(仮称)下北西部風力発電事業 環境影響評価方法書に関する意見書を提出しました
2026年7月1日
(仮称)下北西部風力発電事業 環境影響評価準備書に関する意見書(986KB)PDF
2026年6月30日
森ビル株式会社 御中
株式会社ケン・コーポレーション 御中
(仮称)下北西部風力発電事業 環境影響評価準備書に関する意見書
〒104-0033
東京都中央区新川1-16-10 ミトヨビル2F
公益財団法人 日本自然保護協会
理事長 土屋 俊幸
日本自然保護協会(以下「当会」という。)は、自然環境および生物多様性の保全の観点から、青森県むつ市および佐井村において計画されている(仮称)下北西部風力発電事業(事業者:森ビル株式会社・株式会社ケン・コーポレーション、最大出力:45,000kW、設置基数:10基)の環境影響評価準備書(作成委託事業者:一般財団法人日本気象協会。以下「本準備書」という。)に対し、意見を述べる。
本事業の計画地は、その全域が「青森県自然・地域と再生可能エネルギーとの共生に関する条例」に基づく「保全地域」に指定されており、同条例上、「原則として、再生可能エネルギー源を電気に変換する施設の設置を認めない地域」と定められている。環境影響評価方法書段階における青森県知事意見においても、自然環境への影響が懸念される旨が指摘されている。
当該地域には、ヒノキアスナロ(青森ヒバ)群落をはじめとする、生物多様性上きわめて重要な自然林が広がっている。風力発電機の設置に当たっては、広範囲にわたる森林伐採および大規模な土地改変工事は避けることはできず、豊かな自然環境および生物多様性に取り返しのつかない重大な悪影響を及ぼすことは必至である。本準備書の評価は不十分であり、当会は本事業の中止を強く求める。
1. 自然環境への影響が極めて大きい事業であり、事業は中止すべきである
(1) アクセス道路および取付道路の計画における準備書の記述と現地の不整合
本事業の風力発電機設置予定地は、ヒノキアスナロの自然林が広がる、生物多様性上きわめて重要な地域である。計画されている10基のうち、資材搬入が可能な既存林道(天狗岩林道)に近接しているのはNo.1、No.2、No.3の3基のみであり、残る7基周辺には搬入可能な道路が存在しない。また、天狗岩林道自体も、現状の道幅では風力発電機の搬入が困難であり、道路の拡幅に伴ってヒノキアスナロやブナの大径木を含む自然林の広範な伐採、および大規模な改変工事が不可避である。
本準備書(p.3)には、「事業地尾根部において現状で管理がなされていないものの、伐開された作業道が残っていることを確認したため、造成工事においては既存の林道及び作業道を最大限活用することで、道路の拡幅、新設道路等の改変区域を可能な限り低減した」旨の記述がある。しかし、当会の職員が現地の状況を調査したところ、事業者が作業道と記載しているルートは森林化が進行しており、道幅が極めて狭く、路肩も不安定であるため、資材搬入車両等の通行は到底不可能な状態にある。過去の空中写真や衛星写真の解析からも、少なくとも50年以上にわたり整備された形跡は認められない。これを「既存の作業道」として計上し、改変区域を低減できるとする本準備書の前提は、実態と大きくかけ離れており、極めて不適切である。
さらに、風力発電機No.9およびNo.10が計画されている尾根上には、既存の林道や作業道すら存在しない。風力発電機の設置およびメンテナンスに必要な取付道路を新設するためには、ヒノキアスナロの自然林を広範囲にわたり伐採し、大規模な土地改変工事を実施せざるをえない。
本事業は、自然環境および生物多様性に及ぼす影響が極めて大きく、中止すべきである。
(2) 水源かん養保安林の除外に関する知事意見への不適合
本事業の環境影響評価方法書に対する青森県知事意見では、「対象事業実施区域は、その大部分が水源かん養保安林となっており、事業実施に伴う樹木の伐採や土地の改変等により、保安林の機能低下を招くおそれがあることから、同区域から保安林を除外すること。」と明確に指摘されている。
本準備書(p.3)では、「水源かん養保安林は現時点で可能な限り除外した」としているものの、本準備書で示されているすべての風力発電機設置予定地および対象事業実施区域のほぼ全域は、国有林の水源かん養保安林に含まれたままであり、依然として青森県知事の意見に真摯に応えた事業計画とはいえない。
