北方四島(国後島)の生態系―陸上動植物相調査―
~動物から見る北方四島の生態系保全:1999~2003年調査結果の概要~
The ecosystem preservation of the northern territories (Kunashiri, Etorofu, Habomai and Shikotan Islands)
from animals - Outline of results on investigations from 1999 to 2003-

著者名Authors

特定非営利活動法人 北の海の動物センターMarine Wildlife Center of JAPAN

大泰司紀之Noriyuki Ohtaishi・ 小林万里Mari Kobayashi

要約Summary

北方四島および周辺海域は第2次世界大戦後、日露間で領土問題の係争地域であったため、約半世紀にわたって研究者すら立ち入れない“世界最後の秘境"とされてきた。査証(ビザ)なしで日露両国民がお互いを訪問する「ビザなし交流」の門戸が、1999年より各種専門家にも開かれたため、長年の課題であった調査が可能になった。

NPO法人 北の海の動物センターでは、1999年から北方四島海域一帯の鯨類と海獣類(トド・アザラシ類・ラッコ)、海鳥類および海洋環境について、「ビザなし専門家交流」の枠を用いて、四島側専門家と共に精度の高い調査を行ってきた。2001年までに一通りの海上調査を終え、2002年、2003年は海上調査にそれぞれ択捉島、国後島の陸上動植物相の調査を加えた結果、陸上には莫大な海の生物資源を自ら持ち込むサケ科魚類(河川の魚)が高密度に自然産卵しており、それを主な餌資源とするヒグマは体サイズが大きく生息密度も高いことが明らかになった。海上と同様、陸上にも原生的「手つかず」の生態系が維持されており、それは海と深い繋がりがあることがわかってきた。

しかし近年、人間活動の拡大、鉱山の開発、密猟や密漁が横行しており、「北方四島」をとりまく状況は変わりつつある。早急に「北方四島」保全のビジョンを準備し、科学的データに基づく保全案が求められている。


Due to the territorial issue between Japan and Russia after World War II, the Northern Territories and their surrounding waters had been“the last frontier"for about half a century, where even researchers could not enter. However, in 1999, various kinds of academics and researchers became able to visit each other's countries without a visa, via participation in the“visa-free exchange program"aimed at Japanese and Russian nationals. Therefore, it became possible to conduct those research which had been continuing issues for a long time.

Since 1999, the Non-Profit Governmental Organization Marine Wildlife Center of Japan has been utilizing this“visa-free exchange program for academics"to conduct an high precision surveys on whales, marine mammals (sea lions, seals and sea otters), seabirds and the marine environment in the waters around the Northern Territories, in collaboration with academics from the region. In 2001, the first stage of the maritime research was completed, and in 2002 and 2003, research on the fauna and flora of Etorofu and Kunashiri Islands was conducted in addition to this maritime research. The results of these researches showed that there is a high density of natural oviposition of salmonids (river fish) which bring extensive amounts of biomass onto dry land, and this leads to the high population density and large body size of brown bears which feed on these salmonids. Hence it is being revealed that a primitive,“intact"ecosystem is maintained not only in the sea but also on dry land, and that there are close links between these two ecosystems.

However, due to the expansion of human activities, mine development and rampant poaching, the surrounding circumstances of the Northern Territories are changing. There is an urgent need for a vision for preserving the Northern Territories to be prepared, with the creation of an evidence-based preservation plan.

1. 北方四島の海洋生態系

日本列島の最北に位置する北海道、特にその道東部と、その北東に連なる北方四島(国後島、択捉島、歯舞群島、色丹島)は、北側にオホーツク海、南側に太平洋に面しており、地理的にも気候的にも連続な生態系である。

北のオホーツク海域は、冬にアムール川から大量の真水が海の表面に流入して急激に冷やされることなどにより、表層は塩分が極端に少なく、下層は塩分が濃い二重構造ができる。その結果、海氷が形成される(青田 1993)。この海域は世界的にみて海氷の南限に位置し(図1)、大陸棚が良く発達していることなどから、海水の鉛直循環、つまり湧昇流がおこる。

図1 北方四島海域周辺の海流と流氷の南限 矢印は海流(細い矢印:寒流、太い矢印:暖流)を、オホーツク海に描かれた点線は、その月の流氷の南限を示す(青田 1993を改変)。

