エゾシカの餌選択とミネラル要求性Effects of mineral requirements on food selection by sika deer (Cervus nippon yesoensis)

著者名Authors

道東エゾシカ研究グループYesosika research group east Hokkaido

北原理作Risaku Kitahara1)・ 小松輝行Teruyuki Komatsu1)・ 増子孝義Takayoshi Masuko1)

著者所属Affiliations

  1. 1) 東京農業大学生物産業学部植物資源・生産管理学研究室: 〒099-2493 北海道網走市八坂196

要約Summary

エゾシカは春期から秋期にかけて、子育て、成長、繁殖に多くのミネラルを必要としていると思われる。

本研究では、ミネラル供給源として重要であると思われるエゾシカの餌植物(牧草、枝、樹皮、ササ、落ち葉、野草など)および土舐め場の土壌に含まれるミネラルの分析を行った。

その結果、エゾシカのカルシウム要求性が高いと考えられる夏期に、好んで採食するエゾイラクサ(Urtica Platyphylla)に最も多くカルシウムが含まれていた。さらに土舐め場の土壌中にも多かった。

また、草食獣に不可欠なナトリウムについて、内陸に生息するエゾシカは、特に春先にビート(Beta vulgaris L.)の葉から摂取している可能性が高いと考えられた。

よって、エゾシカの場合、春期から秋期におけるカルシウムやナトリウムに対する要求は、餌選択、農作物被害および生息地選択に影響を与えると考えられた。農耕地における防鹿柵の設置は、エゾシカによる農作物被害を防ぐことに成功したが、言い換えれば、多くのエゾシカがナトリウムの供給源を失ったと思われ、その影響が懸念される。


We suppose that sika deer (Cervus nippon yesoensis) need to take much mineral for making milk, growth of body or antlers from spring through autumn.

We analyzed mineral composition of forage (grass, twigs, barks, Sasa, fallen leaves, wild herbaceous plants and so on) or mineral licks.

As a result, we proved that Urtica Platyphylla had the most calcium content of those, which was preferred by sika deer during summer when sika deer probably had high calcium requirements, and proved that the mineral lick also had high calcium content.

Concerning sodium that is essential for herbivore, we suppose that beet (Beta vulgaris L.) leaves supply sodium to sika deer inhabit inland areas, especially in spring.

So, it is possible that calcium or sodium requirements from spring through autumn effect on food selection, damage to crops, habitat selection by sika deer. Generally, the fences set up around farms and pastures for the purpose of protecting from sika deer, especially in eastern Hokkaido succeeded in decreasing damage to crops by sika deer. But, on the other hand, many deers have lost source of sodium, we worry about its effects.

1. はじめに

全国で大型哺乳類の保護管理計画が策定施行されている。エゾシカに関して見ると、現状では個体数削減で精一杯な状況であり、個体数管理の根幹をなす生息数を一定範囲内に維持するコントロールや生息地管理は先行き不透明である。

シカの保護管理が始動した背景には、増加する農林業被害対策としての期待もしくは樹皮食いなど森林生態系に対する悪影響の懸念が挙げられる。だが、被害は個体数の増減と必ずしも連動するとは限らない(北原ら 2000)ため、密度管理や生息地管理などの手法を取り入れる必要がある。

科学的な保護管理を実施する際、各地域個体群ごとに多くの継続的な調査研究が必要である。しかし、エゾシカの食性分野について見ても、十分とは言い難い。例えば、野生のエゾシカを対象とした栄養生理学的研究(相馬ら 1996、Yokoyama et al.2000、増子ら2001)が行われてきたが、いずれも一般栄養成分を対象としてきた。エゾシカにとって粗蛋白質や粗繊維が重要であっても、一般成分のみで餌植物の優劣は評価出来ない。ここでは、エゾシカのミネラル摂取という新たな視点から餌植物の評価を行った。ミネラルをどのような植物や土壌から摂取しているかを調べることは、採食行動や生息地選択に与える一要因を解明する上で重要であろう。

