屋久島に移入されたタヌキの定着化の過程Early colonization process of the racoon-dogs (Nyctereutes procyonoides) introduced into Yakushima Island

著者名Authors

屋久島タヌキ緊急調査ぐるーぷEmergency Research Group on the introduced racoon-dogs on Yakushima

代表 田川日出夫Hideo Tagawa1)・ 大塚閏一Junichi Ohtsuka2)・ 東滋Shigeru Azuma2)・ 塩谷克典Katsunori Shioya2)・ 鮫島正道Masamichi Samejima3)・ 持原道子Michiko Mochihara4)・ 牧瀬一郎Ichiro Makise5)・ 曽根晃一Koichi Sone6)・ 山本勝也Katsuya Yamamoto7)・ 木下大然Daizen Kinoshita7)・ 畠山信Shin Hatakeyama7)・ 水野明紀Akinori Mizuno7)・ 大山勇作Yusaku Ohyama7)・ 羽山伸一Shinichi Hayama8)・ 福江佑子Yuko Fukue9)・ 池田啓Hiroshi Ikeda10)

著者所属Affiliations

  1. 1) 屋久島環境文化研修センター
    Director, Yakushima Env. Cult. Lear. Center
  2. 2) 鹿児島県環境技術協会
    Found. Kagoshima Env. Res. & Service
  3. 3) 第一幼児教育短期大学
    Daiichi Coll. Child. Edu.
  4. 4) 屋久島野外活動総合センター
    YNAC, Yakushima
  5. 5) 屋久島山岳会
    AC, Yakushima
  6. 6) 鹿児島大学
    Kagoshima Univ.
  7. 7) 屋久島ガイド協議会
    Yakushima Guide Union
  8. 8) 日本獣医畜産大学
    Nip. Vet. & Anim. Sci. Univ.
  9. 9) 東京農工大学
    Tokyo Univ. Agr. & Tech.
  10. 10) 姫路工業大学
    Himeji Univ. Tech.

要約Summary

これまで生息しなかったタヌキが目撃されるようになった屋久島では、捕食者の不在と好適な生息環境の下で急速に増殖・定着化する可能性が予見された。早急な対処が必要であるが、そのために必要なこの新しい土地での生態はまったく不明であった。このギャップをできるだけ埋めようとしたのが、今回の調査である。島内での目撃情報を収集した結果、(1) 移入は数年~10年前で、(2) 移入後 数年は停滞的に推移し分布も限られていたが、(3) 1996年以降爆発的増加に転じ、1999年以降島内の低地部をとりまくように分布していることが、判った。目撃チャンスが一定と仮定して生息個体数の1年あたりの増加倍率(eλ)を求め[2.4-2.9]、現在の個体数を468-1,560頭と推定した。試験的捕獲によると、捕獲効率は低く0.01頭/TN前後である。また、生物的自然への影響予測のため、いくらかの調査をおこなった。


No informations have been available on the present status of the racoon-dogs(Nyctereutes procyonoides), apparently recently introduced onto Yakushima Island. In view of their potential threat to the Yakushima Ecosystem, timely counter-measures are to be taken and filling the existing gap in informations would help substantiate this. The records of sighting/encounters, finding of dead animals or their traces, intensively accumulated through interviews, have revealed expansion of distribution-area and fairly constant rise in the annual sightings. Chances being equal, this would show the rate of incease in the animal numbers; 2.4 ~2.9 times per year, for the past 4 years, following the incipient stagnant years. The standing population as of Spring of 2001, was enumerated at 500~1600, using the rate of increase. The trapping success was found fairly low, around 1 per 100 trap-nights in the high density area. Consequently, the estimation of density by removal-method and that of litter-sizes by dissection of female reproductive tracts were not feasible yet. Some discussions are made on the possible ecological consequences and problem underlining the management of this invading carnivore species.

