スタートから2年。2024年度の三菱地所、みなかみ町、NACS-Jの3者協定活動報告。~生物多様性の回復傾向の定量的評価も開始~
連携企業三菱地所株式会社、群馬県みなかみ町
2025年11月21日
日本自然保護協会(以下、NACS-J)は、ネイチャーポジティブの実現を目指して、2023年2月27日、三菱地所株式会社(以下、三菱地所)、群馬県みなかみ町(以下、みなかみ町)との3者で10年間の連携協定を締結しました※1。この協定に基づいた活動は、「みなかみネイチャーポジティブプロジェクト」と名付けて実施しています。
協定を締結してから2年、2024年度の活動成果をまとめました。生物多様性の回復傾向の定量的評価を開始したり、このプロジェクトの成果を活かして他地域でも活用できる「地域のネイチャーポジティブに向けた実践ガイド」を公表したことなどは成果のひとつになりました。
Contents
1.生物多様性が劣化した人工林を自然林へ転換する活動(約80ha)
この活動では、管理が行き届いておらず生物多様性が劣化してしまった人工林を、本来の植生を踏まえた自然の森林へ戻すことで、生物多様性の保全と再生を目指しています。また、2024年度から木材の利活用に向けた検討も本格的にはじめました。

自然の森林へ戻すために伐採したアカマツを内装に活用したイヌワシストア
みなかみ町の国有林をエリアにした活動
みなかみ町の国有林をエリアにした活動では、赤谷プロジェクトとも連携をして、人工林から自然林への転換活動を進めています。2024年度は、2023年度に活動を実施したエリアに隣接するアカマツ林(約0.5ha)を対象に取組みを進めました。伐採作業は次年度に持ち越しになりました。2023年度に人工林を伐採したエリアの生きもの調査(以下、モニタリング)も行いました。

国有林エリアでの活動
みなかみ町の町有林をエリアにした活動
みなかみ町の町有林をエリアにした活動では、みなかみ町に点在する町有林を舞台にして、人工林から自然林への転換活動を進めています。2024年度は、当初の計画通り、2023年度の活動のなかで選定した赤谷地内旧高原千葉村町有林内の2カ所で活動を進めました。具体的には、スギ林(0.82ha)とカラマツ林(3.74ha)を対象にして取組み、伐採前のモニタリングを実施したうえで、スギとカラマツの伐採と搬出を行いました。

町有林エリアでの活動
伐採と搬出は、みなかみ町森林活用協議会に所属する自伐型林業団体である飲水思源の皆さまにお願いしました。伐採と搬出といっても、作業道も敷設されていないエリアであり、2023年度同様に作業道の敷設も並行して実施しながらの活動となりました。作業道の敷設には、壊れない作業道づくりアドバイザーの野村正夫氏にご協力をいただきました。
新たな活動場所の選定
2025年度以降の活動場所の選定と調整も進めました。国有林をエリアにした活動では、林野庁が 2025 年度に策定する「2026 年度から 2030 年度までの地域管理経営計画」の基となる「赤谷の森・基本構想 2025」に「みなかみネイチャーポジティブプロジェクトとの連携」が明記されました。町有林をエリアにした活動では、町有林の分布図および樹種リストを活用し、生物多様性の回復に意義がある場所や、水資源の保全など、生態系サービスへの貢献が期待できるエリアから10 か所を選出して活動候補地の絞り込みをおこないました。

活動候補の町有林
木材の利活用に向けた検討
木材の利活用に向けた検討にも本格的に取組みました。2024年度は、2023年度の活動で伐採したアカマツ材の利活用の検討を主に進め、一部で実現もしています。
例えば、株式会社 Plowerは、上毛高原駅に新しくオープンした「イヌワシストア」の内装やテーブル、椅子の素材として活用してくださいました(※上部の写真)。他にも、星野リゾートが運営する谷川ヨッホのロープウェイの机と椅子や、株式会社堀田が制作するスノーボードの材料などにも活用されました。生物多様性の保全や再生につながり、トレーサビリティが確保された木材を誰もが利用できるプラットフォーム立ち上げについても議論を開始しています。

自然の森林へ戻すために伐採したアカマツを活用したスノーボードの板
自然の森林へ戻すために伐採したアカマツを活用したスノーボードの板
2.生物多様性豊かな里地里山の保全と再生活動
この活動では、みなかみ町の里地里山を舞台に、耕作放棄や外来種の移入などによって荒廃してしまった生物多様性の保全と再生を目指しています。

