十津川水系アマゴの集団構造の解析(在来種アマゴの研究保護活動)Population Structure of Amago Salmon (Oncorhynchus masou ishikawae) in Totsu River region

著者名Authors

おんこりんかすOncorhynchus

近藤公乗Koujyo Kondou・ 河添純子Sumiko Kawazoe・ 大島救喜Yasuyosi Ohsima・ 北原嘉廣Yosihiro Kitahara・ 部屋郁夫Ikuo Heya

要約Summary

我々は、十津川水系の在来種アマゴを保護するのに必要な、基礎データを得ることを目的として、制限酵素断片長多型解析を用い、その集団構造を調べた。

十津川水系の枝谷7ヶ所と、養魚場2ヶ所の計9ヶ所から得た165サンプルについて解析を行ったところ、5種の制限酵素について各々2種ずつの多型を得、その組み合わせから5種類のハプロタイプ(I型~V型)に分けることができた。

十津川水系においては、ハプロタイプI型のものが主となっており、特に放流が行われていないと思われる枝谷では、I型のみが確認された。放流の頻度が高い枝谷では、養殖魚と共通なハプロタイプ(II型・III型)のものが見られた。ハプロタイプI型のものは養殖魚には見られなかった。ハプロタイプI型は天然魚と放流魚を識別する指標になると考えられる。そして、このハプロタイプI型のアマゴが十津川の在来種である可能性が高い。


Amago Salmon (Oncorhynchus masou ishikawae) is fresh water fish that is endemic to the western part of Japan. During the last several decades, repeated stocking of nursery Amago Salmon individuals has been taking place without any knowledge of the native population structure, possibly causing the significant disturbance of it. It is an urgent necessity to understand the native Amago Salmon population genetically from the view of conservation biology.

We studied the population structure of Amago Salmon in Totsu River region using restriction fragment length polymorphism of the mitochondrial genome. Out of 165 samples collected at seven points of the branches of Totsu River and two nurseries, five haplotypes (I-V) were identified. Haplotype I is predominant in Totsu River region and no other haplotypes were found in the branches with no record of stocking of nursery individuals. In the branches with repeated stocking, haplotypes II and III were also observed as minor populations. In contrast, haplotype I was never observed in the samples from the nurseries. Our results suggest that haplotype I is diagnostic of the native population of Amago Salmon in Totsu River and may be endemic to this region.

1. はじめに

紀伊半島の中央部を流れる十津川は、源流域が深い渓谷となり、そこにはアマゴやイワナ(キリクチ)などの渓流魚が棲息している。

渓流に棲息するアマゴは、日本に固有の魚種であるが、釣りの対象魚として人気が高く、釣りブームの高まりに伴って、その個体数の減少が心配されている。個体数の減少は、釣りばかりではなく、森林の伐採、林道の開通、堰堤の建設などによる棲息環境の悪化もその要因となっていると思われる。

このような状態にあるアマゴの保護については、その個体数を維持することだけではなく、生物種としての遺伝的多様性を保持することも重要であろう。生物種としての遺伝的多様性の低下は、近交弱勢につながる可能性が考えられる。

近年、保全生物学では、遺伝的多様性の保持機構における超個体群の考え方が重視されている。アマゴにおいても、各河川に形成された固有の局所個体群の間で、10年あるいは 100年の単位で起きる大洪水等により、局所個体群を越えた自由交配が行われ、超個体群を形成することになると思われる。このようして、河川ごとの個々の個体群は、独自の進化の歴史を形成してきたものと思われる。ところが現状では、同じ養殖魚を複数の河川に放流している結果、それらの河川において遺伝的に同じ構成の個体群に変化しつつある可能性が考えられる。

1960年代にアマゴの養殖が始められてから約40年が経過した。最近では、十津川水系においても、毎年20万尾の養殖アマゴの稚魚が、遊漁を目的として放流されている。その一方では、現在までに放流の記録がない支流や枝谷が残っている。しかしこのまま放流が続けられると、養殖魚の系統と在来魚の系統との区別がつかなくなることが予想され、放流事業が水系内におけるアマゴの遺伝的集団構造に影響を与えていることが懸念される。ところが、各河川の在来種アマゴの系統を調べ、それがどこにどれくらい残っているのかを調査した研究はないと思われる。そこで、水系内の各河川には固有の個体群が保存されていることを確認し、集団構造を明らかにする基礎研究が必要とされるのである。そして、遺伝的多様性の保持という考え方に基づき、放流事業を評価・検討し、保護目標を正しく設定することが必要であると思われる。

