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2020.07.20(2020.07.30 更新)

2020・7・4 球磨川水害覚書 -川辺川ダムがあったとして水害を防げたか?-

解説

専門度:専門度4

テーマ:川の保全

フィールド:河川

九州豪雨により、お亡くなりになった方のご冥福をお祈りいたします。また、被害に遭われた方に心よりお見舞いを申し上げます。

2020年7月4日から熊本県南部を中心に九州各地で水害をもたらした九州豪雨は、特に、NACS-Jが川辺川ダム問題や荒瀬ダム撤去活動に地元の方々と取り組んできた球磨川水系で、人命を含め大きな被害をもたらしました。現在建設中止状況にある川辺川ダムがあった場合に水害が防げたのか、詳細な科学的データによる検証と考察が必要です。この度、河川工学の第一人者の大熊孝氏(新潟大学名誉教授、NACS-J参与)が、いち早くその検証と今後のあり方をまとめたレポートを作成されたので、全文を紹介します。


20207球磨川水害覚書 -川辺川ダムがあったとして水害を防げたか?-

大熊 孝(新潟大学名誉教授)

はじめに

2020年7月初めの九州豪雨では死者・行方不明者が79人に達する。このうち、球磨川水系では67人を占める。その67人のうち身元判明者は51人で、そのうち65歳以上は45人、80歳以上は27人である(新潟日報 2020年7月11・14日朝刊から集計)。
人生の終わりを非業の死で迎えねばならなかったことはどんなに悔しいことであったか想像に難くない。冥福を深く祈る。

図1.球磨川水系の水脈図(合成加筆:加藤 功 氏)(出典:国土地理院ウェブサイト*1 を加工して水脈図を加筆)

ここでは、建設が中止されている川辺川ダムが仮に存在していたら、水害防止に役立ったかどうかを検証したい。ただ、私は現地調査は行っておらず、報道やWeb、知人からの情報による議論であることに、ご賢察いただきたい。

1.球磨川水系の特徴

球磨川水系の特徴の一つは、大きな支川としては川辺川、万江川(まえがわ)があるぐらいで、あとは小さな川が本川に直角に合流する形態をしていることである(図1、3参照)。いわば肋骨形状になっていることである。
流域の水脈形状が樹枝状の場合、流域に均等に雨が降ったとすると、洪水は下流に行くに従い大きくなる。しかし、肋骨状の場合、どの支川からも同じように洪水が本川に流れ込むため、本川では上流から下流まで同時に水位が上昇し、同時に最高水位に達し、その最高水位は長い時間継続することになる。

もう一つの特徴は、人吉盆地の下流から八代の河口付近まで、長い狭窄部が続くことである。この狭窄部は渓谷美として観光に役立っているが、洪水の流下を妨げ、人吉盆地の土砂堆積を助長するものであり、人吉の大地形成に貢献してきたともいえる。そこに、人が住みつき、生業を営み、都市を形成してきたわけである。
なお、球磨川の流域面積は約1,880㎢であり、幹川流路延長は約115㎞である。

2.球磨川水系河川整備基本方針

球磨川水系では、川辺川ダムが事実上中止となり、河川整備計画は未策定のままであるが、河川整備基本方針では「流域内の洪水調節施設により」という表現で、表1および図2のような計画が検討されている。

表1.球磨川水系の基本高水のピーク流量等一覧表(出典:「球磨川水系工事実施基本計画と球磨川水系河川整備基本方針(案)の対比表」*2(国交省河川局、平成19年3月、14頁))

図2.球磨川計画高水流量図(単位:㎥/s)(出典:「球磨川水系工事実施基本計画と球磨川水系河川整備基本方針(案)の対比表」*2(国交省河川局、平成19年3月、15頁))

