中部空港島周辺における底質・底生動物を中心とした水域環境変化に関する研究Influence of Chubu Airport Island reclamation to the bottom sediments and benthos in the surrounding sea area

著者名Authors

空港島周辺海域環境研究会Reserch Group of Environmental Change in the Sea Area of Chubu Airport

西條八束Yatsuka Saijyo1)・ 八木明彦Akihiko Yagi2)・ 梅村麻希Maki Umemura2)・ 寺井久慈Hisayoshi Terai3)・ 川瀬基弘Motohiro Kawase4)・ 松川康夫Yasuo Matsukawa5)・ 佐々木克之Katsuyuki Sasaki5)

著者所属Affiliations

  1. 1) 名古屋大学名誉教授
  2. 2) 名古屋女子大学
  3. 3) 中部大学
  4. 4) 愛知みずほ大学
  5. 5) 前中央水産研究所

要約Summary

伊勢湾東部に建設された空港島および対岸の埋め立てが、周辺水域の環境を悪化させた可能性は高い。日本海洋学会環境問題委員会はその影響を予測していたが、当局側のアセスメントでは、その影響は小さいと述べていた。我々は問題を海底付近の環境にしぼり、空港島の東から南にかけての7点において5回の水質・底質ならびに底生生物の観測を行い、空港建設の環境への影響の解明を試みた。

2003年7月、空港島南側水域の深さ10~15mの3点において、水温・塩分成層が明瞭な時期に、深層の溶存酸素飽和度は50%程度であった。しかし、同年10月、水温・塩分成層が既に明らかでない時期になっても、同じ3点において底泥直上の溶存酸素飽和度は約50%しかなかった。これは底泥表層付近における酸素消費の活発なことを示唆している。

底泥試料は潜水してアクリルパイプを用いて採取し、表層から2.5cmごとに3層に切って、強熱減量(有機物量)、炭素、窒素、リン、全硫黄の分析を行った。当局側は採泥器を用いて採取した深さ約10cmの底泥をよく混合して分析した。我々の表層2.5cmの試料の分析値と当局の分析値を比較してみると、強熱減量の値は大部分の点において、工事開始後の我々の値が高く、特に全硫黄(当局側は硫化物と呼んでいる)においては我々の値は著しく高くなっていた。空港島により流れが遮られ、空港島の東南部において海水の流れが停滞することは予測されていたが、その影響で植物プランクトンなど有機物の沈降量が増え、底層の貧酸素化が進み、無酸素状態になることも増えたと推定される。無酸素状態では、海水中の硫酸イオンが硫化物に還元され、底泥表層の硫黄が増大する。

我々は調査の途中で、底泥の堆積速度を測定すれば、底泥に関する問題点をより明瞭に解析できると考えた。幸いに、その分野の権威である東海大学海洋学部の加藤義久教授が絶大な好意で、鉛210法により空港島南部の底泥を50cmの深さまで1cmごとに年代を測定して下さった。その結果によると底泥表層から25cmまでは、毎年約0.5cmずつ堆積していることが明らかになった。我々は年代測定に使った残りの試料を用い、深さ1cmごとに炭素、窒素、リン、全硫黄を分析した。その結果、表層1cm(約2年分と推定される)のみ、いずれの成分も、それ以深の測定値より明らかに高く、最近2~3年の空港埋立工事の影響をはっきり示していた。

この結果から、当局側の実施していた採泥器による調査方法では約20年間の平均値しか得られず、この2~3年の工事の影響を見るためには、あまり意味のない調査であったことが明らかになった。

底生生物に関しては、空港島すぐ南の地点では、ほとんど影響が認められなかったが、他の大部分の点において、工事開始後、生物の種類数、個体数ともに減少の傾向が著しく、一方で汚染あるいは貧酸素化の指標種とされる底生生物が観察され、特にホトトギスガイが多数見いだされる地点もあった。

以上のように、我々の調査結果は、伊勢湾における空港建設が周辺水域の海底環境を悪化させたことを明瞭に示している。


It is highly probable that reclamations of the area for constructing Chubu Airport and of the opposite shore have deteriorated the environmental condition of the surrounding sea area. The Committee for the Marine Environmental Problems, the Oceanographic Society of Japan, had anticipated this condition. However, the environmental assessment performed by the authorities related to the airport construction had assumed that the influence would be minor.

