島原半島における淡水紅藻オキチモズクの保全と遺伝子解析Conservation and molecular genetic analysis of a freshwater red alga Nemalionopsis tortuosa in Shimabara Peninsula

著者名Authors

オキチモズク保全研究グル-プConservation Study group of Nemalionopsis tortuosa

飯間雅文Masafumi Iima1)・ 渡辺博光Hiromitsu Watanabe2)・ 碓井利明Toshiaki Usui2)・ 羽生田岳昭Takeaki Hanyuda3)

著者所属Affiliations

  1. 1) 長崎大学環境科学部 (長崎市文教町1-14)
  2. 2) 長崎県立国見高等学校 (長崎県南高来郡国見町)
  3. 3) 筑波大学生命・情報等教育研究支援室 (つくば市天王台1-1-1)

要約Summary

本研究は、わが国固有の絶滅危惧種淡水紅藻オキチモズクを、室内培養による増殖藻体の天然河川散布による絶滅河川での生育個体群復元、長崎県および他県の各生育個体群の遺伝子解析比較で日本産オキチモズク集団間の遺伝的変異を明らかにすることを目的とした。これまでの室内培養研究から得られている低光量(500Lux以下)低温(15℃)の至適培養条件下で、長崎県島原半島の生育河川採取の天然藻体より胞子を分離し、その発芽体を長崎大学と国見高校の2カ所の培養庫で増殖させ、川出し試験を2002年11月から翌年4月にかけて行った。しかし培養藻体はひ弱であり、天然河川に川出ししてもすぐに基質から流出してしまうことがほとんどで、わずかに1断片にのみ2003年4月に直立体生育が確認された。また研究助成期間半年延長に伴い、2シーズン目の川出し試験結果も2004年3月に確認したが、やはり前年同様ほとんど全ての糸状体が、流出してしまった。一方天然藻体移植試験は、不織布袋に入れて流出しないようにしたところ、いずれも2~3ヶ月間ほどの生育が確認された。一方遺伝子解析試験の結果から計10産地のオキチモズクrbcL遺伝子の塩基配列は、ほぼ4タイプに分けられたが、タイプ間の遺伝的変異は非常にわずかであった。

1年半の研究期間では残念ながら個体群復元ができなかったが、今後毎年同様の作業を繰り返し、さらに周辺自然環境の保全など地域の自然保護意識も高める必要があると考えられる。


The conservation study of an endemic endangered freshwater red algal species Nemalionopsis tortuosa has been an urgent problem in Japan. On the basis of the results of laboratory culture studies, at first this research has been performed at 2 places Nagasaki University and Kunimi High-school by cultivation of filamentous stage of this alga originally collected from Kojiro-river, Ookawa-river and Kamabuta-river in Kunimi and Mizuho town in Shimabara Peninsula, Nagasaki Prefecture under optimum conditions, i.e. >500Lux, 15℃. Then many filamentous plants attached to fragments of flowerpots have been scattered to Hijikuro river. However culture plants were very weak and easily lost from the fragments of flowerpots. Only once grown erect fronds of N. tortuosa was observed. In transplantation study from Ookawa-river and Kamabuta-river to Hijikuro-river using nonwoven fabric bags, natural plants grew for a while, about a few months, and then died. On the other hand, although the results of molecular analysis using chloroplast rbcL gene showed 4 sequence types among 10 localities, those genetic variations were only a few base pairs. It was regrettable that population restoration was not completed in the research for one-year ; the same work will be repeated every year. Moreover it is necessary to also raise the protection-of-nature consciousness of the areas such as preservation of precious circumference natural environment.

1. 研究の背景および目的

紅藻類は陸上に植物が進出した約4億年のさらに数億年前の太古より地球上に存在していたと考えられる。絶滅危惧植物の保全研究の試みは、陸上植物および水生植物(水草)ではこれまで多く行われ、藻類でも緑藻綱マリモや車軸藻綱シャジクモ・フラスコモなどで行われているものの、紅藻類ではほとんど行われていない。

淡水紅藻オキチモズクNemalionopsis tortuosa Yoneda et Yagi(チスジノリ科)(図1-5)は、八木・米田(1940)により愛媛県お吉泉産藻体が新種記載されたが、それ以前にチスジノリとして報告されていた長崎県国見町土黒川産淡水紅藻もオキチモズクであることが判明した(山田 1943)。