はじめに

屋久島は、九州から南西諸島をへて台湾につながる島弧のなかで、2,000m近い山岳をもつ唯一の島であること、暖温帯と亜熱帯との境目に位置し、暖温帯下部から亜寒帯にわたる気候傾度をもつことなどから、豊かな生物相をもっている。

植物・無脊椎動物・両生類についてはそうだが、哺乳類ではむしろフォーナは貧しい。全部で13種、有蹄類ではヤクシカ1種だけ、食肉類ではコイタチ1種だけで、クマ・キツネ・タヌキ・アナグマ・テン・その他のイタチの仲間を欠いている。この島にもともといなかったタヌキが持ち込まれたらしく、現在急激な増加・定着のプロセスが進行中である。移入されたのは数年前であるようで、今はまだ定着化の初期の段階にあると思われる。タヌキは本土にも生息する種であるが、島という環境に移入されたとき、定着化・増殖の過程でときに破壊的な影響をもたらす可能性がある。2000年度の調査で明らかになった状況を報告し、今後のタヌキの増殖が屋久島の生物的自然や地域社会にあたえる影響や生態系 = 野生生物管理の上での問題点についてふれる。

1. 生息状況

(1) 目撃情報

2000年2月から、島内在住のナチュラリスト数人が中心になって、タヌキの目撃情報を集め、記録することを始めた。5月にはヤク・ダヌキの会が結成され島内全体を対象に各戸配布によるアンケート調査を企画し、関係機関(世界遺産センターと地元両町)に相談しているがまだ動きがない。

今回用いるデータは同会と共同で集積し得たもので、たまたま耳にした目撃の伝聞を、直接の目撃者までたどり、面接して状況を記録したデータ・シート(=初期情報カード)に基づいている。面接のとき、目撃者に過去の目撃例の全てを聞いたため、この資料に年次変化を語らせることができる。

2000年末までの期間に、タヌキを目撃―姿を目撃・死体を見た・わなで捕獲/銃殺した・痕跡があったなどを含む―した人の総数は67人で、171回の目撃、目撃頭数は191にのぼる。悉皆調査ではないのでもれおちはあるだろう。この資料の範囲でみるかぎり、最初の目撃例は1992-3年の冬にさかのぼる。

(2) 分布と分布拡大 (図1)

1996年までの3-4年間に5例の目撃例があるが、分布は島の北部-西部に限られていた。このうち4例までが猟友会会員によるものである。

図1 タヌキの目撃情報に基づく分布拡大

図1 タヌキの目撃情報に基づく分布拡大
The expansion of distribution of the racoon-dogs based on the locations of sighting

1999年以降分布は急激に拡大した。

1997-98年の目撃地点の分布は北西部の吉田―永田と西部林道、そして南西部の栗生で、分布はその前の時期と変わらない。しかし、狩猟者以外の一般の人たちにも目撃されるようになる。この時点で、南西部の栗生での1例を除くと、南側の屋久町の領域の低地部や、上屋久町の東部からは、まったく目撃例はでてこなかった。

1999年になると、島の南部―南東部―東部にも点々と目撃例がでてくるようになる。こうして、この2年で分布は一挙に島のほぼ全周をとりまくようになる。

「最近になって、また、だれかがタヌキを撒いて歩いたのでは」という人がある。それほど、この分布の拡大の様相は普通ではない。しかし、おそらく北西部の集中域で生まれた亜成獣が、長距離の分散をすることによってひき起された可能性が大きい。このとき、分散距離が28kmであればこれだけの分布拡大に十分である。ちなみに、フィンランド南部でのタヌキの分布前線の拡大速度は年々40kmであったというデータがある(Helle & Kauhala 1987)。まだ確かめられたわけではないが、タヌキでは亜成獣の少なくとも或る部分は、長距離の分散をするという習性をもつと予想されるが、確認は今後の課題である。

