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非破壊計測によるギフチョウ蛹期の野外における成虫形成の解明

天竜村ギフチョウ研究会

野牧君夫1)・ 鈴木直樹2)

1) 天竜村ギフチョウ研究会 (長野県飯田市松尾常盤台86-1)
  Tenryu Luehdorfia Study Association
2) 慈恵会医科大学高次元医用画像工学研究所 (東京都狛江市泉本町4-11-1)
  Institute for High Dimensional Medical Imaging, Jikei University

Investigation of Adult Formation through the Pupa of Luehdorfia Japonica Leech Using Soft X-ray

Tenryu Luehdorfia Study Association

Kimio Nomaki1) and Naoki Suzuki2)

ギフチョウの蛹期は、6月〜翌年4月の約10カ月間である。サナギは夏の暑さと冬の寒さに休眠という状態で対応しつつ、成虫形成をする。この変化を軟X線計測でとらえた。サナギのステージは4つに細分化できた。

(1)蛹化直後に体が液状化し、急激に成虫形成を開始。(2)夏の休眠期。(3)秋に再び成虫形成開始。冬の休眠の準備をし、成虫形成を完成。(4)冬の休眠期。

1.目的

アゲハチョウ科のギフチョウは年1化の本州特産種である。生息場所は里山の雑木林で、蛹期は6月〜翌年4月の約10カ月間と長く、生活史の約80%を占める。

本研究の目的は、野外のギフチョウのサナギ内部で、成虫形成がどのように行われるかを調べることである。

ギフチョウのライフサイクルの研究に関しては、日高敏隆(1973)や石井実(1988)の研究があるが、これらの報告例はいずれも恒温槽内におけるサナギの飼育例に関するものである。野外における長期の成虫形成の解明が困難な理由は、次のとおりである。

(1) 蛹化場所が不明。サナギの発見例が乏しく、どのような環境で過ごすか不明であった。
(2) 飼育下では羽化の時期は一般に早く、野外のものと同時に成虫形成を進行させるか疑わしい。

天竜村ギフチョウ研究会は、1992年4月から約3年間、(財)トヨタ財団主催の第6回市民研究コンクール(日高敏隆選考委員長)の助成を受け、「ギフチョウの野外における行動と生態研究」を長野県南部で行った。

その結果、上記(1)については下伊那郡泰阜(やすおか)村我科(がじな)で、1993年と1994年に、1例ずつサナギを発見した。野外においては、サナギは地表面の落葉の裏側にあることを明らかにした(野牧・木下, 1995)。(2)については、野外のものと同時に羽化する飼育法を確立し、ほぼ野外での変化と同様のサナギ内構造の計測を可能とした。

また、非破壊計測のための軟X線計測は、東京慈恵会医科大学高次元医用画像工学研究所において前年度に行った基礎研究により手法を決定した後、同研究所より軟X線装置を飼育場所に移送して計測を行った。

2.方法

(1) 軟X線による計測

[計測用サナギの飼育]

幼虫・サナギの飼育場所は泰阜村稲伏戸(いなふしど)である。発砲スチロールの箱を飼育箱とし、底に数cmの厚さに土を入れ、落葉を敷き、食草の葉と幼虫を入れ、目の細かい網でフタをする。4〜5齢の頃は大量に糞をするので、目の粗い金網の上に食草と幼虫を入れ、管理を容易にした。

幼虫は5齢(終齢)の蛹化直前に食餌をやめ、異常に神経質となり、歩き回ったあと、落葉の下にもぐり、前蛹となった。

計測用サナギは大量に用意し、できるだけ同じ個体が複数回の軟X線計測を受けないように設定した。

[軟X線計測の方法]

軟X線の発生装置はソフテックス(株)製SOFUTEX E-40TYPEを使用した。フィルムは富士写真フイルム(株)製の工業用軟X線フィルムFR。放射線量は、30KVP、5mA、10〜15秒である。

計測は、サナギを横向きと上向きにフィルム上に置き、平面像と側面像を得た。計測はサナギを葉から取りはずして行った。

助成開始後のギフチョウのサナギの計測は下記のとおりである。

1996年10月 3日  5頭
  11月 2日      5頭
  12月 1日      5頭
1997年 1月 5日   5頭
  2月 1日       5頭
  6月14日      8頭
  6月15日      4頭
  6月17日      6頭
  6月28日      6頭
  7月 9日      6頭
  8月 3日      10頭
  9月 7日      10頭
 10月 5日      7頭
 11月 2日       7頭
計89頭
(1997年6月14日は2頭を2度計測しているので、実数は87頭)

ギフチョウの終齢幼虫と前蛹も計測した。
1997年6月13日午前 幼虫5頭  前蛹3頭
   〃 〃 午後 幼虫2頭  前蛹2頭

ギフチョウとの比較のために、辰野町蝶類談話会会員の吉田勝幸氏が、塩尻市北小野相吉(あいよし)で採取・飼育したヒメギフチョウのサナギ15頭(蛹化日不明)も下記のとおり計測した。
1997年 6月29日     3頭
      8月 3日     3頭
     9月 7日      3頭
     10月5日      3頭
     11月2日      3頭
             計15頭

サナギの放射線被爆ができるだけ少ない状態で明確な現像結果を得るために、標準現像液のフジドールの1:1稀釈液を用いて増感現像を行った。増感現像液に比べ感度の上昇は少ないが、(1) 銀粒子が細かい (2) 隣接効果により鮮鋭度が向上する (3) 毎回新液を用いることにより、安定した処理結果が得られる、という利点がある。

