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新たな環境直接支払の制度へ意見を提出しました

2026年7月3日

(写真:牛村展子)

日本自然保護協会(NACS-J)は、農林水産省が検討を進めている「新たな環境直接支払」の制度設計に対し、生態系保全の観点から改善を求める意見書を、鈴木憲和 農林水産大臣へ提出しました。本意見書では、持続可能な農業と生物多様性保全を両立するために必要な制度上の課題と改善の方向性を示しています。

意見書の主な内容

  1. 日本の環境直接支払交付金の予算は極めて小さく、大幅な拡充が必要
  2. 新しい交付金の支援対象に、生態系保全の活動を明確に位置付けるべき
  3. 生態系保全の取組は継続支援が不可欠
  4. 自治体が支援取組を設計できる仕組みを維持・強化すべき
「環境直接支払交付金」の見直しへの意見 (571KB)PDF

2026年6月30日

農林水産大臣  鈴木 憲和 様

公益財団法人 日本自然保護協会
理事長 土屋 俊幸

「環境直接支払交付金」の見直しへの意見

持続可能な農業の実現と生態系保全を両立させる上で、環境直接支払交付金は重要な政策手段である。令和8年6月10日の米の安定供給等実現関係閣僚会議(第5回)において決定された「新たな水田政策(コメの中長期対策)の 基本的考え方・仕組み」の中で、既存の環境直接支払交付金の見直しを含む「新たな環境直接支払の創設」が示され、今後、詳細な制度設計の検討を進める予定となっている。本意見書では、今後の詳細な制度設計にあたって、生態系保全の視点から検討すべき課題と改善の方向性を述べる。

1. 日本の環境直接支払交付金の予算は極めて小さく、大幅な拡充が必要

日本の環境直接支払交付金の予算は、海外と比較して令和8年時点で約28億円と少ない。OECD 主要国の同様の制度は日本の数十倍の規模を有し、日本の予算は例外的に低水準にとどまっている(荘林ら 2024)。日本における農業の持続可能性を高め、環境保全に貢献する農業を拡大するために、本交付金の予算の大幅な拡充が不可欠である。

2. 新しい交付金の支援対象に、生態系保全の活動を明確に位置付けるべきである

水田における生態系保全に貢献する活動が各地で多数実施されており、これらの多くは、市場メカニズムでは補填されない公益的機能を担っている。このため、現行制度では、各県が地域の実情に応じて支援内容を設定する「地域特認」1として位置付けられ、環境直接支払交付金の対象となってきた。令和7年の多面的機能支払交付金制度改正により、地域特認のうち生態系保全活動の多くは多面的機能支払交付金に移行し、継続支援が確保された。その一方で、化学肥料・農薬を削減し、生態系保全や環境保全に貢献する総合的病害虫雑草管理(以下、IPMと呼ぶ)等は、新たな交付金の支援対象として明示されていない2ため、支援対象から外れ、地域の生態系保全に深刻な影響を及ぼすおそれがある。

さらに、新しい交付金は「環境と調和のとれた食料システムの確立のための環境負荷低減事業活動の促進等に関する法律」に基づく支援に変更されるが、本法の省令・農林水産省告示第1413号(農林水産省2022)において、「化学肥料・農薬の低減とあわせた生物多様性保全活動」が財政支援の対象として明記されている。以上のことから、生態系保全に貢献する取組を新しい交付金の支援対象として明確に位置付ける必要がある。

3. 生態系保全の取組は継続支援が不可欠である

新たな交付金では、環境保全型農業への支援を「同一圃場・同一取組で5年間」の移行期間に限定し、移行期間終了後は支援を終了する方針が示されている。しかし、この制度設計は、5年間の移行が完了すれば、環境保全型農法と慣行農法との間で面積当たり収益の差が解消されるという前提に立脚しており、生態系保全の現場の実態とは乖離している。