「流域内の洪水調節施設」として、すでに市房ダム(1960年完成)があるが、図2にあるように川辺川が球磨川に流入する計画高水流量が1500㎥/sであり、川辺川ダムの計画高水流量が3520㎥/s(表2参照)であることを考慮すると、この上流における洪水調節施設として川辺川ダムが生き残っていると考えざる得ない。
川辺川ダム計画の諸元を表2に示す。ちなみに、第1期(6/11~9/15)の洪水調節容量8400万㎥を流域面積470㎢で割ると、川辺川ダムで洪水時に貯留できる雨量は約179㎜である(この洪水調節容量を雨量換算で表現したものを、専門的には「相当雨量」という)。

既設の市房ダムは、流域面積157.8㎢、洪水調節容量は2期に分かれて、850万㎥(6/11~7/21)と1830万㎥(8/1~9/30)である。第1期の850万㎥を流域面積157.8㎢で割ると、相当雨量は54㎜である。今回の洪水時には早期に水位を低下させており、約1100万㎥の洪水調節容量が確保されたようである。これを同じように相当雨量で見ると約70㎜である。要は、何百㎜という豪雨に対して、この程度しか洪水を貯留できないということである。

表2.川辺川ダム計画におけるダム及び貯水池諸元*3(出典:「川辺川ダム事業について」(建設省九州地方建設局川辺川工事事務所、平成10年3月、131頁))

3.2020年7月4日洪水の特徴

今回の洪水の特徴を見るため、国交省九州地方整備局八代河川国道事務所のホームページから、図3を参照しながら、各地点の水位・雨量記録の要点を見ていこう。

まず、球磨川本川最上流の市房ダムの貯水位・流入量・放流量の時刻変化は図4のとおりである。4日7:00に最大流入量1154㎥/sを記録している。ただ、6:00から8:00までの3時間は1100㎥/s台の流量で、ほぼ同程度の流量となっている。最高水位は11:00に280.60mを記録しており、異常洪水防災操作開始水位280.70mにあと10㎝と迫っていた。いわゆる「緊急放流」が検討されたが、その後の水位低下によってその実施は回避された。

その下流の水位を川筋に沿って見ていくと、多良木(河口から84.13㎞)では4日7:00に4.04mを記録し、その後欠測となっている。深田(同75.51km)では9:00に4.70mを記録し、2時間欠測し、その後水位は下がっている。一武(同68.71㎞)は7:00に5.99mを記録し、その後欠測である。人吉(同62.17㎞)も7:00に4.9mを記録し、その後欠測である。人吉の中心部のパラペット堤防を越流したのもほぼ7:00であった。また、小川の合流点の球磨川水位も7:00に12.55mを記録し、近くにある特別養護老人ホーム千寿園への浸水が始まっている。

狭窄部に入って、渡(同52.64㎞)でも7:00に12.55mを記録し、その後欠測である。大野(同39.86㎞)は6:00に15.95mを記録し、その後8時間欠測である。最下流の横石(同12.77㎞)では12:00に12.43mを記録している。だが、7:00には11.41mを記録し、図5のように洪水流量は約9500㎥/sに達しており、その流量以上が約5時間継続している。

川辺川筋を見てみると、川辺川ダムサイト上流の五木宮園(球磨川合流点から36.4㎞)で4日7:00に最高水位3.37mを記録している。川辺川ダム下流の四浦(同15.4㎞)では8:00に最高水位10.05mを記録している。川辺川支川の五木小川沿いの元井谷(川辺川合流点から2.97㎞)では5:00 ~ 9:00まで同じ水位の6.30mを記録している。

これらのうち、四浦、一武、人吉、横石の水位記録から、水源開発問題全国連絡会の嶋津暉之氏がH-Q曲線を使って流量に換算して、グラフ化したものが図5である。

図3.球磨川水系雨量・水位観測所位置図*4(出典:国交省九州地方整備局八代河川国道事務所ウェブサイト「球磨川流域 雨量及び水位観測所位置図」に市房ダム・川辺川ダム予定地を加筆)

次に、雨量も見ておこう。洪水位が4日7:00頃に一気に上昇するとともに、雨量計も7:00以降欠測が多いので、3日降り始めから4日7:00までの累積雨量を見ることにする。