そういえば、初期の3-4年間の発見点の分布そのものが、かなり広く、両端のあいだの距離は32km(一周道路にそって)であった。密度の低かった初期から今日まで、おなじ分散のメカニズムが働いていたことを示唆するのかもしれない。

(3) 増加速度

171例の目撃例のうち、151例については年次が判っている(表1)。

表1 年度毎の目撃件数・目撃頭数
Yearly increase in the number of sightings/animals sighted of racoon-dogs in Yakushima

表1 年度毎の目撃件数・目撃頭数

「もし、発見の機会にかかわる人間活動が、この期間に年々一定であれば、目撃数は個体数に比例する」。人間活動一定の証明は容易ではないが、島に住む人々の感触ではありそうなことではある。 データからみると目撃時の状況は、(1) 夜間車で通行中(ほとんどが県道上)[50%]、(2) イヌを放して散歩をさせていて[16%]、(3) 捕獲おり[8%…うち肉餌3例2%]、 (4) 交通事故死体 [5%]、(5) 鶏小屋を荒らされた[3%]などである。これらに関係する人間活動のなかで、最近数年に年々倍増したものはなく、これは消極的ながらひとつの支持となるであろう。

1996年までは目撃数は年1-2件の横ばい状態で経過する。目撃数が増加に転ずるのは1997年からこちら、最近の4年間である。

表2 増加率の計算
Calculation of the rate of increase of cases of sightings, which may be proportional to the abundance of the racoon-dogs

表2 増加率の計算

研究者による夜間調査活動時の目撃は特定年度にかたよるので除外した。2年度にまたがるが年度を特定できないTK氏 (10件)とIT氏(6件)の目撃は、1:2.3 の比で比例配分した。

増加率(表2)について見るうえで、留保しておかねばならぬ点が2つある:1996年の目撃数は0か1、つまり96年か95年のどちらかわからない。さらに、年未詳の目撃例3例があり、98年より前である。次に、2000年度の例数はさらに上積みされることが確実である:3年連年平均増加倍率の2.39, 2.48は過小推定である可能性が大きい。両端が確定する97-99の2年連年平均は2.83-2.90という高い値になる。実現している増加倍率はこのふたつの値の間にあるとみてよいであろう。

増加倍率はコンスタントではなく、この4年間に漸減しているようにもみえる。しかしこれは上に述べたようなデータの現状に依存したみかけの傾向である可能性がある。もし1996年にもう1例が落ち、2000年が今後上積みされることになれば、増加率はほぼコンスタントに近づき、安定増加を示すことにもなりうる。どんなモデルをあてるかは、もう少し検討が必要である。

いずれにしても、連年平均増加倍率が2.4ないし2.9という非常に高い値が得られたことは、気持ちのよいことではない。ちなみに、2000年度から除去捕獲が始まった奄美大島のジャワマングースの増加倍率は約1.3倍/年と推定されている(鹿児島県 1999)。屋久島の移入タヌキの増加率はこれと比べても格段に大きく、特別の注意が必要である。

(4) 個体数の見積り

移入の歴史が短く、パラメータの可能な生起範囲は狭いので、増加率を用いて、現在の個体数を見積もることがまがりなりにも可能である。

低迷期の増加倍率を1.5~2.0、当初移入個体(ファウンダー)の個体数を2または4と仮定すると、個体数のたちあがり(1996年)時点での個体数は10~32。1997年のそれは25~93になる。97年の数値から(生息個体数/目撃数)の比[=発見率の逆数]として6~23が得られる。以後生息個体数は目撃数に比例して増加するものとすれば、2001年出産期当初の個体数は、468~1,560(幾何平均=854)と見積もられた。

