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2024.05.08(2024.07.01 更新)

「自然保護憲章」とは?

解説

専門度:専門度3

自然保護憲章全文の画像

テーマ:環境教育森林保全海の保全川の保全里山の保全国立公園

フィールド:自然保護運動

自然保護憲章制定50年を迎えて

1974年に国民運動の指針として制定された『自然保護憲章』

第二次世界大戦で敗戦を経験した日本は、昭和30年代から著しい高度経済成長を遂げた一方で、海岸の埋め立て、森林伐採や林道建設、観光道路の建設などの自然保護問題や、水俣病やイタイイタイ病など公害問題が大きな社会問題になっていた。当時、自然保護団体は、開発阻止の運動だけではなく、国民一人ひとりに自然を大切にする心構えを築く運動が必要だと考え、「自然保護憲章」の制定の動きが始まった。

日本自然保護協会と国立公園協会が中心となり、民間団体代表者、官僚経験者、学術的な専門家などによる研究会が組織された。その後継組織となる自然保護憲章制定促進協議会には、さらにさまざまな民間団体が加わり、最終的には141団体により、度重なる草案の検討と白熱した討議を重ねた。憲章は、小学生でも読めるよう分かりやすい文章とし、国民総意になることが志された。また、開発に配慮と慎重さを求め、開発は「自然環境の保全に優先するものではない」としている。

自然保護活動の指針ともいえる憲章制定から50年が経過した現代、世界はネイチャーポジティブ(自然再興)に向けて、社会、経済、教育などで取り組みが始まっている。これまで失った自然を復元・再生し、良い状態にするには、社会変革が必要である。この自然保護憲章50周年の節目を、ネイチャーポジティブの実現に必要なことは何か、50年後100年後の「自然保護」を考える機会としたい。

大野正人(日本自然保護協会)

自然保護憲章には何が書かれている?

以下は自然保護憲章の全文です。この憲章には何が書かれているか、憲章案作成から深く関わってきた石神甲子郎氏による、1974年7月発行の会報『自然保護』146号「自然保護憲章制定記念号」の解説文を抜粋して紹介します。(画像をクリックすると大きくなります

自然保護憲章解説画像

自然保護憲章制定にあたって

1974年6月5日に開催された自然保護憲章制定宣言式には、皇太子皇太子妃両殿下(当時)がご臨席されるなど国民の憲章として注目されたものでした。当時のコメントで振り返ります。(会報『自然保護』146号より抜粋)

三木武夫 環境庁長官(当時)
(自然保護憲章制定促進の最大の推進者。この後、第66代内閣総理大臣に就任)

 10年も前から、経済成長優先主義が横行する時勢にあって、自然保護憲章を作ろうという確固たる炎が自然保護の先覚者たちの胸にはともっていました。その炎は自然破壊が激しさを増すとともに広がりました。時には政府の施策に対する叱正となり、ときには郷土の自然を守る住民運動となり、絶えることなくこの式典へとつながってきました。長く自然保護運動を続け、この憲章を結実させられた皆さまの苦労に対して心から敬意を表します。
 ドイツの哲学者シュバイツァーは、人間が作った倫理には、鳥やけものなど生きものに対する人間の行動規定が欠落していることを嘆いたそうです。しかし、日本において自然に対する国民の心構えを決めた自然保護憲章が生まれました。この誕生こそは、欠落した倫理規定を埋めるものであると考えます。またこの憲章は、国民に、政府や地方行政に携わるものたちに価値の転換を鋭く迫っているものです。環境行政の責任者として、今後の自然保護行政をしっかりと進めてまいります。
 鳥がさえずり、花が咲き競う豊かな人間環境の創造ということはまことに難しいことでありますが、私たちはこのような環境創造への努力を怠ってはなりません。今後の道はたとえ険しくとも、この自然保護憲章の制定を一つの契機として、さらに一層の努力を傾けねばなりません。