特に、エゾシカは、越冬後体力回復を速やかに行い、出産、子育て、繁殖を短期間に行う動物であり、それらの生活史においてミネラルが果たす役割は大きいと思われる。

2. 調査地域と方法

これまで、野外におけるエゾシカの食痕調査が、複数の地域で行われてきた(梶 1981、矢部ら 1990、横山 1995、樋口ら 2002)。いずれも定量的な調査ではないため、木本類のような樹種選択性の順位付けは難しい。また、草本類は季節ごとに多種多様なため、全種サンプリングは不可能である。そこで、上記文献や農業被害状況などを参考にし、現存量が多い、群落を形成しやすい、食痕が顕著もしくは忌避されやすいなどの特徴を持った植物や農作物を中心に収集した。エゾシカの食性には、季節変化が見られるため、春期から秋期、越冬期という季節性を考慮した。すなわち、春期から秋期は、牧草、作物、野草、ササ、落ち葉を、越冬期は、樹皮、枝、ササ、牧草、落ち葉などを主に採取した。また、春期から秋期にかけて採食する植物は、食痕が多く見られる時期に採取した。一部のサンプルを除き、収集地域は阿寒国立公園ならびに網走管内斜網地域である。採取した植物は、48時間70度で乾燥させ、硫酸過酸化水素水分解法を行い、原子吸光法で、試料中のカルシウム(Ca)、カリウム(K)、マグネシウム(Mg)、ナトリウム(Na)、鉄(Fe)を定量した(この他リン(P)、マンガン(Mn)、亜鉛(Zn)、銅(Cu)も定量したが、解析中のためここでは省略)。食痕が植物体の特定部位に偏る種は、例えば花と葉茎のように区分して分析した。

さらに、植物体以外にエゾシカが土舐めしている場所から土壌を採取し、トルオーグ法と原子吸光法で無機物を定量した。採取場所は、当初阿寒・白糠地域の3ケ所を予定していたが、白糠地域の土舐め場が開発により破壊されたため、阿寒地域の2ケ所である。

本研究における試料は、1種につき複数の場所から提供されたものではない。よって、土壌の影響を受ける可能性も否定できない。例えばサンプルに付着した土壌中の鉄分が、測定値に影響を与えている可能性がある。しかし、エゾシカが採食する状態が重要なので、水洗などはしていない。よって、絶対値を鵜呑みにすることは避けるべきで、種間の相対的な比較を主に行った。

作物や牧草の場合は、日本標準飼料成分表2001年版(農業技術研究機構 2002)、北海道農業と土壌肥料1987(日本土壌肥料学会北海道支部 1987)など一般的な基準値があるので、測定値が妥当かどうか参考にした。

3. 結果

(1) 春期~秋期

この期間のエゾシカの主食は、イネ科やマメ科の牧草と考えられるが(北原ら 2002)、農耕地においては、畑作物のムギ類やビート(甜菜)さらに豆類や馬鈴薯などを採食している(北原・小松 2001)。森林域でも道路法面において牧草は得られるが、野草類や果実に対する依存率も高いと考えられる(横山 1995)。また、早春や晩秋を除けば、相対的に樹葉やササに対する依存率は僅かであろう(梶 1981、矢部ら 1990、横山 1995)。しかし、樋口ら(2002)の報告では、9月以降ツリバナ類やツツジ類などの灌木の樹葉採食が見られたとされる。また、餌条件が悪化した洞爺湖中島では落ち葉を採食している(Takahashi & Kaji 2001)。

各元素別に見ると、Ca(図1)は、エゾイラクサ、広葉樹落ち葉、マメ科牧草、チシマアザミ、オオブキに多く含まれていた。洞爺湖中島で夏期に採取した落ち葉にもマメ科牧草とほぼ同レベルで含まれていた。K(図2)は、オオブキに多く含まれていた。Mg(図3)は、ビートの葉に多く含まれていた。Na(図4)は、ビートの葉に特異的に多く含まれていた。Fe(図5)は、ビートの葉茎や大根に多く含まれていた。イネ科牧草およびクマイザサには、Ca、Mg、Naが少なかった。ミズナラドングリはいずれのミネラルも少なかった。

図1 エゾシカが春期から秋期にかけて採食する植物のカルシウム濃度(平均値±標準偏差)

図1 エゾシカが春期から秋期にかけて採食する植物のカルシウム濃度(平均値±標準偏差)

図2 エゾシカが春期から秋期にかけて採食する植物のカリウム濃度(平均値±標準偏差)

図2 エゾシカが春期から秋期にかけて採食する植物のカリウム濃度(平均値±標準偏差)