図1 北方四島海域周辺の海流と流氷の南限
矢印は海流(細い矢印:寒流、太い矢印:暖流)を、オホーツク海に描かれた点線は、その月の流氷の南限を示す(青田 1993を改変)。

一方、南の太平洋海側は寒流の親潮と暖流の黒潮の表層大循環同士がぶつかり(図1)、そこにも湧昇流が生じる。その結果、海底の栄養分が表面に運び上げられ、プランクトンの発生を促すために、この海域は、海洋学的に生物生産力が高い海域である。

また、この海域は春先に植物プランクトンが大量発生するスプリングブルームが始まり、秋まで長期間続くことが特徴である(松本・齊藤 未発表データ)。このプランクトンを求めて暖流系、寒流系双方の魚類が莫大な資源量で来遊し、それを餌とする海鳥や海獣類が索餌や繁殖のために集まってくる。北海道東部および北方四島は、生物群集の気候的特性を区分すると、亜寒帯域の南限に、冷温帯域の北限に位置するため、両域の生物群集に利用され、生物多様性が高く保たれている。特に、択捉島には第4次消費者のシャチが定住しており、食物連鎖のより高いピラミッドが形成されている(図2)(加藤 2000)。生物学的に、これらの海域は生物多様性が極めて高い海域である。

図2 北方四島に見られる海洋生態系の模式図(加藤 2000を改変)

図2 北方四島に見られる海洋生態系の模式図(加藤 2000を改変)

2. 動物から見た北方四島

北方四島および周辺海域は第2次世界大戦後、約半世紀にわたって本格的な調査が実施されなかったため、研究者の間では“世界最後の秘境”とされてきた。1998年より、査証(ビザ)なしで日露両国民がお互いを訪問する、「ビザなし交流」の門戸が専門家にも開かれたため、長年の課題であった調査が可能になった。この「ビザなし専門家交流」の枠組みで、当団体はロシア側研究者と共同で調査を行ってきた。1999年~2001年の3年間の4回は、主に海の哺乳類・海鳥の調査、2002年、2003年は、これまでの海の調査に陸上の調査も加えて実施した(図3)。これら一連の調査の結果、この地域には驚くほど原生的な動物群集が復元・保全され、世界で類を見ない豊かな生態系が維持されてきたことがわかってきた。その概要を、動物グループごとに北海道や他地域の比較をまじえて紹介する。

図3 1999年~2001年北方四島調査の概要 地図上に記載されている地名については、本文中または図表に記載されている。

図3 1999年~2001年北方四島調査の概要
地図上に記載されている地名については、本文中または図表に記載されている。

(1) 鯨類

北方四島のオホーツク海沿岸とそれ以外のオホーツク海沿岸でみられる鯨類の発見数について比較した(表1)(Miyashita 1997、加藤・吉田 2003)。ミンククジラ、ツチクジラ、シャチ、イシイルカ、ネズミイルカ、カマイルカ、セミイルカの北方四島海域での発見率は、北方四島以外のオホーツク海側での発見率よりどの種もはるかに高いことが判明した。また、ザトウクジラとマッコウクジラの中型雄が、北方四島のオホーツク海側にも回遊していることが、我々の調査で初めて明らかになった。ツチクジラは、他のオホーツク海域より北方四島海域を本種があえて選択している可能性が示唆された。イシイルカとカマイルカについては、イシイルカが択捉島に、カマイルカは国後島に分布が偏っていることもわかった(図4)。加えて、ミンククジラ、イシイルカ、カマイルカの沿岸分布密度が、他の地域に比べ非常に高かった(加藤・吉田 2002)。これは、これらの鯨類本来の分布のあり方ではないか、と考えられ、他の地域では沿岸を避けている(避けなければならない)状況であると推察される。

以上の結果から、鯨類にとって北方四島海域は、生息域、回遊路、索餌場として重要であり、多様な鯨類に利用されていることが示された。

表1 北方四島海域とそれ以外のオホーツク海の鯨類の発見密度(100マイルごとの頭数/群)の比較

表1 北方四島海域とそれ以外のオホーツク海の鯨類の発見密度(100マイルごとの頭数/群)の比較

図4 海域別鯨類の密度の相違 国後島の太平洋側ではカマイルカ、ミンククジラ、択捉島のオホーツク海側ではイシイルカ、ツチクジラ、マッコウクジラの密度が高いことを示す(加藤・吉田 2002を改変)。