(5) 予測

現在では、タヌキの分布はパッチ状に定着域ができた状態であろうと思われる。爆発的増殖はまだ続くだろう。個体数の増加は3年で10倍を超す(13~24倍)と計算される。屋久島の人家、耕地がある低地部はおよそ100km2であるから、これまでホンドタヌキで知られた最高密度100頭/sq.km(長崎県高島:Ikeda 1982)をあてると、屋久島の低地部を占めるであろう個体数は1万頭になる。しかもこの程度の密度に達するのに要する時間は約3年で十分であることを既に見た。

分布は今はまだおそらく低地部が中心だが、そのうちに中央部の山地の森にも侵入・定着するものがでてくる。あるいは既にそうなっているかも知れない。

(6) 農業被害

夜行性で、多くの島民には未知のけものであるので、加害があってもそれがタヌキによるものだとなかなか判らない。いきおい、情報は痕跡の判別ができる限られた人間が現場で確認できたものだけになる。島内で果菜類の採食例は起こっている。ニワトリ・アイガモ・バリケンなどの成鳥・ひな・卵の捕食の例もかなりある。家禽被害は、放し飼いのもので著しく、20羽全滅・年に数十羽(飼育数の10~20%)という例もある。農作物が食われるとき、タヌキは食いちらかすことをしないので、気付かれにくい。冬作物の葉菜類や柑橘の被食はまだ知られていない。

2. 捕獲調査

目撃例からみると、1999年までに島内で捕獲されたり交通事故死したりした個体は23例が数えられる。これから計算すると2000年には1年間に33ないし44頭の捕獲・事故死体がでることになる。捕獲の多くは町の担当課へ報告され、交通事故死体は道路管理者によって処理される。調査開始にあたって死体の保存・回収を依頼したが、実際動きだしてみると、半年間に我々が入手できたのはたった1頭であった。

捕獲・死亡個体からは実に多くの情報が得られる。これが0に近いということは調査の上で重要な部分が大きく欠落することになり、かなりのマイナスであった。そこで、このギャップを埋めるために計画を部分修正して最後の数ヶ月の活動を捕獲調査にむけることにした。

バタリーケージ用金網製のはこわな20基を用意し、2001年8~9月に、栗生および永田で250m間隔列状配置のトラップラインによる捕獲を試みた。えさには、テストとして焼き魚、魚肉ソ-セ-ジ、バリケンの生きたひな、燻製ウインナ、鳥がらなどを用いたが、主用したのは燻製ウインナと生きたひなであった。栗生では13基×17日間、永田では6基×11日間、それぞれ実行に先立って3日間以上のわなならし prebaiting を行った。平行して、生ごみを埋めたところ(平野)、タヌキに襲われるバリケンの放飼場(永田)、アカウミガメの産卵場に通じるタヌキ道(永田) に2-3基ずつわなを置いた。結果は表3に示した。

表3 捕獲調査のまとめ
Results of experimental trapping

表3 捕獲調査のまとめ

捕獲数が少なく捕獲効率を計算するには不適当であり、捕獲効率は極めて低い。密度が高い永田でも、0.01~0.02、つまり数十から100ワナ・夜(TN)あたり1頭程度であろう。列状配置と違って、常態的に餌づけ状態にある生ごみ捨て場では、0.05~0.1程度になる。

2つのトラップラインでは、捕獲個体を標識放逐することによって除去法による密度推定をもくろんだが、捕獲効率が低いのと用意できたわな数が少なく、不発に終わった。

3. 個体群モデルと年令構造

タヌキの成長-繁殖の特性はいささか特異である。即ち、(1) 満1才以前に性成熟に達し、生まれた次の年には繁殖に参加する。(2) 形態的に性差がほとんどなく、性比は年令によらず1:1である。(3) メスでは、妊娠率がほとんど100%である(岸本ほか 1991、-1992)。これらのことを利用すると、ポピュレーション・パラメータの間に、きわめて簡単な次のような関係が近似的に成り立つ。

式(1)

ここで、 r は複利形式での1年あたり個体数増加率、 eλは1年あたりの個体数増加倍率、 h=2ma はオトナメス1頭の年々の平均産仔数、pa 、p0 はそれぞれオトナ、コドモ(0才)の1年あたりの生存率である。

