2026年8月、熊本で開催された「グローバルネイチャーポジティブサミット」には、“ネイチャーポジティブ”を合言葉に世界中から約3,000人が来場しました。学生として参加した私は企業の努力や工夫を知った一方で、現地視察では地域コミュニティとの連携が未だ不足しているのではと感じました。熊本の豊富な湧水や美しい江津湖を未来に残すには、企業や地域の立場を超えた協働が必要不可欠だと実感した2日間をレポートします。
はじめに
初めまして。7月からインターン生として日本自然保護協会に勤務している大学3年生の村崎といいます。今回、熊本で開催された「グローバルネイチャーポジティブサミット」に、学生の立場で参加する機会をいただきました。”ネイチャーポジティブ”という言葉にまだ慣れ親しんでいない立場から、このサミットで素直に感じたことや考えたことを共有できればと思います。ぜひ、私と同じく、環境問題に関心を持ち始めたばかりの方や、現状の取り組みについて興味のある方に読んでいただけたら幸いです。
グローバルネイチャーポジティブサミットとは
グローバルネイチャーポジティブサミットは、ネイチャーポジティブ(2030年までに生物多様性の損失を食い止め、回復へ転じさせる)という目標のもと、金融機関、企業、自治体などが集結した民間主導の国際会議です。第2回となる開催地に熊本が選ばれた背景には、阿蘇の恩恵による豊富な湧水で市内の水道水をすべて賄う世界的に稀有な都市であること、そしてその豊かな水資源を求めて進出する半導体企業などに対し、自治体が環境保全条例を整備するなど積極的に取り組んでいる点があります。ネイチャーポジティブへの関心が高まる日本において、まさに最適な都市と言えます。会場には世界中から約3,000名が参集し、国際的リーダーや企業代表によるメインセッションと、具体的な取り組みを紹介する数多くの分科会が開かれました。来場者は企業関係者が中心でしたが、日本自然保護協会が関わる「自然観察指導員熊本県連絡会」の方々をはじめ、全国の自治体やNGO/NPO関係者も多数参加し、多様な立場の人々が一堂に会しました。
ネイチャーポジティブがもたらす経済の可能性
メインセッションでは、ネイチャーポジティブの基本的考え方と重要性が語られました。開会式ではネイチャーポジティブ推進の経済的価値や「グリーンインフラ」としての重要性が説明され、ネイチャーポジティブ・イニシアチブのマルコ・ランベルティーニ氏も「生物多様性は経済活動と深く結びつく最重要課題の一つ」と強調していました。ネイチャーポジティブを促進できれば、2030年までに3,200万人の雇用を創出できるといわれています。また、国連開発計画のペドロ・コンセイソン氏は「ネイチャーポジティブとはヒューマンポジティブである」とし、推進が人類の暮らしの豊かさに直結すると主張しました。
義務感からの脱却と、行動変容を生む企業の取り組み
一方で、会場内で行われた「自社がネイチャーポジティブを採用する最大の理由」というアンケートでは、「規制・法制化」と「市場機会の創出・ブランド価値向上」がそれぞれ約3割を占めました。義務感から取り組む企業が未だ多い現実を実感した一方で、大企業を中心に意欲的な取り組みが広がっていることも知り、驚きました。例えば、積水ハウス株式会社の「5本の樹」計画は、住宅の庭に在来樹種を植栽する提案を通じ、生態系の回復と住民の快適な暮らしを両立させています。単なる環境配慮にとどまらず、消費者の行動変容を促すことで大きな目標達成につなげている点が印象的でした。
現地視察と地域で活動する皆さんとの交流を通じて
サミットに参加するなかで、私は現地視察と、地域で活動する自然観察指導員熊本県連絡会の方々にお話を伺う機会をいただけました。そこで感じたのは、企業と自治体の間にある認識のギャップです。積極的に企業との協働を望む自治体と比較して、企業の希望は未だ少なく、実現した場合も、短期的な成果を求める企業と、継続的な自然保護を求める自治体とのニーズに乖離があるという課題がみられました。また、支援が世界自然遺産などに偏りがちで、地元に根付いた自然にも目を向けてほしいという現場の声もありました。企業の取り組みが急加速する一方で、地域コミュニティとの連携はまだ手薄であり、これが喫緊の課題だと痛感しました。
市民の日常に息づく自然 -江津湖での気付き
そうした連携の難しさを感じた後に訪れた江津湖では、まさに地域の人々が自然と共に生きる姿を目の当たりにし、議論だけでは見えない地域と自然との絆を実感した瞬間でした。 江津湖は世界的に見ても珍しい大規模な湧水湖で、豊かな自然や生き物を肌で感じられる熊本市のシンボル的な存在です。現地を訪れて、まず、都心部からさほど遠くない街なかにこんなにも緑豊かで、澄んだ水と触れ合える場所が残されていることにとても感動しました。そこで水遊びを楽しむ地元の学生や親子の姿がとても印象的で、江津湖での自然体験は地元の方々にとって日常であるということを実感し、心からこの風景をこの先も残したいと思いました。湧水が市民の生活の一部となっている熊本市で、水資源の大切さを感じられる場所をこれから先も保全していくためには、地域コミュニティとの関わりもなくてはならないものであると気付かされました。
立場を超えた協働で、地域の自然を未来へ
熊本での経験を通し、ネイチャーポジティブは単なる機械的な自然保全の目標ではなく、持続可能な自然の恵みと精神的な豊かさをもたらす、自然と社会の双方に有益な理念だと実感しました。自然を守ることは、私たち自身の生活を守ることに他なりません。企業においても、原料の持続可能な調達や社員とその家族を守ることが、結果として長期的な発展をもたらします。
一方で、企業と自治体との間には考え方やアプローチに違いがあることも実感しました。その認識のズレを解消していくためにも、まずは相互理解を深めていくことが重要だと感じます。そしてそれは、今回、私が江津湖を訪れて感じたように、現地に赴き、交流をすることも有効的な手法のひとつだと思います。取り組みを始められた企業の皆さんには、ぜひ実際に現地を訪れて、地元コミュニティと交流してみていただきたいです。これは、自社内でネイチャーポジティブを実感し価値を高めることにも繋がることだと思います。
ネイチャーポジティブという大きな目標を達成するためには、企業の社員や市民の一人ひとりが意識を変え、日々の行動や選択にネイチャーポジティブの視点を取り入れることが大切です。そうした意識が社会の常識となるよう、企業・自治体・市民がそれぞれの立場から協働し、地域の自然を未来へ継承していくための取り組みが推進されることを強く願っております。