To clarify the actual condition, our survey from 2002 to 2003 at 7 stations, located from the east to south of the airport island, concentrated on the influences on the bottom environment; water, sediment, and benthos.

In July 2003, when the water temperature and salinity stratified clearly, the dissolved oxygen near the bottom at 3 stations (10 to 15m depth) to the south of the airport island showed about 50% saturation values. In October 2003, although the water temperature and salinity showed no more clear stratification, the dissolved oxygen near the bottom showed comparatively low saturation values of about 50%. This suggests that the oxygen consumption was very high at the bottom surface.

The bottom sediment samples were collected by indigenous fisherman divers using an acrylic pipe. We segmented them into 3 layers, each of which in 2.5cm thickness, and measured the loss on ignition (organic matter), organic carbon, organic nitrogen, total phosphorus, and total sulfur. The authorities had taken the bottom samples using a bottom sampler and obtained samples to about 10cm depth. They had mixed the sample well before the chemical analysis.

The comparison of the analytical data revealed that our data for the loss on ignition showed higher values at most of the stations after the start of the construction. Furthermore, our total sulfur values were remarkably higher than the sulfate values measured by the authorities.

Stagnation of water current to the southeast of the airport, and increases in the organic matter sedimentation, which originates from phytoplankton development etc., had been anticipated. These processes must have promoted the oxygen deficiency near the bottom, and the sulfate ion in seawater was deoxidized to sulfide under anoxic conditions. This may be the reason for high sulfur values at the bottom surface.

During this research, we felt the necessity to know the sedimentation rate in the upper bottom layer. Fortunately, by the generous support of Prof. Yoshihisa Kato, Faculty of Oceanography, Tokai University, we could achieve this measurement that require highly professional technique. The 50cm sample taken from the sea area to the south of airport island were segmented into 1cm, and the yearly sedimentation rate of 0.5cm was obtained by the P210 method. We also determined the carbon, nitrogen, phosphorus, and sulfur concentrations of the same 1cm segments. The obtained values for every element clearly showed that the values for the surface layer of 1cm thickness (corresponds to about 2-years sedimentation) are higher than that for the lower layers. These differences probably reflect the influences of the recent reclamation.

Now, it is very clear that the assessment or monitoring researches carried out by the authorities, using bottom sediment samples of about 10cm thickness, can only indicate the average values of around 20 years. Therefore, their results are almost meaningless to evaluate the influences of the recent construction.

Benthos also generally decreased in species number as well as in biomass. We also obtained indicator benthic organisms that suggest pollutions and oxygen deficiencies. In particular, the occurrence of a large number of Musculista senhousia shellfish at a few stations should be emphasized.

It is now evident that the construction of airport island posed marked negative influences on the bottom environment of the surrounding sea area.

1. はじめに

(1) これまでの予測およびモニタリングの概要

1) 「日本海洋学会海洋環境問題委員会の警告」(1999年)

日本海洋学会海洋環境問題委員会は、「中部国際空港人工島建設の場合」(1999)として、詳しく空港建設による水域環境悪化を予測し警告していた。まず、中部国際空港が建設された場所は、伊勢湾でも特に優れた漁場であった。

その理由は、第一に、湾の奥の木曽三川から流入する多量の真水は、図1のように海水と混ざりながら、湾東岸に沿って南下してくる。その水には名古屋市などから排水として出た多量の栄養分(窒素・リン)も含まれている。したがって常滑沖を流下してくる海水には、その栄養分を使って増えた植物プランクトンが多量に含まれている。

