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2011.05.01(2018.06.27 更新)

【自然しらべ2011】チョウの不思議話(1)

調べる対象:チョウ

改めて、チョウとはどんな生きものか?

石井実(大阪府立大学生命科学研究科教授) ※会報『自然保護』2011年7/8月号より転載

 

チョウは美しく、興味のつきない自然からの使者

美しい翅(はね)をひらめかせ、優雅に舞い飛ぶチョウは、古くから人々の心を惹きつけてきました。そのことを示す最古の記録として、古代エジプト時代の壁画や古代ギリシャ時代の黄金板に描かれたチョウの絵があります。以来、洋の東西を問わず、チョウはさまざまな絵画や意匠、文学などに登場します。一般には、チョウはその美しい姿だけが注目される傾向がありますが、陸上生態系の中で重要な役割を果たす、興味深い生きものでもあります。

 

チョウの翅は幼虫の体内で成長する

チョウは、卵→幼虫→蛹→成虫という完全変態の生活史を送ります。幼虫はイモムシや毛虫です。でも、イモムシや毛虫がどうしてあの大きな翅を持つ成虫になるのか不思議ですね。
チョウを含め、完全変態をする昆虫は「内翅類(ないしるい)」とも呼ばれ、将来成虫の翅になる部分(=翅芽)が幼虫の体内で成長します。バッタやトンボのような不完全変態の昆虫(外翅類)では、翅芽が体外で成長するので、皆さんも幼虫の胸部にある小さな翅を見たことがあるかもしれません。チョウ類の翅芽は、蛹になるときに靴下を裏返すように体外に出てきて、外からも見えるようになります。
チョウの幼虫は、脱皮を繰り返しながら成長します。卵から孵化した幼虫を1齢幼虫と呼び、それ以降、脱皮するたびに齢が進み、普通、5齢(シジミチョウ類などでは4齢)を経て蛹になります。脱皮は、チョウにとって大仕事です。まず、前の齢の幼虫の皮膚を外側の一層を残して消化し、その内側に新しい皮膚がつくられます。そして、脱皮の際には消化管や複雑に入り組んだ気管の内側の皮膚も脱ぎ捨てるのです。
チョウの幼虫を飼ったことのある人は、蛹になる直前の幼虫が下痢のような糞をすることを知っているかもしれません。これは蛹になるのに備えて、腸の中を空にするための行動です。その後、幼虫は蛹になる場所を探し始めます。
チョウの蛹には、アゲハなどのように体に帯糸をかける「帯蛹(たいよう)」と、タテハチョウ類のように尾端で逆さにぶら下がる「垂蛹(すいよう)」の2タイプがあります。垂蛹タイプの場合、蛹になる脱皮の際になぜ落下しないのか不思議ですね。蛹の時代には、脳などの神経系と筋肉の一部を残して体内は未分化の状態になり、成虫の体につくり変えられます。とても神秘的なプロセスです。
蛹から出たばかりのチョウは、翅が小さく、腹部が大きく、何かアンバランスです。羽化した成虫はまず、翅に腹部の体液を送り込んで伸ばします。すると腹部は次第にスマートになり、翅は大きくなっていくのです。翅は平たく紙のようですが、風船のような袋と考えるとよいでしょう。翅が伸びると、成虫は赤色や緑色の液体を排泄します。これは蛹時代の排泄物(=蛹便・ようべん)です。


▲チョウの蛹タイプ(写真:有田忠弘)

 

