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2011.05.01(2018.06.27 更新)

【自然しらべ2011】みえてきたこと

調べる対象:チョウ

見えてきたこと

チョウは専門家の調査だけでなく市民の手によっても日々継続的にモニタリングが続けられているため、生活史や過去の分布の記録などの情報が豊富に蓄積され、昆虫の中でも特に自然の変化をとらえることに役立つ生きものです。

今年の自然しらべでは、地球温暖化やヒートアイランド現象などによる分布に変化が見られる種を中心に、現状を明らかにすることを目的としました。

調査は7~9月の4カ月間と短期間にも関わらず、全都道府県からたくさんの記録が寄せられ、チョウへの関心の高さが伝わってきました。一方で、3月に東日本を襲った大地震と大津波などにより多くの人々が被災し、自然しらべに参加できなかった方も少なくなかったと思われるのは残念です。
この調査では、種の同定の正確を期すために写真の添付をお願いし実施したことで、子どもやチョウに詳しくない方が送ってくださった記録も、確実な裏付けのあるデータとして活用することができました。その結果、調査の目的であった主な対象種の分布の拡大と定着について多くのデータが集まり、期待した以上の成果を得られた有意義なものであったと評価できると思います。
身近な場所に生息しているチョウ類は、自然の現状を私たちに伝える美しい使者です。子どもから大人まで、楽しみながら自然を理解する入門的な生きものとして、これからもチョウの観察を続けていただければと思います。

石井 実(大阪府立大学大学院教授/日本自然保護協会評議員)

2011 チョウの分布 今・昔 結果レポート(PDF/1.8MB)

NACS-J資料集50号「2011 チョウの分布 今・昔 報告書」(PDF/4.86MB)

※「全調査リスト」を含む完全版冊子(52ページ)は定価1000円(NACS-J会員価格1割引)で販売しております。こちらよりお問い合わせください。

 

チョウをしらべて、こんなことが見えてきました。

ツマグロヒョウモンの北上傾向と定着

 

ツマグロヒョウモンは1970年代までは、国内では南西諸島から近畿地方に分布していましたが、その後分布を広げ、1990年から2000年代には甲信越地方から関東地方でも普通に見られるようになりました。その要因として、幼虫が園芸用のパンジーなども食草(*1)として利用できることと、ヒートアイランド現象などで市街地の冬の気温が高くなり、越冬しやすくなったためと考えられています。

今回、東海地方から関東地方にかけての全都県と山梨県、長野県から多くの記録があったほか、雪の多い新潟県、富山県、東北地方南部の福島県、山形県でも確認されました。このチョウが着実にこれらの地域に定着しつつあることが明らかになりました。

*1 食樹・食草とは:チョウの幼虫が好んで食べる木や草のこと。種ごとに好む木や草が違っています。

 

ナガサキアゲハの北上傾向と定着

 

ナガサキアゲハは1970年代までは、国内では南西諸島から四国地方、中国地方の西部に分布していましたが、その後分布を広げ1980年代には近畿地方で、2000年代には関東地方南部や長野県南部でも見られるようになりました。その要因として、庭木のミカンなどを食樹(*1)とすることができることと、ヒートアイランド現象などで市街地で越冬しやすくなったからと考えられています。今回、東海地方から関東地方にかけての全都県から見られ、定着が進んでいることがわかりました。一方、これまでにこのチョウが見られたことのある福井県や長野県、山梨県からの報告はありませんでした。それはこの地域では、まだ市街地での生息数が少ないためと考えられます。

 

アオスジアゲハは秋田県で定着か?長野県からの分布報告はなかった

 

アオスジアゲハは、国内では1950年代頃までは東北地方南部が分布の北限でしたが、今では秋田県、岩手県の南部以南が分布域とされています。また近年、秋田県に近い青森県の沿岸地域でも見られたとのことです。このチョウは幼虫の食樹がクスノキ科のタブノキ、クスノキ、ヤブニッケイなどの常緑の広葉樹のため、この植物のある場所だけに分布が見られます。ただ市街地の公園や街路、寺社などはクスノキ科の木が植えられることが多く、そういった場所ではごく普通に見られるチョウになっています。

今回は南西諸島~東北地方の山形県、宮城県、秋田県南部まで見つかり、このチョウの分布範囲を把握することができました。しかし、その一方で長野県からの報告はありませんでした。これはクスノキ科の常緑樹が県の南部の一部にしかないことも関係していると思われます。

 

アカボシゴマダラの分布が拡大傾向に

 

