父島のオガサワラオオコウモリの保全生態学的研究An ecological study on Bonin flying foxes on Chichi-jima Island for their conservation.

著者名Authors

オガサワラオオコウモリ研究グル―プResearch group of Bonin flying foxes

稲葉慎Makoto Inaba1)・ 高槻成紀Seiki Takatsuki2)・ 上田恵介Keisuke Ueda3)・ 杉田典正Norimasa Sugita3)・ 藤井章Akira Fujii5)

著者所属Affiliations

  1. 1) 小笠原自然文化研究所:東京都小笠原村父島字宮之浜道
  2. 2) 東京大学総合研究博物館:東京都文京区7-3-1
  3. 3) 立教大学大学院理学研究科:東京都豊島区西池袋3-34-1
  4. 4) 東京大学大学院農学生命科学研究科:東京都文京区本郷7-3-1

要約Summary

オガサワラオオコウモリ父島個体群は2001~2002年にかけて個体数が激減し、絶滅が危惧される状況であることが判明した。しかし生態は未だ不明の点が多い現状であり、実質的な保全策を講じるための基礎情報として本種の生態を明らかにすることが急務となった。そこで本研究では個体数推定、食性調査、行動圏調査を実施し、保全策を講じるための問題点を整理した。2003年度の父島個体群の個体数は90~100個体であると推定され、昨年の推定数より増加し、急速な減少は止まったと考えられた。餌場としては農地が選択的に利用され、また餌の多くは栽培種や帰化種で占められていた。ラジオテレメトリー法を用いて調査した22頭の行動圏は日々変化する餌の状況に影響された。ねぐらは冬季にほぼ同所に集中的に形成された。オガサワラオオコウモリの保全には、まず冬季のねぐらの保全と農業問題の解決が急務であると考えた。


In 2002 we had demonstrated that a population size of Bonin flying foxes on Chichi-jima Island had decreased sharply, which suggested a possibility of their extinction in the near future. In spite of the critical condition, our knowledge on their ecology is too limited to establish a practical conservation plan for the species. In this study, we investigated their population size, food habits, home ranges in order to clarify the problems to be solved. As a result, the number of individuals is estimated from 90 to 100 at present, which is more than that in the last year, from 65 to 80. We consider the rapid decline has stopped. By the result of the analysis on the pellets, most of their diets were domesticated and naturalized plants. The locations of 22 flying fox's home ranges were affected by food condition at each foraging site. They used farmlands frequently. Their roosts located at almost same place in winter, and the roosts were possibly related to the reproductive activity. We concluded that we have to protect their roosts, especially in winter, and solve the problems of an agricultural damage, in order to conserve the Bonin flying fox population.

1. 緒言

オガサワラオオコウモリ Pteropus pselaphon Layard 1829 は、現在父島、母島、および火山列島に生息している。母島では近年の目撃は少なく(稲葉 1999)、火山列島では100個体以上が生息しているようだが(石井 1983、稲葉 2001)、最近の情報はなく、また各島嶼集団間では亜種レベルで異なっている可能性もある。父島には1997年調査当時から150個体ほど生息していることが知られていたが(稲葉 1999)、2002年の調査で80個体以下となり、絶滅の危機が憂慮される状況となった(稲葉ら 2002)。本種については、代表者らにより頭数の推定、食性、およびその行動圏などが徐々に解明されてきたが、まだ不明の点が多く、本種の絶滅を回避するためのアクションをとることが非常に困難な状況にあり、同時に産業問題に直面していることも指摘されている(稲葉ら 2002)。

産業問題としては、本種が果実食であることから農業被害が発生しており、多くの地元農業関係者は本種を害獣としてとらえている。現状では駆除はされていないが、防除ネットにからまる事故などが生じている。また近年オオコウモリ観察者が増加し、日中休息地(以降「ねぐら roost」とする)や餌場への不特定多数の侵入により、オオコウモリが摂食をやめたり、ねぐら放棄などの行動阻害が確認されるようになっている。さらに昨年から集団ねぐら隣接域で宅地開発が始まり、この影響について大変危惧されている。このようにオオコウモリ父島個体群を巡る生息環境は悪化しており、その将来が懸念される。今後オガサワラオオコウモリの保全策を検討する上では、まず本種の生態学的研究を推進することが急務である。

この研究はこのような状況に鑑み、絶滅に瀕したオガサワラオオコウモリの生態を明らかにし、その保全に資することを目的とした。

2. 調査方法

本調査は、小笠原諸島父島列島に属する父島(北緯27度, 東経142度)で実施した(図1)。父島は小笠原諸島最大の島で、南北約7km、東西約4km、面積は約24km2である。