図3 エゾシカが春期から秋期にかけて採食する植物のマグネシウム濃度(平均値±標準偏差)

図3 エゾシカが春期から秋期にかけて採食する植物のマグネシウム濃度(平均値±標準偏差)

図4 エゾシカが春期から秋期にかけて採食する植物のナトリウム濃度(平均値±標準偏差)

図4 エゾシカが春期から秋期にかけて採食する植物のナトリウム濃度(平均値±標準偏差)

図5 エゾシカが春期から秋期にかけて採食する植物の鉄濃度(平均値±標準偏差)

図5 エゾシカが春期から秋期にかけて採食する植物の鉄濃度(平均値±標準偏差)

(2) 冬期(積雪期)

この期間のエゾシカの主食は、多くの草本類が枯死したり雪中に埋もれたりするため、常緑のササの葉部となるが、積雪により樹皮に依存する場合がある(北原ら 2000)。フッキソウは採食しない。阿寒国立公園内や網走管内斜網地域では、クマイザサが優占している。雪どけ直後には、道路法面で採食する姿がしばしば見られる。蘚苔類や地衣類を選択的に採食しているような痕跡はほとんど見当たらないが、樹皮食いする際、樹皮と共に採食している場合がある。

各元素別に見ると、Ca(図6)は、樹皮、広葉樹落ち葉に多く含まれていた。オヒョウの内皮と外皮を比較すると内皮にやや多かった。ササには少なかった。K(図7)は、常緑のササなどに多く含まれていた。Mg(図8)は、広葉樹落ち葉および海岸沿いの法面牧草(ナガハグサ)に多く含まれていた。

図6 エゾシカの越冬地において冬期間に採取した植物中のカルシウム濃度(平均値±標準偏差)

図6 エゾシカの越冬地において冬期間に採取した植物中のカルシウム濃度(平均値±標準偏差)

図7 エゾシカの越冬地において冬期間に採取した植物中のカリウム濃度(平均値±標準偏差)

図7 エゾシカの越冬地において冬期間に採取した植物中のカリウム濃度(平均値±標準偏差)

図8 エゾシカの越冬地において冬期間に採取した植物中のマグネシウム濃度(平均値±標準偏差)

KおよびMgは、春から秋の餌植物と比較すると、含有率は全体的に低かった。Na(図9)は、海岸沿いの法面牧草(ナガハグサ)に多く含まれていた。知床半島(海岸部)と阿寒湖畔(内陸部)のナガハグサを比較すると、NaおよびMgの含有率が大きく異なった。これは、NaやMgも多く含む海水の影響(潮風による付着)と考えられた。Fe(図10)は、蘚苔類に多く含まれていた。蘚苔類には、CaやMgもやや多く含まれていた。樹皮の試料にコケが付着していたため、樹皮の鉄含有率が高くなったと思われる種があった。

図9 エゾシカの越冬地において冬期間に採取した植物中のナトリウム濃度(平均値±標準偏差)

図9 エゾシカの越冬地において冬期間に採取した植物中のナトリウム濃度(平均値±標準偏差)

図10 エゾシカの越冬地において冬期間に採取した植物中の鉄濃度(平均値±標準偏差)

図10 エゾシカの越冬地において冬期間に採取した植物中の鉄濃度(平均値±標準偏差)

土舐め場の土壌分析の結果、Ca、Fe、MnおよびCuの含量が高く、P、Kは少なかった(表1)。

表1 北海道東部阿寒地域のエゾシカによる土なめが確認された場所における土壌成分値

表1 北海道東部阿寒地域のエゾシカによる土なめが確認された場所における土壌成分値

4. 考察

現時点では、エゾシカにおけるミネラル要求に関する基準値は未解明である。しかし、エゾシカのメスは、春に出産し夏期に子育て、オスは春に落角し、9月頃から枯角となり秋の繁殖期に備える。さらに長い越冬期間に備える必要がある。つまり、オスは角の成長、メスは泌乳、子ジカは体の成長という各過程で一般栄養のみならず、Caなどを多く必要とすることは明らかである。例えば、ホンシュウジカの事例では、鹿乳には、Ca、PおよびNaが多く含まれ、いずれも牛乳より多く、Caにおいては1.1~1.7倍だとされている(石田ら1995)。角(鹿茸)にも同様にCa、PおよびNaが多く、肉には、Fe、KおよびPが牛肉、豚肉、鶏肉に比べて多かったとされる(石田ら 1995)。