アカボシゴマダラの分布が拡大傾向に
アカボシゴマダラは、国内では鹿児島県奄美大島周辺で見られますが、1998年に神奈川県にも現れたチョウです。今では関東地方を中心に分布が広がっていますが、このチョウの移動する力から考えると、自然に分布が広がったものではないと思われます。研究者が調べたところ、奄美大島周辺の日本固有の亜種(*2)とは違い中国産の亜種とわかり、人の手で放たれたものと考えられています。この外来亜種の分布が広がることで、この地域のチョウの遺伝子のかく乱などが心配されています。

今回は92件のデータが得られました。その中には伊豆半島で見つけた記録もあり、関東から周辺の地域へ分布を広げはじめている様子がわかりました。

*2亜種とは:同じ種の生きものの中で、地域ごとに色や形が似通い、他の地域のものと異なる特徴を持つ場合があります。その集団を、ここでは亜種と呼んでいます。

 

ウラギンシジミ、東北に定着か

 

ウラギンシジミの国内の分布の北限は、1950年代頃は関東地方と考えられていて、九州地方、四国地方、近畿地方南部では普通に見られていました。ただ、東海地方から関東地方では数が少なく、標高の高い場所や日本海側ではほとんど見られていませんでした。しかし近年分布が拡大して、現在の北限は、宮城県や山形県で、近畿地方の北部や関東地方の平地などでも普通に見られるようになっています。また、北陸地方や甲信越地方からも報告されるようになりました。ウラギンシジミの分布拡大の要因は不明ですが、幼虫の時期にエサとなるクズなどのマメ科の植物が全国に分布することや、ヒートアイランド現象などで市街地の冬の気温が高くなり、成虫での越冬の際の死亡率が低下したためと考えられています。

今回の調査でも、関東地方全都県のほか、東北地方の宮城県、山形県、甲信越地方の山梨県、長野県、新潟県、北陸地方の福井県、富山県などからも報告があり、これらの地域の分布拡大と個体数増加の傾向が確認されました。

 

クジャクチョウの西の分布に変化傾向か

 

クジャクチョウは、日本では北海道と本州に分布しています。北海道では平地でも見られますが、本州では主に山地で見られます。分布の南限は岐阜県・滋賀県の境の伊吹山とされています。いままでに三重県、大阪府、兵庫県、香川県などでも記録がありますが、いずれも他の地域から迷い込んできたものや、一時的にその場所に入ってきたものではないかと考えられています。そのほか、山岳地帯の周辺の場所では、晩秋と早春に、越冬のために山麓に降りてきた成虫が見られることもあります。

今回は、北海道、東北地方、北関東地方、甲信越地方のほか、岐阜県と静岡県からも報告されました。特に長野県と北海道の記録が多くありました。また、過去に記録のあった秋田県、山形県、富山県、石川県、福井県、愛知県、滋賀県からの報告はありませんでした。クジャクチョウは北方系のチョウのため、標高の低い場所にある市街地では確認されにくかったと考えらます。また、ヒートアイランド現象や温暖化により分布域が縮小した可能性もあります。

 

その他のチョウについて

記録されたチョウのリストを見ると、主な対象種以外でたくさん見つかったチョウは、アゲハ、ヤマトシジミ、モンシロチョウなど、いずれも街中や郊外の農地などの私たちの身近な場所に生息する種で、データの約3割を占めていました。チョウとガの研究者や愛好家の集まりの日本鱗翅学会が1997年~2002年に会員を対象に行った庭のチョウのモニタリングでも、たくさん見つかったチョウはほぼ同様な結果でした。これは多様な参加者層を誇る自然しらべでも、専門家の調査と変わらない結果が得られたことを示していると考えられます。

調査票に書かれた種の正答率について

調査票に書かれた種名の正答率は、種によってばらつきがありました。ウラギンシジミやクジャクチョウなど、他の種に似た翅の模様がない種は正答率が高く、アゲハ、ヤマトシジミなど、翅の模様や大きさが似た種が存在するチョウでは、正答率が低くなる傾向にありました。

 

自然しらべで140種類のチョウが見つかりました

全国各地の皆さんと一緒にチョウをしらべて、6052件の記録が得られました。そのうち同じ場所・同じ日の記録などを整理した4256件のデータを用いて集計・解析をしました。今回見つかった140種のチョウの名前と見つかった数は、下記の通りでした。