図1 伊勢湾における海水の流れの模式図

図1 伊勢湾における海水の流れの模式図

第二に、伊勢湾の漁業で大きな問題は、図2のように夏になると湾内の大部分で約10mより深い水中の酸素が著しく減少してしまうことである。しかし中部空港が造られた常滑沖には10mより浅い水域が広がっており、夏でも深い層に発達する酸欠状態(貧酸素水塊)の影響をほとんど受けず、アマモ場もあり、伊勢湾の中で生物相が最も豊富な水域であった。しかし、「空港島が作られると、島の遮蔽効果により前後数kmにわたって流れが弱まり、空港島東側の陸地との水道部から南側にわたる広い範囲で泥質や有機物が堆積しやすくなる。特に陸地との距離は1km程度しかなく、水深も浅いため、底質・水質が悪化して底生生物や魚介類の生存にも影響を及ぼす。」と警告していた。

図2 伊勢湾1995年夏季の海底上0.5mの溶存酸素量(mg/L) 黒い部分は酸素量が2.8mg/L以下(貧酸素)の水域

図2 伊勢湾1995年夏季の海底上0.5mの溶存酸素量(mg/L)
黒い部分は酸素量が2.8mg/L以下(貧酸素)の水域

2) 当局側の「環境影響評価結果」(平成11年、1999年)

中部空港株式会社ならびに愛知県(今後略して当局側と呼ぶ)は、工事前に環境影響評価を実施し、空港建設に伴う埋立により、その周辺水域における海の流れの停滞は予測していたが、「空港周辺海域の底層の溶存酸素(DO)が変化するとは考えられない」、「底質もDO を含む水質も変化しないから、底生生物や漁業資源への影響は空港島を埋め立てただけである」と結論付けているが、次に述べる漁業モニタリング調査の結果はこれと異なる。

3) 当局側の「漁業モニタリング調査結果」(平成12~15年、2000~2003年)

常滑沖の浅海域(10m以浅)では、事前調査期間(平成5~8年)は底層(海底上0.5m)で溶存酸素が9月に最低になったが、2.7mg/Lを下回ることはなかった。しかし、工事開始(平成12年7月頃と思われる)以降は8月から9月にかけて、これを下回ることが度々起こるようになり、平成14年8月15日には常滑沿岸に顕著な青潮(苦潮)が発生した(海上保安庁水路部航空機が撮影)。

漁業モニタリング調査結果では、当初この常滑沖浅海域の貧酸素と青潮は沖合の底層で発生した貧酸素水が湧昇したものではないかと考えていたが、空港島と常滑の間の深場で発生した局地的な貧酸素によるものだということを認めざるを得なくなっている。

漁業モニタリング調査によれば、この間、伊勢湾全体の水質は概ね横這いで、底層の貧酸素(2.8mg/L以下)海域の面積も平成7年以降はむしろ漸減傾向なので、伊勢湾全体の富栄養化が進行し、それに応じて常滑沖浅海域に貧酸素が発生したということは考えられない。したがってこの常滑沖浅海域の貧酸素と青潮は、空港島建設による局地的底質悪化が原因と考えざるを得ない。

局地的貧酸素と青潮の発生によって底生動物に影響が出ていると考えられるが、なぜか事前調査結果と漁業モニタリング結果の比較がなされていない。当然、きちんと比較をするべきである。

「平成14年度漁業モニタリング結果」によれば、常滑ではアサリとバカガイの漁獲が平成12年以降一貫して激減している。また小型底引き網調査ではマコガレイ、イシガレイ、マダイ、クロダイ、アイナメ、カサゴ、ハタタテヌメリの漁獲も平成11年以降一貫して減少している。これらの稚魚はアマモ場で育ち、常滑地先には伊勢湾で最大級のアマモ場がある。したがって、これらの魚介類の減少はいずれも常滑沖の局地的な貧酸素と青潮による可能性がある。

(2) 我々自身の調査を始める

我々は当局側の予測、ならびにそのモニタリング結果との不一致に大きな疑問を持ち、空港島・前島埋立工事等の周辺水域の海底付近の環境への影響だけに限って、独自の調査を始めた。  2002年10月から2003年10月まで空港東側の深さ5mより浅い3地点、南側の深さ5m以上10数mまでの4地点、計7地点(図3)で5回の調査を行った。

