょう。中国では美人の眉を蛾の触角に見立てて蛾眉というように、蛾に対して時に高貴なイメージで見ることもあったようです。

(高澤 等/日本家紋研究会会長)