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2021.03.03(2021.03.10 更新)

【東日本大震災から10年】仙台湾を縁取る海岸林のこの10年(宮城県)

専門度:専門度3

フィールド:海岸

震災後の仙台湾岸における自然再生と、海岸林の復興事業について、10年間調査を続けてきた平吹喜彦さんに、問題点と考えうる改善策を執筆いただきました。


平吹喜彦

東北学院大学教養学部教授。専門は植生学、景観生態学、環境教育。震災以降、仙台湾岸の植生の回復過程を追い続ける。


自然環境と被災状況

震災前の仙台湾岸(宮城県)は、砂浜(前浜、後浜)、砂丘、潟湖・干潟、後背湿地、浜堤といった多様な立地が海岸に帯状に並列する、自然度の高い砂浜海岸エコトーンで縁取られていました(図1)。

ところが震災時の地震で地盤が沈下・液状化し、高さ9mにも及ぶ津波も押し寄せ、景観は一変しました。砂浜は削られ、砂丘上に植栽されていた低樹高クロマツは、幹の曲げ折れや傾倒によって枯死しました。また、砂丘の内陸縁や後背湿地の微高地、浜堤では、高樹高のクロマツやアカマツ、広葉樹種が被害を受けました(傾倒、根返り、流亡、立ち枯れ等)。

図1:仙台湾南部海岸における砂浜海岸エコトーンの鳥瞰。 東北地方太平洋沖地震・津波以前の仙台市新浜地区を事例として、微地形と植生(土地利用)が対応することで生じた成帯構造を示した(白抜き文字が微地形タイプ)。 背景は2008年9月1日時点のGoogle Earth画像(Google、http://www.google.co.jp/intl/ja/earth/)。平吹(印刷中)の図面を一部改変して引用。

 

震災後の自然回復と復興事業

この大きなかく乱から3カ月ほどが過ぎ、沿岸地域への立ち入りが許可された頃から、私たちは仙台湾南部の砂浜海岸エコトーンで景観生態学的な調査を開始しました。また、調査にあわせ「自律的に再生する自然を大切にした復興・まちづくり」を支援する活動も継続してきました(写真1)。

「数百年~千年に一度の巨大な地震や津波によってかく乱された海辺」と聞くと、枯死した木々や砂裸地ばかりの荒涼とした風景が思い浮かびますが、調査を進めると、まるで違っていたことが分かりました。砂浜海岸エコトーンでは草本や低木、幼樹、昆虫などが、季節を重ねるごとに数や広がりを急速に増していったのです(写真2)。

写真1:汀線から砂浜、砂丘、貞山運河、後背湿地、浜堤の各所で、多様性と相互の関連性に留意しながら、さまざまな環境保全対策が導入された仙台市新浜地区の南蒲生/砂浜海岸エコトーンモニタリングサイトの鳥瞰。 (2018年8月に岡浩平氏撮影)

写真2:砂浜海岸エコトーンを構成する後浜、砂丘(内陸側)、潟湖・干潟、後背湿地の景観(左側から右側に向かって配置)。東北地方太平洋沖地震・津波によって大きくかく乱された後、それぞれが自律的に再生し、原生の面影を彷彿とさせる貴重な生態系となった。 自然状態が保全された仙台市新浜・井土地区で、2016年7月~2019年9月に撮影。

例えば砂丘の低樹高クロマツ倒壊地では、生残木から散布された種子由来のクロマツと、この立地本来の海岸植物が陽光の下で勢力を拡大し、自然度の高い海岸林が回復する兆候が認められました。また、後背湿地のうち冠水を伴う低地盤域では湿性植物が優勢となり、高地盤域に再生した乾性草原植物や内陸性植物と見事にすみ分けました。さらに驚くべきことに、かく乱以前には記録されていなかった絶滅危惧植物も、大津波によって掻き出された埋土種子から生長し、開花・結実したのです。

このような自然環境の回復が見られた中、南北60kmに及ぶ砂浜海岸エコトーン一帯で、復興・防災事業がほぼ一斉に行われました。その主役の一つが、約400年前から植樹・育林・利活用されてきたクロマツ海岸林でした。