屋久島のタヌキについて、個体群パラメータとしては増加率の推定があるだけである。それ以外のパラメータの実現値は未知で今後の研究・調査に待たねばならない。しかし起こりうる現象をシミュレーションによって調べることは可能である。 

これほど高い増加率のもとで、個体群の爆発的増加が起こっているならば、どのようなことが期待できるか。そのひとつとして、若令のタヌキが占める割合が非常に高くなっているであろうという予想は成り立つ。また、既に得られた増加率は通常の常識を超えるほど高いので、なにかの間違いではないかと考える/いや、むしろ考えたい人もいる。どのような条件のもとで、このような増加率が実現するのだろうか。

図2 増加率と生存率との関係

図2 増加率と生存率との関係
Relationship between the rate of increase and annual survival rates of adult and immature animals

増加率 r が実現するためには、オトナとコドモの生存率 p0 と pa はどれくらいでなければならないか。

1) 増加率と生存率との関係

図2は、式(1)のグラフである。現われるパラメータ(変数)は4個なので、 ma を固定したうえで、二つの生存率がつくる平面上に増加率の等値線を投影した。つまりこれは、ある増加率が実現するためには、成獣の生存率と幼獣のそれとがどれほどの範囲になければならないかを示している。ここで、もう一つ条件をつけ加えておく。成獣の生存率はコドモ(幼獣)の生存率より低くはない。すなわち、

式(2)

産仔数 h が 5 のとき、増加倍率が 2.4 であるためには、コドモの生存率 p0 は0.6~0.7、そしてオトナの生存率 pa は0.7~1.0 でなければならない。増加倍率が 2.9 ならば、生存率は、コドモで 0.8~0.85、オトナで 0.85~1.0 でなければならない。タヌキをも含めて、これまで調べられた食肉類の生存率は 0.33から 0.70の範囲にあるが、そのほとんどは高い狩猟圧のもとでのものである。狩猟圧がきわめて低い状態でのコヨーテ成獣の生存率は 0.87というデータがある(Gese et al 1989)。捕食者がなく、捕獲圧も低い屋久島で、前者に見合う生存率は十分実現できるであろう。後者はいくらかきついかもしれない。しかしもし、産仔数がたとえば h=6 にはねあがれば、後者もわりに楽に実現することになる。

2) 年令構成

年々、令別出生率と年令別生存率とが一定に保たれると、個体群は一定の増加速度で増殖するが、そのとき年令構成はやがてあるかたちに収斂し、一定の令構成を保ったまま増加を続ける。これが人口学で安定人口(あるいは生物の場合、安定個体群)と呼ばれるもので、そのときの令構成(安定令構成)は次のようになる。

Cχ を年令構造係数、すなわち χ 才の部分が個体数全体に対して占める割合、 lχ を出生個体が χ 才まで生存する確率とすると、

式(3)

このとき、 0 才の構成比 C0 は ma /(1+ma )= h/(2+h) のかたちで与えられ、h だけによって決まる。そして、h が 4~6 と変化しても、 C0 は 0.7~0.75 と比較的小さな幅でしか変化しない。もう一つ注目されるのは、高齢部が占める割合がきわめて小さいことである。たとえば、100頭の捕獲標本個体を手にしたとき、およそ4才以上の個体はその中に1頭あるか、ないかである。ただし、このように言えるのは、増加率 r が 1 を超える(増加倍率が2倍を超える)場合のみをとりあげているからである。

屋久島のタヌキで、安定人口仮定がなりたっているかどうかは、今後検証されねばならない。出生-生存スケジュールが一定に保たれるとき、安定令構成に収束する速度は、増加率が高ければ一般に早い。また、高い増加率のもとでは、高齢部分の構成比がきわめて小さくなるので、大きな標本サイズをあつかわない限り、収束と判断される可能性は高くなる。