知事意見で求められた「保安林の除外」が実質的に不可能である以上、水源かん養機能等を著しく低下させかねない本事業は、中止すべきである。
2. ヒノキアスナロ林等の植生調査および群落区分に重大な瑕疵があり、調査を再実施したうえで準備書の再縦覧を行うべきである
(1) 先行研究の無視および標徴種・区分種の不適切な取り扱い
本事業の対象事業実施区域内の森林群落は、環境省の現存植生図において、自然度の高い「ヒノキアスナロ群落」および「チシマザサ-ブナ群団」等に区分されており、方法書に対する青森県知事意見においても、これらのエリアを計画地から除外することが求められている。これに対し、本準備書(p.261)では「事業実施に伴う樹木の伐採や土地改変等を行う場合には、植生自然度9に相当するエリアについては、影響を極力回避又は低減できるよう、検討いたしました。」と記述している。もっとも、その群落区分の根拠とされる植生調査については、「ブラウン-ブランケの植物社会学的方法」を用いて「確認された種組成を基に植生を区分し、群落組成表を作成した」とされており(本準備書p.973)、現地調査に基づく独自の群落区分が示されている。
しかし、その内容は、植物社会学上重要な先行研究(宮脇・佐々木,1980;齋藤,1989など)の成果を著しく無視したものである。例えば、先行研究(齋藤,1989)では、ヒノキアスナロ林の「標徴種」「区分種」、または「群落を特徴づける種」として扱われているツルツゲ、ツルリンドウ、オシダ等について、本準備書に掲載された群落組成表では、これらの重要種が単なる「随伴種」または「上級単位の中の一種」として扱われており、重要な先行研究の成果が十分に反映されていない(例:植生調査No.17、No.27、No.32)。本準備書に示されたデータが、先行研究とどのように比較検討され、いかなる科学的根拠に基づいて群落区分されたのかが明らかにされておらず、植生評価の妥当性に重大な疑義がある。
(2) 群落組成表の構造的欠陥と植生調査の重大な瑕疵
植物社会学的調査においては、同地域における先行研究との比較検討が極めて重要であるが、本準備書に示された群落組成表からは、そのような検討を行った形跡は認められない。
加えて、群落組成表の構成自体にも重大な問題がある。表中には上級単位の区分種や標徴種の記載があるものの、オーダーおよび群団レベルでの組成整理が行われておらず、群落組成表として十分な体裁を備えていない。
また、本準備書が区分した「ブナ-ヒノキアスナロ自然林」「ブナ-ヒノキアスナロ群落」「ヒノキアスナロ群落」および「トチノキ-カツラ林」の組成は相互に連続的であり、明確な境界を見出すことができない。これは、本準備書が、風力発電機設置予定地以外において各植物群落の「典型的な地点」でブラウン-ブランケの植物社会学的植生調査を実施したとしているにもかかわらず(本準備書p.973)、実際には十分な典型性を備えた場所で調査が行われていなかった可能性を示しており、群落区分の基礎となる植生調査の精度そのものに致命的な問題がある。
(3) 相観による恣意的な群落区分とアセスメント全体の科学的信頼性の崩壊
以上の事実から、本準備書(p.973)に示された群落組成表は、当該地点に出現した植物種の被度・群度を記録したにとどまるものであり、ブラウン-ブランケの植物社会学的植生調査法に基づいて「確認された種組成を基に植生を区分し、群落組成表を作成した」と科学的に評価できるものではない。相観等に基づいて恣意的に群落区分を行っている本準備書の植生調査結果は、科学的かつ客観的な視点を欠いていると判断せざるをえない。
また、本準備書で示されたこれらの群落区分は、クマタカの営巣環境の分析(本準備書p.1092)等にも用いられており、本準備書の自然環境影響評価の基礎データとなっている。しかし、その前提となる群落区分が科学的信頼性を欠いている以上、自然環境への影響を評価した記述全体の妥当性は、根底から失われていると言わざるをえない。
したがって、当会は、現地の植生調査をブラウン-ブランケの植物社会学的植生調査法に基づく適切な手法により再実施し、先行研究との適切な比較検討および考察を経たうえで、群落区分を全面的に見直すことを強く求める。また、その修正された適正なデータに基づいて、自然環境への影響評価を再実施し、改めて環境影響評価準備書を作成のうえ、公表・縦覧すべきである。