その後、新種記載地愛媛県お吉泉では絶滅し、現在では、長崎県島原半島北部および福岡県、熊本県、鹿児島県内のわずかな河川にのみ細々と生育するわが国固有の淡水紅藻である。

その希少性と絶滅危惧についてこれまでいくつかの報告があり(外山 1957、 広瀬・山岸 1977、右田・高崎 1991、 右田 1986,1992、右田・木村 1995、右田ら 1999、渡辺・碓井 2000、熊野 2000,熊野ら 2002、木村 2003)、本種は環境省レッドデータブックに絶滅危惧Ⅰ類として記載され(環境庁自然保護局 2000)、緊急に保全活動が必要とされている。

そのため、本研究では至適生育条件下の室内培養により藻体を大量増殖・基質付着させて、定期的な天然河川への藻体散布によって、かつてオキチモズクが生育していた絶滅河川での生育個体群を復元させることを第一の目的とした。さらにオキチモズク各生育個体群の遺伝子解析を行い、日本産オキチモズクの集団間の遺伝的変異を明らかにし、その保全活動に役立てることを第二の目的とした。

長崎県島原半島北部地域の2003年1月現在のオキチモズク生育状況をまとめると、以下の状況である。

  • (1) 瑞穂町大川:かなり生育(図1)
  • (2) 国見町神代川本流わき用水路:わずかに生育(図2)
  • (3) 国見町神代川支流釜蓋川流入用水路:大量に生育(図3)(木村 2003)
  • (4) 国見町西条川:わずかに生育(図4)
  • (5) 有明町湯江川支流山の田川:わずかに生育(図5)
  • (6) 国見町土黒川:20年以上前より絶滅。糸状体散布・移植試験実行(本研究フィールド)(図6)

図1 島原半島国見町大川生息地

図1 島原半島国見町大川生息地

図2 国見町神代川生育藻体

図2 国見町神代川生育藻体

図3 国見町釜蓋川生育藻体

図3 国見町釜蓋川生育藻体

図4 国見町西条川生育藻体

図4 国見町西条川生育藻体

図5 島原半島有明町山の田川生育藻体

図5 島原半島有明町山の田川生育藻体

図6 国見町土黒川天然記念物指定地(絶滅)

図6 国見町土黒川天然記念物指定地(絶滅)

2. 方法

本研究では、これまでのオキチモズクの室内培養研究の成果(飯間・立野 未発表)から得られている、低光量(500Lux以下)低温(15℃)の至適培養条件下で、長崎県島原半島の生育河川(国見町、神代川、瑞穂町、大川)から採取した天然藻体より胞子を分離し、その発芽体を長崎大学と国見高校の2カ所の培養庫で大量増殖させた(図7、図8)。そして生育河川とそれほど水質に差異がみられないこと(2002年度調査で、大川・神代川・土黒川・土黒西川・山の田川の5地点での数値:アンモニウムNH4※:0.2~1.5mg/l、COD※:0~3mg/l、リン酸塩PO4※:0~0.2mg/l、溶存酸素量:5.6~10.8mg/l、pH:7.1~7.75、※は簡易パックテストによる目安)から、水質汚濁等の環境汚染よりも周辺樹木の伐採による影響により絶滅したと推定される国見町土黒川(文化庁によりオキチモズクの天然記念物指定河川とされているが、ここ十数年間生育が確認されていない)に、局所的に残っている最適生育エリアへの培養藻体散布を行った。さらに他の近接する生育河川(神代川、神代川支流釜蓋川、大川)より天然藻体の移植試験も併せて行い、土黒川でのオキチモズク個体群復元を試みた。

図7 糸状体散布培養容器(植木鉢断片は着生用基質)

図7 糸状体散布培養容器(植木鉢断片は着生用基質)