魚類においても、その集団構造の解析をする上で、変異性に富むミトコンドリアDNA(mtDNA)D-loop領域を対象とした制限酵素切断片長多型(RFLP)が利用され、有益な情報が得られている。アマゴの外見的特徴からは、生息する河川ごとの系統を分類することは難しく、何らかの識別する指標が必要となり、そのためにRFLPは有効な方法であると思われる。

2. 目的

十津川水系アマゴの在来種を保護するための基礎研究として、アマゴのmtDNAについてRFLP解析を行い、十津川水系内に棲息する天然魚個体群および放流されている養殖魚個体群について遺伝的集団構造を明らかにする。

3. 分析方法

(1) サンプリング

サンプルは、2000年 9月および、2001年 3月~9月に、下記の各地点(位置は図1を参照、(1)~(9)は地図に示す番号に一致している)で、釣法により採取した。( )内は試料とした個体数である。

十津川支流神納川枝谷、 (1) 山手谷-21、 (2) 桜股-8、 (3) 南股-24、 (4) 小井谷-10、 (5) 榎谷-13

同じく支流芦廼瀬川枝谷、 (6) 白谷-22

同じく支流川原樋川枝谷、 (7) ナベワリ谷-29、の7カ所である。

また、放流される稚魚と同じく (8) 十津川漁協養魚場で生産された成魚-20、および比較検討のため兵庫県佐用郡南光町 (9) 芦谷養魚場の成魚-18を分析対象とした。

以上分析対象魚は165尾である。

対象魚より、滅菌済の注射器で血液を採取し、その50~100µlをTNES-Urea保存液(DNA抽出用溶解液 10mM Tris-HCl;125mM NaCl;10mM EDTA;0.5% SDS;4M Urea)700µlに保存した。また、一部の対象魚では片側の胸鰭を切り取り、同じ保存液に保存した。

図1 十津川水系とサンプル採集地点

図1 十津川水系とサンプル採集地点

(1)~(7)は枝谷の位置、(8)・(9)は養魚場の位置を示す。

(2) DNAの抽出

保存液の試料を、プロテナーゼKで処理後フェノール・クロロホルム法による抽出と、キアゲン社のDNAeasy Tissue Kit による抽出を併用した。

(3) RFLP対象領域のPCR

DNAデーターベースより得た硬骨魚類のmtDNA塩基配列を参考に、アマゴのmtDNAのD-loop領域から12SrRNA領域までを含む約2Kbpの部分を増幅できる混合プライマーを設計し、PCRの後、得られたPCR産物をクローニングし、シーケンスを決定した。この塩基配列データーからRFLPの対象とする領域をPCRで増幅できるプライマーを再度設計した。塩基配列を次に示す。

  • KK3 5'-CCCTAGTGCTCAGAGAGAGGAGATT-3'
  • KK4 5'-CCAAGCGCACCTTCCGGTACACTTA-3'

RFLP対象領域を増幅するPCRは下記の反応液で行い、94℃5分間のプレヒーティング(ホットスタート)の後、94℃1分~60℃2分~72℃2分のサイクルを30回繰り返した。

  • 10倍PCRバッファー 5µl
  • プライマーKK3(0.1 mM) 0.5µl
  • プライマーKK4(0.1 mM) 0.5µl
  • Taqポリメラーゼ 0.5µl
  • DNA溶液 5µl
  • dNTP Mixture 4µl
  • DDW 34.5µl

(4) 制限酵素処理

PCR反応液を電気泳動し、増幅を確認した後、制限酵素で処理を行った。使用した制限酵素は次の18種である。

Aci I、Alu I、Bfa I、BstU I、Dde I、Fnu4H I、Hae III、Hha I、Hinf I、Mbo I、Mse I、Msp I、Nla III、Rsa I、Sau96 I、ScrF I、Taq I、Tsp509 I

制限酵素処理反応は、PCR反応液5µlにバッファーと滅菌水(DDW)を加え、制限酵素が2U/10µlとなるように調整し、全量10µlとし、制限酵素に添付の条件下で行った。

(5) 電気泳動

制限酵素処理反応液を電気泳動(バイオ・ラッド社製Ampli Sizeグレードアガロースを使って、エチジウムブロマイド染色を行った)したものをポラロイド撮影し、各個体の切断型を調べた。