図4 海域別鯨類の密度の相違 
国後島の太平洋側ではカマイルカ、ミンククジラ、択捉島のオホーツク海側ではイシイルカ、ツチクジラ、マッコウクジラの密度が高いことを示す(加藤・吉田 2002を改変)。

(2) 鰭脚類・ラッコ

鰭脚類のトドは、北太平洋に広く分布し、千島列島のほかアリューシャン列島・カムチャッカ半島などに繁殖場がある(Schusterman 1981、Loughlin et al. 1992、Belkin 1966)。トドの上陸場は、繁殖場と非繁殖集団上陸場に大きく分けられ、北方四島や北海道には繁殖場はなく、非繁殖集団上陸場がいくつか存在する。非繁殖集団上陸場は、北方四島には、択捉島の南端のシカラガラシ岬と、歯舞群島のカナクソ岩およびカブト島にあると報告があり(図5)(Belkin 1966,極東海獣類研究グループ 1993)、北海道には日本海側の積丹神威岬と雄冬にある。表2に北方四島におけるトドの個体数をまとめた。季節や観察時間の違いがあるので一概には比較できないが、1960年代には択捉島にはシカラガラシ岬を含め3つの上陸場があったことや、千島列島のトドが1960年代の15,000頭が現在5,000~4,000頭になったこと(Loughlin et al. 1992)から、北海道のみならず北方四島も世界的なトドの減少に連動して上陸場の減少や上陸数の減少がおこっているものと推測される。しかし最近の我々の調査により、北方四島の上陸場で当歳子が確認されていることから、北方四島でも少しながら繁殖している可能性が出てきたことにより、今後北方四島の役割が重要になってくると考えられる。

表2 北方四島におけるトドの個体数(頭)

表2 北方四島におけるトドの個体数(頭)

図5 北方四島におけるトドの上陸場

図5 北方四島におけるトドの上陸場

北方四島にアザラシ類は、主としてゴマフアザラシとゼニガタアザラシが生息する。北方四島でのアザラシの夏期の生息数を示した(表3)。北海道では、2001年現在、北海道道東とえりも岬にゼニガタアザラシが約660頭生息している(中満 2001)。千島列島全体のアザラシ類の分布は、ゴマフアザラシが北部と南部で多く分布し中部で少なく、ゼニガタアザラシは南部で多いとの報告と合わせて考えると、アザラシ類の生息地の中心は北方四島に位置し、その中でも特に歯舞群島および色丹島がアザラシの生息域として重要であると思われる。また、北方四島の各島ごとにゴマフアザラシとゼニガタアザラシにおける夏期の生息地の選択性が示された(図6)。ゴマフアザラシが優勢な場所は、国後島、水晶島、勇留島、志発島、多楽島で、ハルカリモシリ島はどちらが優勢ということもなく、それ以外はゼニガタアザラシが優勢であった。一般にゴマフアザラシは岩礁のない、沿岸が砂洲や浅瀬の所に多く見られ、一方、ゼニガタアザラシは上陸場の多くが岩礁であることから、この両種の利用環境の違いが示唆された。北方四島は、夏期のゴマフアザラシ、ゼニガタアザラシの両種においても重要な生息地であり、ゼニガタアザラシにおいては繁殖も確認されたことから繁殖場としても重要である。

表3 北方四島におけるアザラシ類の個体数(頭)

表3 北方四島におけるアザラシ類の個体数(頭)