生態系保全に関わる取組は、生産性向上との両立が難しく収益性が低いことや、継続的な管理活動が必要となること、温室効果ガス削減等に比べて公益的機能を担うための民間投資や市場メカニズムの構築が難しいことから、移行期間が終わっても慣行農法との収益差が解消されない可能性が高い。特に生物多様性保全上重要な農地は、中山間地などの条件不利地で生産性が低い場合が多いこと(田中・林2010)から、保全上重要な農地ほど活動が行われず、地域の生物多様性の維持に深刻な影響を及ぼすおそれがある。

さらに、ミクロ経済学の理論から、環境保全型農法が普及するほど農産物の希少価値が低下し、価格プレミアムが消失することが指摘されている(田家 2013等)。そのため、今回の新たな交付金によって環境保全型農法が拡大すればするほど、将来的に慣行農法との収益差が解消しにくくなるというジレンマが生じる可能性があり、民間投資の限界を考慮する必要がある。

これらの課題を解決するために、EU先進国、台湾や韓国において、環境保全型農業への移行支援(期間限定)だけでなく、生態系保全を含む公益的機能発揮に対する継続支援の2つの枠組みが整備されている。日本もこれらの事例を参考に、生態系保全などの取組を継続的に支援する制度を整備すべきである。この継続支援の制度設計として、新しい交付金の中に継続支援枠を追加する、もしくは農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律などの既存の制度の中で、継続支援の枠組みを追加する等の対応が必要である。

4. 自治体が支援取組を設計できる仕組みを維持・強化すべき

地域の農業や生態系の状況は多様であり、全国一律の制度だけでは地域の実情に即した環境保全活動を十分に支援できない。このため、自治体が主体となり、地域の創意工夫を反映した制度設計を可能にする「地域特認」は、環境保全型農業を支える上で重要な役割を果たしてきた。実際、令和3年には35道府県178件の取組が実施され1、多様な活動が全国で実施されていたが、令和8年には3県5件へと大幅に縮小した。これらの多くが多面的機能支払交付金に移行して支援が継続している活動が多いものの、地域独自の要件が全国一律になったことや、新たな取組が近年追加されない等、地域特認が担ってきた「地域に応じた制度設計」という本来の役割が後退している可能性がある。地域の実情に応じた支援を実施するため、地域特認のような自治体が支援する取組を設計できる仕組みを維持・強化すべきである。

1: 生態系保全に関連する主な「地域特認」の取組(令和3年時点)
★冬期湛水管理(北海道ほか多数)、★江の設置(千葉ほか多数)、★メダカ等魚類を保護する管理(岩手)、★水田ビオトープ(富山・滋賀)、★希少魚類等保全水田の設置(滋賀)、△総合的病害虫·雑草管理(青森ほか多数)、△土着天敵の温存利用技術(高知)、△在来草種の草生による天敵利用(滋賀)
★:令和7年度改正で多面支払交付金に移行した取組、△:移行していない取組

https://www.city.tonami.lg.jp/wp-content/uploads/doc_4-95.pdf

2: IPMのうち水稲では、令和7年にメタン対策の要件を追加したため、新しい交付金の3つの活動支援(案)のうち「環境価値の創出の支援(温室効果ガス削減等の民間投資につながる取組)」に該当する可能性があるものの、これは追加要件のみの支援に限られ、IPM本体への支援は存在しない。また、水稲以外のIPMは3つの支援要件のいずれにも該当しないため、事実上支援対象から外れる現状がある。

引用文献

  • 農林水産省.(2022). 農林水産省告示第1413号.
    https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/attach/pdf/houritsu-44.pdf
  • 荘林幹太郎, 安藤光義, 橋口卓也, 神井弘之,平井太郎. (2024). 特集討論 直払制度をめぐる政策生態系にむけて : 政策目的から議論する場を構築する. 農村計画学会誌, 43(2), 88–96.
  • 田家邦明. (2013). 生きものマーク米と製品差別化―「コウノトリ育むお米」を事例として―. 日本農業研究所研究報告『農業研究』, 26, 151–173.
  • 田中淳志 林岳. (2010). 第1章農業生産における生物多様性保全の取組と生きものマーク農産物. 生物多様性保全に配慮した農業生産の影響評価とその促進方策 pp. 1–50.

以上