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2020.12.08(2021.01.12 更新)

オガサワラシジミ衰亡から学ぶべきこと

解説

専門度:専門度4

咲き誇るオオバシマムラサキとオガサワラシジミ

テーマ:生息環境創出生息環境保全外来種絶滅危惧種

2020年8月、小笠原固有のチョウであるオガサワラシジミが絶滅した可能性があるというショッキングなニュースが世を駆け巡りました。さまざまな要因によって、多くの絶滅危惧種が危機的な状況に陥っている日本の現状を踏まえ、今後増加するであろう日本国内での種の絶滅抑止のためにも、その衰亡の経緯を知る事が大事です。小笠原の昆虫研究者として長く本種の保全に関わってきた専門家からの警告です。


苅部治紀(神奈川県立 生命の星・地球博物館主任学芸員。日本トンボ学会会長。小笠原諸島の固有昆虫の保全に関わる。)

 

オガサワラシジミとは?

オガサワラシジミは、体長1.5㎝程の小型の小笠原諸島固有のチョウであり、シジミチョウ科ルリシジミ属の一種である。オスの翅の裏面は美しいコバルトブルーに輝き、小笠原固有昆虫の中でも美麗種の一つで、著名な種でもあった。

本種は、ほぼ周年発生し、主な食樹はオオバシマムラサキ(クマツヅラ科)とコブガシであり、そのつぼみを食べるが、この2種の植物はまったく類縁関係がない。長期間利用するオオバシマムラサキは、5~6月に開花が始まる。この種は花期が異なる個体群が存在するため、初夏から初冬までこれらを乗り継いで利用することで、継続的に発生することができる。オオバシマムラサキの開花株が存在しなくなる冬季から4月ごろまでは、コブガシ(名前は「カシ」が付くが、クスノキ科)のつぼみを利用する。そしてまた初夏にはオオバシマムラサキに移行と、発生時期によってこの2種のホストを渡り歩くことで生活史を維持している。幼虫はつぼみを主食とするが、新葉も食べることが知られている。幼虫期間は2週間ほど、蛹も含めて1か月ほどで生活環が回っていくことになる。

本種の分布は、父島列島の弟島、兄島、父島と母島列島の母島、姉島である。休眠期がほぼ存在しないことから、もともと食樹が豊富で開花期の多様性が健全な父島・母島がコア生息地で、属島では安定発生はしていなかった可能性があるが、属島での発生状況の詳細は不明なまま滅んでいる。

 

激減! 主要因は外来種

本種は戦前には、記録のある各島に普通に分布していたものと考えられる。小笠原は第二次世界大戦後、長くアメリカ統治時代が続き、日本人が再び小笠原の昆虫に触れることができるようになったのは、1968年に日本に返還された後からである。返還当時の記録を見ると本種は父島、母島では広域に発生しており、個体数も少ないものではなかったようである。この状況は1970年代までは継続した。

状況が激変したのは1980年代に入ってからで、記録を見ると父島では1981年が多数確認の最後で、その後激減し、1992年の扇浦付近の記録が最後となっている。母島では1980年代後半までは安定発生していたようであるが、1990年代に激減し、2000年代前半には、過去に多数が確認されていた乳房山などの既知産地では確認できなくなった。

両島での激減はその後の検証で、侵略的外来種であるグリーンアノールによる捕食圧が主要因と考えられている。この他の要因としては、主要な食樹であるオオバシマムラサキが、新たに生じた裸地や大型台風後に生じる森林ギャップなどに生育するパイオニア種であったことから、母島でとくに顕著になった侵略的外来種であるアカギやギンネムなどの侵入によって競合に敗れて急速に衰退したことも挙げられている。

 