図6 北方四島におけるアザラシ類(ゴマフアザラシ、ゼニガタアザラシ)の生息地の選択性の相違 歯舞群島における各島の生息数は( )で示した。

図6 北方四島におけるアザラシ類(ゴマフアザラシ、ゼニガタアザラシ)の生息地の選択性の相違 
歯舞群島における各島の生息数は( )で示した。

ラッコはかつて北太平洋沿岸に帯状に広く分布していたが、18世紀半ばから始まった毛皮目的の捕獲によって絶滅寸前まで追い詰められた。その後の保護により個体数は徐々に回復し千島からカムチャッカ半島南東域、アリューシャン列島からアラスカ、中央カリフォルニアなどの地域に分布している(Kenyon 1969)。北方四島では主に択捉島、歯舞群島でラッコが生息しており、その調査結果を示す(図7、表4)。天候上の都合により、択捉島の一周調査は行われていないが、択捉島における1991年のロシア側の調査と2002年のビザなしでの調査を比較すると、太平洋側で少ないが、オホーツク海側ではほぼ同程度の個体数が確認された。戦前に択捉島のラッコが絶滅寸前まで追いやられたという事実を考えると、個体数の回復は著しい。しかし、ラッコは人間活動の影響が少なく、海氷が来ない太平洋側を好むと考えられ、太平洋側の個体数が少ないのは予断を許さない状況かもしれない。一方歯舞群島では、2001年の我々の調査で、海馬島、カブト島、カナクソ岩、ハルカリモシリ島、秋勇留島、オドケ島の6島でラッコが確認された(北海道大学北方四島グループ 2001a)。その中で親子が確認されたのは、ハルカリモシリ島と海馬島である。1991年までの報告では、歯舞群島のラッコの生息は確認されておらず(Chyupakhina 1991)、1992年に海馬島で親子を含むラッコ7頭を確認(極東海獣類研究グループ 1993)、2000年にはハルカリモシリ島で親子を含む31頭、勇留島で1頭、秋勇留島で1頭が確認されており(「北方四島・海獣類と鳥類専門家交流」派遣実行委員会 2000)、2001年の結果も含めて考えるとハルカリモシリ島が歯舞海域におけるラッコの生息場所の中心であり、繁殖も行われており、歯舞群島の個体数は増加傾向にあると考えられる。近年、北海道でも来遊してくるラッコの目撃情報が増えており(Hattori 2003)、これも歯舞群島の個体数増加に起因しているかもしれない。

図7 歯舞群島におけるラッコの生息地および生息数(北海道大学北方四島グループ 2001aを改変)

図7 歯舞群島におけるラッコの生息地および生息数(北海道大学北方四島グループ 2001aを改変)

表4 択捉島および歯舞群島におけるラッコの個体数(頭)

表4 択捉島および歯舞群島におけるラッコの個体数(頭)

(3) 海鳥

北方四島に出現する海鳥類は、大別して3群:南半球で繁殖し、越冬および索餌の為に飛来してくるミズナギドリ類、北方四島海域で繁殖および生息しているウミスズメ科・ウ科・カモメ科など、北方四島以外の北半球で繁殖し索餌のためにやってくるアホウドリ科、トウゾクカモメ科、シギ科に分かれる。

南半球から4月~9月の時期に越冬および索餌のため飛来してくるミズナギドリ類は、ニュージーランドから飛来した魚食性のハイイロミズナギドリとタスマニアから飛来した動物プランクトン食性であるハシボソミズナギドリが同所的に分布していることが明らかになった(小城 2002)。これは、生物生産力の高い地域に特有な植物プランクトンの長期的な大発生によるものと考えられ、両者にとって好ましい餌生物が同所的に存在していることが示唆された。また、8月末~9月上旬の択捉島調査で、遠洋で観察された海鳥類のほとんどがミズナギドリ類であることも示された(図8、表5)。北方四島海域は、この海域に固有な海鳥類の生息域であるばかりでなく、南半球という遠隔地の生態系に由来する海鳥類にとっても重要な海域であることが明らかになった。

図8 2001年択捉島における遠洋海鳥の観察ルート図8 2001年択捉島における遠洋海鳥の観察ルート

表5 2001年択捉島遠洋におけるミズナギドリ類の割合
調査日 調査時間時間/分 ハシボソミズナギドリ(羽) ハイイロミズナギドリ(羽) アカアシミズナギドリ(羽) ミナミオナガミズナギドリ(羽) 全ミズナギドリ類 全観察海鳥類数(羽)
合計数(羽) 割合(%)
合計 49/55 34,236 1,330 436 2 36,004 92.4 38,962
2001/8/29 7/47 4,562 283 133 1 4,979 79.4 6,272
2001/8/30 7/41 3,505 637 198 0 4,340 94.3 4,600
2001/8/31 4/41 829 137 87 1 1,054 81.5 1,294
2001/9/1 9/16 1,313 228 13 0 1,554 95.7 1,623
2001/9/2 5/15 2,721 37 5 0 2,763 91.0 3,036
2001/9/3 4/42 298 3 0 0 301 58.2 517
2001/9/4 7/39 20,226 5 0 0 20,231 97.5 20,750
2001/9/5 2/55 782 0 0 0 782 89.9 870

