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2022.06.29(2022.07.01 更新)

日本の農地の生物多様性を守る法制度への期待と課題

解説

専門度:専門度3

水田のある里山風景の画像

テーマ:生物多様性地域戦略生息環境保全里山の保全

フィールド:法規制生物多様性保全農地

農薬、土地改良、耕作放棄などにより里山の生物多様性が危機的状況にあります。里山の生物多様性保全に関わる仕組みが必要とされる中、NACS-Jが注目する二つの法制度について解説します。

藤田 卓(NACS-J生物多様性保全部)


農地の生物多様性の危機

近年、農地など二次的な自然に生息する多種多様な生きものが環境省レッドリストに掲載され、国レベルの農地生態系の評価においても生態系の質や量・農作物の多様性などが、過去50年から現在まで急速に衰退しているとされています。

さらに、NACS-Jが環境省と進めるモニタリングサイト1000里地調査の結果から、絶滅危惧種だけでなく、チョウ類やホタル類、ノウサギ、ヒヨドリ、ツバメなどの里山にごく普通に生息する種の減少が明らかになりました。特に出現頻度の高いチョウ類のうち、約3分の1にあたる30種が、絶滅危惧種の判定基準に相当するほど急速に減少している可能性が示唆され、農地を含む里山の生物多様性保全が課題となっています。

農地における生物多様性の低下の主な原因は、化学農薬・肥料の使用、土地改良などを含む集約的な農業、耕作放棄とされています。今、日本をはじめ世界的にも有機農業や環境保全型農業を含む持続可能な農業への転換が課題となっています。

農地の生物多様性保全に関わる先進事例:EUの法制度

持続可能な農業への転換の先進地域の一つEUでは、農家がお金を受け取るときの条件として、環境を保全する一定の行為が義務付けられています。さらに高度な環境保全に貢献する活動を行う場合に、追加のお金を受け取ることができるなど、EUは農家を支援する仕組みとして「共通農業政策(CAP)」を1990年代から整え、農家だけでなく、環境NGOなどと連携して農地での環境保全活動を展開しています。

現場の農家だけでなく、流通から消費者までのサプライチェーン全体を支援するため、EUは2020年に「Farm to Fork戦略」を策定し、2030年までに有機農業実施面積を25%、化学農薬50%削減などの意欲的な目標を掲げています。

日本の法制度への期待と課題

日本でもEUなどの政策を参考にして、農地の生物多様性保全に関わる大事な法制度がここ数年で大きな節目を迎えています。NACS-Jを含む環境NGOの動きと共に2つの法制度をご紹介します。

1.農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律

この法律は、EUの法制度などを参考にしたもので、農業・農村が持つ、「食料等の生産」以外の機能(国土保全、水源かん養、自然環境保全、景観形成などの多面的機能)を発揮するために農業団体などの活動に支払われる交付金制度の根拠法です(2014年設立)。農地が食料生産だけでなく人類の生存の基盤となる自然環境・生物多様性を守る公益的機能を有すると位置付けており、国土の52%と高い割合を占める農地と、延べ6万団体からなる農業関係団体を年間約1600億円の税金で支援するなど、農地生態系に対し重要で影響力の大きな法制度です。

本法の課題として、EUの政策とは異なり、環境保全が義務化されず、農業を継続・維持する活動のみも支援対象となることや、土水路のコンクリート化など生物多様性を劣化させうる事業にも交付金が広く活用されていることがあります。さらには本法の目的である公益的機能が発揮できたのかが十分検証されていないといった問題もあります。

これらの問題解決に向けて、NACS-Jを含む環境NGO6団体共同で、2022年に提言書(1)を出しました。今後は、この提言で述べた「本法が支援する事業は、生物多様性保全の義務化」や「多面的機能の発揮促進の十分な効果検証の実施」の実行に向けて、農水省や農業者団体などの関係者との意見交換などを通じて、今後ともこの法制度の運用改善の方法を検討していきます。

2.みどりの食料システム戦略とその関連法

EUの「Farm to Fork戦略」を手本として、日本でも2021年に「みどりの食料システム戦略」が公表されました。そこには2018年時点でわずか0・5%の有機農業実施面積を、2050年までに25%に増やしていくといった意欲的な目標が含まれています。この戦略を実現するための法律として、「環境と調和のとれた食料システムの確立のための環境負荷低減事業活動の促進等に関する法律(以下、みどり法)」が2022年5月に公布されました。この戦略および法律は、持続可能な農業の土台を支える生物多様性の低下が深刻化する中、持続的な農業へと転換する重要な法制度と捉えています。その一方で、いずれも生物多様性保全の具体策が欠如するなどの課題がありました。

明記されなかった「生物多様性保全」

みどり法では、農林水産業から生じる環境負荷を低減するための活動を農林漁業者などが申請し、認定されると税制優遇などの財政支援の対象となることとしています。

この環境負荷低減活動に「1.農薬の削減」と「2.温室効果ガス対策」の2つが明記されていますが、生物多様性保全活動は含まれていません。例えば、「温室効果ガス対策」として掲げられている取り組みの中には、過去の研究から特定の生物種に対して悪影響が懸念されるものがあります。このように「生物多様性保全」が取り上げられないままでは多くの生物多様性保全に関連する活動が財政支援の対象から外れ、また、生物多様性保全と相反する取り組みが推進される可能性さえあるのです。

NACS-Jでは、みどり法における諸課題に対して提言(2)を出すとともに、議員へのロビイング活動を行ってきました。その結果、今年4月の国会にて複数の議員からみどり法の問題点を指摘・追及があり、「生物多様性の低下に対処する事業を省令(=施行規則)でしっかり検討していく」と農水省審議官および農水大臣の答弁を得ました。
この答弁に関連して、5月には施行規則案(省令)について国民に意見を求めるパブリックコメントが実施され、NACS-Jは「生物多様性保全」を環境負荷低減活動に追加すべきとの意見を提出しました(3、4)。

今後は、みどり法の下で生物多様性保全活動が位置付けられ、生物多様性保全に取り組む現場の農家の皆さん、その流通を支える皆さんを支援する枠組みができるよう注視するとともに、NACS-Jが果たす役割も考えていきたいと思います。

関連資料

1:「農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律」の点検・検証結果に対する提言
https://what-we-do.nacsj.or.jp/2022/04/18038/

2:みどりの食料システム戦略に関する法律制定に向けた提言
https://what-we-do.nacsj.or.jp/2022/02/17832/

3:「環境と調和のとれた食料システムの確立のための環境負荷低減事業活動の促進等に関する法律施行規則案の概要」 にパブコメを提出しました
https://what-we-do.nacsj.or.jp/2022/05/18181/

4:農地の生物多様性保全に関わる法律に関係するパブコメが募集中です(5/31〆切)
https://www.nacsj.or.jp/2022/05/30313/

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