3. ヒノキアスナロ林における植生自然度の判定根拠が不透明であり、その判断基準を明確にすべきである
本準備書で区分された森林群落のうち、ヒノキアスナロが混生する「ブナ-ヒノキアスナロ群落」および「トチノキ-カツラ群落(ヒノキアスナロ混生)」については、いずれもブナクラス自然植生(植生自然度9)とブナクラス代償植生(植生自然度8)に恣意的に区分されている。
しかし、本準備書の記述によれば、植生自然度9に分類された群落の説明には「現地ではヒバの伐採痕が明瞭に確認され、過去に抜き切り施業が行われたと考えられる」とある一方、植生自然度8に分類された同名の群落についても、同様に抜き切り施業の痕跡があることが記されている。両者の差異として示されているのは、「大径木も多く見受けられる」との極めて定性的な記述にとどまっており、区分基準は極めて不明確である。
さらに重大な不備として、自然植生(植生自然度9)と判定された「トチノキ-カツラ群落(ヒノキアスナロ混生)の自然林」の区域については、そもそも現地における植生調査が実施されていない。いかなる科学的根拠をもってこの群落を区分し、植生自然度を判定したのかが全く不明であり、環境影響評価の前提となる基礎データとしての信頼性を著しく欠いている。
先行研究である和(1986)によれば、津軽半島および下北半島のヒノキアスナロ林は、藩政時代まで津軽藩と南部藩の備蓄材として厳重に管理されてきた。明治以降は国有林となり、択伐と天然更新が繰り返され、第二次世界大戦期をピークに大量に伐採された経緯を有する。昭和30年代まで山麓には森林鉄道も敷設されていたとされる。そのことからも、この地域一帯のヒノキアスナロ林に伐採痕が見られること自体は、むしろ一般的な特徴であると理解される。
一方、本事業の対象事業実施区域内のヒノキアスナロ林は、1970年代の空中写真においても連続した森林として確認でき、現地には胸高直径1mを超えるヒノキアスナロ、ブナ、カツラの巨樹が存在していることから、少なくとも100年間は大規模な伐採を受けていない可能性が高い。
本事業の環境影響評価方法書段階における経済産業省環境審査顧問会においても、委員から「ヒノキアスナロ林の植生自然度については、種組成や相観で区別することが困難であり、過去の抜き伐り等の履歴の有無にかかわらず、植生自然度9の重要な群落として留意すべきである」旨の指摘がなされている。本準備書における植生自然度8と9の不合理な区分は、国の審査顧問会による重要な指摘を実質的に無視し、開発による環境影響を過小に評価するものと判断せざるをえない。
本準備書(p.3)では「可能な限りチシマザサ-ブナ群団やヒノキアスナロ群落等の植生自然度9の部分の対象事業実施区域からの除外を行った」と記述しており、植生自然度9を改変区域から完全に除外したこと(本準備書p.1034)により、環境配慮を行ったと主張している。しかし、改変区域全体に占める植生自然度8の森林(「ブナ-ヒノキアスナロ群落」および「トチノキ-カツラ群落(ヒノキアスナロ混生)」など)の割合は約68.7%(本準備書p.1034より算出)にも及び、本事業は実質的に植生自然度9と同等の重要性を持つ可能性のある森林を広範囲にわたって伐採・改変するものである。
したがって、当会は、いかなる科学的根拠に基づいてブナ-ヒノキアスナロ群落などの植生自然度を8と9に区分したのか、その判断基準を明確に示すことを求めるとともに、審査顧問会の指摘を踏まえ、当該森林を一律に「植生自然度9の重要な群落」として適切に再評価することを求める。
4. 渡り鳥の重要な移動経路上における計画であり、事業を中止すべきである
本事業の環境影響評価方法書に対する青森県知事意見では、対象事業実施区域は、ハクチョウ類およびガン類をはじめとする渡り鳥の移動経路となっており、施設の稼働に伴う重大な影響が懸念される旨が明確に指摘されている。
本準備書(p.598-602)の調査結果を見ても、対象事業実施区域内で確認された渡り鳥の数は、2024年秋季にはガン・カモ・ハクチョウ類が2,198個体(うち、風車ブレードへの衝突危険高度である「高度M」の飛行は324個体)、猛禽類が47個体(同高度Mは44個体)、2025年春季にはガン・カモ・ハクチョウ類が637個体(同高度Mは361個体)、猛禽類が82個体(同高度Mは72個体)に達している。