図3 伊勢湾の中での空港島の位置、ならびに調査地点

図3 伊勢湾の中での空港島の位置、ならびに調査地点

2. 調査地点

空港島と陸地の間の水深3~5mの水域で北からTS4(深度4m)、A9(3m)、A11(5m)の3地点、空港島南部の水深7~13mの水域でK1(11m)、K2(11m)、A10(13m)ならびに中でも特に空港島に近いTS3(7m)の4地点、計7地点で実施した。このうちK1およびK2以外の5地点は、当局側の観測点と一致しており、相互のデータの比較が可能である。

3. 調査方法

(1) 水質

Hydrolabo社の多項目水質計により水深、水温、pH、塩分(電気伝導度)および溶存酸素を深さ1mごとに測定。

(2) 底質

化学分析用の底泥は、潜水してアクリルパイプ(直径5.0cm、長さ50cm)を底泥に打ち込んで採取(1点で3本)。試料は2.5cmごとに3層(0~7.5cm)に切断し、化学分析に供した。強熱減量(650℃)のほか、全炭素、全窒素、および全硫黄はパーキンエルマー社の2400シリーズ2型の元素分析計で測定した。全リンは乾燥試料0.05mgをアルカリ性過硫酸カリウム分解法(オートクレーブ121℃、1時間加圧分解)で処理し、リン酸として定量した。後に述べる年代測定に使用した試料については、1cmごとに深さ25cmまでの25層につき、同様な上記4項目を追加測定した。

(3) ベントス

潜水により底泥30cm×30cm、深さ15cm以内を、各測点で2~3回採集して固定、平均値を求めた。採取した砂泥塊(海底堆積物)を網目1mm四方の篩いにかけ、篩上に残った底生生物の個体数を記録した。また、漁業対象物である貝類への影響を考慮し、軟体動物の種まで同定した。

(4) 年代測定

測点A10(深度13m)で長さ50cmのコアを1cmごとに切断した50層の試料につき水分を測定した後、東海大学加藤義久氏が、炭酸カルシウム量の測定、ならびに鉛210、セシウム137法による年代測定を実施して下さった。

4. 結果と考察

(1) 水質:深層水の溶存酸素の状況

図4に示すように、2003年7月の夏の成層期には、空港島東側から南側のTS3以外のA10ならびにK1、K2において、水温、特に塩分の成層に伴い、溶存酸素も深さと共に減少し、10~14mの海底付近では酸素飽和度が40~50%程度であった。同年10月には、水温・塩分の成層がほとんどなくなっていたにもかかわらず、溶存酸素は海底付近で約50%程度という、夏期に近い低い値であった。これは海底付近の水の流れが弱まり、停滞していることを示唆している。

図4 A10、K2、K1地点における水温(℃)、塩分(‰)、酸素飽和度DO(%)の鉛直分布 (左)A10、(右)K2 2003年7月26日 観測

図4 A10、K2、K1地点における水温(℃)、塩分(‰)、酸素飽和度DO(%)の鉛直分布
(左)A10、(右)K2 2003年7月26日 観測

図4 つづき K1 2003年7月26日 観測

図4 つづき K1 2003年7月26日 観測

図4 つづき (左)A10、(右)K2 2003年10月11日 観測

図4 つづき (左)A10、(右)K2 2003年10月11日 観測

図4 つづき K1 2003年10月11日 観測

図4 つづき K1 2003年10月11日 観測

(2) 底泥の化学成分:特に強熱減量(有機物量)と全硫黄

 我々が調査を開始した段階では、底泥の堆積速度の問題は深く考えていなかったが、空港の埋立工事の底質への影響を見るためには、当局側のように採泥器を使って10cm以上の深さまで採取し、それを混合して分析するのでは、この2年程度の工事の底質への影響を見るのは無理であろうと考え、一応2.5cmごとに3層採取して分析する計画を立て実施した。

その結果、表層2.5cmの試料の強熱減量(有機物量)は、その下の5cm、7.5cm層よりも大きな値を示す場合も見られたが、その違いは明瞭でなかった。しかし表層の測定値を当局側の測定値と比較すると図5のごとく、水道部で最も北のTS4ならびに空港島すぐ南のTS3以外のA9、A10、A11の3点において、工事開始前の測定値と比較して明らかに増加していることが認められた。

