東京湾の干潟を中心とする環境の保全Conservation of the tidal-flats and the wetland of Tokyo Bay

著者名Authors

千葉の干潟を守る会Association of save the tidal-flats in Chiba

大浜清Kiyoshi Ohama・ 牛野くみ子Kumiko Ushino・ 田久保晴孝Harutaka Takubo・ 大浜和子Kazuko Ohama・ 佐野郷美Satomi Sano・ 竹川未喜男Mikio Takekawa・ 吉川勇作Yusaku Yoshikawa・ 青山一Hajime Aoyama・ 杉本秀樹Hideki Sugimoto・ 杉田史朗Shirou Sugita・ 飯島滋哉Shigeya Iijima・ 鈴木恵子Keiko Suzuki・ 伊藤恵子Keiko Ito

著者所属Affiliations

  1. 〒275-0016 千葉県習志野市津田沼3-3-5 TEL&FAX:047-473-3402

1. はじめに

広大な干潟が失われた東京湾に再び豊かな自然を回復していくためには、現在残っているわずかな干潟と浅海域を守り、その上で失われた干潟と浅海域をできる限り回復させることが求められる。

千葉の干潟を守る会は、1970年代より東京湾、特にかつて広大な干潟が形成されていた千葉県側の埋立計画の中止を求めて、他の環境NGOとともに様々な努力を重ねてきた。特に1990年代に入って千葉県が発表した「三番瀬埋め立て計画」に反対し、この計画の白紙撤回を求める署名運動(当会は三番瀬を守る署名ネットワークの幹事団体)は、最終的に30万筆を越え、その後白紙撤回を公約とした新知事を誕生させる大きな力となった。そして三番瀬埋め立て計画は中止となり、周囲の埋め立てや青潮等によって痛めつけられている三番瀬の再生を目的に、市民参加と完全情報公開のもと「三番瀬再生計画検討会議(以後、円卓会議という)」が設置された。この会議には当会からも委員が選ばれ、東京湾全体を視野に入れながら、三番瀬の再生について積極的に発言した。しかし、埋め立て計画が中止に追い込まれそうな情勢の中で、三番瀬北西部に位置する猫実川河口前面の海域(以後「猫実川河口域」と記す、図1参照)に大量の土砂を入れて人工干潟を造成する案が漁協等から提案され、埋立が中止になったとしても、別の形で海域に大きな改変を加える可能性が残っていた。そして、その頃「この海域はヘドロが堆積して悪臭を放ち、生物のいない死んだ海域」であるという一方的な宣伝も行われていた。そこで、円卓会議でも同様の提案がなされるであろうと予測し、この海域を正当に評価させるために猫実川河口域の底質および底生生物調査を行うことにした。また、三番瀬の再生について地域住民がどのような意見を持っているか、また円卓会議で議論されている内容を市民がどのように受け止めているかを知るために、「三番瀬市民アンケート調査」に取り組んだ。

図1-1 三番瀬の位置と調査海域

図1-1 三番瀬の位置と調査海域

図1-2 調査海域の拡大図

図1-2 調査海域の拡大図

2. 調査方法

(1) 猫実川河口域の底質および底生生物調査

2002年3月より調査を行ってきたが、今回は2003年7月13日、2003年8月29日、2003年9月27日に行った調査の結果をまとめた。調査は猫実川河口から南へ約500m、東へ約200mの約10haの範囲内で行った。調査日により、最大干潮位が異なり、干出する時間もまちまちであったため、調査地点数や調査地点は統一できなかった。主に 1) 底質の酸化還元電位の測定、 2) 底質の粒度、強熱減量の分析(7月のみ実施)、 3) 底生生物の採集等を行った。大型底生生物の採集には、愛知県の小嶌健仁さんが作成したアナジャコ採集器(お気楽5号)を用いた。