図1 小笠原群島と調査地父島の地図

図1 小笠原群島と調査地父島の地図

(1) 個体数推定

本種は冬期になると一箇所のねぐらに集団化することが知られているため、個体数推定はこの集団ねぐらを中心とした、父島全域の15~20箇所の定点観察による一斉カウント法を用いた(このセンサスは1997年より実施している)。月齢と天気がよい夕刻に、各定点にて目撃個体数、飛翔方向、時間を記録し、それらの情報を地図上に整理し、重複を除した値を推定個体数とした。調査は2003年1~3月に計13日実施し、全調査日の最大推定個体数に他の情報を追加した値を父島個体群の生息数とした。

(2) 捕獲および実験室作業

捕獲は2002年8、10月、2003年1、2、6、8月に実施した。事前に確かめた餌場に飛来する個体を捕獲した。捕獲された個体を各々止まり木をつけた箱に入れて実験室に持ち帰り、外部形態観察と計測、個体識別用体内標識・電波発信機・個体識別用外部標識の装着などを行った(写真1)。作業後すみやかに捕獲した周辺で放獣した。齢区分は、(1) 幼獣(当歳個体):前腕長124mm以下、(2) 雄成獣:睾丸が明らかに降下、(3) 雌成獣:乳首が大きい(厳密には経産個体を表す)、(4) 亜成獣:幼獣と成獣以外の個体とした。

なお、これらの捕獲作業は環境省鳥獣捕獲許可(環南関許第450号、環南関許第03042202号)、文化庁天然記念物現状変更許可(14小笠原教第344号、15小笠原教第258号)を得て行った。

写真1 捕獲したオガサワラオオコウモリの計測作業

写真1 捕獲したオガサワラオオコウモリの計測作業

(3) 行動圏調査

調査期間は2002年10月13~22日(秋季;10日)、2003年2月7~11、13、14、18~20日(冬季;10日)、6月7~11、13~17日(春季;10日)、8月13~17、19~23日(夏季:10日)の4期(計40日)に分け、それぞれ夕刻から明け方まで調査を行った。電波発信機はATS社製M1740(Weight 13g、Dimensions 11×14×42〔mm〕)、周波数は50MHz帯を用い、装着は電池寿命を考慮し秋・冬季と春・夏季の2回実施した。追跡には受信機(AOR社製AR8200)と八木式2素子アンテナ(アルキテック社製)を用いた。定置方探点を中央山山頂と時雨山山頂に設置し、移動方探は2名が各々島内に定めたルートに沿って原動機付自転車で巡回し、受信を確認したら3方位による方向探査を行い、可能な限り目視定位を試みた。各追跡個体の行動面積と移動距離測定は、定位点が十分な個体が少ないことより、最外郭法を用いた。

(4) 食性調査

オオコウモリ類は、果実、葉、花弁を食べると、水溶性成分を吸った後の繊維質や種子などをペレットとしてその場に吐き出すため、その有無が採食の証拠となる(Banack 1998)。夜間調査時にオオコウモリが定位できた地点を中心に5m四方の範囲でペレットの探索を行い、ペレットが発見された場所を「餌場」とした。

植生カテゴリーとして「農地・耕作放棄地」、「集落・造成地・埋立地」、「原生的森林・二次林」、「内水面」の4つに区分して(図2)、各植生カテゴリーの面積率を期待値として、オオコウモリによる利用度から算出したカイ2乗値を用いた信頼区間を比較して、オオコウモリ餌場としての植生カテゴリー選好性を評価した。

図2 父島の植生カテゴリーと未調査領域を示す

図2 父島の植生カテゴリーと未調査領域を示す

3. 結果

(1) 個体数推定

本調査の結果、オガサワラオオコウモリ父島個体群の目撃頭数は、2003年3月24日の87個体が最大であった。集団ねぐらでは最大83個体の利用が確認された。集団ねぐら域以外でのねぐら形成地点は計5地点存在したが、調査日でばらつきがあり確認個体数は0~6個体と少なかった。これらのことより、2002年度のオガサワラオオコウモリ父島個体群は、本調査にて目撃された最大値87個体に、観察精度のばらつきと未調査域を考慮した10%程度を加えた、90~100個体と推定された。1998年度からの結果を合わせて父島個体群推定値の推移を図3に示す。

図3 近年のオガサワラオオコウモリ推定個体数変動。 グラフは各調査年度で推定された個体数の平均を結んだもので、鉛直バーは推定値幅を示す。1998~2002年度結果は稲葉準備中からのデータを使用した。

