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2022.05.25(2024.03.25 更新)

農地の生物多様性保全に関わる法律に関係するパブコメについて

解説

専門度:専門度4

テーマ:里山の保全

この記事は、2022年5月31日まで意見募集していた、農地の生物多様性保全に関わる法律「みどり法」のパブコメ(パブリック・コメント)に関する解説記事です。※パブコメは2022年5月31日で募集終了しました

ご参考:NACS-Jが提出したパブコメ本文を公開しています

「みどり法 施行規則案の概要」 にパブコメを提出(2022年5月27日)

本法は、農地での生物多様性の低下等をはじめとする環境負荷低減に取り組むことが法律の目的として明記されているものの、生物多様性への具体的な施策が欠如する等の課題があります。

今回のパブコメで意見募集されている省令で「生物多様性保全」を位置づけられないと、多くの生物多様性保全に関連する活動が財政支援の対象から外れ、また、それとは相反する活動が推進される可能性さえあります

ここでは、日本自然保護協会(NACS-J)がこれまで実施してきたみどり法に関する活動を振り返りつつ、今回のパブコメのポイントについて詳しく解説していきます。

環境と調和のとれた食料システムの確立のための環境負荷低減事業活動の促進等に関する法律(以下、「みどり法」)
https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/208/pdf/s0802080322080.pdf

 

1.「みどり法」への期待と課題

みどり法とは、2021年に策定された「みどりの食料システム戦略(以下、「みどり戦略」)」を実現するための法律です(2022年5月公布)。

みどり戦略では、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立の実現に向けて、農林漁業に由来する環境への負荷低減を図るため「2050年までに有機農業取組面積25%」「化学農薬半減」等の意欲的な目標を掲げています(図1)。


図1.みどり戦略が目指す有機農業取組面積の目標
(出典:みどりの食料システム戦略 p72

NACS-Jも環境NGOとして、持続可能な農業の土台を支える生物多様性の低下が深刻化するなか、みどり戦略 及び みどり法は、これからの農業のあり方を左右する、非常に重要な戦略・法律だと捉えています。

一方で、みどり戦略 及び みどり法には、現状、農薬削減・温室効果ガス対策等が明記されているものの、生物多様性保全の具体策が十分でないことが課題です。

参考:NGO4団体が提言を提出

こうした課題について、NACS-Jを含む環境NGO4団体で2022年2月にはみどり法案に対して提言を行いました。

みどりの食料システム戦略に関する法律(案)へ提言を提出(2022年2月)

 

2.今回のパブコメのポイント

今回のパブコメでは、みどり法に基づき、施行令(政令)案と施行規則(省令)案等について意見を募集しています。このパブコメのポイントを解説します。

明記されなかった「生物多様性保全」

みどり法では、農林水産業から生じる環境負荷を低減するため活動(第二条4項:環境負荷低減活動)を農林漁業者等が申請し、認定されると税制優遇などの財政支援の対象となることとしています。

しかし、今年2月から4月にかけて国会で審議されてきた本法は、この環境負荷低減活動に「1.農薬の削減」と「2.温室効果ガス対策」に関する事業活動、そして「3.環境負荷低減に資するものとして省令で定める事業活動」を明記するのみで、生物多様性保全は明記されないまま閣議決定されました(図2)。


図2.みどり法で定める「環境負荷低減事業活動」

「農薬削減」と「温室効果ガス対策」だけでは不十分

一見すると、「農薬の削減」と「温室効果ガス対策」に関する活動があれば、それらによって生物多様性保全が達成されるように見受けられるかもしれません。しかし、それでは十分ではありません。

一つの理由に、農地における生物多様性の低下要因から見ることができます。
水田の生物多様性に与える影響をまとめた既存研究で、生物多様性の低下の主な要因として「化学農薬・肥料の使用」とともに「農業の統合・土地改良」や「耕作放棄」が挙げられています。現行のみどり法では、農薬の使用は防げるものの、後者の2つの対策が抜け落ちてしまっています(図3)。


図3.戦後日本の水田の生物多様性における主な脅威(生物多様性の低下要因)とみどり法での対応
Katayama et al.(2015) を参考にNACS-Jが作図

さらには、例えば「温室効果ガス対策」として掲げられている取組みの一部(例:中干)は、過去の研究から特定の生物種に対して悪影響が懸念されるなど、トレードオフが生じる恐れもあります

