日本自然保護協会は、生物多様性を守る自然保護NGOです。

  • 文字サイズ

話題の環境トピックス

Home 主な活動 話題の環境トピックス 農地の生物多様性保全の未来を決める法律「食料・農業・農村基本法」の課題と意見募集のポイント

話題の環境トピックス 一覧へ戻る

2023.07.14(2024.03.25 更新)

農地の生物多様性保全の未来を決める法律「食料・農業・農村基本法」の課題と意見募集のポイント

解説

専門度:専門度4

テーマ:生物多様性地域戦略生息環境保全里山の保全農業

フィールド:法規制生物多様性保全農地

この記事は、2023年7月22日まで意見募集していた、農地の生物多様性保全に関わる法律「食料・農業・農村基本法」の見直しに向けた「中間取りまとめ」に関する解説記事です。※意見募集は2023年7月22日で募集終了しました

本法は、農政の基本方針を定めた国の法律で、その重要性から『農業の憲法』とも呼ばれています。今回、約25年ぶりとなる2024年春の国会での改正に向け、2022年より改訂作業が行われています。

2023年5月には、農水省第3者委員会から、本法の点検・見直しとして「中間取りまとめ」※1が公表されました。この中間取りまとめでは、本法の課題の1つとして生物多様性の低下が記載されたものの、具体的な施策が不十分である等の課題があります。

今現在、農地における生物多様性は衰退しており、農地にすむ多くの生き物が絶滅危惧種となっています。持続可能な農業を実現するためには、その基盤となる生物多様性の保全・回復(図3、4)が求められていますが、このままでは生物多様性の衰退が続いてしまう恐れがあります。
2022年には、生物多様性条約COP15において、新たな国際目標として、2030年までに生物多様性の損失を止め、回復基調にしていく「ネイチャーポジティブの実現」が決議されました。この実現のためにも、生物多様性保全を中心に据えた持続可能な農業への転換が今求められています。

農地における生物多様性の衰退を止め、生物多様性を未来につなぐためには、今回の意見募集に対して、多くの皆さんからの声が必要です!

ここでは、生物多様性保全の視点から、基本法の「中間取りまとめ」の課題と、今回の意見募集のポイントについて解説していきます。(日本自然保護協会が提出した意見※2もご参照ください。)

※1「中間取りまとめ」令和5年5月 食料・農業・農村政策審議会基本法検証部会
https://www.maff.go.jp/j/press/kanbo/kihyo01/attach/pdf/230622-1.pdf

※2日本自然保護協会の意見「食料・農業・農村基本法の検証・見直しに関する意見」
https://what-we-do.nacsj.or.jp/2023/07/19426/

解説:基本法の「中間取りまとめ」の課題と今回の意見募集のポイント

1.持続可能な農業を実現するため「環境保全」の位置づけをより強化すべき

「環境保全」を法律の目的に据える

今回の見直しでは、農業を継続することによって水源涵養機能や生物多様性保全などのプラスの効果(多面的機能)だけでなく、環境負荷などのマイナスの影響も考慮し、その影響を最小化して、持続可能な農業へ転換させるために、“基本理念”の見直しが提案されました。

旧 基本理念:「多面的機能の発揮」

新 基本理念:「環境等に配慮した持続可能な農業・食品産業への転換」

しかし、基本理念の文言の修正だけでは生物多様性は低下し続けることが懸念されます。
これまで、持続可能な農業に向け、「農林水産省生物多様性戦略」において生物多様性保全の方針をまとめたり、平成13年の「土地改良法改正」において「環境との調和への配慮」が法律の目的に追加され、環境配慮型の事業が開始されたものの、生物多様性保全が十分でない事例も多く(図1)、農地の生物多様性は低下し続けているからです。

河川調査風景の写真図1.土地改良事業の環境配慮の例

そこで、持続可能な農業の実現のためには、基本理念のさらに上位となる、法律の“目的”に「持続可能な農業の基盤となる自然環境の保全」を位置づける必要があります。
過去には、1997年の河川法改正の際に、環境保全を法律の目的に追加した事例(図2)があります。本法でもこれを見習うべきでしょう。

基本理念と目的と自然環境保全の相関図

河川法改正の流れを示した図図2.環境保全を目的に追加した事例:
河川法の1997年の法改正の例

「食料安全保障の確立」のためにも生物多様性を活かした持続的な農業の実現を

今回の見直しでは「食料安全保障の確立」が重点項目として基本理念に追加されました。

この「食料安全保障」を実現するためにも、食料や農薬・化学肥料等において、海外の有限な資源への依存を段階的に削減し、農地の基盤を支える生物多様性(例えば、花粉を媒介する昆虫(図3)、土壌を作る生物や、在来の天敵(図4)等がもたらす生態系サービス)を活かした持続的な農業の実現することが求められています。

送粉サービス図3.送粉サービスの例(小沼、大久保2016)

  • 日本の農業産出額(約5兆7,000億円)の8.3%の貢献、野生種の貢献が大きい(小沼、大久保2016)
  • 虫媒のソバ:周囲に森林等昆虫が多い畑ほど結実率が高い(Taki et. al 2010)