図3 近年のオガサワラオオコウモリ推定個体数変動。 グラフは各調査年度で推定された個体数の平均を結んだもので、鉛直バーは推定値幅を示す。1998~2002年度結果は稲葉準備中からのデータを使用した。

(2) 捕獲個体の性状

5回の捕獲によって延べ80個体が捕獲された。雄は38個体、雌は42個体(雄/雌比0.905)であった。各月で捕獲された個体の雌雄、齢構成には変化が見られたが、これらの結果については、次年度研究として継続中なので本文では触れない。これらの個体のうち、雄成獣8個体、雄亜成獣2個体、雌成獣5個体、雌亜成獣7個体の計22個体に発信器を装着し、以降の調査を実施した(表1)。

表1 発信機装着個体リスト

表1 発信機装着個体リスト

(3) 行動圏

日中、オオコウモリ類は洞窟や樹洞ではなく森林内樹木にぶら下がり休息する(ねぐら)。秋、春、夏季については各追跡個体は父島内の様々な位置にねぐらを形成したが、冬季は一地域に集団化した。ねぐらの位置は降雨等によって時折変わるが、行動圏調査期間中オオコウモリはねぐらを大きく移動させることはなかった。これらねぐら形成地の環境、季節変化などについては現在も研究中であり、結果は次年度報告に回したい。

移動距離の季節変化については、季節別に平均を取ったものを表2に示した。各季節間の移動距離の差ははっきりとは現れなかったが、夏季に移動距離がやや長い傾向であった。個体P、Q、Vについては定位が少なかったため解析から省いた。行動圏の面積は様々であった(表3)。最も小さいのは秋季の個体Cの0.19km2で、最も大きいのは冬季の個体Iの3.74km2であった。季節ごとに見ると、冬季は行動圏が最も大きかったが移動距離は短く、一方、夏季は移動距離が最も長かったが、行動圏面積は小さくなった。例えば8月13日の個体Qの行動圏の面積が0.11km2、14日の個体Uの行動圏面積は0.001km2と非常に大きな差が見られたが、移動距離は2,220mと2,265.7mで大差なく(図4)、行動圏面積と移動距離に相関は見られなかった。なお、個体P、T、U、Vは定位数が少なかったため解析から省いた。

表2 オガサワラオオコウモリ発信機装着個体の1日の移動距離

表2 オガサワラオオコウモリ発信機装着個体の1日の移動距離

表3 オガサワラオオコウモリ発信機装着個体の行動圏面積(最外郭法)

表3 オガサワラオオコウモリ発信機装着個体の行動面積

図4 個体Q(8月13日)と個体U(同14日)の行動圏

図4 個体Q(8月13日)と個体U(同14日)の行動圏

父島の各植生カテゴリー別に利用度を見ると、調査地内面積のわずか3.3%にすぎない農地・耕作放棄地の利用度が全ての季節について最も高くなっており、また各植生カテゴリーの占める面積を、オオコウモリの利用度の信頼区間と比較したところ、一年を通じて農地・耕作放棄地が最も良く利用されていた(表4)。季節別での農地・耕作放棄地の利用は、春・夏の方が秋・冬よりも高い傾向が見られた。農地に対して原生的森林・二次林は83.8%もの大きな割合を占めていたが、オオコウモリの利用は少なかった。集落・造成地・埋立地は11.9%を占めていたが、ほとんど利用されなかった。農地をよく利用した顕著な例として個体Iの冬のロケーションを図5に示す。個体Iは父島に点在する農地を選択的に利用した。

表4 オオコウモリによる植生カテゴリー別利用度(%)の信頼区間と生息地の選択の評価

表4 オオコウモリによる植生カテゴリー別利用度(%)の信頼区間と生息地の選択の評価

図5 本調査区域での個体Iの冬季の移動点 黒丸が定位点。調査区域は図2参照のこと。

図5 本調査区域での個体Iの冬季の移動点
黒丸が定位点。調査区域は図2参照のこと。

(4) 食性

本調査期間中に確認した餌種は20種で、このうち新たな発見となったのはテンニンカ Rhodomyrtus tomentosa (果実)、ユスラヤシ Archontophoenix alexandrae (果実)、ノヤシ Clinostigma savoryana (葉)、アカギ Bischofia javanica (果実)、パンノキ Artocarpus altilis (果実)の5種であった(表5)。