ただし、ミネラル摂取が多ければ良いとも限らない。例えば、Goatcher&Church(1970)は、Naclに対する感受性(濃度と拒否反応の関係)を家畜の種類(ウシ、ヒツジ、ヤギ)ごとに比較し、ウシは低濃度でも感受性が高いことを示している。

これらのミネラルの供給源は、餌植物とは限らず、土舐めによる摂取もあるだろう。

餌植物から摂取する場合、各ミネラルの特性(高橋 1993)を把握する必要があろう。すなわち、植物と動物の間で必要とする元素の種類や役割が異なり、Naなどのように動物が必要とするだけの必須元素を植物が与えてくれない場合がある。

また、双方にとって必須元素であっても、窒素(N)やP、KおよびMgは、植物体内を移動しやすく、古い葉から新しい葉へ移行しやすい。一方、Ca、Fe、Zn およびCuは移動しにくいので、新しい葉で欠乏しやすい。Mnは、中間型である。

さらに、植物による土壌中のミネラル吸収は、pHや有機物量などに左右され、pHが高いもしくは有機物が多い場合、Fe、Zn 、MnおよびCu欠乏がおこりやすい。MgやCa欠乏は、酸性土壌でおこりやすい。

以上のような特性は、草食獣であるシカにとって極めて重要であろう。例えば、生息地の土壌タイプによって、容易には得られない必須元素が変化し得るだろう。海岸部ではなく、内陸部に行動圏を持つ個体は、NaやMgの得やすさが異なるだろう。

また、エゾシカは、春期から秋期まで牧草の新芽や再生葉などを好み(北原ら 2002)、N、P、Kなどは得やすいと思われるが、逆にCaは得にくい(ササの当年葉を夏期に主食とした場合も同様であろう(図1))。その場合、古い植物体を採食するか土舐めをするか、さもなければ、双子葉植物やマメ科牧草さらにCaを体内に集積しやすい石灰植物(高橋 1987)を選択的に採食する必要がある。

または、しばしば痕跡が見られるが、落角などをかじることにより得るかもしれない。

本調査で用いた試料においては、イラクサが石灰植物の代表であり、皮肉にも植物が動物による採食から体を守るために備えたトゲ(刺毛)の内部にCaが集積し堅さを補強している(高橋 1987)。図1のCa濃度をみても、エゾイラクサが突出している。これでは、トゲがCaという餌で草食獣を誘引することになりかねない。

だが、トゲの密度や長さは、同一種でも採食圧の程度により変化することが知られている(高槻 1993)。また、アメリカオニアザミは、鋭いトゲを有し、家畜やシカが忌避するため、北海道東部美幌町内の放牧草地で多く見られる。一方、オニアザミほどのトゲを持たないチシマアザミやエゾイラクサには葉茎でも食痕が目立つ(矢部ら 1990、横山 1995、樋口ら 2002)。高槻(1989)は、物理的、化学的防衛機能を有するイラクサを、ニホンジカの不嗜好植物に分類しているが、エゾシカにおいては不嗜好とは言えない。むしろ、糞や足跡の痕跡が残りにくい夏期(概ね7~9月)の森林において、エゾシカの生息の有無を確認する際の一指標植物として使えるかもしれない。

例えば、牧草地に雑草として侵入したエゾイラクサは、イネ科およびNやCa濃度が高いマメ科牧草が周囲に十分あるにもかかわらず、毎年夏期にエゾシカによって選択的に採食されている。オスメスどちらが好んで採食しているかはわからないが、選択的採食時期とエゾシカがCaを特に要求し得ると考えられる時期は重なる。

しかし、化学的防衛機能(蟻酸)を有しているためか、植物体を全て食い尽くすのではなく、上部の花や葉茎をつまみ食いされた個体が多く見られる。トゲは防衛の役割を殆ど果たしていないとしても、化学的防御により、群落の衰退や消失を上手く回避しているのではなかろうか?言い換えれば、生息密度や他の餌資源量にも左右されるが、シカにとっても毎年持続的に利用するには都合がいいだろう。防御機能がさらに発達すれば忌避される可能性はあろう。

