爆発的増加による影響と被害
2018年9月1日
急増したシカは、日本の生態系に、また私たち人間にどのような影響や被害をおよぼしているのでしょうか。その現状をまとめました。
監修 : 梶 光一 (かじ こういち)東京農工大学大学院農学研究院 教授。農学博士。ニホンジカの個体群動態と管理を専門とするシカ研究の第一人者。近著に『日本のシカ』(東京大学出版会・共著)
シカは生態系エンジニア。 その影響は計りしれない
「シカはよく〝生態系エンジニア〟などと言われます。さまざまな植物を集団で大量に食べることにより、生態系自体を大きく変えてしまう動物なんですね。直接的な影響を受ける植物はもちろん、その植物に依存している動物など、間接的な影響を受けているものも少なくありません。若い実生が食べられれば森林更新ができなくなりますし、その地を覆っていた植物が食べ尽くされてしまうことで土壌が流れてしまっている所もあります。また、農作物も当然食べに来ますし、食べるものがなければ樹皮も食べますから農林業への影響も大きいです」と梶先生。
目の前に見えている影響や被害だけでなく生態系の「レジリエンス(=resilience)=回復力」が低下する怖れがあると言います。地上の植物が消えても土の中に休眠中の種子(シードバンク)があれば植生が回復することもありますが、シカの採食圧が長期に継続するとシードバンクが枯渇してしまい、シカの数が減っても植生は元には戻りません。
生態系への影響
[ 植生への影響 ]
全国各地から甚大な影響が報告されている
シカによる植生への影響が全国的に言われはじめたのは1980年代後半。太平洋側を中心に、加速度的に報告事例が増加しました。高密度のシカが採食すると、植生自体が減ることはもちろん、シカに食べられにくい不嗜好性植物(有毒物質や棘で防衛し採食を免れる植物)や耐食性植物(採食を補償する能力に長けた植物)ばかりが増え、種の多様性が著しく低下してしまいます。
知床
1980~90年代に急増。世界自然遺産とされる生態系に及ぼす不可逆的な影響の可能性から2007年より捕獲を開始。植生や森林更新への影響が抑えられるレベルを目指し、現在も管理が続けられている。
丹沢
1960年代半ばより頻発した林業被害に対し、防鹿柵で対処するも、1980年代後半以降はブナなどの天然林の衰退やオオモミジガサなど多年草の減少、林床を覆っていたスズタケの退行など植生への影響が著しくなった。さらにリター(落ち葉)の消失にともなう土壌流出が生じ、面的な土壌流出対策が進められている。
尾瀬ヶ原
標高1400mを超える日本最大の山地湿原。多雪地域によりシカは生息しないとされていたが、1995年にシカの生活痕が発見されて以降、希少で脆弱なニッコウキスゲやミツガシワなどの湿原植物や高山植物などが採食されている。また、シカ道やヌタ場(泥浴び場)によるかく乱も、湿原への影響を強めている。
大台ヶ原
1960年代前半まではトウヒやウラジロモミなどの亜高山性針葉樹林に覆われていたが、1959年の伊勢湾台風による倒木からササが繁茂。餌資源を得て増加したシカの樹皮剥ぎなどにより森林は衰退し、現在はササ草原と化している。
南アルプス
標高2000mを超える南アルプス北部の高山帯には、かつてシカはいなかったが、1996年ごろからシカによる植生への影響が見られはじめた。高山植物の採食や樹皮剥ぎが広範囲で行われ、森林の深刻な更新阻害や植生の変質、さらには土壌の流出も起こっている。
[ 森林更新への影響 ]
次世代の実生が次々と食べられている!
長い期間をかけて森林は世代を更新しており、そのためには後継樹の発育が不可欠です。シカは立ち上がっても2mほどまでしか採食できないため、林冠木の枝や葉を食べることはできませんが、後継樹となる林床の実生や稚樹を食べてしまいます。次世代が食べ尽くされてしまうことで、森林更新は不可能となってしまうのです。

奥秩父の広葉樹林にて。シカに採食されてしまい、林床の稚樹や植生がほぼ見当たらない
[ 他動物への影響 ]
動物や虫の構成を変えてしまう
シカが高密度になると、直接的に、または間接的にその地に生息する動植物に影響が出ます。例えばシカがある植物を過剰に採食してしまうと、それを好んで食べていたほかの哺乳動物や昆虫は餌を失い数を減らします。昆虫では、シカの影響で種類も変化することが分かっています。一方、シカの死体が増えることで、それを食べるタヌキやアナグマが増えることもあります。
[ 水源地への影響 ]
水源地の崩壊。土砂崩れも引き起こす
地表の植生やリター(落ち葉)がシカに食べられ土壌が露出すると、雨滴が直接当たり、土壌は崩れて流されてしまいます。その結果、降った雨を蓄えながら浄化して少しずつ川に流すという、森林の水源かん養機能が損なわれてしまい、濁水や洪水を引き起こす原因にもなります。

土壌がむき出しになると、雨が直接当たり、そのまま濁水となって川へ流れ込んでしまう
出典:近畿中国森林管理局webサイト(www.rinya.maff.go.jp)
人間社会への被害
[ 農林業への被害 ]
農作物被害額は1年間で56億円!
農林水産省が今年1月に出した平成28年度の「全国の野生鳥獣による農作物被害状況」によると、被害額はシカが約56億円で最も多く、次いでイノシシの約51億円です。林野庁によると野生鳥獣による森林被害面積は全国で約7000ヘクタールあり、そのうち全体の78%がシカによる枝葉の食害や樹皮食いが占めていました(イノシシは1%)[下図]。
[ 交通への被害 ]
電車・自動車との衝突事故が多発
列車との衝突事故は全国で年間約5000件とも言われています。また、自動車との接触事故も急増しており、北海道では昨年、2430件発生しています。夜行性のシカが増えていることも原因のひとつです。
[ 人体への被害 ]
いま山ではダニやヒルが増えている
シカが増えることにより、シカに寄生しながら分布域を広げるダニやヒルも増えています。ダニに刺されることで感染する人獣共通感染症のリスクも増しています。