また、十分ではない理由のもう一つに、環境保全を目的とした農水省の既存事業との比較からも指摘ができます。
農水省では、環境保全型農業を支援する「環境直接支払交付金」という交付金制度を設けていますが、この対象となる合計56の取組(全国8つ、地域特認48つ)は、環境保全へ貢献する取組として第三者委員会が論文など科学的根拠に基づき選定したものです。しかし、56の取組のうち今回のみどり法で「環境負荷低減事業活動」として認定されうる取組は6つしかなく、特に生物多様性保全に関連する活動は、現状ではほぼすべてが適用外となる可能性があります(表1)。

表1.環境直接支払交付金の各対象取組のみどり法第二条4項1,2号の適用状況(NACS-J作成)

※環境直接支払支援の要件(化学肥料・農薬50%)を追加して適合

これらのことから、「生物多様性保全」が取り上げられないままでは、多くの生物多様性保全に関連する活動が財政支援の対象から外れ、また、生物多様性保全と相反する取組みが推進されうる可能性さえあるのです

今回のパブコメの意義

そうした中、NACS-Jでは、議員へのロビイング活動を通じて、2022年4月の国会にて「生物多様性の低下に対処する事業を省令(=施行規則)でしっかり検討していく」と農水省審議官および農水大臣の答弁を得ました(後述の3を参照)。

そこで、今回の施行規則案(省令)のパブコメでは、第二条4項に定める「3.省令で定める事業活動」に「生物多様性保全」を追加できるかが重要なポイントとなってきます。

 

3.2022年4月の国会審議(参議院)での成果詳細

NACS-Jでは、みどり法における諸課題に対して、上述した提言を発表するとともに、議員へのロビイング活動を行ってきました。
そして、今年4月には国会にて議員の方々に質問していただき、下記のような言質および付帯決議を得ました。

 

「生物多様性の低下に対処する事業を省令(=施行規則)でしっかり検討していく」と農水省審議官および農水大臣の答弁を得た

国会 会議事録 該当箇所はこちら(外部サイトへ移動します。)
*019番目の田名部匡代氏(立憲民主党議員)、020および022番目の青山豊久氏(審議官)、024番目の金子原二郎氏(大臣)の発言を参照ください。

このみどり戦略実行に向けた財政支援が不十分であることを踏まえて、付帯決議に、生態系保全に向けた財政支援の強化が入った

参議院 付帯決議はこちら(外部サイトへ移動します。)

(抜粋)11. 農林漁業において、多面的機能の発揮の一層の促進を図るため、生態系ネットワークの形成に向けて、農林水産省はもとより関係府省の密接な連携を図るとともに、既存の交付金制度等を通じた農林漁業者等への十分な支援に努めること。

こうした言質および付帯決議を受けて、今後しっかりと生物多様性保全を位置づけるためにも、今回のパブコメに多くの方が関心をもち意見を寄せることが重要となります。

 

最後に・・・

これまでNACS-Jが、地域の市民の皆さんとともに実施してきた全国の里山モニタリング調査(モニ1000里地調査)では、調査結果から、里山の生物多様性の危機的な状況を明らかになってきました。

参考:モニ1000里地調査 第3期とりまとめ報告書

モニタリングサイト1000里地調査2005-2017年度 とりまとめのご報告

 

日本の農業・農地のあり方は、里山の自然環境に大きく影響します。また、持続可能な農業のためにも、土台となる生物多様性が重要であることは言うまでもありません。

里山および農地の生物多様性を回復への軌道に乗せていくには、農業に関する法制度のなかで生物多様性保全の位置づけを明確にしていくことが必要です。そのためにも、本法において「生物多様性保全」の重要性がしっかりと明記されることが求められています。

多くの方に、今後の動向も注目していただければと存じます。

(生物多様性保全部 藤田)

文献

Katayama, N., Baba, Y. G., Kusumoto, Y., & Tanaka, K. (2015) A review of post-war changes in rice farming and biodiversity in Japan. Agricultural Systems, 132, 73–84.

片山直樹, 馬場友希, & 大久保悟 (2020) 水田の生物多様性に配慮した農法の保全効果:これまでの成果と将来の課題. 日本生態学会誌, 70(3), 201.

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