再確認

筆者は1989年に初めて小笠原を訪れた際に、前記のような状況を知らずに本種も探索したが、本種は父島では確認できず、母島乳房山では普通に見ることができた。この状況は筆者の専門のトンボや甲虫などでも同様で、父島では過去に普通に生息していたとされる地域では確認できず、母島では普通に見られた。今から考えると、当時すでにグリーンアノールの影響が父島では南端部を除く一帯まで浸透しており、多くの昼行性の昆虫は地域絶滅が進行していたのだろう。一方、母島ではアノールは拡散途上でまだ固有種も見られたという状況だったものと考えられる。
こうして絶滅が心配されていたオガサワラシジミが再確認されたのは2004年で、この年母島中部の一帯での生息が確認された。チョウ類専門家を中心に詳細な調査が着手され、我々も協力して集中的な調査を実施した。

 

保全プロジェクト始動

本種は再発見されたものの、その分布地は局所的でグリーンアノールの影響を比較的受けにくい湿性高木林の中であり、この時点でも健全な状態ではなく早急な保全策が必要な状況であった。そこで、関係者間で連携を取りながら保全プロジェクトに着手した。まず、生息域内の保全策として集中して見られる地域のエリア防衛策に着手した。

▲シジミを守るアノールトラップ(後ろの赤いもの)。飛翔しているのは産卵に訪れたオガサワラシジミのメス。

それまでに開発されていたグリーンアノールトラップを、本種の食樹であるオオバシマムラサキに集中設置することによる局所防衛を開始した。また、アカギやシマグワなどの外来樹木によって被覆され花をつけなくなっていたオオバシマムラサキの光環境を再生するために枝払いや場所による外来樹の枯殺による光環境改善が実施され、実際に花付きが改善し、シジミの飛来も観察されるようになった場所もあった。

また、最初の発見地のひとつである新夕陽ケ丘には、食樹であるコブガシが豊富に生息することと、道路に囲まれた地形であることから、グリーンアノール侵入防止柵を設置することを計画・実施し、柵内のアノールトラップの集中設置によって、アノールの密度の低密度管理に成功し、シジミ保全地区としてもう一つの食樹であるオオバシマムラサキの移植を行い、状況の良い年には、両食樹での発生が確認できるまでに回復した。

域外保全策としては、系統保存の試行が多摩動物公園によって着手された。初期に大温室内での飼育下での産卵が確認されたが、継代には至らない状況が続いたが、継続した飼育試験によって、2016年には技術開発に成功し、2017年から継代が成功し、本種の再生に大きな希望が持てるようになってきた。

 

急減、絶滅へ

母島での生息状況は年によって大きな変動があり、何度も危機的と思われる状況があったが、これまでは乗り切ってきた。今回の絶滅?に向かう最初の大きな異変は、2016年秋から2017年初夏まで継続した過去最大規模の干ばつであった。

筆者が初めて小笠原を訪れてから30年ほどになるが、この間たびたび干ばつ被害を見てきた。たとえば2004年の大干ばつでは全島で大きな影響を受けて、沢が干上がったため、母島属島の向島ではそれまで多産していた固有トンボの一種オガサワライトトンボが絶滅した例もあった。しかし、今回の大干ばつ以外は、夏季の干ばつがほとんどで、秋―冬の大干ばつは初めて経験するものになった。もともとシジミは冬季にも休眠はせず、わずかな個体群が生き延びて、春先のコブガシで発生数を取り戻していくものであったが、この年は極端な干ばつによってコブガシが花芽をほとんどつけることがなかった。このためシジミは春先の発生がほとんど不可能になり急減してしまった。

また、原因は明らかではないが、近年のモニタリングでアノールの個体密度が、継続観測している父島・母島とも急激な上昇を見せておりこれは、温暖化に伴う繁殖期間の延長が寄与した可能性も指摘されている。

このような悪条件が重なり、シジミの野外での確実な確認は2018年6月以降なくなってしまい、野生個体群は絶滅かそれに近い状況に陥っていると考えられた。一方、域外の系統保存個体群は順調で、2019年までは、安定発生を続けており、これらの個体を再導入することによる野生個体群再生の検討をしていた。ところが2020年春から有精卵率が急激に低下してしまう緊急事態に陥り、2020年8月に最後の個体が死亡してしまった。