データは北海道大学北方四島グループ(2001b)より引用

北方四島海域で繁殖および生息している海鳥類は沿岸性が強いウミスズメ科やウ科に代表されるが、北方四島でも特に歯舞群島・色丹島に多く生息しており、同所的に分布していた(小城 2002)。北海道にも同種が生息するが、その個体数は減少傾向にある。北方四島のウミガラス、エトピリカ、ウトウ、ケイマフリの生息数を示した(表6)。ウミガラスは、北海道の天売島でもかつては4万羽が生息していたが、1960年代ごろから刺し網などの影響で減少し、現在は十数羽に減り絶滅寸前の状態にある。エトピリカは、かつては北海道根室市沖でも約250羽が繁殖していたが、現在では繁殖している総個体数は多く見積もって10~20羽ほどしかいない(小城 1995)。ウトウは年々増加傾向にあるが、1999年の食物不足による大量死が起きて、北海道の天売島で約1万羽が死亡した(小野・佐藤 2000)。ケイマフリの生息数は約700羽と推測されており、個体数が減少している(岡・小城 1995)。その一方で、北方四島にはこれらどの種も多くの個体数が維持され、また繁殖も行われていることが確認された。

以上からも、北方四島は海鳥にとって、越冬、索餌場、繁殖に極めて適した海域である。

表6 北方四島におけるウミスズメ科の生息数(羽)

表6 北方四島におけるウミスズメ科の生息数(羽)

(4) ヒグマ

北方四島には択捉島と国後島にヒグマが生息している。北海道の知床と北方四島の択捉島(蘂取と内保)と国後島(チクニ川と東沸湖)での密度を、のべ踏査距離に対してのヒグマの糞や採食跡数から密度指数を算定し比較した(表7)。その結果、北海道で最もヒグマの密度が高い知床より、北方四島の方がヒグマの生息密度が高いことがわかった。また、足跡の大きさの計測により、北海道よりやや大型の個体が存在すること(特定非営利活動法人 北の海の動物センター 2002)や、6月に観察された個体から、かなり栄養状態が良い個体が多いことが明らかになった(特定非営利活動法人北の海の動物センター 2002)。このことから、特に冬眠前の餌が豊富なこととヒグマが生息可能な場所が保全されていることが推測された。

表7 国後島・択捉島・知床におけるヒグマの密度の比較

表7 国後島・択捉島・知床におけるヒグマの密度の比較

(5) 猛禽類

オジロワシは、北方四島から知床半島にかけて、冬に3,000羽前後がサハリンや沿海州方面から飛来する。北方四島でオオワシの営巣は確認されていないが、オジロワシは国後島・択捉島の海岸線などで繁殖し、春から秋にかけてかなり高密度で生息していた。2002年の択捉島調査ではオジロワシ成鳥137羽、若鳥のべ37羽が確認され、知床半島よりもかなり高い繁殖率を有すると考えられた(表8)。

表8 択捉島におけるオジロワシの繁殖密度

表8 択捉島におけるオジロワシの繁殖密度

一方、シマフクロウは、国後島には70~80羽が生息しているといわれており、面積的には16倍以上もある北海道の約120~150羽と比べると、けた違いの生息密度であることがわかった(「国後シマフクロウ交流訪問団」実行委員会 2000、竹中 1999)。

これらの猛禽類は、北海道と比べ高密度に生息・営巣が確認され、それは漁業者が廃棄する雑魚などに依存しがちな北海道の猛禽類と比べ、川の魚が豊富なこと、また営巣に適した環境や大径木が維持されてきたことに起因すると考えられた。

(6) 淡水魚

ヒグマや猛禽類の餌として重要だと考えられる淡水魚について、北海道の知床と種数について比較した(表9)。北海道には約70種の記録があるにもかかわらず(小宮山 2003)、北方四島の淡水魚の種類数はきわめて低く、純淡水魚や外来種が確認されていないかわりに、「通し回遊魚」特にサケ科の魚類の個体数と種類が北海道に比べて圧倒的に多いことがわかった(小宮山 2003)。ヒグマや猛禽類の豊かな餌としてこれらサケ科魚類の存在が大きいと推測された。