これらのデータは、青森県知事意見の指摘どおり、当該区域周辺が本州と北海道間を移動する渡り鳥にとって極めて重要な移動経路となっていることを、事業者自らの調査によって裏付けるものである。これほど高頻度で鳥類が衝突危険高度(高度M)を通過する場所に大型風力発電機を設置することは、立地選定として根本的に不適切である。
特に、国の天然記念物であり、準絶滅危惧種でもあるオオヒシクイの風力発電機への予測衝突数は、環境省モデルで0.2103個体/年、由井モデルで0.5793個体/年と、看過できない水準である(本準備書p.885)。風力発電機への衝突による死亡が生じれば、計画地周辺にとどまらず、広域の生態系に深刻な影響を及ぼすおそれがある。
以上を踏まえ、当会は本事業の計画そのものの中止を強く求める。仮に、事業者が本計画を継続する場合であっても、鳥類の渡りの時期には、風力発電機の稼働を全面的に停止すべきである。
5. 事業者である森ビル株式会社は都市部の生物多様性に積極的に取り組んでいるにもかかわらず、地方の生物多様性を軽視しており、改めるべきである
事業者の一社である森ビル株式会社は、2025年6月30日に「TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)提言に基づく情報開示レポート」を公表し、都市の再開発事業や地域エネルギー共有事業を対象に、自然資本との関係を明らかにするとともに、「都市と自然の共生」およびネイチャーポジティブの実現を目指す姿勢を、国際社会や投資家に示している。
例えば、同レポート(p.6)では、自然資本に関する都市課題の具体的な解決手法として、ヴァーティカル・ガーデンシティ(立体緑園都市構想)を紹介し、「都市部をこうした形で高度利用することで、郊外の自然を守ることもできます」としている。しかしながら、本事業は、まさにその「守るべき郊外の自然」の象徴ともいうべき下北半島のヒノキアスナロ林等を広範囲にわたって伐採し、さらに本州と北海道との間を行き来する希少な渡り鳥の移動経路を脅かすものである。「ヴァーティカル・ガーデンシティは、地球環境への負荷を抑えながら自然と人間の共生&調和を目指す、新しい都市モデルです」と強調する一方で、地域(郊外)の自然環境および生物多様性に重大な影響を及ぼす本事業を推進することは、同社が掲げる理念と整合しているとは到底いえず、その姿勢には重大な疑義がある。
また、同社はLEAPアプローチを導入し、環境DNA解析などの先端技術を駆使して、土壌微生物の多様性やエコロジカルネットワークの精緻な分析・評価を行っている。他方、本事業においては、本準備書に見られるとおり、基礎データの信頼性すら十分に担保されていない精度の低い調査に基づき開発を進めようとしており、このような二重基準ともいうべき姿勢は厳に改めるべきである。
2026年5月に公表された森ビル株式会社の「サステナビリティに関する取組みの資料」には、再生可能エネルギー開発についても記載があり、大規模な森林伐採や盛土・切土を伴わない「営農型太陽光発電」を、環境配慮型の再エネ開発手法として注目している。これに対して、本事業は、生物多様性の保全上重要な森林を大規模に伐採することを前提とした再エネ開発の計画であり、これらの資料に示された企業姿勢とも大きく矛盾している。
TNFDの枠組みは、企業がバリューチェーン全体を通じて自然への負の影響を最小化し、ネイチャーポジティブへ転換することを求めるものである。都市部の自然環境や生物多様性に十分配慮して事業を行うことはもちろん重要であるが、その一方で、地域の重要な自然環境を軽視するような事業を推進するのであれば、典型的なグリーンウォッシュであるとの批判は免れない。
当会は、事業者に対し、「ネイチャーポジティブ」および「TNFD提言に基づく情報開示」の趣旨に今一度立ち返り、本事業計画を根本から見直したうえで、中止することを強く求める。
以 上
引用文献
- 宮脇 昭・佐々木 寧(1980)下北半島周辺の植生.横浜植生学会,横浜.
- 齋藤信夫(1989)青森県のヒノキアスナロ林に関する植物社会学的研究.植物地理・分類研究37(2),137-148.
- 和 孝雄(1986)択伐作業の展開構造:下北地方国有林のヒバ林経営の分析.北海道大學農學部 演習林研究報告43(2),177-316