皇太子殿下(当時)
(皇太子妃とともに宣言式にご臨席された)

 自然保護憲章の宣言式が開かれるにあたり、全国から参加された皆さんに接する機会を得たことは、私の大きな喜びであります。
 私たちの祖先は、自然を尊び、自然を愛し、心から親しんでまいりました。
 今日、自然環境をめぐる情勢は厳しいものがありますが、この時機に、関係者の皆さんの努力により、自然保護憲章が制定されるに至ったことは喜ばしいことであります。
 私たちは、祖先の心を受け継ぎ、自然の保護と環境の保全に力を注ぎ、豊かで平和な社会を築いていきたいと思います。
 自然保護憲章の精神が、自然に対する一人ひとりの心構えとして普及し、立派に成長するよう望んでやみません。

石神甲子郎氏
(行政官として、国立・国定公園の制定に尽力した日本自然保護協会の創設時の中心メンバー。1974年当時は常務理事)

 自然保護憲章原案は、自然保護団体から出された案をたたきとして各界代表がつくりました。自然とは何か、自然保護とは何か、自然環境とは何か、自然と人間との関係は如何、自然保護憲章の目的は何か、憲章と法律との差異如何、憲章の対象をどこにおくか、自然よりの恩恵、自然への恐怖、自然破壊の状況とその原因、開発と自然との関連、自然復元、生命の原点としての自然、自然の構成要素、自然と資源、自然と科学、自然と生存、自然の利用と消費と自粛、自然への感謝、自然優先か人間優先かなどが活発に意見交換されました。概論としては、憲章に含まれるべき理念や内容は高遠な理想や次元の高い哲学や信仰などを盛り込むことは必要だが、憲章の対象は1億国民であるから老若男女あらゆる人に理解されやすい、むしろ優しい表現が望ましいということは皆が一致した意見でした。
 顧みれば、憲章制定着想以来十カ年の歳月が経過しました。宣言式とは、過去十年間の総決算ではありますが、深淵な自然保護問題より考えれば、一応の時期を画する一里塚であると同時に、新たに一般国民の間に自然保護憲章を普及せしめたるための出発の第一歩でもあります。

東山魁夷氏
(日本画家。日本の自然、文化を愛し、1958年から1972年まで日本自然保護協会の評議員を務める)

 自然は人の心を映す鏡であると思っています。日本の自然は、日本人の心を映す鏡であります。日本の文化なり、日本人の美の心を考えますと、千年を越える遠い昔から、度々外国の影響を強く受けてきましたし、日本人は外来文化の摂取に常に積極的でもあります。しかしそれにも関わらず、日本独自の文化、日本人特有の美の心を失わずに持ち続けてきたのは、日本の風土による純化作用とでも言うべき力が絶えず働きかけているからではないでしょうか。いわば日本の自然は、日本人が日本人であるための大きな要因の一つであり、いつの時代を通じても文化の創造の基盤となり、心の拠り所となっていると考えられます。
 日本の自然こそ、日本人のかけがえのない宝であり誇りであると言うべきです。しかし、残念なことに今、日本の自然は甚だしく荒れてきました。日本人の心を映す鏡は曇り果て、今にもひび割れそうな状態になっています。もしこれ以上自然の破壊が進めば、私たちは日本歴史の上に大きな汚点を残すことになるでしょう。私たちの時代は繁栄の時代ではなく、心の貧しい荒廃した時代であったということになるでしょう。
 自然保護憲章が制定されたのは誠に嬉しいことであります。私たちはこの憲章をしっかりと胸に刻み、美しい日本の自然=私たちの心の鏡をいつまでも清らかに保ちたいと切に願う次第です。