外来種ブラックバス(撮影:喜多英人)
権現下ため池でのかいぼり
2024年度は、上越新幹線の上毛高原駅西側に位置する「月夜野ホタルの里エリア」で引続き活動をしました。2023年度に実施した権現上ため池でのかいぼりに続き、権現下ため池でもかいぼりを実施。当日は、小中学生を中心にみなかみ町内から約30名の皆様が参加してくださり、かいぼりを通してネイチャーポジティブの取組みを体験してもらいました。条件付特定外来生物のアメリカザリガニ137匹を駆除した他、環境省や群馬県で絶滅危惧や準絶滅危惧に指定されている希少な在来の生きものたちも確認することができました。かいぼりの実施やモニタリングは特定非営利活動法人NPO birth が協力してくだいました。

かいぼりを行った権現下ため池(撮影:喜多英人)

かいぼりの様子
2023年度にかいぼりを実施した権現上ため池のモニタリングも継続して実施しています。権現上ため池では、これまでのモニタリングで確認できなかった在来の水草や水生昆虫が確認されるなど、私たちの活動が一定の成果につながっていることもわかりました。かいぼりの活動は今後も拡げていき、次年度以降、「須磨野エリア」でも実施することが決まりました。

須磨野上ため池(撮影:喜多英人)
湿地環境の再生と域外保全活動
権現上ため池の上流部では、かつて田んぼだった耕作放棄地を活用した湿地環境の再生にも取組み始めました。NACS-Jの理事で国立研究開発法人国立環境研究所気候変動適応センターの西廣淳理事にもアドバイスを貰いながら取組んでいます。このような取組みを地域経済の活性化にもつなげていく検討も並行して進めており、みなかみ町内で地域資源を活用した体験型プログラムを提供している一般社団法人みなかみ町体験旅行との連携もスタートしました。

2023年にかいぼりを実施した権現上ため池
権現上ため池と権現下ため池で実施したかいぼりでは、見つかった希少な水草たちの域外保全にも取組んでいます。また、池の底にたまっている泥も採取。泥のなかに眠っている水草のタネ(埋土種子)の発芽を目指した取組にも着手しました。域外保全では水草がうまく定着しないなどまだ課題はあるものの、みなかみ町内にある水族館「水紀行館」とも連携を進めるなどして継続的に取組んでいきます。
「上ノ原エリア」の自然共生サイト登録申請
予定していた「上ノ原エリア」の自然共生サイト※2の登録申請も行いました。登録申請は、上ノ原エリアで長年にわたって草原環境の維持管理を担っている森林塾青水が中心になって進め、みなかみネイチャーポジティブプロジェクトとしてサポートさせていただきました。残念ながら令和6年度後期の申請では審査が見送りになってしまい登録は叶わなかったものの(応募数が多かったため)、新たにスタートした「生物多様性増進活動推進法」に基づいた再申請をしました。
「民間の取組等によって生物多様性の保全が図られている区域」を国が「自然共生サイト」として認定する制度。2025年度から新しい法律(地域生物多様性増進法)に基づく認定が開始されており、これまでに合計448か所が認定されている。

上ノ原の様子
トンボ相の調査と環境DNA調査
2025 年度以降の活動地と活動内容を具体化するため、みなかみ町内の特に重要と考えられる里地里山を中心に、トンボ相の調査と環境 DNA によるため池の生きもの調査も実施しました。調査は、日頃よりNACS-Jの活動に協力してくださっている阿部利夫氏(みなかみユネスコエコパーク科学委員会委員)、須田真一氏(東京都自然環境審議会委員、日本トンボ学会副会長)、喜多英人氏(日本トンボ学会)にお願いして実施しました。その結果を踏まえ、「月夜野ホタルの里エリア」「上ノ原エリア」「須磨野エリア」に続く次の活動候補エリアとして「羽場エリア」を選定しました。

トンボ相の調査(撮影:喜多英人)と環境DNA調査の様子
なお、この調査中、目視でたくさん確認できたアカハライモリが環境DNAでは検出されないなど、目視と環境DNAの結果に乖離が生じてしまうケースがありました。現時点において、環境DNAの里地里山でのモニタリングへの活かし方は注意が必要かもしれません。
3.ニホンジカの低密度管理の実現
この活動では、全国的にも生物多様性の大きな脅威となっており、みなかみ町でも増えつつあるニホンジカの低密度管理の実現を目指しています。