球磨川南側山沿いの上流から下流に、湯前横谷(標高665.0m、10時以降欠測)397㎜、黒原(同803.0m、7時以降欠測)288㎜、田代川間(同280.0m、7時以降欠測)264㎜、田野(同680.0m、7時以降欠測)394㎜、岳本(同270.0m)409㎜、神瀬(同59.0m)520㎜である。下流の狭窄部に流入する支川流域に400㎜から500㎜mの豪雨があったことになる。

球磨川沿い上流から多良木(同162.0m、7時以降欠測)388㎜、上(同166.0m、10時以降欠測)349㎜、人吉(気象、同146.0m)309㎜である。

川辺川筋では、川辺川ダムサイトより上流で、開持(同840.0m)256㎜、葉木(同950.0m)246㎜、仁田尾(同1006.0m)327㎜、平沢津(同992.0m)304㎜、出る羽(同629.0m)387㎜、久連子(同871.0m)339㎜、五木(気象、同310.0m、10時以降欠測)402㎜、山手(同1077.0m)383㎜である。川辺川最上流部の標高の高い開持、葉木、仁田尾、平沢津では250㎜から330㎜と雨量は少な目であった。川辺川ダムサイトより下流で、四浦(同161.0m)404㎜、相良(同149.0m)293㎜である。

万江川筋では、大川内(同492.0m、7時以降欠測)460㎜、山江(気象、同218.0m、10時以降欠測)428㎜であり、川辺川筋から西の流域に400㎜台の降雨があった。

図4.市房ダム水位・流量時刻変化図*5(出典:国交省川の防災情報ウェブサイトより)

これらの雨量や水位・流量の変化状況を見ると、ほぼ同時刻の7:00頃に全川で急激な水位上昇があり、狭窄部下流ほど豪雨があり、激しい水位上昇に見舞われている。

川辺川ダムがあったとして、そこへの流入のピークは五木宮園の水位から7:00頃であり、その時すでに球磨川本川では上流から下流まで水位が急激に上昇し、大きな被害を発生させていたのである。川辺川ダムからの洪水流下時間を考慮すれば、川辺川ダムは存在していたとしても、水害軽減にはほとんど役立たなかったと考えられる。

例えば、五木宮園から約90㎞下流の横石の7:00 ~ 8:00の水位上昇は、川辺川ダムがあったとしても、川辺川ダムへの洪水流入ピークが同時刻であるので、横石の水位上昇に影響を与えることはほとんどできない。

人吉では、4日10:00頃に最高水位に達したようであるが、7:00頃にはすでに河道の流下能力約4000㎥/sを超え、洪水流量は5000㎥/sに達し、堤防を越流して、水害が発生していた。五木宮園~人吉間は約41㎞あり、洪水流下時間を10㎞/h程度と考えれば、人吉に影響を与える五木宮園の流量は3:00頃の流量となる。その頃の流量は、図5の四浦の流量時刻変化図から想定できるように、洪水が立ち上がる直前の流量であり、それほど大きいものではない。川辺川ダムがあったとしても人吉の越流は防ぐことはできなかったと考える。※追記

その後の人吉の水位上昇は、下流の狭窄部で先行して水位が上昇しており、塞き上げられているところに、上流からの洪水が押し寄せたことによると考える。これには川辺川からの流量の寄与が考えられるが、ダムサイト下流の四浦で404㎜の降雨量を記録しており、川辺川ダムサイト下流域の出水も大きかったと考えられる。川辺川ダムサイト上流からの流出量とその下流の流出量がそれぞれ人吉にどの程度影響を与えたか、今後詳しい解析が必要であろう。

なお、現地調査をした緒方紀郎氏(熊本市在住、元人吉住人)の報告によると、川辺川の球磨川合流部に最も近い権現橋には写真1のように欄干に越水の痕跡があった。権現橋は左岸(東側)が高い作りになっている。低い右岸(西側)は上流から流れた痕跡があったが、高い東側は下流から逆流した痕跡があった。つまり、水位のピーク時前後は、球磨川本川側から逆流していたと考えられる。また、合流部から2番目の柳瀬橋には越水の痕跡がなかった。球磨川本川の水位が高く、川辺川の水がはけきれなかったと考えられる。