図5-1 調査地点の地図

図5-1 調査地点の地図

図5-2 K1、K2、TS3、TS4、A9、A10地点における強熱水量の変化
図5-2 つづき A11地点における強熱水量の変化

図5-2 K1、K2、TS3、TS4、A9、A10、A11地点における強熱減量の変化
黒色は行政側の約10cmの深さの平均値、白色は本調査で得られた2.5cmの深さの平均値(mg/g)、矢印は工事開始の時期

全硫黄についても、2.5cmごとの3層の試料を使って分析した結果では、表層2.5cmの試料の測定値が、その下の2層よりも大きな値を示す場合もあったが、その違いは明瞭でなかった。しかし、表層の測定値を当局側の測定値と比較すると図6のごとく、共通する全ての観測点において、我々の測定値の方が驚くほど大きかった。一方、当局側の値は工事開始後でも、きわめて低い値しか認められなかった。

図6-1 調査地点の地図

図6-1 調査地点の地図

図6-2 K1、K2、TS3、TS4、A9、A10地点における全硫黄(硫化物)の変化
図6-2 つづき A11地点における全硫黄(硫化物)の変化

図6-2 K1、K2、TS3、TS4、A9、A10、A11地点における全硫黄(硫化物)の変化
黒色は行政側の約10cmの深さの平均値、白色は本調査で得られた2.5cmの深さの平均値(mg/g)、矢印は工事開始の時期

1) 硫黄分析法の検討

我々は、硫黄に関する当局側の測定値との著しい違いが、分析法の違いに原因があるのではないかと考えて検討した。硫黄(当局側は硫化物と呼んでいる)の分析法として一般に使われているのは、いわゆる“湿式法”であるのに対し、我々は自動分析計を使っている。この違いを見るために、我々は同じ試料について両方の方法で測定してみた。その結果、最も大きな違いが出る場合でも1.5倍以内であることが確認され、上述の顕著な違いの原因が分析法に関係ないことが明らかになった。

2) 有機物量、特に全硫黄増大の原因

空港島および前島の埋立で遮られ、周辺の流れが停滞することによる植物プランクトンなどの有機物の沈降・堆積量の増加は予測されていたことである。海底への有機物の堆積量が増えれば、分解のあまり進んでいない有機物は微生物などにより急速に分解され、その際、海水中の溶存酸素は消費されて貧酸素化が進行する。観測点の大部分で、夏ばかりでなく10月になっても、海底に近づくにつれて貧酸素化の傾向を示すことは、図4の溶存酸素の測定結果にも示されている。底泥表層付近では、有機物の分解が特に活発で無酸素状態になりやすい。無酸素になると、海水中に豊富にある硫酸イオンは還元されて硫化水素になり、かなりの部分は底泥表層の鉄などと結合して硫化物が形成される。底泥表層付近の全硫黄(当局側では硫化物として表示)が増えたのは、このためと推測される。

(3) 底泥の堆積速度を知る必要性を考え、依頼して測定値を得る

このように調査を進めているうちに、我々は、「毎年どのくらいの厚さの泥が堆積しているか」、を厳密に知る必要性を強く感じるようになった。しかし、どこの研究室でもできるような測定ではない。特別の設備と熟練を要し、一つ一つの試料を測るのも大変な手間である。現場の条件によっては、うまくいかないこともある。

幸いなことに、東海大学海洋学部の加藤義久教授が、ひとかたならぬご好意でこれを引き受けてくださった。鉛210とセシウム137の放射線強度測定による方法であったが、セシウム137による測定はうまくいかず、鉛210法により明瞭な結果が得られた。

使った試料は深さ50cmまでのもので、研究室で1cmごとに切断し、水分(含水率)を測定したものについて年代測定をお願いした。加藤氏はその試料について炭酸カルシウムを測定された後、上記二つの方法で年代測定を実施された。

鉛210法によって得られた測定結果は、図7のごとく、海底表面から25cmくらいまでの深さの泥は、毎年約0.5cmずつの厚みで堆積しており、それより深い層では約0.33cmずつ堆積していた。