(2) アンケート調査

2002年春以降、3回のアンケート調査を行った。調査の方法も含めた詳細については、「3. 調査結果および考察」の項にまとめて記した。

3. 調査結果および考察

(1) 猫実川河口域の底質および底生生物調査

概ね次のようなことがわかった。

  • 1) 潮位にもよるが、最大で約5haほどの干潟が出現する。
  • 2) 底質は干潟域、浅海域も含めて泥質~砂泥質であり、部分的に蛎殻が集積した場所があってその周囲は砂泥が堆積し干潟化が進んでいた。
  • 3) 概ね猫実川河口に近い北側に泥分と有機物量が多く、南側は細砂分が多く有機物量が少なかったが、泥分が多い区域においても、蛎殻集積部分やその他局所的に細砂分が多いところが出現した。
  • 4) 干潟域、浅海域の窪んだ部分に一部強熱減量において高い数値、つまり有機物量の多い地点があった。その地点の底質には、黒ずんだ腐泥が存在し、場合によって硫化水素臭がした。
  • 5) 酸化還元電位では、7月には全ての測定地点でプラス値を示し、どの地点も硫化水素臭はなかったが、8月には、酸化還元電位がマイナスを示した地点が見られ、マイナス値の高い地点では、かなり強烈な硫化水素臭がした。8月でも猫実川河口直近の地点、蛎殻島付近の地点など、場所によって高いプラスの値を示した地点があった。9月になると、酸化還元電位がマイナスとなった調査地点の割合は減少したが、8月に比べてマイナスの値が大きい地点が2点見られた。
  • 6) 干潟域、浅海域の広い範囲で巣穴が多数見られ、その多くはアナジャコの巣穴であると考えられる。7月の調査では、10地点の平均巣穴数は165.8個/㎡となった。これは、同年4月、5月の調査の結果とほぼ同じであった。県が行った調査では、巣穴数が極端に少ない値が報告され、ニホンスナモグリやアナジャコも採集されていなかった(平成14年度三番瀬海生生物現況調査(底生生物及び海域環境)報告書 2002)。
  • 7) この海域の底生生物の湿重量については、アナジャコやニホンスナモグリの生息を考慮した場合、非常に大きなものになる。
  • 8) その他の底生生物としては、ヤマトオサガニ、ウミゴマツボ、カワグチツボ、ゴカイ類多数、二枚貝類も個体数は少ないながら、アサリ、シオフキ、マテガイ、ヒメシラトリガイ、ハナグモリガイ、オキシジミ、ホトトギスガイ、マガキ、ウネナシトマヤガイなどが生息していた。
  • 9) これらの底生生物は、比較的嫌気的環境を好むものから好気的環境を好むものまでを含んでいる。この事実はこの海域の底質環境全体が還元的であると単純には言えないことを示唆している。

図2 7月調査における最大干潮時の干潟の様子

図2 7月調査における最大干潮時の干潟の様子

写真1 採集されたアナジャコ アナジャコが生息する海域は高い水質浄化能力を持つ。

写真1 採集されたアナジャコ
アナジャコが生息する海域は高い水質浄化能力を持つ。

写真2 採集されたカワグチツボ 小型の巻き貝で同様に小型の巻き貝としてウミゴマツボも採集された。

写真2 採集されたカワグチツボ
小型の巻き貝で同様に小型の巻き貝としてウミゴマツボも採集された。

写真3 紅藻オゴノリを観察する調査員たち 足下には緑藻のアナアオサがたくさん見られる。

写真3 紅藻オゴノリを観察する調査員たち
足下には緑藻のアナアオサがたくさん見られる。

写真4 巣穴数カウントのために設置したコドラート 干潟だけではなく、浅海域にもこのような巣穴が多数見られた。

写真4 巣穴数カウントのために設置したコドラート
干潟だけではなく、浅海域にもこのような巣穴が多数見られた。

(2) アンケート調査

三番瀬の近隣に居住する市民を対象に計3回のアンケート調査を行った。

A: 「市民による三番瀬(猫実川河口域)聞き取り調査」(2002年3月2日実施)