自然しらべ2011で見つかったチョウ一覧

No 同定種名 データ数
1 ツマグロヒョウモン 503
2 アオスジアゲハ 246
3 アゲハ 199
4 ヤマトシジミ 197
5 モンシロチョウ 176
6 ウラギンシジミ 168
7 モンキアゲハ 136
8 ベニシジミ 129
9 キアゲハ 125
10 キタキチョウ 118
11 ヒメアカタテハ 117
12 ナガサキアゲハ 115
13 クジャクチョウ 106
14 コミスジ 105
15 クロアゲハ 95
16 アカボシゴマダラ 92
17 イチモンジセセリ 92
18 モンキチョウ 87
19 ムラサキシジミ 84
20 ツバメシジミ 67
21 キタテハ 63
22 ヒメウラナミジャノメ 60
23 サトキマダラヒカゲ 58
24 ミドリヒョウモン 55
25 ルリタテハ 54
26 アカタテハ 53
27 アサギマダラ 47
28 ヒカゲチョウ 46
29 ゴマダラチョウ 42
30 イシガケチョウ 34
31 ウラナミシジミ 34
32 カラスアゲハ 34
33 ジャノメチョウ 33
34 イチモンジチョウ 31
35 クロヒカゲ 30
36 ヒメジャノメ 30
37 ミヤマカラスアゲハ 30
38 コムラサキ 28
39 ダイミョウセセリ 28
40 ウラギンヒョウモン 25
41 ジャコウアゲハ 23
42 ルリシジミ 23
43 メスグロヒョウモン 22
44 ムラサキツバメ 21
45 サカハチチョウ 20
46 アサマイチモンジ 15
47 キベリタテハ 15
48 コチャバネセセリ 14
49 ヒメキマダラヒカゲ 14
50 オオムラサキ 13
51 キマダラセセリ 13
52 クロマダラソテツシジミ 12
53 スミナガシ 12
54 チャバネセセリ 12
55 ホシミスジ 12
56 シータテハ 10
57 ウラギンスジヒョウモン 9
58 コヒオドシ 9
59 エルタテハ 8
60 クロコノマチョウ 8
61 コジャノメ 8
62 ベニヒカゲ 8
63 オオチャバネセセリ 7
64 ゴイシシジミ 7
65 ヒオドシチョウ 7
66 ミズイロオナガシジミ 7
67 オオウラギンスジヒョウモン 6
68 アオタテハモドキ 5
69 オナガアゲハ 5
70 ヒメキマダラセセリ 5
71 ヒメシジミ 5
72 ヤマキマダラヒカゲ 5
73 オオモンシロチョウ 4
74 スジボソヤマキチョウ 4
75 ツマキチョウ 4
76 トラフシジミ 4
77 ホソバセセリ 4
78 アカシジミ 3
79 ウスバアゲハ 3
80 エゾシロチョウ 3
81 オオルリシジミ 3
82 オキナワカラスアゲハ 3
83 カバマダラ 3
84 カラスシジミ 3
85 コヒョウモン 3
86 コヒョウモンモドキ 3
87 シロオビアゲハ 3
88 タテハモドキ 3
89 テングチョウ 3
90 ミヤマモンキチョウ 3
91 アオバセセリ 2
92 ウスイロコノマチョウ 2
93 ウラゴマダラシジミ 2
94 ウラナミアカシジミ 2
95 オナガシジミ 2
96 キバネセセリ 2
97 ギフチョウ 2
98 ギンイチモンジセセリ 2
99 ギンボシヒョウモン 2
100 コキマダラセセリ 2
101 コツバメ 2
102 スジグロカバマダラ 2
103 ダイセツタカネヒカゲ 2
104 ヒメギフチョウ 2
105 フタスジチョウ 2
106 ミスジチョウ 2
107 ミドリシジミ 2
108 ミヤマチャバネセセリ 2
109 アイノミドリシジミ 1
110 アサマシジミ 1
111 ウスイロオナガシジミ 1
112 ウスキシロチョウ 1
113 ウラクロシジミ 1
114 ウラジャノメ 1
115 ウラナミジャノメ 1
116 ウラミスジシジミ 1
117 オオイチモンジ 1
118 オオゴマダラ 1
119 オオヒカゲ 1
120 オオミスジ 1
121 カシワアカシジミ 1
122 キイロウスバアゲハ 1
123 キマダラモドキ 1
124 クモガタヒョウモン 1
125 クロシジミ 1
126 クロセセリ 1
127 クロツバメシジミ 1
128 コノハチョウ 1
129 サツマシジミ 1
130 ツマムラサキマダラ 1
131 ナミエシロチョウ 1
132 ベニモンアゲハ 1
133 ホソオチョウ 1
134 ミヤマセセリ 1
135 メスアカミドリシジミ 1
136 ヤクシマルリシジミ 1
137 リュウキュウアサギマダラ 1
138 リュウキュウウラボシシジミ 1
139 リュウキュウミスジ 1
140 リュウキュウムラサキ 1
総合計 4259

参考文献:白水隆著『日本産蝶類標準図鑑』学研教育出版

 

 

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