表9 国後島・択捉島・知床の淡水魚の種類数と回遊魚の割合の比較

表9 国後島・択捉島・知床の淡水魚の種類数と回遊魚の割合の比較

(7) 陸と海との繋がり

河川に遡上したサケ科魚類がもたらす海洋由来の栄養分(Marine Derived Nutrients : MDN)が、どれだけ陸上の河畔林に利用されているのかを推定するために、択捉島の2河川と北海道内の道南に位置する遊楽部川、その他4河川のヤナギの葉や種子の安定同位体比を測定した(長坂ほか 2003)。これらの川はシロザケが多く、遊楽部川以外の川ではこれに加えてカラフトマスが遡上し、遊楽部川の支流はその他4河川より、シロザケの産卵後死体の貯留量は多い。その結果、択捉島の2河川は、遊楽部川より最高値が高い傾向がみられた(長坂ほか 2003)。つまり、択捉島の河畔のヤナギは、遡上サケ起源のMDNを吸収しており、このことから海からのエネルギーが陸上の植物にも移行しており、陸と海の生態系が強く繋がっていることが示された。

3. 北方四島の保護区政策とその現状

ここまで、北方四島の生物多様性を、北海道や他の地域との動物の密度の比較や生態系が繋がっていることにより考えてきた。それでは北海道から最も近い北方四島の歯舞群島の貝殻島まで3.7kmしか離れていない場所に、なぜそのような生物多様性が維持されてきたのだろうか。

現在、北方四島における保護区は図のように設定されている(図9)。国立クリリスキー自然保護区は1984年に定められ、コアエリアは国後島の北部と南部からなる地域で、その周りには緩衝区が設けられており、一部海洋の保護区も含んでいる。これら全ての保護区においては、狩猟採取がほぼ全面的に禁止されているほか、コアエリアの立ち入りも禁止されている。国立または州立海洋保護区は沖合1マイルから12マイルの幅で船の立ち入りや網漁が規制されている。このように、北方四島は、旧ソ連(ロシア)によって陸地面積の7割、沿岸海域のほぼ6割が何らかの形で保護されてきた。このため、半世紀以上の年月をかけて原生的な動物群集が見事に復元し、世界でも有数の生物多様性が維持されてきた。特に、北海道では見ることのできない陸上の保護区の周りを海洋保護区として手厚く保全するやり方は、海と陸とを繋ぐ生態系をも維持し、それにより陸だけ海だけのそれぞれの生物群集の単なる足し算以上の多くの生物多様性を生むことになり、大変意義深いものであると考えられた。

このように、北方四島には「原生的生態系」が維持されてきた。しかし近年、近代的漁業の導入、密漁・密猟の横行が深刻化しており、これらの事実を考えると、北方四島の「原生的生態系」は土台の部分から崩れかかっている可能性が否定できない。手遅れにならないうちに手を打つ必要がある。

図9 北方四島の保護区

図9 北方四島の保護区

謝辞

1999年~2003年の各調査は、「ビザなし専門家交流」訪問団の交流の一環として実施され、各データは各訪問団の調査員の方々にご協力頂いた(名前の列記は略す)。「ビザなし専門家交流」を実施するまでに、ロシアサハリン州政府、クリリスキー自然保護区スタッフ、内閣府、外務省、環境省、北海道庁の関係者の皆様に、「ビザなし専門家交流」の現地での運営を助けて下った通訳・医師をはじめ多くの皆様、学術的な記録として貢献下さった朝日新聞社、札幌テレビ放送、東京放送、日本放送協会、北海道新聞社、北海道文化放送、北海道放送、毎日新聞社、読売新聞社(50音順)の皆様に深く御礼申し上げたい。またこれらの調査は、経団連自然保護基金、損保ジャパン環境保全プロジェクト、WWF-ジャパン自然保護助成金、地球環境基金、トヨタ財団研究助成、日本鯨類研究所、日本財団、北海道大学総長裁量経費、PRO NATURA FUND研究助成(50音順)の助成金を受けて実施した。

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