制定50年たった今考える自然保護憲章の意義

自然保護憲章のこころ

自然保護運動の先覚者たちが憲章の言葉を思い付いたのは、わが国で児童憲章が生まれて少し経ったころのことである。「われらは、日本国憲法の精神にしたがい、児童に対する正しい観念を確立し、すべての児童の幸福をはかるために、この憲章を定める。」とする児童憲章は、1951年(昭和26年)5月5日に、内閣総理大臣によって招集された国民各層・各界の代表で構成された児童憲章制定会議で制定されたものである。「児童は、人として尊ばれる。社会の一員として重んぜられる。よい環境の中で育てられる。」とする三箇条のもとで、児童に対する12の行動規範が示されている。自然保護憲章は、その精神はもとより、主唱するところ、憲章の全体構成、さらには制定の経緯も児童憲章と通底している。二つの憲章は、ともに、わが国の将来に向けての指針である。

自然保護憲章の内容と制定の経緯については、上記ですでに述べられているので、その今日的かつ現代的な意義について述べておきたい。

自然保護憲章の中で、自然の効用については、SDGsや生態系サービスで述べられていることとほぼ同様であり、動植物の自然だけではなく、美しい自然、大切な自然、と述べて景観の重要性が強調されているところが特筆される。生態系サービスの中の基盤サービスに相当する生物多様性については、種の保護と生態系の保護に論及しているところが重要である。さらに、行動の指針としてのネイチャーポジテチィブ(自然再興)に相当する表現がなされていることも注視される。

経済活動との関係については、自然の調和を損なうことなく、節度ある利用につとめることを求めているところが重要である。

自然保護憲章は、制定から50年を経た今日においても、私たちの行動の規範として活き活きと生き続けている。

亀山 章 (日本自然保護協会 前理事長)


「自然保護憲章」とは?

自然をとうとび、自然を愛し、自然に親しもう。
自然に学び、自然の調和をそこなわないようにしよう。
美しい自然、大切な自然を永く子孫に伝えよう。

上記は自然保護憲章の3つのスローガンです。

自然保護憲章は、1974(昭和49)年6月5日に制定された、国民の自然保護に関する指針を示したものです。

1960年代、わが国では高度経済成長期において、海岸の埋め立てや国立公園内での林道建設などの開発が進み、貴重な自然が破壊される様相を呈していました。同時に、水俣病やイタイイタイ病などの産業公害も問題化していました。

こうした事態に日本自然保護協会(NACS-J)をはじめとする自然保護団体が各地で自然保護運動を展開してきました。経済成長至上主義の社会風潮の中で自然を守るためには、国民が自然を大切にする機運を高めることが必要な時代でした。

1964年に西ドイツで制定された「マイナウの緑の憲章」は、国や州の自然保護行政の基礎となり、市民の共感を得て各種の教育に取り入れられてきました。これを見本とし、NACS-Jや関係者は、日本の自然を守り、次世代に残すための自然保護運動の指針となる自然保護憲章制定の必要性を訴えてきました。

その動きに当時の厚生省国立公園局長も賛同し、1966年に大山隠岐国立公園で開催された第8回国立公園大会で自然保護憲章の制定の提案が決議されました。

自然に親しむ運動の中心行事として、1959~2011年に、国・各自治体・国立公園協会が共催で毎年、国立・国定公園を会場に開催されていた行事

以下は大会の決議文です。

『国土の自然は民族発展の母胎であるのみならず、将来にわたって国民の精神的、肉体的活力源となるものである。しかも、自然は微妙であって、一度破壊されれば再び現状には復しがたい。当代に生きるわれわれは、当然これを正しく維持して後代に引継ぐべき責任を負うている。
しかるに、現実は経済発展のかげに自然破壊がいたるところで行なわれており、今にして政府の抜本的対策が具体化され、一億国民は自覚しなければ悔を千載に残すことになろう。
よって、第八回国立公園大会参加者一同は、例えば自然保護憲章の如きものの制定を目途に広く国民運動を展開されるよう関係方面に要請する』