図7 空港島南部、A10地点(推進13m)において210Pbex法により測定した堆積速度 2003年4月19日に採取した長さ約50cmの柱状試料を1cmごとに切って測定 含水量(水分)、炭酸カルシウム量も上図に示す(東海大学加藤義久氏原図・私信)

図7 空港島南部、A10地点(推進13m)において210Pbex法により測定した堆積速度
2003年4月19日に採取した長さ約50cmの柱状試料を1cmごとに切って測定 含水量(水分)、炭酸カルシウム量も上図に示す(東海大学加藤義久氏原図・私信)

(4) 底質の追加測定

加藤氏から堆積速度の測定値、特に底泥表層から25cmくらいの深さまでは、毎年約0.5cmという堆積速度が明らかになると、我々は調査法について再検討することが必要になった。底泥表層から2.5cmまでの試料は、約5年間の平均値を示すことになる。

堆積速度が明らかになった時は、既に秋の観測を終わっており、新たな試料の採取は不可能であったが、幸いなことに、加藤氏が年代測定に使った試料の残りがあったため、自動分析計を厳密に調整して、とりあえず底泥表層から深さ25cmまでの1cmごとの試料について、炭素、窒素、リン、硫黄を分析した結果の一部が図8である。

図8 年代測定に用いたA10地点の資料を用いて測定した底泥表層付近の炭素、窒素、リン、全硫黄の深さ1cmごとの変化(単位:mg/g) 炭素、窒素のグラフ
図8 年代測定に用いたA10地点の資料を用いて測定した底泥表層付近の炭素、窒素、リン、全硫黄の深さ1cmごとの変化(単位:mg/g) リン、全硫黄のグラフ

図8 年代測定に用いたA10地点の試料を用いて測定した底泥表層付近の炭素、窒素、リン、全硫黄の深さ1cmごとの変化(単位:mg/g)
いずれも表層のみ特に高い

このデータのうち、炭素、窒素、リンの大部分は有機物を示すと考えて大きな誤りはないと思われるが、硫黄も含めて、いずれの成分も表層1cmの層の値は、それ以深に比べて明らかに大きかった。つまり、この試料を採取した2003年4月までの約2年間に急に増えたことを示しており、2000年5~8月頃に工事がはじまってからの海底環境への影響を明瞭に認められると考えてよいであろう。

この結果から考えて、我々が採取した表層2.5cmの試料の分析結果は、約5年間の平均値に相当すると考えられ、これほどに工事の影響が明瞭に出なかったと思われる。特に、当局側の約10cmの深さと称する試料では、約20年分の平均値しか得られず、最近の2~3年の工事の影響を見るためには、ほとんど意味のない測定であったと言える。おそらく既存のマニュアルに従ったのであろうが、アセスあるいはモニタリングをする時には、その目的と現場の状況を考え、適切な方法で行う必要があることを考えさせられる。

我々としては、2004年度にも、さらに補足的な調査の実施を予定しているが、その際は当然であるが、各測点において底泥の表層から深さ1cmごとについて分析し、今回得られた知見をさらに深めたいと考えている。

(5) 底生生物の調査結果

底生生物の個体数の変動、軟体動物の種別個体数の変動、また、指標性軟体動物から周辺海域の環境状態を考察した。調査結果を表1に示した。特にA9、A10、A11の結果は、空港島建設前の県報告とあわせて表2-1、表2-2、表2-3に示した。

表1 K1、K2、TS3、TS4、A9、A10、A11地点における底生生物の個体数

表1 K1、K2、TS3、TS4、A9、A10、A11地点における底生生物の個体数
表1 つづき

表2-1 A9地点における軟体動物の個体数の経年変化
軟体動物のみ抽出し、県の報告(単位:個体/0.15m2)と比較するため本調査の結果をサンプル数で除して表示した。★ 汚染指標生物

表2-1 A9地点における軟体動物の個体数の経年変化 軟体動物のみ抽出し、県の報告(単位:個体/0.15m2)と比較するため本調査の結果をサンプル数で除して表示した。★ 汚染指標生物