表5 本調査期間中にペレット確認されたオガサワラオオコウモリの餌種リスト

表5 本調査期間中にペレット確認されたオガサワラオオコウモリの餌種リスト

周年餌利用が見られたのはインドボダイジュ(葉)、キングバナナ(葉)、タコノキ(果実)で、タコノキは秋~冬季は利用が少なかったが、他は比較的継続的な利用が見られた。他果実については結実した際にそれぞれ利用があり、葉については種類によりその利用度は大きく異なった。摂食部位別では果実55%、葉45%、その他5%と葉の利用が高かった。

これら餌種を固有種、広域分布種、外来種・栽培種に3区分すると、種別の利用率はそれぞれ15%、5%、80%と、外来種・栽培種への餌依存が顕著であった。

4. 考察

(1) 父島個体群の生息個体数と繁殖スケジュール

2001~2002年にかけて父島個体群の急速な個体数減少が確認され80個体を下回ったが、本研究での推定個体数は90~100個体と見積もられ、個体数の増加が確認された。少なくとも現時点の減少要因は抑制されており、また捕獲調査により新規加入個体や繁殖可能個体の存在も確かめられた。ただし個体数の減少要因は未だはっきりしない。

ただし、父島個体群の生息数については過小評価している可能性が残された。理由として本調査で延べ80個体を個体識別したが、再捕獲されたのはわずか6個体と再捕率が極めて低かったことである。この点については、1)標識が予想より脱落しやすい、2)一度捕獲された個体は警戒するため極めて捕獲しにくい(この点はオリイオオコウモリなどでも確認されている(金城 私信))の2点は既に明らかであるが、この2点を考慮にいれても再捕率が低く個体数の過小評価の可能性は残される。今後、正確な個体数推定のためにより精度の高い方法を検討する必要がある。

本調査で実施した個体数推定法は1997年よりほぼ同一な方法を用いているので、個体群動態については有効であると考えられる。

(2) ねぐら形成

 ねぐらは原生的森林・二次林に形成されていたが、その環境にあまり傾向が見られず、ねぐら形成環境の選好性については不明であった。

過去の著者らの調査により、ねぐら形成には季節変化があり、冬期の集団化とそれ以外の分散化というパターンが知られていた(稲葉 1999)。本調査結果でも明らかに冬期のみ集団ねぐらが形成された。このねぐら形成の季節変化とその意味については現在も研究継続中であり、結果は次年度報告に回したい。

(3) 行動圏と空間利用

オガサワラオオコウモリの行動圏面積と移動距離には季節性が見られたが、それぞれの相関関係がないという行動的特徴が明らかとなった。各個体の餌場利用様式には特定の傾向は見られず、また元々餌のない場所に人工餌場を設置するとすぐにオオコウモリが飛来したことは、オオコウモリが何らかの方法で日々広い範囲の食物情報を把握し、最も効率的な食物を利用することを示唆する。このような行動パターンは、どうしても移動距離に制約が生じる陸上徘徊性動物と異なり、オオコウモリの場合は移動距離の制約がなく移動が点と点(複数の餌場)を結ぶ行動様式なので、日々変化する各点情報に対応しやすく、行動圏を大きく簡単に変化することが可能だからであろう。

餌場として農地・耕作放棄地が選択的に利用された(表4)。本調査では未調査域(=原生的森林・二次林)が広く、また調査精度が集落地域・農業地域に偏ったものとなり、農地利用度が過大評価されている可能性が高いが、この点を考慮しても農地・耕作放棄地への利用は非常に高い傾向であった。餌場の農地利用頻度が高く森林が低いことは、ねぐら形成パターンとは逆であり、オガサワラオオコウモリの利用する生活空間では両植生カテゴリーが必要であると推察された。

また利用個体数が多くなる質の良い餌場を利用しない個体の存在や、同餌場で頻繁に確認される複数の個体識別された個体の存在など、社会性などの存在も示唆されたが、社会性については今後の課題である。

(4) 食性

本研究において、新たに4科5種の餌を確認できたので、稲葉・小守(1999)の結果に合わせると、オガサワラオオコウモリは18科52種の餌を利用していることが分かった。利用する餌種は在来種・広域分布種よりも、外来種・栽培種に大きく依存していた。またオガサワラオオコウモリの特徴として葉の利用が非常に目立った。本調査や過去の調査ではペレットの有無を餌利用の証拠として採用したため、ペレットが生じない花粉の利用度は過小評価されるが、他の近縁オオコウモリ種と比較しても餌種として葉を利用する頻度は比較的高く、特にインドボダイジュやヤシ類の葉は一年を通じて採食されていた。サモア諸島でオオコウモリ属の食性を研究したBanack(1998)は、大陸のオオコウモリは特定の植物果実を専門的に採食するのに対して、島嶼域の種類は台風などの攪乱で植生が影響を受ける可能性が高いため、より多くの餌種を利用し、また栄養価は低くても供給の安定しやすい葉食が適応的と推察している。