 

残された教訓

こうして振り返ってみると、今回のオガサワラシジミの絶滅?(現時点では、飼育系統が途絶え、野生個体が絶滅した可能性も高いが引き続き調査が必要)は、1)グリーンアノールの捕食圧、アカギなどの被陰による食樹の衰退など、外来動植物が引き起こした地域絶滅(父島)や激減。2)残された個体群に対する気候変動に起因する極端な干ばつが引き起こした食樹の開花抑制。3)飼育系統の累代による近親交配の進行による遺伝的劣化。という絶滅の渦にはまってしまったことによるものということができよう。

再発見後、何の保護策も取られなければ、おそらく本種の絶滅はもっと早期に訪れた可能性は高く、結果的に種の延命はできたと考えられるが、関係者としては悔いが残る場面は多くある。中でもまだ遺伝的劣化が顕著ではなかった2018-2019年中盤までの段階で、野外への放流を実施できなかったのは、筆者にとっての一番の心残りである。

一口に再導入といっても、いったん人工飼育をした個体を野外に放逐することはさまざまなリスクもあり、たとえば、飼育下で未知のウイルスなど病原体をもっていないか、あるいはごく少数の親から始まっている個体群を野外に放すことで生じる遺伝的な攪乱はどう考えるか、など様々な課題があり、その多くはこれまで国内の昆虫では先行事例がほとんどなく、実施を想定した検証に多くに時間を要した。

また、最終的に飼育系統を滅ぼす要因になってしまった受精不全については、一つのリスクとしては挙げられていたが、実際にそれが生じ始めると現在の科学ではその復元はできず、あっという間に個体群崩壊まで進んでしまった。系統保存が成功し、一安心した段階で、今考えると追加個体を導入することは可能性があったのではないか(ちょうど大規模干ばつで野外個体群が急減した時期と重なってしまった不幸もあった)、ということも悔いのひとつである。

残念ながら現在も、国内の野生動植物で非常に危機的な状況の種は増加の一途をたどっており、オガサワラシジミの予備軍といえるものが多数控えているのが実情である。こうした絶滅危惧種は関係者の努力でなんとか命脈を保っているものが多いが、筆者がかかわっている水生昆虫でも、国内の残存産地が1~数か所にまで激減し、残された産地も健全な状況ではないものもある。現状とりうる対策としてはシジミで見てきたように、域内での環境再生と域外での系統保存の組み合わせで維持していくしかないが、域外個体群だけに頼る状況になったリスクはシジミが教えてくれた通りであろう。

今後早急に検討しないといけないのは、現存生息地がすでに劣化している場合に、過去の絶滅生息地での環境再生によって導入可能な箇所を作ることと、それも望めない場合には、種を存続させる強い意志のもとに、保全的導入とよばれる過去に記録のない地域でも、種の存続が可能な生態系がある適地への導入の決断であろう。

保全的導入については、議論も多いが、これ以上種の絶滅を抑止するためには、本気で検討する時期にきていることを実感する。オガサワラシジミではたとえば、グリーンアノールの捕食圧が存在しない弟島(ここは過去に記録がある「再導入」)や聟島(ここは記録がない「保全的導入」)も検討していた。いったん滅んだ種は、復元は不可能であり、残存する個体群を有効に利用して後世に伝えるためにとりうるすべての選択肢を検討すべき、というのが本種の最後に立ち会いつつある人間として強く伝えたいことである。

▲オガサワラシジミのメスの産卵行動


NACS-Jでは、絶滅に瀕するチョウ類の保全に力を入れています。最後のわずかな個体となる前に、生息地における取組が非常に重要です。チョウたちの絶滅回避にむけて、今後も活動を進めていきたいと思います。

草原の絶滅危惧種・オオルリシジミ保全活動 2020年の成果報告とご支援のお願い

<蝶>絶滅危惧種を守る

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