表2-2 A10地点における軟体動物の個体数の経年変化
軟体動物のみ抽出し、県の報告と比較するため前表同様に表示した。

表2-2 A10地点における軟体動物の個体数の経年変化 軟体動物のみ抽出し、県の報告と比較するため前表同様に表示した。

表2-3 A11地点における軟体動物の個体数の経年変化
軟体動物のみ抽出し、県の報告と比較するため前表同様に表示した。★ 汚染指標生物

表2-3 A10地点における軟体動物の個体数の経年変化 軟体動物のみ抽出し、県の報告と比較するため全表同様に表示した。★ 汚染指標生物

K1は底生生物の種類と個体数がきわめて少なく、ゴイサギ、シズクガイ、ヒメシラトリの3種の劣悪な環境に抵抗性をもつ指標種が確認された(山路 1985、山路・島田 1976)。なお、ヒメシラトリは、硫化水素臭を放つヘドロの堆積した矢作川河口干潟で、ホトトギスガイのカーペット状群集とともに生息が確認されている(川瀬 2002)。

このように底生生物の種類と個体数がきわめて少ないことと、指標性二枚貝の中で最も悪い環境に出現するヒメシラトリの産出などから、K1の環境はかなり悪いと考えられた。K2もK1同様に、底生生物の種類・個体数ともにきわめて少なく、底質が硫化水素を含む黒色腐泥を示す指標種であるシズクガイが見られ、特に2003年10月には極端に多くの個体数が認められた。このようにK2の環境はかなり悪いと考えられる。

これに対し、空港島南端に近いTS3はK1、K2に比べ、環形動物の個体数が多く、軟体動物の種類も比較的豊富である。出現したヒメカノコアサリは底質が酸化層の褐色砂泥を示す指標種で(菊池 1975、山路 1985、山路・島田 1976)、海底環境は比較的良好と考えられる。一方、沿岸部で最も北のTS4は、底生生物の種類・個体数ともに比較的豊富であったが、ホトトギスガイ、ヒメシラトリなどの出現を考慮すると、あまり良好な環境でないと示唆された。ただしホトトギスガイは1回目以降激減し、ヒメシラトリも1回目以外は確認されていないので、継続した調査が必要である。

同じく沿岸に近いA9では、環形動物の個体数がやや多く、軟体動物の種類が比較的豊富で、ホトトギスガイ、ヒメシラトリ、マテガイなどの指標種が認められた。マテガイは比較的汚染に強い数少ない干潟生物の1種として知られ(加藤 1996)、以上のことからA9の環境もあまり良好でないと考えられた(表2-1)。

特筆すべきことは2003年10月の観測で、ホトトギスガイの個体数が著しく急増したことである。空港島南部の比較的深いA10では、底生生物の種類・個体数ともに著しく少なく、また空港島建設前の当局の報告と比較すると(表2-2)、貝類の個体数と種類数が激減し、さらにハナムシロ以外の軟体動物は確認されなかった。また、その前年の2002年10月の観測でも貝類は全く見いだされず、わずかな環形動物が得られたにすぎない。このようなことからA10の環境はきわめて悪いと考えられる。

A11は底生生物の種類・個体数ともにやや豊富であったが、空港島建設前の当局の報告と比較し(表2-3)、貝類の種類数が激減する一方、ホトトギスガイの個体数が増加している。ホトトギスガイ、ヒメカノコアサリの2種の指標種により、A11の環境もあまり良好でないと判断された。

 以上、軟体動物を主とする底生生物の個体数・種類数を考慮すると、K1、K2、A10の3地点の環境悪化が著しく、TS4、A9、A11 は、前3点ほどではないが、良好な環境ではないと考えられる。その原因の一つとしてK1、K2、A10の底泥の影響によると推定される。TS3は相対的に良好な環境であると考えられる。