自然保護憲章発祥の地の石碑の画像

石碑に彫られたスローガンの画像大山隠岐国立公園にある自然保護憲章の石碑。1966年に大山隠岐国立公園で開催された第8回国立公園大会で自然保護憲章の制定の提案が決議されたことから、この地が自然保護憲章発祥の地と言われている。

その後、憲章制定に向け、NACS-Jが事務局となり、自然保護団体による憲章案が作られます。憲章は国民の総意として制定することに意味があるため、自然保護団体以外にも民間各界を含めた団体が新たに組織され、さらなる草案が作られました。

そして、1974年6月5日、当時の皇太子殿下の御臨席をいただき、各界代表が2,000人集まった自然保護憲章制定国民会議のもとに憲章宣言式が行われ、自然保護憲章が制定されました。

自然保護憲章は、自然保護の理念を高く掲げた前文、誰でも容易に理解できる3つのスローガン、そして9つの具体的な実践目標、で構成されています。

自然保護憲章全文

~ 自然保護憲章 ~

自然は、人間をはじめとして生けとし生けるものの母胎であり、厳粛で微妙な法則を有しつつ調和をたもつものである。

人間は、日光、大気、水、大地、動植物などとともに自然を構成し、自然から恩恵とともに試練をも受け、それらを生かすことによって文明をきずき上げてきた。

しかるに、われわれは、いつの日からか、文明の向上を追うあまり、自然のとうとさを忘れ、自然のしくみの微妙さを軽んじ、自然は無尽蔵であるという錯覚から資源を浪費し、自然の調和をそこなってきた。

この傾向は近年とくに著しく、大気汚染、水の汚濁、みどりの消滅など、自然界における生物生存の諸条件は、いたるところで均衡が破られ、自然環境は急速に悪化するにいたった。

この状態がすみやかに改善されなければ、人間の精神は奥深いところまでむしばまれ、生命の存続さえ危ぶまれるにいたり、われわれの未来は重大な危機に直面するおそれがある。しかも、自然はひとたび破壊されると、復元には長い年月がかかり、あるいは全く復元できない場合さえある。

今こそ、自然の厳粛さに目ざめ、自然を征服するとか、自然は人間に従属するなどという思いあがりを捨て、自然をとうとび、自然の調和をそこなうことなく、節度ある利用につとめ、自然環境の保全に国民の総力を結集すべきである。

よってわれわれは、ここに自然保護憲章を定める。

  • 自然をとうとび、自然を愛し、自然に親しもう。
  • 自然に学び、自然の調和をそこなわないようにしよう。
  • 美しい自然、大切な自然を永く子孫に伝えよう。
  1. 自然を大切にし、自然環境を保全することは、国、地方公共団体、法人、個人を問わず、最も重要なつとめである。
  2. すぐれた自然景観や学識的価値の高い自然は、全人類のため、適切な管理のもとに保護されるべきである。
  3. 開発は総合的な配慮のもとで慎重に進められなければならない。それはいかなる理由による場合でも、自然環境の保全に優先するものではない。
  4. 自然保護についての教育は、幼いころからはじめ、家庭、学校、社会それぞれにおいて、自然についての認識と愛情の育成につとめ、自然保護の精神が身についた習性となるまで、徹底をはかるべきである。
  5. 自然を損傷したり、破壊した場合は、すべてすみやかに復元に努めるべきである。
  6. 身近なところから環境の浄化やみどりの造成につとめ、国土全域にわたって美しく明るい生活環境を創造すべきである。
  7. 各種の廃棄物の排出や薬物の使用などによって、自然を汚染し、破壊することは許されないことである。
  8. 野外にごみを捨てたり、自然物を傷つけたり、騒音を出したりすることは、厳に慎むべきである。
  9. 自然環境の保全にあたっては、地球的視野のもとに、積極的に国際協力を行うべきである。

昭和49年6月5日 自然保護憲章制定国民会議

参考資料

会報『自然保護』146号表紙

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