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自然を知るWEBマガジン「知ろう、自然のこと。」会報「自然保護」電子版

シカ問題への多角的な対策

シカが増えすぎたことによる生態系への影響や農林業への被害はとても大きく、各地では対策が進められています。
ここでも梶光一先生に、その現状についてお聞きしました。

梶先生の顔写真

梶 光一 (かじ こういち)東京農工大学大学院農学研究院 教授。農学博士。ニホンジカの個体群動態と管理を専門とするシカ研究の第一人者。近著に『日本のシカ』(東京大学出版会・共著)

シカ対策には並行して考えるべき3つの管理がある

3つの管理(個体数管理、被害管理、生息地管理)

「野生動物を管理する際は、個体数管理、被害管理、生息地管理という3つの管理を考える必要があります」と梶先生。個体数管理とは動物を適した数に調整すること。被害管理とは野生動物による被害を抑えること。そして生息地管理とは、その動物にとって適した生息地環境を保つことです。

「農地を守るなどの被害管理である程度解決するイノシシと違って、シカの場合、個体数管理がより重要です。シカは増加率が高く、集団になることで被害を与える動物ですし、森林、平野、農地、林地すべてに影響を与えます」と、シカを管理する際、まずは個体数管理を重視する必要があると梶先生は言います。

「同時に、希少な自然植生や農作物がすでに被害にさらされていますから、急いでそれも守らなければなりません。ですから柵を設置するなどの被害管理も大切です。そして〝シカの餌場〟となるような状況を簡単につくらない生息地管理も重要です。たとえば今、国有林の樹種を針葉樹から広葉樹に転換しようとする動きがありますが、その際も木を切るとシカは増えますから、シカの対策も同時に考えて行う必要があります。通常、野生動物の生息地管理は、その動物がすみやすい環境を整えることになりますが、シカの場合は、これ以上増えすぎてしまう環境をつくらないことが重要なのです」。

シカ問題は、このように個体数管理を中心にしつつ、3つの管理をバランスよく並行して進めていくことで、対策を図っていく必要があります。
「ただ、実際にうまく管理できている地域はまだ多くありません」と梶先生は言います。「例えば森林更新を阻害しないことを目標に個体数管理をするとしたら、かなりの量のシカを獲り続けなければなりません。5月に閣議決定された第5次環境基本計画では、地域資源の持続可能な活用とパートナーシップの重要性が強調されています。まさしく、シカの管理については、多様な関係者と連携しながら、捕獲と活用について、長期的に持続できる仕組みをつくる必要があると考えています」。

防鹿柵を設置している画像

シカから稀少な植生を守るための防鹿柵は、代表的な被害対策として多くの地域で採用されている(写真:環境省南アルプス自然保護官事務所)

伐採された森林の画像

赤谷プロジェクトでは人工林を伐採し自然林に復元する取り組みを進めており、伐採地がシカの餌場とならないようセンサーカメラや植生調査でシカの動向を確認している

何を目指す管理なのか?

箱罠で捕獲された鹿の画像

個体数管理の一環として行われている箱罠による捕獲。設定した目標にまで数を抑えることは、シカ問題を解決する上で不可欠
出典:近畿中国森林管理局webサイト(www.rinya.maff.go.jp)

そもそもシカはどこまで減らすべきなのでしょうか? 例えばこれが侵略的な外来種ならば「根絶」という目標もありうるでしょう。しかしシカはもともと日本にいる在来種です。

「 『シカは昔からたくさんいたわけだし、できるだけ自然にまかせたほうがいいのではないか。100年も待てば元に戻るんじゃないか』 というような意見もあります。でも本来ならば、ほとんどが森であるはずの国土に草原を増やしたり、有史以前よりシカに強い狩猟圧をかけ続けてきた一方で、もうひとつの重要な捕食者だったオオカミを絶滅させたりと、シカの生息環境を改変してきた末に今の状況があるわけですし、何より植生が食べ尽くされて土砂が流れてしまうとか、森林が更新しないとか、不可逆的な影響が実際問題として起こっていますから、それに対処する必要があります。環境省は 『10年間で半減』 という目標を掲げています。でもそれは目指すゴールではなく方向性を示しているだけです。何のための対策なのかという点をしっかり考えたうえで、計画を練る必要があると考えています」と梶先生は話します。

「例えば希少植物への影響を抑えたり、森林更新を可能とすることを目標とすれば、農林業への被害だけを抑えることを目標としたときに比べて、シカの個体数はかなり減らしていかなければなりません(図1)。目標が違えば、対策の方法も目指すゴールも違ってくるのです」。

管理目標はどう決める?