(6) RFLP対象領域のシーケンス作成

制限酵素での切断パターン確認のため、水系より得たアマゴ(榎谷1個体・南股2個体・山手谷1個体)の4サンプル分と養殖魚(芦谷養殖魚)の1サンプル分について、RFLP対象領域のDNA塩基配列を決定した。

4. 結果

(1) 制限酵素断片長多型

18種の制限酵素で切断した結果、5種のもの(Hae III、Mse I、Sau96 I、ScrF I、Tsp509 I)について、各々A、B2種ずつの多型が得られた(図2)。

各サンプルについて制限酵素で処理した結果、この多型の組み合わせは5種類のみであり、I型~V型の5種のハプロタイプとした(表1)。

図2 制限酵素断片長多型

図2 制限酵素断片長多型

表1 ハプロタイプの設定

表1 ハプロタイプの設定

(2) 各調査地点の結果

各試料採集地点ごとのハプロタイプの出現割合を表2に示す。表中の数値は上段が個体数であり下段が百分率である。また、百分率をグラフにしたものを図3に示す。

水系内で採取したアマゴ127尾のうちハプロタイプI型のものが120尾と多数を占めた。放流に使用している養殖魚ではハプロタイプI型の個体は見つからなかった。放流が行われている枝谷(桜股・小井谷・ナベワリ谷)では養殖魚と同じハプロタイプII型・III型の個体が見られた。

表2 地点別ハプロタイプの個体数と割合

表2 地点別ハプロタイプの個体数と割合

(1)~(9)は地図中の番号に一致している。上段は個体数、下段( )内は%。

図3 地点別ハプロタイプ出現頻度グラフ

図3 地点別ハプロタイプ出現頻度グラフ

(3) シーケンス結果

水系内より得た4サンプルについては全てハプロタイプI型のものであり、これらの間ではその塩基配列に変異は全く認められなかった。芦谷養魚場のサンプルはハプロタイプII型のものであったが、水系内のサンプルと2カ所の塩基が異なっているだけであった(図4)。12S領域の配列に見られた違いの箇所が制限酵素ScrFIの認識サイトであったことからハプロタイプI型を識別できたものと思われる。

図4 RFLP対象領域の塩基配列(一部)

図4 RFLP対象領域の塩基配列(一部)

5. 考察とまとめ

(1) 十津川水系在来魚の系統について

十津川本流や神納川本流では養殖魚が繰り返し放流されている。

今回調査した枝谷のうち、南股・白谷はこれまでに放流の記録はない。小井谷・榎谷・ナベワリ谷については、最源流域には放流されたことがないが、サンプル魚を得た流域には毎年あるいは2~3年毎に一回程度放流されている。

南股と白谷には複数の滝や堰堤があり、そこに棲息する個体群は、放流が行われている本流の個体群とは隔離されていると考えられる。だから放流記録がないこの二つの谷には、養殖魚が棲息しているとは考えられない。この二つの谷でハプロタイプI型のものしか得られなかったこと、および、各採集地点における主要なハプロタイプがI型であることから、十津川の在来種はハプロタイプI型のものであると思われる。

放流履歴のある小井谷・ナベワリ谷では、ハプロタイプI型の在来種の個体群が棲息するところにハプロタイプII型・III型の養殖魚が放流された結果、複数のハプロタイプのものが混在する個体群が形成されたものと思われる。

十津川水系ではハプロタイプI型の在来種アマゴはたくさん残っているものと思われるが、養殖魚の放流が行われている水域では、しだいに在来魚集団に養殖魚が加わり、遺伝的にも変化しているものと思われる。

(2) 放流された養殖魚について

放流に使用している養殖魚には、ハプロタイプI型のものはなく、この点で養殖魚と在来種を分けることが可能となるだろう。放流量の多い枝谷を含め、各採集地点における養殖魚と同じハプロタイプ個体の割合が小さいこと、そして放流経歴のある榎谷で養殖魚と同じハプロタイプのものが得られなかったことは、放流された養殖魚の生存率と繁殖率が低いことを示唆している。

(3) 養殖魚の枝谷への移動について

山手谷と桜股は、距離も近く、流程、水量ともによく似た小渓である。養殖魚と同じハプロタイプの個体が山手谷では見られず、桜股では見られる。これは、山手谷では神納川本流との合流点が3m程度の滝になっており本流に放流された魚が遡上できないのに対して、桜股には滝がないので遡上していることによるものと考えられる。