図8 国見高校における糸状体大量培養

図8 国見高校における糸状体大量培養

一方、以下の長崎県外生育地も含む10産地(現在確認されている日本産オキチモズクのほぼ全ての生育地)から各1個体ずつ藻体を採集し、遺伝子解析(葉緑体ゲノムにコードされているrbcL遺伝子の塩基配列を決定し、サンプル間を比較)を行った。長崎県4産地(有明町湯江川支流山の田川、国見町神代川本流わき用水路、国見町神代川支流釜蓋川、瑞穂町大川)、福岡県1産地(筑後川)、熊本県4産地(熊本市加勢川、七城町木柑子、南小国町満願寺志津川、錦町球磨川わき用水路)、鹿児島県1産地(川辺町清水)。

3. 結果

(1) 培養藻体および他河川生育天然藻体川出し試験

オキチモズクは、夏季に消失し、冬から春にかけて繁茂する季節的消長を示すため、川出し試験は、2002年11月から翌年4月にかけて行った(図9)。しかしながら培養藻体はひ弱であり、天然河川に川出ししてもすぐに基質(植木鉢断片)から流出してしまうことがほとんどで、わずかに1断片にのみ2003年4月末に生育が確認された(図10)が、それも1ヶ月ほどで消失した。

図9 国見高校理科部による土黒川川出し試験(2002年11月)

図9 国見高校理科部による土黒川川出し試験(2002年11月)

図10 土黒川川出し鉢断片で一つだけ生育確認(2003年4月)

図10 土黒川川出し鉢断片で一つだけ生育確認(2003年4月)

2シーズン目の川出し試験も2003年11月から12月にかけて行い、土黒川に流入する日の当たらない用水路にも鉢かけを置いたが、やはり翌2004年2~3月に確認したところ、鉢かけは残っているものの、糸状体もしくはオキチモズク直立体はまったく確認できなかった(図11~図13)。

図11 2シーズン目の土黒川流入水路への川出し(2003年11月)

図11 2シーズン目の土黒川流入水路への川出し(2003年11月)

図12 2シーズン目川出し直後の培養糸状体付着糸状体(2003年11月)

図12 2シーズン目の土黒川川出し直後の培養糸状体付着糸状体(2003年11月)

図13 2シーズン目川出し鉢かけ4ヵ月後(2004年3月培養オキチモズク糸状体消失)

図13 2シーズン目の土黒川川出し鉢かけ4ヵ月後(2004年3月培養オキチモズク糸状体消失)

一方、天然藻体移植試験は、主に大川産藻体を用い、台所の三角コーナー生ゴミ用不織布の袋に入れて流出しないようにしたところ、いずれも3ヶ月間ほどの生育が確認されたが、その後枯死流出した(図14~図17)。

図14 大川天然藻体の土黒川移植試験

図14 大川天然藻体の土黒川移植試験

図15 天然藻体移植2ヵ月後

図15 天然藻体移植2ヵ月後

図16 大川藻体移植3ヵ月後

図16 大川藻体移植3ヵ月後

図17 釜蓋川藻体移植2ヵ月後

図17 釜蓋川藻体移植2ヵ月後

(2) 遺伝子解析試験

上記10産地(サンプル)のオキチモズクのrbcL遺伝子の塩基配列は以下の4タイプにわけられた。

  • 1) 山の田川タイプ: 有明町山の田川、国見町釜蓋川、大川(以上長崎県)、錦町、加勢川、木柑子(以上熊本県)
  • 2) 神代川タイプ: 神代川(長崎県)
  • 3) 志津川タイプ: 志津川(熊本県)
  • 4) 筑後川タイプ: 筑後川(福岡県)、川辺町(鹿児島県)

タイプ間の遺伝的変異は1~3塩基であり、非常にわずかであった。

4. 考察

オキチモズクは、培養条件も非常に限られ、他の藻類に比べはるかに培養が困難でひ弱な種である。かつて地元では祝い事の折には食用とされるほどどこの河川にも繁茂していたにもかかわらず、近年の急激な環境変化で絶滅危惧種となったのも当然と思われる。現在初年度の失敗をふまえて2回目の川出し作業に入ったところであり、毎年同様の作業を繰り返し、かつ地元住民の保護意識を高める必要があると考えられる(地元でも絶滅危惧種であるという認識は希薄である)。