このように、夏期のエゾシカの採食行動に、Caの要求性は影響を与えていると思われ、例えば、同じ牧草地でもイネ科のみの草地とマメ科との混播草地では、餌場としての価値は異なり、農地においても輪作体系にマメ類が組み込まれているか否かで、エゾシカの生息地選択にも影響を与える可能性が高いと思われる。道路法面に植栽される牧草もマメ科の混播率を高めれば、シカを誘引してしまうだろう。

また、Caを土舐めによって得る場合も考えられる。

ホンシュウジカの土舐め場の土には、周囲の土よりも、相対的にCa、Mg、Na、Fe、MnおよびPが多く含まれていたとされる(辻井・徳本 1997)。

阿寒地域では、CaおよびFeが非常に多い土舐め場があった(表1)。本研究の分析試料は、いずれも雌阿寒岳周辺の温泉由来の土舐め場のものである。Naは、2ケ所とも0.2%以上であり、本州の土舐め場と比較すると、少ないとは言えないが、ビートの葉などと比較すると少ない(図4)。本州でもNaが多くない土舐め場が存在するようで、通常Fe、Mg、Caが特に不足している場所で植物を採食しているため、不足したそれらのミネラルを蛇紋岩の土舐め場において補給していると推察している(辻井1987)。

Naには、植物の二次化合物を解毒する作用があるが、同様の効果は粘土にも認められ、アフリカゾウなどは、粘土を食べ葉に多く含まれる二次化合物を解毒しているようである(Klaus et al. 1998)。ここでは、粘土率は調べていないが、シアン化物、アルカロイド、サポニン、タンニンなどの解毒は、エゾシカにとっても重要である。Naや粘土を多く含む土舐め場の保全は、見過ごされがちだが生息地管理上不可欠であろう。

ここからは、Naを中心に考察してみよう。

エゾシカは、北海道東部では、内陸部においても広域的に分布を拡大した(Kaji et al. 2000)。

Naは、海岸部に生息しているエゾシカの場合容易に得ることが出来る。直接海水を飲まなくても、海岸部の草本類からも摂取可能であろう(図9)。オジロジカの例では、凍結防止剤との関連性も指摘されている(Pletscher 1987)。

しかし、内陸部に生息している場合は容易に得ることは出来ず、世界各地から土舐めなどによるNa摂取の報告がある。シロイワヤギ(Hebert & Cowan 1971)、アフリカゾウ(Weir 1972)、ジャコウウシ(Klein&Thing 1989)などの大型草食獣とも共通する。

Naは、草食獣にとって必須元素であるが、その要求性は春から初夏に高いことが知られている。

その理由として、春から初夏にかけて採食する餌植物中にカリウムや水分が多く含まれることにより、Naの体内バランスが崩れやすく、積極的に補給すると考えられている(Weeks & Kirkpatrick 1976)。土舐め場に訪れるエルク(Dalke et al. 1965)やムース(Fraser et al. 1982)の通年の行動パターンを調べても、春から初夏における利用頻度が高いとされる。

エゾシカでも、土舐め場における行動パターンは把握していないが、北海道東部美幌町の牧場における観察から、春は家畜用のミネラル塊などをしばしば利用し、要求性が高いことがうかがわれる。また例えば、早春に芽吹き食痕も多く見られるオオブキには、多くのKが含まれている(図2)。

内陸部において、放牧型の牧場や土舐め場以外に、春から初夏にNaを容易に摂取可能な場所は、畑作地帯ではビート畑であろう。ビートの被害には、春期植栽後の苗の被害と収穫期(秋期)までの大根の被害がある。春期における被害発生の要因はおそらくその高いNa含有率であろう(図4)。内陸部におけるNa供給源としてのビートの存在は、エゾシカの分布拡大に寄与した可能性が高い。逆にビート(特に葉)は、ミネラルやシュウ酸およびサポニンの含有率が高レベルで主食にはなりえないとも解釈出来る。特にアカザ科に多く含まれるシュウ酸の多食はCaの吸収阻害に繋がる可能性もあると思われる。実際、食害調査をすると、秋には、葉の被害量は少なく、大根の被害にも食い残しが多い(北原・小松 2001)。ただし、葉は利用されないが、大根から得られるビートパルプは、家畜の飼料として用いられ(大成2003)、さらに野生のエゾシカも好んで採食しており(増子ら2002)、飼料的価値は総合的に高い。