センサーカメラで撮影したニホンジカ
捕獲試験の実施
2024年度は、2023年度のモニタリングでニホンジカが高密度に生息していることが確認されたみなかみ町の須川地区旧高畠牧場周辺で捕獲試験を実施しました。捕獲試験は8月から 10 月にかけて計 3 回行い、銃とくくり罠を併用して行いました。結果、雄12頭、雌4頭を捕獲しました。雌の捕獲が少なかったことから、今後は雌の捕獲手法の強化が課題であることが明らかになりました。
夜間銃猟の事例収集
効率的な捕獲方法としての可能性がある夜間銃猟についても他地域での事例収集を行いました。その結果、夜間銃猟で効率的な捕獲と呼べるほどの成果を上げている事例がほとんどないことが判明したことから、現状では、夜間銃猟の優先順位は下げ、引続き情報収集を行うことにしました。
食肉利用に向けた調整
ニホンジカの食肉利用実現に向けて、受け入れ可能な加工施設との調整、搬入協力が可能な狩猟者との連携、搬出作業の実態把握も行いました。2024年度中の利用実現には至らなかったものの、捕獲したニホンジカを林内から人里まで効率的に運び出すことが今後の課題であることがわかりました。
4.NbS(Nature-based Solutions)の実践
みなかみネイチャーポジティブプロジェクトでは、生物多様性を活かした防災や減災、水源涵養、獣害対策、持続的な地域づくりなど、NbS※3にもつながる取組を検討、実践しています。このプロジェクトで実施している生物多様性保全活動が、国際自然保護連合(以下、IUCN)が定める「NbS スタンダード」にどれほど則っているかをしっかり評価し、不足している点があればそれを補う改善策を整理して、活動に活かしていくことを目指しています。
生物多様性の保全や再生、持続可能な管理を通じて社会的な課題にも対処し、人間と自然の両方に利益をもたらす取組のこと。IUCNが提唱した社会課題解決におけるアプローチであり、国連環境計画でもその重要性が訴えられている。

策定したNbS戦略
NbS戦略の策定
2024年度は、2023年度に実施したNbS 自己評価シートの結果を踏まえ、「NbS 戦略」を策定しました。これは、このプロジェクトのNbS適合率を合格水準といわれる75%以上に向上させるための具体的な改善策をまとめたものです。NbS 自己評価シートでは、8つの評価項目ごとに点数が付与されます。そのため、今回策定した戦略では、各項目の評価に影響を与えている要因を明らかにし、それぞれに対応した改善策を検討して、最終的な戦略として取りまとめました。
5.生物多様性保全や自然の有する多面的機能の定量的評価への挑戦と活用
みなかみネイチャーポジティブプロジェクトでは、このプロジェクトで実施している生物多様性保全活動の成果や、みなかみ町の自然が有する多面的機能、生態系サービスなどを定量的に評価する手法の検討を行い、客観的な評価に基づいて活動を推進していくことを目指しています。

みなかみ町を生態系タイプ区分で評価した結果と地域のネイチャーポジティブに向けた実践ガイド
生物多様性の回復傾向の定量的評価
2024年度は、2023年度の成果として発表した「ネイチャーポジティブ実現に向けた、生物多様性を客観的に評価する6つの手法を策定」に、「NbSロジックモデル」や「生物多様性の回復傾向評価」の機能を加えることで、ネイチャーポジティブの定量的評価手法の完成を目指しました。その成果の詳細は、2025年8月26日に発表した「みなかみ町でのネイチャーポジティブ実現に向けた4つのステップの設計と回復傾向の定量的評価を開始」をご覧ください。
他地域でも活用できる「地域のネイチャーポジティブに向けた実践ガイド
なお、この発表では、みなかみネイチャーポジティブプロジェクトの成果をもとに、みなかみ町以外の地域でも適切にネイチャーポジティブの実現に向けた取組ができるよう、自治体、企業、市民団体などによる活用を想定して手順を具体的にまとめた「地域のネイチャーポジティブに向けた実践ガイド」をとりまとめ、あわせて公表したことも成果のひとつです。
以上、みなかみネイチャーポジティブプロジェクト、2024年度の活動成果でした。みなかみ町、三菱地所、NACS-Jの3者で実施しているこれらの取組みは、3年目に突入しています。引き続き、ご注目ください。