図1:管理目標に応じた個体数水準。その野生動物を持続的に最大限利用するための個体数(持続可能最大収量)と、農林業への被害対策(経済被害許容限界)そして生態系への影響対策(希少動物存続、森林更新可能)を考えた個体数は、それぞれ異なる

KEYWORD オオカミ再導入

増えすぎたシカへの対策として、捕食者のオオカミを再導入し、個体数を管理する考え。日本でも絶滅したオオカミの再導入がシカ問題の解決に繋がるとする意見がある。しかし、オオカミがシカの個体数調整にどの程度効果があるかのデータは少なく、また、人間やほかの生きものへの影響も考えた相応の管理体制が整っておらず、リスクが高いため、オオカミ再導入は現実的ではない。

モニタリングがシカ対策の要

永続的な個体数管理に必要な3つの柱(持続的利用の仕組み作り、狩猟など実施者の育成、専門家の育成 )

シカ問題への対策として最も重要な個体数管理で成果を出している地域は多くないと梶先生は言います。

「成果を出すと言うには、きちんとモニタリングをしていることが最低限の条件ですよね。PDCA (Plan Do Check Action) の Cが抜けていることが多いのが現実です。私の知る限り個体数の増加から減少に転じたと言えるのは、神奈川県、兵庫県、北海道ぐらいです。近年では大分県、宮崎県、島根県でも増加を食い止めています」

丹沢のシカ問題を抱える神奈川県では、「神奈川県自然環境保全センター」が水源環境保全税を活用して、柵の設置や管理捕獲に取り組んでおり、個体数管理を担う実働部隊のワイルドライフレンジャーを設置するなど、明確な計画と実行、そしてモニタリングを長年にわたり行っています。近年、丹沢を中心とするシカ過密地帯での個体数が減少傾向にあることが、科学的に評価されています。

丹沢山や堂平等での生息密度変化を表した折線グラフ

神奈川県が2003年度から管理捕獲を実施してる箇所付近の生息密度変化
出典:「平成29 年度神奈川県ニホンジカ管理事業実施計画」

「モニタリング結果を科学的に評価し、それを踏まえてさらなる計画を立てて実行する、という流れを続けていくことが大切です。そのための財源も確保しなければなりません」と梶先生。

現状、個体数管理に関わる捕獲のうち、趣味として行う「狩猟」は3~4割で、残りは国や自治体が税金を投じて行う「許可捕獲」。そのほとんどが地元の猟友会に任せっぱなし、というと悪く聞こえますが、対策事業の効果検証のモニタリングができている地域は限られています。

最後に、今後のシカ対策にとって特に必要なことを教えてもらいました。

「最近はジビエが流行していて、シカ問題の突破口みたいな言われ方もしますが、ジビエはいわば季節の料理なんです。一過性のもので、獲れる時にだけ獲って利用しようという考えです。ですが、まずしなければいけないことは、シカを持続的に利用できる資源と位置付け、資源利用する仕組みを考えることです。次に、狩猟などを実施する人間の育成です。個体数管理にしても、持続的に利用するにしても、人員が足りていないのが現状です。さらに、それらを総合的にディレクションして仕組みを考える専門家の育成も必要です。北海道のエゾシカ協会が始めた捕獲者認証などはその一例として注目しています。シカ問題の対策には時間がかかります。目先の対応だけでは、根本的な解決は得られないと思うのです」

鹿肉料理の画像

昨今、ブームとなっているジビエ料理。シカ問題の解決策として語られることも多いが、そのためには持続的な資源の供給を考える必要がある

KEYWORD エゾシカ協会捕獲者認証

一般社団法人エゾシカ協会(http://yezodeer.org/)が創設した、シカ捕獲者の教育と認証を行うシカ捕獲認証制度(略称DCC)。「地域のシカ管理における効率的かつ安全で人道的な捕獲」「優れた食材であるシカ肉の安全かつ持続的資源利用のための食肉衛生」「地域主体管理を実現する体制づくりのための普及啓発」。これら3つの理念に基づき実践できる人材を認証する。