オガサワラオオコウモリもサモアオオコウモリ同様、多くの餌種を確保するために栽培種・帰化種、あるいは葉食を発達させ、島嶼域の変化しやすい環境に応じて、一番良い餌を複数選択するという食性を保有しているとして間違いはないだろう。

(5) 保全検討のために

本研究により、オガサワラオオコウモリが餌場として選択的に農地を利用し、栽培植物を摂食することが明確となった。農作物被害問題については古くから指摘されているが、オオコウモリの行動学的側面からも強く支持され、この問題が一時的、あるいは自然解決する問題ではないことが理解された。これまで小笠原村では行政的な対応は全く行われておらず、農業関係者は泣き寝入りか自衛策を講じているが、ネット絡まりや毒餌による死亡などのオオコウモリ個体群存続に大きな影響を与える事故は定期的に生じている。わずか100個体ほどの個体群の存続を考える場合、農業問題を総括的に解決することが緊急的な課題である。2001~2002年の個体数減少については、オオコウモリの採食特性から考えると餌植物の減少や自然環境変化によるものとは考えにくく、人為的な可能性が指摘されている(稲葉ら 2002)。そのひとつの可能性は農業内の事故である。現状では証拠はないが、農業問題はオガサワラオオコウモリ個体群存続に最も影響があると思われる。

現在集団ねぐら地区の隣接域で小笠原村の集落地開発事業が開始されていて、工事による集団ねぐらの放棄、繁殖阻害、あるいは分譲後に不特定多数の観察者やネコなど捕食性哺乳類がねぐらに侵入する影響など、予断を許さない状況が続いている。オガサワラオオコウモリにとって集団ねぐらの意味がまだ解明されていないため具体的な提言は現段階では難しいが、繁殖との関係が示唆されており集団ねぐらの保全は個体群存続に極めて重要である可能性が高い。集団繁殖地を安全性の高い安定的な場所にするため、立入禁止など管理指針を早急に検討する必要がある。

(6) 今後の課題

本研究によって得られた知見は、今後のオガサワラオオコウモリを保全していく上では欠かせない情報であるが、幾つかの課題が残された。

  1. 1) ねぐら形成地域の選好性と集団ねぐらの意味
  2. 2) 生活史と社会行動に関する知見
  3. 3) 正確な生息個体数とモニタリングの継続
  4. 4) 個体群存続のための具体的なアクションプランの提示

現在、2003年度プロ・ナトゥーラ・ファンドにて、ねぐら域を中心とした行動観察、冬期以外のねぐら域の利用状況調査、生息数モニタリングを継続しており、出来るだけ早く保全のための具体的なアクションプランの提示を目指す。

引用文献

  • Banack, S. A. 1998. Diet selection and resource use by flying foxes. Ecology, 79:1949-1967.
  • 稲葉慎. 1999. オガサワラオオコウモリの父島における分布と個体数. 天然記念物緊急調査(オガサワラオオコウモリ)調査報告書:29-40. 小笠原村教育委員会.
  • 稲葉慎. 2001. 北硫黄島におけるオオコウモリの現況. 北硫黄島生物調査報告書:50-57. 東京都小笠原支庁.
  • 稲葉慎・小守桃世. 1999. オガサワラオオコウモリの食性と摂食行動. 天然記念物緊急調査(オガサワラオオコウモリ)調査報告書:41-63. 小笠原村教育委員会.
  • 稲葉慎・小守桃世・佐藤文彦. 1999. オガサワラオオコウモリによる農作物被害と対策. 天然記念物緊急調査(オガサワラオオコウモリ)調査報告書:75-96. 小笠原村教育委員会.
  • 稲葉慎・高槻成紀・上田恵介・伊澤雅子・鈴木創・堀越和夫. 2002. 個体数が減少したオガサワラオオコウモリ保全のための緊急提言. 保全生態学研究, 7:51-61.
  • 石井信夫. 1983. 南硫黄島の哺乳類. 南硫黄島の自然. 南硫黄島原生自然環境保全地域調査報告書:225-242. 環境庁自然保護局編.
  • Peake, P., L. A. Ward and G. W. Carr. 1996. Gray-headed flying-foxes at the Royal Botanic Gardens, Melbourne:Final report. Ecology Australia Pty. Ltd. Victoria, Australia. 39pp.