4. 侵入種タヌキがもたらす影響

予想される影響としては、(1)病原体を持ち込んだとすれば、その伝播(2)捕食者としての影響(3)在来種との資源をめぐる競合の3つがありうる。

病気はもっぱら、ファウンダーの由来による。タヌキは日本の哺乳動物のなかで最も広い食性の幅を持つ雑食である。捕食は中でも、鳥類・両生類・甲殻類・貝類に強くあらわれるだろう。屋久島には、奄美ほど固有種は多くないが、いくつかの固有種・亜種、稀少種がいる。手に入りやすいものならなんでも食べる動物であるから、特定の種には強い捕食圧がかかるだろう。島という条件のもとで、個体数レベルが落ち込めば、これらの在来種の機会的絶滅の危険はある。すでに気付かれた変化に永田でキジの鳴き声が聞かれなくなったことがある。地上や低木で営巣する鳥類への捕食の影響は要注意であろう。

競合については在来の哺乳動物との種間競争が問題になる。さまざまなことが起こりうるが、生態がよく判っている種同士についてでないと予測はむずかしい。

冬の林床に落下した果実類が、ヤクザルや、ヤクシカの生活に重要であり、ヤクザルによる柑橘類への加害は年々の果実の豊凶に左右されることが判っている。タヌキはサルと同レベル以上のバイオマス(生物体量)に達し、冬には林床果実類の採食という資源競争に、割り込んでくると予想される。農耕地の後背斜面でタヌキが増えれば、毎年凶作年とおなじ状況が起こり、サルの農作物被害が再燃する。ヤクジカも同じ資源を利用しているので、食物欠乏の結果は農林業被害にも斃死個体の増加にもつながる。こうして、タヌキ自身による食害に加えて、他の種をまきこんで、農業被害が拡大することが予想される。

(1) 果実類の採食テスト

タヌキは屋久島でどれほど落下果実の採食に依存しているか。その中でドングリ類(ブナ科植物の堅果)はどんな位置を占めるか。この問いに関係して、(1)ドングリを食べるか、(2)どれほど好んで食べるか、を飼育下のタヌキで確かめるために2001年3月に嗜好性テストを行った。実験ではあらかじめ粒数を数えておいた2種類の果実を別々の皿に入れて並べて提示し、翌朝それぞれの食べ残された粒数を数え記録した。用いた果実の種類は、ケウバメガシ・マテバシイ(以上堅果)・イヌビワ・シャリンバイ・マンリョウ・センダン(以上液果)であった。季節も終わりであったため、採集し得た果実の量が限られ、テストできた種類の組み合わせには偏りがある。実験に用いたタヌキは2000年生まれ(0才)のオスで、8月に捕獲されたのち残飯で飼育されていた個体であるが、秋に少量与えられたドングリ採食の経験を持っている。選好の順位は:
マテバシイ > ウバメガシ; ウバメガシ >> センダン、イヌビワ; シャリンバイ >> センダン; イヌビワ > マンリョウ; マンリョウ > センダン。但し>>は前者のみを選ぶことを示す。
タヌキは堅果を液果類よりも好んで食べるらしい。