5. むすび

以上の結果を要約すると次のようになる。

  • 今回の調査は、中部空港建設のための埋立工事などの周辺水域の環境に与える影響を、底質、底生生物を中心に実施した。観測は空港島東南側の7点において、2002年10月から2003年10月まで5回行った。
  • 空港南側の底層では、夏季の成層期には溶存酸素飽和度が50%前後まで低下するが、10月の循環期になって塩分成層がほとんど消失した時期にも、底泥直上付近では同程度の低い酸素飽和度が観測され、底層において海水の流れが停滞した影響が示唆された。
  • 底泥表層付近の有機物量(強熱減量)は、工事開始後、明らかに増加の傾向が認められた。特に重要なのは、工事前に比べ全硫黄量の増加がきわめて顕著であり、底泥表層付近の貧酸素化が進み、無酸素条件下における硫化物の生成が活発になったためと考えられる。
  • 東海大学の加藤義久氏の好意で、空港島南側水域における堆積速度、年約0.5cmという値が得られた。このため、同じ試料を用い底泥の深さ1cm(約2年分)ごとに炭素、窒素、リン、全硫黄の分析を行い、表層1cmのみは、いずれの成分も、より下の層より明らかに高い値を示すことが確認された。工事の影響がはっきり示されたと言える。
  • ここで注目すべき問題は、当局側が実施した底質調査結果の意味である。当局側の採泥器により採取した底泥の深さが約10cmとすると、それを混合して分析した測定値は、約20年分の平均値を求めていることになる。従って、この方法を続けている限り、2~3年間という短期間の変化を見るには、ほとんど役に立たないと思われる。
  • 底生生物は空港島南方のすぐ近くの地点以外では、工事開始後、大部分の観測点で種類数、個体数ともに減少の傾向が認められ、環境の悪化を示唆する指標種が出現している場合が多かった。特に、貧酸素化した腐泥域にしばしば見られるホトトギスガイのみが多量に認められるようになった水域もあった。
  • このように空港島・前島埋め立ての周辺海域の海底環境への影響は、流れの停滞、有機物堆積量の増加、それに伴う貧酸素化から無酸素化を示す全硫黄(硫化物)の急激な増加、それらの底生生物への顕著な影響も含め、日本海洋学会環境問題委員会の予測の正しかったことを裏付けるものである。
  • 以上の結果はこれまでの当局側の底泥の化学成分の調査方法がいかに不適切であったかを示している。調査方法の変更が困難な場合は、せめて従来の調査と平行して、より薄い層の採取・分析を行うことが、現状の正しい理解に不可欠と考えられる。

謝辞

東海大学海洋学部の加藤義久教授は絶大な好意で、空港南部調査地点における堆積物の年代測定を実施され、本調査の内容を飛躍的に高めてくださった。深く感謝申し上げる。

引用文献

  • 日本海洋学会環境問題委員会.1999.閉鎖性水域の環境影響評価に関する見解―中部国際空港人工島建設の場合―.海の研究, 8(5):49-357.
  • 愛知県.1999.平成8年度公共用水域水質調査結果(資料編).
  • 中部国際空港株式会社・愛知県企業庁.2001.平成12年度漁業モニタリング調査結果.
  • 愛知県.2002.平成13年度公共用水域水質調査結果.
  • 愛知県.2002.中部国際空港建設事業及び空港島地域開発用地埋立造成事業並びに空港島対岸部埋立造成事業に係わる平成13年度環境監視結果年報.
  • 中部国際空港株式会社・愛知県企業庁.2002.平成13年度漁業モニタリング調査結果.
  • 中部国際空港株式会社・愛知県企業庁.2003.平成14年度漁業モニタリング調査結果.
  • 加藤真.1996.総論:日本における干潟海岸とそこに生息する底生生物の現状.WWWFジャパンサイエンスレポート, 3.
  • 川瀬基弘.2002.矢作川河口域における干潟の底生生物相.矢作川研究, 6: 81-98.矢作川研究所, 豊田市.
  • 菊池泰二.1975.6.環境指標としての底生動物(1)環境と生物指標2.―水界編―(日本生態学会環境問題専門委員会編):255-264.
  • 山路勇.1985.第13章 伊勢湾・三河湾 IV生物.日本全国沿岸海洋誌.東海大学出版会, 東京都.
  • 山路勇・島田道子.1976.伊勢・三河湾における生物相と汚濁環境の関係、伊勢湾における汚濁物質の循環機構に関する調査報告書:249-280.(財)産業公害防止協会.