林野庁が進める「海岸防災林復旧事業」では、「地下水位が地表に近い立地に高木種(ほぼクロマツ)を植栽すると、根系生長が不十分となって、次の大津波来襲時に倒壊・流亡する可能性が高い」という理由から、「丘陵地から運び込んだ土砂で、海抜3.2mの台形状の生育基盤盛土を造成した上で、そこに植樹する」という計画が立てられました。工事対象地には、汀線に近い砂浜や後背湿地など、もともと森林の成立が困難な立地も含まれました。

それは、仙台湾岸の自然環境がもつ多様性や内陸側隣接地の土地利用の実態、なにより砂浜海岸エコトーンの随所で自ら再生していた動植物やハビタットに対する配慮が希薄な、大規模土木工事を意味していると思えてなりませんでした。強靱化された津波防御施設の多重配置を踏まえた検討も不十分でした。

この「一律・広面積の生育基盤盛土構想」が明らかになった時点から、私たちは国内外の専門家や市民・学術団体、被災した住民の方々とともに、現地調査や先行事例に基づいて議論を重ね、林野庁に対して懸念と要望、改善案を伝え続けました。

しかし残念ながら、ほんの5年ほどの間に工事は進み、仙台市新浜・井土地区と名取市北釜地区などわずかな領域を除いて、自生の動植物が自然再生していた砂丘と後背湿地は、いわばなし崩し的に丘陵地の土砂によって埋められてしまったのです(写真3)。盛土の表面には枯死木を粉砕したチップが敷かれ、スギ間伐材でつくられた防風柵が並べられました。その上で、マツ材線虫病抵抗性のクロマツ苗木が植栽されました。

私たちの調査では、盛土では土壌の固結・グライ化・排水不良による冠水が認められました。また、保全した砂丘・湿地への土砂の流出や、外来種(ハリエンジュ・セイタカアワダチソウ等)と内陸性植物(クズ・ヨモギ等)の侵入・繁茂が顕著でした。砂浜海岸エコトーンには異質で、植林地としても問題の多い領域になっています(写真4)。

写真3:自律的再生の途上にあった砂丘・後背湿地の生態系を覆い尽くすように造成された海岸防災林の生育基盤盛土。仙台市・名取市・亘理町の砂浜海岸エコトーンで、2014年5月~2016年7月に撮影。

写真4:海岸林の再生と保全した自然立地・自生種の存続の双方にとって、課題の多い海岸防災林の基盤盛土。左から 降雨後の冠水と苗木浸水、濁水・土砂の流亡、法面の崩壊が認められる。仙台市・岩沼市の砂浜海岸エコトーンで、2013年8月~2020年9月に撮影。

 

みんなで順応的な改善を!

今回、私たちが関わっている仙台市新浜地区の南蒲生モニタリングサイト(南蒲生/砂浜海岸エコトーンモニタリングネットワーク 2021年1月15日最終閲覧)では、試験的な保全対策が検討・導入されました。例えば基盤盛土工事に先立って、表砂を取り置き、重機による締め固めを軽減した盛土上に厚さ10cm程度の覆砂を施した実験区を設置してもらい、植生調査を続けてきました。

その結果、冠水の解消や砂丘本来の海岸植物のすばやい再生が観察されました。また、砂浜海岸エコトーンの成帯構造1と生態コリドー2の見地に立って、盛土間に砂地・湿地を系統的に残置したり、残置域の面積を広げることによって生じる津波減殺効果の低下を担保するために、盛土の一部がかさ上げされました。こうした工夫により南蒲生モニタリングサイトは、防災レベルを損ねることなく、砂地や湿地で固有の動植物が世代を重ね、他所への分布拡大を担う拠点となったのです。

まだ実現には至っていませんが、改善策としては他にも、盛土を覆う砂の確保、盛土からの濁排水の貯留、そして小凹地の創出も兼ねた「砂丘間低地に学ぶ小湿地」を提案しました。あるいは雨・風による地表かく乱や樹体損傷の低減を期待できる、季節風を背にした傾きと波状の微凹地流路のある「自然の摂理を導入した盛土」。これらは、わずかな地形変化に応じた多様なハビタットの再生と生物種のすみ込みを促すに違いありません。

1:植生や立地が海岸線と並行して帯状に変化していく構造。
2:断片化した植生や生態系の間に緑地や水辺を創出してつなげ「回廊」化すること。

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