写真1.川辺川最下流の権現橋(右岸から左岸を望む。撮影:緒方 紀郎 氏 2020.7.5)

 

図5.球磨川・川辺川推定流量時刻変化図(作成:嶋津 暉之 氏)

4.今後の球磨川治水のあり方について

今回の洪水では、人吉の青井阿蘇神社(国宝)の楼門や拝殿が1.5mほども水没している。1200年の歴史を持つ同神社の記録に、そのような浸水記録はないとのことである。今回の洪水位は過去最大といって過言でない。今回の災害は、「本家の災害・分家の災害」の概念から見るといわば「天災」である。しかし、世界的な豪雨の頻発から見ると地球温暖化による「人災」というべきであろう。このような時にこそ、巨額の費用で建設されるダムには役立って欲しいと考えるが、上記で見たようにほとんど水害軽減には役立たなかった。さらに、今後、地球温暖化の加速より今回を超える豪雨は頻繁に起こると考えていい。今回、市房ダムは「緊急放流」が検討されたが、何とか回避できた。今回は豪雨の後12日間継続(7/15現在)の長雨となったが、これが逆であったのなら、「緊急放流」は免れなかったであろう。今後、計画を超える豪雨によってダムの「緊急放流」が頻発する可能性が高い。その観点からもダムに依存する治水計画は基本的にやめた方がいいと考える。

それでは、このような大洪水にはどのように対処すればいいのであろうか?

氾濫危険地域に人が住まないことが究極の水害対策といえるが、今後の人口減少を想定しても、その実現は無理であろう。結局は、氾濫地域に人は住み続け、大洪水には避難し、被害を最小限に押さえる以外に方法はないと考える。

人吉の河道流下能力を河床掘削により現況より高める必要はあると考える。しかし、下流に狭窄部があり、谷合には多くの集落があるので、それには限界があり、河道から洪水が溢れることを前提とせざるを得ない。その場合、両岸に水害防備林を造成し、氾濫流の水勢を弱め、土砂をろ過する方法が次善の策であると考える。その上で、建物を耐水化するしかないと考える。

京都の桂川右岸にある、桂離宮は洪水が溢れることを前提として、水勢を弱め、土砂をろ過する「笹垣」と呼ばれる水害防備林を造成し、書院は高床式にしてある。それによって、400年を経ても建物と庭園の美は維持されてきている。

球磨川においても、少なくとも200~300年のスパンで持続可能な治水策を考えるべきである。200~300年のスパンで治水を考えるならば、ダムは必ずや土砂で満杯となり、治水容量はゼロに帰す。また、ダムは川の物質循環を遮断し、川の生態系を破壊する。治水の手段としてダムは選択肢から外すしかないと考える。

なお、水害防備林については、すでに1997年改正の河川法第3条で「樹林帯」として位置づけられている。この20数年間で、樹林帯を治水計画の中に取り入れた河川はない。むしろ水害防備林の伐採が進んでいる。写真2は、川辺川にあった水害防備林が2019年「国土強靭化」という名目で伐採され、今回の洪水で被害が拡大している状況を示している。今後の人口減少の中で、川沿いに土地を確保して、水害防備林を造成していくことこそ治水の根本でないかと考えている。

なお、遊水地を設けることも一つの治水策であると考えるが、今回の洪水では水田地帯を中心に至る所で氾濫しており、実質遊水地の機能を果たしていた。この水田地帯を治水的に遊水地に位置付ける場合、その治水効果を吟味し、農業の持続可能性を考慮しながら、慎重に検討する必要があろう。

写真2.川辺川にあった水害防備林と伐採後の今回の被害(相良大橋から上流を望む。左 2004.3.29 右 2020.7.11撮影。提供:緒方 紀郎 氏)

追記(2020年7月29日)

※印の段落で、五木宮園の流況を四浦の時刻流量変化図(推定値)で代替したが、これが誤解を生んでいるようである。五木宮園の7月4日の時刻水位変化は図6のごとくである。7日3:00頃は水位が急に立ち上がる頃である。

図6.五木宮園の時刻水位変化

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