この調査は、猫実川河口に近い浦安市海楽、美浜、入船地区の住宅を個別に訪問したり、周辺部で散歩していた方を対象に対面式で行った。聞き取り件数は33件(居住者が24人、散歩の方7人など)。聞き取り項目は、 1) 「見かけた生き物、あるいは釣った魚は何ですか」、 2) 「海のにおいはどうですか(臭かったときは、どんなにおい、どんな時、日時など)」、 3) 「三番瀬についての感想、意見」の3項目で、回答者の意見を聞いて調査者が書き込む形式とした。猫実川河口域底質および底生生物調査と平行して実施したが、回答数も少なく、予備的なアンケート調査として位置づけられる。

B: 「市民による三番瀬近隣地域聞き取り調査」(2002年12月14日、15日、23日実施)

円卓会議において市川市塩浜地区における自然再生のあり方が問題になっていたので、アンケート調査対象地域を市川市塩浜地区およびそれに隣接する地域(市川市塩浜3、4丁目、福栄4丁目、浦安市海楽2丁目、美浜4、5丁目、日の出など)とし、「千葉の干潟を守る会」などの環境NGOを中心に「市民による三番瀬調査実行委員会」を組織して実施した。アンケート用紙の配布戸数は440枚(市川市100戸、浦安市250戸、船橋市の環境団体会員50人にも配布)で、回収数は184(船橋環境団体会員の回答は29)であった。

その結果、三番瀬の埋立計画の白紙撤回については「よかった」という回答が78%を占めた。また、三番瀬(特に猫実川河口域)の実態を知るために、 1) 見かけた生き物の場所と種類、 2) 海のにおい、 3) 海岸域の危険度の3点について聞き、 1) 「見かけた生き物」については、58%(90人/155人)が三番瀬周辺域で鳥、魚、貝、海藻、底生生物を見ており、 2) 「海のにおい」については、腐ったにおい、ドブ臭いという回答が25%、潮・自然のにおいという回答が18%、 3) 「海岸域の危険度」については、「危険を感じない」が41%、「危険だと思う」が26%となり、危険を感じない方が感じる方を上回った。

さらに、必要な緊急対策に関する質問では、 1) 海岸周辺のゴミの清掃、 2) 自然(海と生物)の保全、 3) 自由に海に入れるように、という回答が上位を占めた。また、長期的な対策としては、 1) 海の自然を残し、生き物を守る、 2) 海の水・河川の水を浄化する、 3) 親しめる憩いの海(散歩、釣りなど)という回答が上位を占めた。

C: 「三番瀬再生を問う1,500人アンケート」(2003年3月15日、16日実施)

上記Bの調査結果を検討し、更に広域に調査を広げる必要性を感じ、船橋市、市川市、浦安市3市臨海部の共同住宅各500戸を対象に改めてアンケート調査を実施することにし、千葉商科大学商経学部竹内研究室、和洋女子大学環境生物学研究室の協力を得て、三番瀬を守る署名ネットワークが中心になってアンケート調査を実施した。回収された回答は685通、回収率は46%であった。アンケート結果は以下の通りである。

1) 三番瀬の現状に関しては「三番瀬の保全が決まったので安心」が全体の約半数(47%)を占めたが、「人工海浜造成などの(新たな)不安がある」という回答も26%あった。 「埋立中止で問題が残る」という回答はわずかに3%であった(グラフ1参照)。

グラフ1 三番瀬の現状

グラフ1 三番瀬の現状

2) 円卓会議の認知度については、約半数(48%)の方が知っていると答え、円卓会議を傍聴した方、今後傍聴したいと答えた方は25人(4%)だった。

3) 三番瀬の再生の考え方については、「海よりも、人間の生活や経済活動を優先すべき」がわずか17人(3%)であるのに対し、「海の自然や生き物の多様性を保全することを第一に」という回答が491人(72%)で圧倒的支持を得ていた(グラフ2参照)。

