開く閉じる

自然を知るWEBマガジン「知ろう、自然のこと。」会報「自然保護」電子版

九州のニホンカモシカがわずか約200頭まで減少

ニホンカモシカ(2017年5月7日竹田市内/撮影:渡辺里美 提供:大分県生活環境部自然保護推進室)

全国では数万~10万頭程度生息していると見られるニホンカモシカですが、九州では約200頭前後、大分県では7~28頭と推定されています。なぜここまで減ってしまったのか、どのような対策を急ぐべきか、足立高行氏に解説いただきます。

解説

足立 高行(あだち たかゆき)

おおいた生物多様性保全センター、元NACS-J参与

ニホンカモシカの食性と必要な環境

日本の固有種であるニホンカモシカ(以下カモシカ)は、反芻機能を持つウシ科の草食動物です。主に広葉樹の新芽や葉、樹皮、果実のほか、低木や草本類などを採餌しています。ニホンジカ(以下シカ)と比べると食べ物の好みが選択的で、栄養価が高く柔らかい芽や葉を好んで食べる傾向があります。

身を隠せる起伏に富んだ山岳地帯や、休息をとるための岩場・崖地、四季折々の餌が得られる広葉樹林や針広混交林といった森林環境が不可欠です。加えて広大な森林のつながり(連続性)が、群れや地域個体群の維持に重要な役割を果たしています。

ニホンカモシカが辿った道 〜東と西で見られる地域の差〜

明治期以前、東日本の奥深い山岳地帯では人間の行き来が限られていました。しかし、西日本は早くから人間活動が盛んだったため、江戸時代中ごろまでに狩猟や森林伐採で生息地が失われ、中国地方などではこの時期にすでにニホンカモシカが絶滅した地域も少なくありませんでした。

江戸時代には藩が狩猟を制約していたのですが、明治以降は銃猟の普及に加え、罠猟も広く行われ、毛皮や肉、角を狙った無計画な乱獲が進みました。さらに皮膚病(疥癬症など)の流行も重なり、カモシカは全国で激減して「幻の動物」と呼ばれるほど追い詰められました。危機感を抱いた政府は1934年に国の天然記念物、1955年には特別天然記念物に指定して原則捕獲を禁止し、手厚い保護体制を敷きました。

しかし、保護政策の開始以降、東西で大きな違いが生じることになります。東日本では、人為影響が比較的少ないことを背景に個体数が急増し、1980年代には保護の成果が現れました。ところがその後、生息数が上限に達すると、溢れた若い個体が人里や市街地へ出没するようになり、農業被害など人間社会との摩擦が課題となっています。

一方で、もともと数が少なく分布が途切れていた西日本では、戦後の急速な開発、拡大造林による人工林の増加などで山々をつなぐ移動経路が寸断されました。また、シカと食物の競合が生じ、体格や群れ形成の特性により、カモシカが生息地を追われることになりました。その結果、狭い山域に取り残された小規模な孤立グループしか維持できず、現在、九州では大分・熊本・宮崎の県境周辺をはじめとする九州山地を中心とした地域が生息地となっています。その九州山地のカモシカも、環境省のレッドリストで「絶滅のおそれのある地域個体群」に指定されるなど、危機的な状況に陥っています。

カモシカの分布の変化を説明した図

▲図1:カモシカの分布変化に関わる経緯

カモシカの絶滅を防ぐ4つの対策

❶ 生息環境を取り戻す

カモシカが食べる植物や隠れ場所を取り戻すため、生息環境が競合し、かつ、増えすぎているシカの個体数を適切に管理し、森林全体の生態系を立て直すことが大前提となります。

❷ 錯誤捕獲を防ぐ

鳥獣被害対策の「くくり罠」や「防護ネット」に移動中のカモシカが誤ってかかり命を落とすケースが後を絶ちません。罠の毎日点検の徹底や、カモシカが絡まりにくいネットの導入、抜け道の確保など、事故を物理的に減らす仕組みが不可欠です。

❸ 分断された生息地をつなぐ

九州のカモシカの生息地は、九州山地を中心にその周辺に点在していますが、群れは小規模で孤立し、近親交配による遺伝的多様性の低下が懸念されています。途切れた森林を計画的に保全・再生し、若い個体が移動して血統交流できる「緑の回廊(エコロジカル・コリドー)」を確保する必要があります。

❹ 科学的な調査と関係機関の連携強化

正確な生息数や状況を把握しきれていない面があるため、継続的な調査を行い、正確なデータを基に地域の保護管理計画を実効性の高いものへ更新していくことが求められています。

市民レベルでの現状認識と危機感を

九州は「最後の数世代を守り抜けるか」という瀬戸際に立たされています。行政・NPO・地域・猟友会・獣医師など、全方位での協力が必要です。関係者や地域住民がこの危機感を共有し、生態系全体を修復していく強い意志を持つことが今求められています。

現在最も不足しているのは、一般市民レベルへの危機状況の浸透です。特に都市部や生息域外の住民の間にある「カモシカ=全国的に増えている動物」「どこか遠い山の中の話」という誤解や無関心が大きな壁となっています。

九州3県教育委員会による特別調査(2018~2019年)で、大分県では生息数が推定7〜28頭と極めて厳しい状況にあることが判明しました。2020年には県の条例に基づき指定希少野生動植物に指定され、2022年には関係部局が共同で「ニホンカモシカ保護管理事業計画」を策定しました。

私が所属するおおいた生物多様性保全センターをはじめ環境省、大分県、熊本県、宮崎県の関係者も参加し、今年度までに7回の会議を実施。2024年には推進協議会と大分県で「カモシカシンポジウム」を開催しました。現在、大分・熊本・宮崎3県のNPOや自然保護団体が手を取り合い、環境省九州環境局や各県の担当部局へ向け、要望書を共同で提出し、カモシカの保護管理のさらなる強化を求めています。

1994年〜2019までの超結果のグラフ

▲図2:九州山地のカモシカ生息数推定結果の推移 (九州3県教育委員会による第2回~第5回「九州山地カモシカ特別調査」より)

※出典 図1・図2:岩本俊孝、2024大分県カモシカシンポジウム 講演スライド(2011・2012および2018・2019年度 九州山地カモシカ特別調査報告書のデータから図を作成)を一部改変、足立