植物からNaを摂取している例では、ムースによる水生植物の採食が知られている(Fraser et al. 1984)。

また、エゾシカには、季節移動をする個体が存在する(Uno & Kaji 2000)。

アフリカサバンナにおける草食獣の分布や採餌行動は、水だけでなく、土壌や餌植物中に含まれるNaなどのミネラル含有率によって強く影響を受けているとされる(McNaughton 1988、1990)。

春期から秋期まで農耕地(特に畑作地域)をコアエリアとした行動圏を持つエゾシカにとって、春期のビートとNa、夏期から秋期のマメとCa、主食となるムギや牧草、農耕地に隣接する山林に存在する野草類のように、餌資源量だけでなく、質も良いと思われる。ただし、牧草やマメ類が混播されていない地区もあるため、特に牧草地が無い場合、秋の貯食や繁殖期には、芽吹き直後の秋まきコムギのみでは量的に不十分とも考えられる。

一方、1990年代半ば以降道東地域を中心に、農業被害対策として農耕地が柵で囲われるようになり、現在総延長は2,500kmを超えている。これらの建設に際し、事前の影響評価は殆ど行われていないだろう(北原ら 2002)。

柵設置により、餌場、特にNa供給源を失った内陸部のエゾシカは、生息場所をシフトしたり行動圏を拡大する場合もあるだろう。それが交通事故増加の一因になりうることは否定できない。交通事故は、必ずしも生息数の変化と連動するとは限らず、集合や分散、行動圏の環境や面積によって影響を受けやすいと考えられる。よって、公共草地など収容力の高い餌場となりうる場所は柵で囲わず、多面的な利用促進を提言した(北原ら2002)。

土舐め場の存在がオジロジカの行動圏に影響を与えている例もある(Wiles & Weeks 1986)。

また、Naと樹皮食いの関係に目を向けると、北米スペリオル湖のロイヤル島に生息するムースの例が挙げられる。この島の特徴は、海水の影響が無いこと、および氷河の影響で土壌中のNaが極めて少ないことである。そこでムースはビーバーが造る池に生える水生植物から塩分を補給するのだが、ムースの個体数変動と共に水生植物の資源量も変化し、Na供給不足に陥ったムースは、樹皮に含まれるNaを獲得するために樹皮食いを起こしたとされる(Belovsky 1981)。言い換えれば、ロイヤル島では、Naはムース個体群の繁殖や生存の制限要因であろう。

以上はあくまで一例だが、ニホンジカでも、エゾシカ(北原ら 2000)や山岳地帯で越冬するホンシュウジカ(Ueda et al. 2002)のように、積雪期にグラミノイドなどの利用が制限され、大規模な樹皮食いが起きる場合と、特に本州以南において、春から秋にかけて樹皮食いが起きる場合がある。後者の発生メカニズムは、各地域で要因は様々と思われるが、十分な解明がなされていない(Ando et al. 2004)。例えば糖分などを含む樹液を摂取しているのではないかという報告もある(尾崎 2004)。

一方、CaやKなどのミネラルを含む多量の樹液を、雪どけ前から摂取出来るシラカンバ(寺沢1995)は、エゾシカの越冬期における選択順位が低い樹種に該当する((財)前田一歩園財団1994)。

しばしば、要因解明の際、生息密度や被害樹木の成分分析が先行する。しかし、生息域全体における気象、地理および地質などの特性、生物学的もしくは社会的な経緯といった総合的な視点が見過ごされがちである。それらの欠如は、単なる生息数の削減という単純殺伐な対策に繋がりかねず、共生の機会を失ってしまう可能性があるだろう。また、それらの調査研究を支援する社会的基盤が、欧米に比べ極めて貧弱であることも憂慮すべきであろう。多様な野生生物の存在は、国家国民が世界に誇るべき財産であることを肝に銘じるべきである。

このように、今後各地域で、ミネラルと大型野生動物との関わりが明らかにされれば、被害対策や生息地管理への応用が期待できると思われる。

謝辞

サンプルの提供に協力いただいた(財)前田一歩園財団、美幌町峠牧場、庄田洋氏、高橋裕史氏に心より感謝の意を申し上げます。本研究を支援して下さった(財)自然保護助成基金、(財)日本自然保護協会に深謝致します。

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