生物のヒエラルキー図図4.調整サービスの例

  • 天敵となる肉食性動物は、数多くの植食性動物(害虫・ただの虫も含む)や植物、分解者など健全な生態系が必要
  • 農薬は害虫より天敵に悪影響がでやすい(生物濃縮・個体数少なく絶滅しやすい)

2.持続可能な農業の主流化の方針を明記すべき

「中間取りまとめ」において、持続可能な農業の主流化が明記されていますが、これを実現するための施策の内容や範囲の記述があいまいです。

具体的に持続可能な農業を実現するためには下記の通り、全ての施策を対象とすることを明記し、施策の具体的な実現方針を明記する必要があります。

クロスコンプライアンス要件の拡充

持続可能な農業を実現するための手法のひとつに、農家が行政から補助金などの支援を受ける際の条件として、自然環境保全等の行為を義務づける「クロスコンプライアンス要件」の設定があります。

農業環境政策の先進地域のEUでは、環境保全型農業事業などに限定せず、全事業に対してこの要件が設定されているのに対し(図5)、日本では十分ではありません。そこで、みどりの食料システム戦略において明記された「クロスコンプライアンス要件の拡充」を追記する必要があります(図6)。

また、中間とりまとめでは持続可能な農業の主流化の対象を、「農業の持続的な発展に関する施策」のみと範囲を限定していて、十分ではありません。全ての施策を対象にするよう修正が必要です(図6)。

図5.EUの共通農業政策における環境保全の位置づけ(農林水産省(2019)より抜粋)

農家への補助金や支援の受給条件として、環境保全などの行為を義務付けるクロスコンプライアンス要件が全事業に対して設定されています。

「中間取りまとめ」P38抜粋(赤字・赤線は修正すべき内容)図6.NACS-Jの提案した内容

3.農地の生物多様性のモニタリングと評価の体制を整備すべき

生物多様性保全が着実に進んでいくためには、農地における生物多様性の現状を的確に把握し、評価をする体制づくりが重要となります。
しかし、現行法では、農地の生物多様性ついて、現状把握のためのモニタリングや評価のための体制が十分ではありません。

例えば、過去には農林水産省によって、全国の水田の生物多様性モニタリングとして「田んぼのいきもの調査」(2001-2009年)が実施されていたものの、現在は廃止されています。
また多面的機能支払交付金では、交付金に基づき全国3,477団体(2017年度)が全国の農地で生物調査を実施しているものの、施策の評価に活用されていない等の課題があります。

本法は、基本理念や方向性を実現するため、本法に基づく「食料・農業・農村基本計画(以下、基本計画)」を5年に一度策定しています。
「中間取りまとめP43」では、この基本計画において、「現状把握、課題の明確化、具体的な施策、施策の有効性を担保するための指標(KPI)を行うよう見直すべきである」と提言しています。この中に、農地の生物多様性のモニタリングと評価の体制を整備することを追加することが重要です。

生物多様性条約第15回締約国会議において決議されたネイチャーポジティブの実現に向けて持続可能な農業への転換が重要であり、そのための農地における生物多様性保全の目標およびKPIの設定が必要です。

(参考)森林資源モニタリング林野庁1999年~5年に1度実施

里山の生物多様性を未来に引き継ぐために、、、

NACS-Jが、地域の市民の皆さんとともに実施してきた全国の里山モニタリング調査(モニ1000里地調査)では、これまでの調査結果から、里山の生物多様性の危機的な状況を明らかになってきました。

参考:モニ1000里地調査 第3期とりまとめ報告書

水辺や草地等の指標種や里山の普通種が急速に激減

日本の農業・農地のあり方は、里山の自然環境に大きく影響します。また、持続可能な農業のためにも、その基盤となる生物多様性が重要であることは言うまでもありません。

里山および農地の生物多様性を回復への軌道に乗せていくには、農業に関する法制度のなかで生物多様性保全の位置づけを明確にしていく必要があります。

そのためにも、今回の基本法の見直しにおいて、「生物多様性保全」の重要性が法律の条文に明記されることが求められています。

多くの方に、今後の動向も注目していただければと存じます。

文献

  • 小沼明弘, 大久保悟. (2015). 日本における送粉サービスの価値評価. 日本生態学会誌, 65(3), 217–226.
  • 農林水産省. (2019). 海外における環境直接支払制度の現状~平成30年度環境保全型農業効果調査事業結果.
  • Taki, H., Okabe, K., Yamaura, Y., Matsuura, T., Sueyoshi, M., Makino, S., & Maeto, K. (2010). Effects of landscape metrics on Apis and non-Apis pollinators and seed set in common buckwheat. Basic and Applied Ecology, 11(7), 594–602.

話題の環境トピックス 一覧へ戻る

あなたの支援が必要です!

×

NACS-J(ナックスジェイ・日本自然保護協会)は、寄付に基づく支援により活動している団体です。

継続寄付

寄付をする
(今回のみ支援)

月々1000円のご支援で、自然保護に関する普及啓発を広げることができます。

寄付する