(2) うみがめの産卵海浜とタヌキ

うみがめの産卵場である永田・田舎浜の山手を県道が走り、県道と山すそとの間の小面積の平地はダンチク、ハチジョウススキなどのイネ科の高茎草地になっている。このあちこちに2~3年前からサルやシカのものでない背の低い獣道ができているのに気付いた人がいた。今夏の産卵期~孵化期には、産卵場の砂浜にけものの足跡がうみがめの調査員によってたびたび目撃され、タヌキではないかと懸念されたが、確実に識別・判定はできていない。9月の永田での捕獲調査は遅い仔ガメの孵化が続いている時期にあたっていた。条件の良い日を選んで、タヌキの痕跡の確認をねらって一帯を調べた。タヌキの足跡・足跡列が田舎浜の4ヶ所で見られた。足跡があったところは、砂浜と植物被覆のある浜堤との境界付近で、うみがめの産卵巣が分布する辺りであった。7月下旬に大牟田幸久氏が撮影した写真の足跡は、タヌキで、まっすぐ波打ちぎわへ続くもの、かめの産卵巣のまわりにぐるりと印されたものなどがある。田舎浜の県道で同氏が拾得し冷凍保存された交通事故死体コドモ・メス1頭を解剖し、消化管内容を調べた(馬場・工藤)。仔ガメの甲板などはでてこなかったが、スナガニが相当量検出された。[鹿児島県・吹上浜ではタヌキが孵化した仔ガメを捕食するようになったが、それに先立って浜へ出てきてスナガニを捕食する時期があったという。]

5. 野生生物管理=生態系保全の上での問題

鹿児島県は、1988年の臨調勧告を受けて、いち早くサルの有害駆除の許可権を市町村長におろした6県のひとつである。これと前後して県下の野生サルによる農作物害に対処するため全県で農家による捕獲を可能にするための行政的枠組・捕獲技術を用意し、捕獲したサルは医学研究用にまわすシステムがつくられた。とくにヤクザルに関してこの方式は研究者・自然保護団体・学会からの強い批判をうけた。その後県は電気柵など非破壊的手段の導入に力点を置くようになり、現在島内の農耕地の約三分の一には電気柵が設置されている。一方、ここ数年はほぼ連続して山の果実の結実が豊かで推移したこともあって大きな被害は現れなくなった。しかし、現在屋久島では年々約400頭のサルが駆除されている。これは電気柵未設置の地区や特殊な条件下での被害の訴えに対する行政側での補完策の色彩が濃く、すべてが被害対策上必要というものでもないとみられる。とはいうものの、もし農作物被害が激化しサルによる被害問題が再燃すれば、駆除許可数の追加でもって対応する水路はすでにしかれているといってよい。現在、有害駆除の実行にあたって捕獲数の確認と報奨金の支出以外―被害の現地調査・対策の適否の判定・駆除の効果判定―は、手抜きされている。そもそも、地元の自治体レベルのみに有害駆除の適正な施行を求めること自体に無理があった。現行の許可数が危険な水準に達していないかを検討しようにも、町および町長から捕獲を委託されている猟友会に捕獲に関するデータは残されていない。

ヤクザルは国際的には絶滅危惧(亜)種 [IUCN新基準:VU-D1] となっている。日本版レッドデータブックでは稀少種とされている。国内基準と国際基準のずれが大きいことが折りにふれて言及されるが、稀少種は保全の必要度が低いわけではなく、人間活動のインパクトが変わればいつでも絶滅危惧に、分類を見直すべき候補として扱われねばならぬことを意味する。ところがインパクトを評価する体制は現実にない。そして、タヌキの増殖はヤクザルのステータスをも危急の状態におとしいれる可能性をもつ。また、同じ要因は、すでに絶滅危惧種であるアカウミガメの最大の産卵場にも負のインパクトを与えるであろう。

行政上のいきさつはどうあれ、屋久島の世界自然遺産を管理する上で、従来の国立公園管理の方法で対応できるという判断は、事態の誤認の上にしか成立しない。屋久島には生態系管理・野生生物管理をになう組織=管理主体がおかれ、しかるべき機能を発揮する必要がある。タヌキの問題は現状での管理体制の欠陥を改めて証明することになった。

6. むすび

世界自然遺産屋久島の生態系全体に大きな影響を与えることが予想されるので、移入種タヌキの完全除去をはかる必要があろう。タヌキが屋久島の急峻でアプローチの悪い山岳部に侵入する前に手を打つのが望ましい。増加速度はたいへん高い。早く有効なレベルの除去圧をかけることが必要であろう。