チョウは陸上生態系の植食者

チョウは一部の種を除き、植物を食物としています。幼虫が利用する植物(=寄主植物)は、アゲハはミカン科植物、モンシロチョウはアブラナ科植物といった具合に種ごとに異なります。多くのチョウの幼虫は寄主植物の葉を食べますが、ツマキチョウ(アブラナ科)やツバメシジミ(マメ科)など、つぼみや花、実を好む種もいます。
異色なのはゴイシシジミで、幼虫はササ類の葉裏にコロニーをつくるアブラムシの仲間を捕食する肉食者です。また、キマダラルリツバメやクロシジミのように、幼虫がアリ類の巣に運ばれて、食物をもらったり、アリの幼虫を食べたりする種もいます。シジミチョウ類には、幼虫が分泌物をアリに与えることで天敵から保護される種も少なくないのですが、このような関係がどのように発達したのか不思議です。
チョウの成虫も主に植物に依存して生活しています。アゲハやモンシロチョウは花の蜜を吸いますが、ゴマダラチョウやヒカゲチョウのように樹液を主な食物にする種もいます。また、ジャノメチョウのように花にも樹液にも来る種や、ウラギンシジミのようにアブラムシの甘露や熟れた果実を特に好む種もいます。
このように、チョウは幼虫も成虫も植物を主な食物とする植食者です。自然生態系の中では、植食者は、無機物から有機物を生産する植物(生産者)を直接食べる第一次消費者の生態的地位を占め、小型肉食者(第二次消費者)の餌資源として重要な役割を果たしています。例えば、モンシロチョウは東京や大阪では1年に6世代以上を経過しますが、仮にメス成虫が100個の卵を産んで、どの世代も死亡する個体がないのなら、1ペアの成虫の子孫は秋には300億個体以上に増加してしまいます。そんなことにならないのは、モンシロチョウには多くの捕食者や寄生者がいて、それらの食物となってしまうからです。


▲ゴイシシジミ(写真:伊藤信男)


▲チョウの周年経過の例

 

チョウはどのようにして季節を知るのか

アゲハやモンシロチョウは、春になると飛び始め、秋が深まると姿を消します。皆さんの中には、冬、寄主植物の近くで越冬中の蛹を見つけたことのある人がいるかもしれません。私は、子どものとき、12月ごろにキンカンの木でクロアゲハの蛹を見つけ、早く成虫にしたくて、室内に持ち込んだことがあります。しかし、なかなか羽化しませんでした。
実は、越冬中の蛹は、夏の蛹とは生理的に異なり、休眠状態にあるのです。アゲハやモンシロチョウは、春から夏には発育を止めることなく世代を繰り返しますが、秋になり日長(昼の長さ)が短くなると、幼虫がそれを感受して休眠蛹を形成します。休眠状態の昆虫は、一般に寒さや乾燥に強く、キアゲハの休眠蛹は短い時間なら、凍っても死なないそうです。アゲハやモンシロチョウの休眠蛹は、冬の寒さを数カ月経験することで休眠から目覚め、春になり暖かくなると羽化します。
皆さんは、同じ種のチョウでも、季節により大きさや色彩が違うのを知っていますか。アゲハは春の成虫(春型と呼びます)は小型で明るい色彩ですが、夏の成虫(夏型)は大型で黒い部分が目立ちます。モンシロチョウも、春型は黒い紋が小さく、雄成虫ではほとんど黒紋がないものもいます。アゲハやモンシロチョウでは、休眠蛹から羽化した個体が春型になるようです。


▲ベニシジミの春型(写真:伊藤信男)


▲ベニシジミの夏型(写真:平井規央)夏型は、春型に比べ、全体が黒っぽく見える。

ベニシジミは、秋の短日条件で幼虫期に休眠に入り越冬しますが、それとは別に、幼虫期の長日・高温条件により翅の黒化した夏型の成虫が誘導されます。ベニシジミは、秋になるとまた春と同じように明るい色彩の成虫が羽化してきます(上写真)。このように幼虫期の日長条件により成虫の季節型が決まるチョウは、キタキチョウやキタテハなど、ほかにもいます。 最近、気候の温暖化が顕著になってきました。それとともに、ナガサキアゲハなどの南方系のチョウが北へ分布拡大していることは、皆さんも知っていると思います。ナガサキアゲハもアゲハと同様、蛹で冬を越しますが、休眠蛹の寒さへの備えは十分ではないようです。しかし、最近は暖冬傾向が続いているため、それに後押しされる形で、より北方でも越冬が可能になったと考えられます。もちろん、ナガサキアゲハの寄主植物であるユズやキンカンなど栽培ミカン類が広い範囲にあることも、分布拡大に有利に働いているのでしょう。
チョウは、世界から約2万種、日本から250種ほどが知られていますが、どの種も個性的で、生活は謎に満ちています。日本でも西洋でも、古来、チョウは死霊の化身と考えられていたようです。しかし、チョウは化身などではなく、多くの天敵に囲まれながら懸命に生きる陸上生態系の重要なメンバーです。その美しさに秘められた多くの謎にも目を向けてみませんか。