遺伝子解析試験結果から既存のオキチモズクの集団間の遺伝的変異は非常に小さいことが示されたが、他県からの移入は問題があると考えられるため、今後島原半島内の生育河川からへの生育藻体の移植試験も積極的に毎年繰り返し行う必要があると考えられる。かつ培養株や凍結保存株、遺伝子資源の半永久的維持なども万一の事態に備えて行う必要もある。また遺伝子解析の結果は、現在の生育地が成立した時期が比較的最近であることに起因する可能性が示された。しかしながら本研究の遺伝子解析では各集団1個体ずつしか解析をしなかったため、集団内に複数の塩基配列タイプが存在する可能性も考えられる。

追記

2004年3月23日付朝日新聞および同夜放送テレビ朝日系報道番組「ニュースステーション」において、熊本県球磨川水系に私たちのグループが保全研究に取り組んでいるオキチモズクおよびチスジノリの両希少淡水紅藻の大規模な生育が、(財)日本自然保護協会の調査で確認されたことが報道された。熊本県錦町のオキチモズク群落については、オキチモズクグループの1人飯間も、2003年5月に現地で生育確認し、羽生田による遺伝子比較解析の材料としていた。それらは今回の遺伝子比較では差が現れなかったにも関わらず、長崎県島原半島の絶滅寸前のオキチモズク群落に比べ、はるかに大規模で、藻体も長く太く、培養しても成長にかなり差があることが判明してきている。

今後九州各県の群落それぞれの詳細な現地調査、培養研究、遺伝子比較研究をより詳細に行う必要があり、長崎県島原半島のオキチモズクのような風前の灯状態の二の舞にならないよう、国や熊本県に対して強く呼びかける必要があると思われる。

謝辞

本研究を遂行するにあたり研究助成を行って下さり、また代表者飯間の長期病休にともなう研究期間延長を認可して下さった、プロ・ナトゥーラ・ファンドに厚くお礼申し上げます。さらに様々な貴重なご助言をいただいた長崎大学名誉教授右田清治先生、国見町木村キワ先生に感謝いたします。また本研究遂行にご協力いただいた、国見町教育委員会柴崎孝光氏、県立国見高校理科部の皆さん、そして長崎大学環境科学部飯間研究室の卒業研究生立野まどかさん、照屋章子さん、石川由香里さんの3人にも、この場を借りてお礼申し上げます。

引用文献

  • 広瀬弘幸・山岸高旺(編). 1977. 日本淡水藻図鑑:172-173. 内田老鶴圃.
  • 環境庁自然保護局野生生物課(編). 2000.「改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物-レッドデータブック-9 植物Ⅱ(維管束植物以外)」:220.財団法人自然環境研究センター.
  • 木村キワ. 2003. 淡水産紅藻オキチモズク新産地. 長崎県生物学会誌,No.56:72.
  • 熊野茂. 2000. 世界の淡水産紅藻:292. 内田老鶴圃.
  • 熊野茂・香村真徳・新井章吾・佐藤裕司・飯間雅文・洲澤進・洲澤多美枝・羽生田岳昭・三谷譲. 2002. 1995年以降に確認された日本産淡水産紅藻の産地について. 藻類,Vol.50-1:29-36.
  • 右田清治. 1986. 淡水紅藻オキチモズクの室内培養. 長崎大学水産学部研究報告,59:23-28.
  • 右田清治. 1992. III 未栽培有用藻類 三浦昭雄編 食用藻類の栽培:94-111. 恒星社厚生閣.
  • 右田清治・木村キワ. 1995. 淡水産紅藻オキチモズクの島原半島における新産地. 長崎県生物学会誌,No.46:5-9.
  • 右田清治・木村キワ・阪本治. 1999. 紅藻オキチモズク二産地について. 長崎生物学会誌,No.50:10-15.
  • 右田清治・高崎真弓.1991.新産地甘木市の紅藻オキチモズクについて. 長崎大学水産学部研究報告,No.69:1-5.
  • 外山三郎(編). 1957. 長崎県植物誌 長崎県植物分布試料:14. 長崎県理科教育協会.
  • 渡辺博光・碓井利明. 2000.「島原半島のオキチモズクが危ない」~絶滅は避けられそうにない~. 理科会誌 第39号(生物):41-48.
  • 八木繁一・米田勇一. 1940. 淡水産紅藻の一新種オキチモズクについて. 植物分類地理,9:82-86.
  • 山田幸男. 1943. 長崎県下産のチスジノリについて. 植物研究雑誌,19:136-138.