グラフ2 再生について支持する意見

グラフ2 再生について支持する意見

4) 円卓会議で意見の一致を見なかった「猫実川河口域の人工干潟化」問題については、「海域である猫実川河口域を中心に土砂を入れ干潟、藻場や海浜をつくる」という意見を支持する人が94人(14%)、「海域には手をつけず、埋立地の未利用地を湿地や海に戻す」という意見を支持する人が324人(47%)だった。再生の考え方としては「これ以上三番瀬海域を狭めないで検討」という考え方が支持されている(グラフ3参照)。

グラフ3 海域の干潟化か、陸域の湿地化か

グラフ3 海域の干潟化か、陸域の湿地化か

5) 市民参加、完全情報公開を原則として公共工事を検討し、意志決定する「円卓会議」という新しい形式については、委員間の意見が不一致の時には、「時間をかけて話し合う」という回答が、そして再生計画案策定までのスケジュールについては、「1年間と限定せず十分な時間をかけるべき」という回答がそれぞれ3/4を占めた。

6) 三番瀬海域を通過する計画となっている第2東京湾岸道路問題については、「円卓会議で議論すべし」という意見が384人(56%)で過半数を占め、「直接関係ないので議論は不要」という意見は41人(6%)のみであった。そして、第2湾岸道路建設問題については、残念ながら円卓会議の中では議論されなかった(グラフ4参照)。

グラフ4 第2湾岸道路についての議論

グラフ4 第2湾岸道路についての議論

7) 三番瀬をラムサール条約の登録湿地とする問題では、ラムサール条約そのものを知らないと答えた人が4人に1人(26%)おり、また名称は知っているが「内容を知らない」という人も25%であった。つまり、市民のラムサール条約に対する認知度は約半数であるという結果となり、従って登録湿地とすることに賛成した方も約半数(45%)という数字になった。

4. 今回の調査活動の成果

(1) 猫実川河口域の底質および底生生物調査

円卓会議の中では、当初猫実川河口域について、「価値のない海域だから埋めて人工干潟にすべき」という意見が強かったが、今回の調査により大型底生生物アナジャコが発見されたり、他の生き物もたくさん生息している実態が明らかになった。その結果、2004年1月に完成した「三番瀬再生計画案」には、猫実川河口域は三番瀬の環境の多様性、生物多様性を維持する上から保全すべき海域であると明記された。ただし、夏に酸化還元電位がマイナスとなった地点があることから若干の改変の余地が残されてしまったことは残念であった。また、2002年春~秋に行った市民調査は広く市民に呼びかけて実施した。実際に三番瀬に来て、水に触れ、泥に触れ、生き物に触れて調査の一部を担っていただいた。参加された多くの市民には三番瀬を生きた海、親しみのある海として実感していただけたのではないだろうか。

(2) アンケート調査

「市民による三番瀬近隣聞き取り調査」の結果については、2003年2月に円卓会議の下部組織である浦安ワーキンググループで、あるいは同年4月の円卓会議の中で発表した。また、「三番瀬再生を問う1,500人アンケート」の結果も、2003年8月に千葉県の要請を受けて環境NGOが実施した「三番瀬フェスタ」で参加者に配布された。

三番瀬を再生させていく主体はあくまでも地元住民である。そういった意味から、三番瀬の近くに住む市民が、三番瀬について何を望んでいるかを明らかにしたこのアンケート調査は、円卓会議にとって非常に貴重な資料となった。アンケート結果から導かれた「これ以上海域を狭めることなく再生計画を検討すべきである」という明確なメッセージは、円卓会議の各委員の発言に微妙な変化をもたらしたと考えている。

謝辞

最後に、底生生物の調査に関しては、藤前干潟を守る会の辻敦夫さん、愛知県の小嶌健仁さん、鈴木晃子さんに大変お世話になった。また、市川緑の市民フォーラム、三番瀬を守る会、市川三番瀬を守る会、千葉県自然保護連合、三番瀬を守る署名ネットワーク、和洋女子大学環境生物学研究室、千葉商科大学竹内研究室、そして有志の方々にはアンケート調査に御協力いただいた。ここに感謝の意を表する。