日本自然保護協会は、生物多様性を守る自然保護NGOです。

  • 文字サイズ

話題の環境トピックス

Home 主な活動 話題の環境トピックス いま、「戦争と自然保護」を考える

話題の環境トピックス 一覧へ戻る

2022.08.15(2022.08.15 更新)

いま、「戦争と自然保護」を考える

読み物

専門度:専門度1

8月15日は「終戦の日」です。

日本人の誰もが知る77年前のこの日、太平洋戦争が終結しました。

戦争の悲惨さを学び、過去を教訓に、平和の尊さを想うこの日。
ロシアによるウクライナ軍事侵攻が続き、世界の緊張の高まりを否応なく感じさせられる今年は、いつもにも増して、戦争と平和について意識される方も多いのではないでしょうか。

今回、ここでは、過去にNACS-Jの会報で掲載した特集「戦争と自然保護」を紹介します。

これは湾岸戦争終結直後である1991年4月の会報No.347に掲載されたもので、当時の日本自然保護協会(NACS-J)会長・沼田眞による記事は、戦争自体の悲惨さとともに、戦争の自然環境への影響について強いメッセージを伝えています。特に、記事中で紹介している、1972年の国連人間環境会議における、スウェーデンのパルメ首相の「戦争こそが最大の環境破壊。環境問題の解決は平和な世界においてのみ可能である」という言葉は、異常気象や生物多様性の危機などの環境問題が世界で顕在化している今現在において、殊更に心に刺さるものがあります。

NACS-Jは、人と自然がともに生き、赤ちゃんからお年寄りまでが豊かな自然に囲まれ、笑顔で生活できる社会を目指して活動しています。
自然を守ることが平和な社会をつくることであり、平和である社会においてこそ自然保護ができるということを、改めて強く意識して、「平和と自然保護」を願う皆さまとともに、その実現のために歩んでいきたいと思います。

2022年8月15日
日本自然保護協会

会報 No.347(1991年4月)より 特集「戦争と自然保護」

戦争と自然保護

沼田 眞

このテーマでまず思い出すのは、1972年の国連人間環境会議のときの演説である。
ストロング事務局長の挨拶のあと、スウェーデンのパルメ首相(準備会議を主催し、ストックホルムでの本会議の開催に尽力したのちに暗殺された)の講演があった。彼は、「戦争こそが最大の環境破壊で、世界各国は今こそ軍事優先の考え方を改めなければならない。環境問題の解決は平和な世界においてのみ可能である」と述べた。当時ベトナムに軍を送っていたアメリカはだいぶ憤慨して、一時スウェーデン駐在大使を引き上げるという噂さえあったほどであった。各国の政府支出のなかで軍事費の占める割合は非常に大きく、この膨大な軍事費を環境問題の解決にふりむけるべきだといった議論が非常に印象に残っている。

戦争中の日本は、沖縄では地上戦もあったし、本土でのB29の空襲や戦闘機による銃撃はしばしばで、いずれも私は経験を持っている。終戦一カ月前の千葉市の空襲では私も父を亡くし、家を焼かれた。火葬場のわきに数十人単位で死体を積み上げてあった光景は忘れがたい。平和論が説かれ、平和連動や平和教育が唱えられているのに、有史以来10年と平和が続いたことはないといわれている。人間は本質的に好戦的な動物だという感を禁じ得ない。

戦争中に応召して燃料貯蔵庫作りなどをさせられていたが、その木枠や壁面用のために、国有林も民有林も軍の命令で無造作に伐りまくられていた。これが戦後の拡大造林の背景になっているともいえよう。

ストックホルム会議から10年目に当たる1982年にはナイロビの国連環境計画(UNEP)で政府間会議が行われた。そのときに配布された『世界の環境1972~1982』の準備のたえに1981年に一カ月ほどナイロビに滞在して原稿の一部を書いたり、意見を述べたりしたことがある。この本の第16章(平和と安全保障)の中に「戦争の環境影響」という節があり、その中には南ベトナムでの除草剤散布で1500平方キロのマングローブ林が全滅、さらに15000平方キロが被害を受け、砲弾によって数十万ヘクタールが破壊されたことが書かれている。また、ダイオキシンなどの催奇性についても述べられている。さらに原子爆弾、生物・化学兵器のもたらす破壊力、近代兵器の致死作用の強度などについても数字をあげている。

近代兵器については、今回のイラクと多国籍軍の戦争をみると、右の1982年の報告をはるかに超えたハイテク戦争になっていることは周知の通りである。この本には、軍縮や軍備の制限に関する条約が10いくつも載っている。たとえば、生物・化学兵器の禁止の協定については、1925年に採択され、10年前で96ヵ国が加盟しているが、戦争の進行に伴って当事国がこれを破る気になれば一片の紙切れになってしまう。

また、同じ年にUNEPから刊行された『地球環境の諸問題』という本でも第三章が「軍事活動と環境」にあてられている。

1982年のナイロビ会議の中では、戦争の脅威と軍備による浪費がなくなれば、人間環境は改善されるという提言がなされた。また、メキシコとスウェーデンによって提案された「軍備と環境」に関する決議案はUNEP常任理事会で採択された。その決議は、環境に対する大きな脅威となっているのは世界戦争の可能性であり、この10年間の局地的な武力衝突でさえ、多くの難民と大きな環境破壊をもたらしたことを指摘している。1945年から79年の間に81ヵ国で130の内乱または地域紛争があり、広範囲の被害と破壊が生じたという。
 

ところで、最近の話題はもっぱら中東地域の湾岸戦争である。大量の原油が流出し、それがクウェート中部からサウジアラビアへとペルシア湾岸ぞいに南下している。人間にとっての大問題はその原油の流れが海水淡水化施設の取水口に接近することであり、目下オイルフェンスを何重にも張ったり、原油の帯を可能な限り吸い上げる努力がなされている。海の中でくらすジュゴン、さらにアオウミガメのように産卵のために海岸の砂地に上がるものや、遠浅の海岸に生息するマングローブ、その中に住むエビや小魚などにとっても、陸域と水域の移行帯(エコトーン)はことに重要である。

もちろん陸上の砂漠地帯にも爬虫類、鳥類、昆虫などがたくさん住んでいる。イスラエルとエジプトの戦争のあと、戦車がゴロゴロころがっているシナイ半島の砂漠で、そこに生活する生き物を観察したことがあるが、陸上の生き物も、ざん濠掘り・砲撃・戦車などによって被害を受けたであろう。また、火をつけられた多くの油井から排出される窒素酸化物による酸性雨なども心配されている。
クウェート沿岸の原油流出の影響も徐々に明らかになってくるだろうが、プランクトン、海藻、底生生物などへの被害は、食物連鎖などを通して、海中・陸上および両者をつなぐ生態系に影響を与えるだろう。いくつもの原油運び出し施設があり、小規模な原油流出は今までにもたびたびあったということなので、その陸域と水域を含めた生態系は、20年、30年たっても、不完全な形での回復が期待されるにすぎないであろう。

戦争はまさに自然保護最大の敵である、自然に配慮しながら戦争をするなどということはありえない。

●この原稿は、湾岸戦争終結前に書かれたものです。

 

特集「戦争と自然保護」全文はこちら

特集「戦争と自然保護」(PDF/2.8MB)

話題の環境トピックス 一覧へ戻る

あなたの支援が必要です!

×

NACS-J(ナックスジェイ・日本自然保護協会)は、寄付に基づく支援により活動している団体です。

継続寄付

寄付をする
(今回のみ支援)

月々1000円のご支援で、自然保護に関する普及啓発を広げることができます。

寄付する