(4) 放流活動について

今回の調査によって、十津川の在来魚と放流される養殖魚とが、系統の異なる個体群であることが確認された。在来魚を保護するためには、在来種系統の遺伝的錯乱を起こさないようにしなければならない。このためには、在来種個体群が棲息する源流域に養殖魚を放流しないことが必要であると思われる。そして、釣りを楽しむために養殖魚を放流する流域(本流域と放流アマゴが遡上可能な枝谷)と天然魚を保護する流域(放流が行われる流域から隔離された源流域)を分けておくことが必要であると思われる。

(5) 今後の課題について

調査を始める段階では、十津川水系の各支流・各枝谷に棲息するアマゴはそれぞれが隔離された集団であり、それぞれが系統の異なる個体群であるものと予想した。ところが、今回のRFLP解析では系統の違いを見つけることはできなかった。またシーケンスの結果からみても、ハプロタイプI型の4個体群間では、RFLP対象領域内の塩基配列に変異は全くなく、在来種アマゴ個体群は遺伝的に均質な集団ではないかと思われる。今後我々は、この点についてより詳細な検討をマイクロサテライト等の分子生物学的解析を用いて行なって、十津川水系のアマゴの集団構造を明らかにし、なぜこのような集団構造ができあがったのか、そしてどうやってこの構造が維持されているのかを解明していきたい。

また、個体の計測調査(全長、標準体長、背鰭鰭条数、臀鰭鰭条数、左体側のパーマーク数・朱点数・側線下黒点数について記録している)も併行して行なっている。これに関してはデーター量を増やし、今後解析を進めて行きたいと思っている。

6. おわりに

私たちは、大阪府の泉南地域に在住する山歩きと渓流釣を愛好する者を中心にした集まりです。釣りのホームグランドにしている十津川(新宮川または熊野川とも呼ばれる)の支流神納川で、4年前より十津川漁協の行う稚魚放流に参加し、遊漁によって個体数の減少したと思われる流域や、アマゴの棲息が認められないか、非常に数の少ない源流域に、提供を受けた稚魚を運んで放流をしています。

しかしながら私たちは、放流という行為がアマゴの遺伝的集団構造に影響を与え、近交弱勢につながることを心配していました。そもそも私たちは、十津川アマゴと呼べる系統が存在するのか、各支流ごとに生息するアマゴが遺伝的に異なったものなのかどうか、どのような集団構造をしているのかを知らなかったのです。

こんな時に、私たちは職場の近くにあります京都大学原子炉研究所(大阪府泉南郡熊取町)粒子線生命研究室を訪問する機会に恵まれ、研究室の先生方よりDNAの分子系統解析を使って遺伝的集団構造を調べることができる可能性があることを教えていただきました。そして、もし私たちが調査研究をするなら、御協力いただけることになりました。そこで、十津川水系のアマゴの遺伝的集団構造を解析し、放流活動の評価につなげたいと考え、2年前から研究を始めたのです。

私たちメンバーはそれぞれに仕事を持ち、その合間をぬっての研究であり、多額の費用も必要なので数年以上はかかるものと思っていました。しかし、助成を受けられたおかげで短期間にここまでのことができました。今回の助成に対して深く感謝します。今後も少しずつ調査・研究を進め、十津川の在来種アマゴの保護に協力していきたいと思っています。

最後に、実験室を使わせていただいた京都大学原子炉研究所粒子線生命研究室の皆さんに心よりお礼を申し上げます。特に、実験方法の初歩から御指導いただき、数々のアドバイスをいただいた安平進士先生にお礼を申し上げます。仕事を終えてから実験に行くために、終わるのが深夜になったことも度々ありました。お付き合いいただき本当に有り難うございました。

また、近畿大学農学部の細谷和海先生・小林徹先生にも御助言いただきましたことを感謝いたします。

そして、十津川の昔話を聞かせていただき、放流の経歴情報なども教えていただきました十津川民宿「たまや」の中南義弘氏にもお礼を申し上げます。

7. 参考文献

  • 細谷和海. 1998. 「生物多様性を考慮した淡水魚保護」講演記録,リバーフロント研究所.
  • (社)日本水産資源保護協会. 1999. 「水産生物の遺伝的多様性の評価、及び保存に関する技術マニュアル」.
  • 青木宙・隆島史夫・平野哲也編. 1997. 「魚類のDNA-分子遺伝学的アプローチ」,恒星社厚生閣.