2025.04.28(2025.04.30 更新)
生物多様性保全を気候変動対策と地域振興の解決につなげる活動の5年間の成果
調査報告
専門度:
2024年4月上毛高原駅構内にオープンした「イヌワシストア」。店内什器にイヌワシ木材を使い、イヌワシマークのグッズなどを販売。売上の一部が保全活動に寄付されている
テーマ:生物多様性地域戦略自然資源生息環境保全森林保全
フィールド:NbS
生物多様性保全をさまざまな社会課題解決につなげる取り組みが、NbS(ネイチャー ベースド ソリューションズ:自然に根ざした解決策)として国際的に注目を集めています。NACS-Jは2020年からHSBC(香港上海銀行)に支援をいただき、群馬県みなかみ町で5年間NbSを実践してきました。イヌワシの狩場を創出し、木材を利活用する取り組みの成果をご報告します。
イヌワシの狩場環境を保全するために、奥山の管理されない人工林を伐採し、自然林に復元しています。自然林の復元過程の炭素固定量を測定するとともに、伐採木をイヌワシ保全につながる木材「イヌワシ木材」として利活用を推進し、その販売額を地域振興への効果として測定しました。その結果、小規模ではありますが、NbSのモデルとなる実例ができました。
人工林から自然林へ復元する過程の炭素固定量(気候変動対策)
植生調査による実測値から、自然林復元過程の炭素固定量を推定しました。その結果、人工林を伐採した直後10年間の自然林は、人工林のまま放置した場合の3分の1以下の炭素固定量でした。しかし、その後100年以上が経過し、大木の自然林に復元することで、人工林のまま100年以上放置するよりも多くの炭素を固定できる可能性があることが分かりました。(表1)
表1:人工林0.44haを放置した場合と、自然林に転換した場合との比較
イヌワシの狩場環境保全の効果(生物多様性保全)
人工林伐採によるイヌワシの狩場環境保全効果は、伐採後の3年間で3回繁殖に成功するなど、これまでにも効果が確認されています。2020年から2024年の5年間で、イヌワシのつがいの雄が、若い個体にスムーズに入れ替わったことを確認しました。このことは、イヌワシの生息環境として良好な状況であることが証明されたと言えます。
イヌワシの保全につながる木材の販売(地域振興)
「イヌワシ木材」は、地域振興を重視し、地域内で加工・製材・販売・利活用を進めました。その結果、店舗什器やスノーボードなどさまざまな活用事例ができました。また、0.44haの狩場創出試験地から、約36㎥の丸太が収穫され、約16㎥の製材乾燥済の木材が生産できました。この木材について、生産販売の費用を賄える価格を設定し販売すると約300万円になります。市場価格と比べて高額ですが、生産した製材品の一割は、イヌワシ保全につながることを評価した顧客に販売済みで、今後も販売を拡大できる見込みです。
今後、これらの取り組みを発展させ、他地域への展開を進めます。
新たにつがいとなった若い雄が、人工林を伐採した「イヌワシ狩場創出試験地」で獲物を探す様子。全国的には、つがいの一方が消失した後1羽だけとなるケースが多い中、4個体の新たな雄が競って侵入し、最終的にこの雄が定着した(写真:上田大志)
❶赤谷の森での樹種や樹高などを測る植生調査の様子/❷アカマツ人工林を伐採した試験地/❸試験地からのスギ材を用いた、土合朝市出店者用テーブル/❹イヌワシストアは、取り組みに関する意見交換や学びの場にもなっている/❺試験地からのアカマツ材を中央部に用いたスノーボード(製作:㈱堀田)/❻イヌワシのストーリーとともに販売されたアカマツのスノーボードWAXケース40個は即完売(製作:桐匠根津)/表:人工林放置100年間炭素固定量は、長伐期施業対応の人工林収穫表を元に算出。自然林100年間炭素固定量は、100年以上伐採されていない赤谷の森の自然林の実測値より算出
担当者から一言
リポーター
生物多様性保全部 森本裕希子
木の曲がりや変色を、むしろ個性として活かした素敵な木材利活用の事例も生まれています。森林をより良くしようという考えを起点に協力者が広がり、それぞれのやりたいこと、できることを重ねてくださっていて、希望が広がっています!