[画像処理]

画像処理は、東京慈恵会医科大学高次元医用画像工学研究所において、大型グラフィックコンピューターによる微分処理、諧調化等を行い、必要な画像情報を得やすくした。

(2) 蛹化場所の環境変化の測定

蛹化場所では、1993年4月から百葉箱内に自記記録計(佐藤計量器製作所、ラトナ)を設置して継続して観測しているが、今回、サナギを発見した地表面付近の環境調査のために、温度・湿度を30分間隔で継続して測定した((株)テイアンドデイ、おんどとりTR-72)。センサーは地表面に設置し、上に落葉をかぶせ、野外におけるサナギと同じ状態にした。

3.結果

(1) 軟X線計測

1996年から継続して計測したが、手法に改良を加えつつ計測、現像を行うことにより、1997年の手法ではより少ないX線量でサナギ内構造の変化を十分に観察出来るようになった。ここに、1997年の結果を中心に報告する。

毎回数頭ずつの計測を行ったが、個体ごとの差異はきわめて少なく、すべての個体が、ほぼ同時に成虫形成を進行させていた。

<蛹化3時間後>すでに頭、胸、腹の各部に分かれ、平面像として得たX線像からは翅、側面像として得たX線像では脚が認められた。1996年の計測では、1例だけ、成虫形成を始めていないものがあったが、これは蛹化してからの時間が不明であった。

<同じ個体の蛹化8時間後>5時間の間に成虫形成が一層進んでいる様子が認められた。特に側面像では、胸と腹の境のくびれた部分の間隙がより明瞭になっていた。なお、放射線被爆を最小限にするため、同一個体を2度計測したのはこの2頭だけである。

<1日(24時間)後>さらに成虫形成が進んでいた。個体ごとの画像に大きな差異は見られず、蛹化直後の成虫形成がすべての個体で急速に進んでいることが分かった。

<2日(48時間)後>1日後より、少し成虫形成が進んでいるという程度で、蛹化3時間後と8時間後ほどの変化は認められなかった。

<4日(96時間)後>これも少し成虫形成が進んでいる、という程度で、大きな変化は認められなかった。

<15日(360時間)後>胸と腹の間隙が大きくなり、4日後と明らかな差異が認められた。

<26日(624時間)後>ほぼ成虫形成を終えたと思われた。

<48日(1152時間)後と86日(2064時間)後>大きな変化は見られなかった。

<114日(2736時間)後>成虫形成が一層進んでいた。同時に、腹部に幅1.3〜1.8mm、長さ5.0〜6.0mm程度の、空房状の画像が現れた。細長いゴム風船を膨らませて、少し曲げた形状である。

<142日(3408時間)後>腹部の変化は消えていた。1996年の例でいえば、11月以降、画像に変化はなかった。

(2) 個体群動態の継続調査

調査は卵〜幼虫のステージである。終齢幼虫は林の奥に移動する傾向があるため(天竜村ギフチョウ研究会, 1994)データが取りにくい。1993〜1996年の調査結果は、1996年にまとめている(木下, 1997)。この調査は、今後も継続予定。

4.考察

(1) サナギのステージの細分化

日高らの報告では、サナギは夏と冬に休眠すると記されているが、今回の計測により、10カ月に及ぶ蛹期の生態が、より細部において明らかとすることが出来たといえる。

ギフチョウは暖帯の夏緑広葉樹林に生息する森林性昆虫であるから、真夏の暑さと真冬の寒さに弱い。このため春と秋に活動や成長をし、夏と冬は、休眠という、生体にとって安定な状態で過ごす。しかも2度の休眠をサナギというひとつのステージで行う。

今回のサナギ内構造の可視化により以下の4つに細分化されたステージを持つことが予想された。

1) 第1回の成虫形成期(夏の休眠の準備期)、 2) 夏の休眠期、 3) 第2回の成虫形成期(冬の休眠の準備期)、 4) 冬の休眠期。

1) 第1回の成虫形成期(夏の休眠の準備期・蛹化当日〜26日後の計測。6〜7月上旬)

サナギは蛹化直後に急激に筋肉、脂肪などが溶けて液状化し、次に成虫形成を開始することが予想される。以後、夏の休眠に入るまで、成虫形成を続ける。
この期間は組織が軟らかく、解剖による調査は困難と思われる。

2) 夏の休眠期(26日後〜86日後の計測。7上旬〜9月上旬)

夏には大まかな成虫形成を終えているが、クチクラの外被で覆われていない状態で休眠していると予想される。

3) 第2回の成虫形成期(冬の休眠の準備期・86日〜142日の計測。9上旬〜11月上旬)

蛹化114日後の10月5日に計測した画像に、腹部の急激な変化がとらえられた。1996年の画像でも、1997年のヒメギフチョウでもとらえられていない。1カ月間隔の計測では見逃すほどに、短期間にこの変化を完了する。
蛹化直後にアポトーシスにより液状化し、このときグリコゲンが生成されると予想される(山田・大山, 1994)。昆虫は越冬のために、体内のグリコゲンをグリセリンに変え、凍死を防ぐ(朝比奈, 1991)。画像にとらえられたのは、生成されたばかりのグリセリンの可能性もあるが、解剖による観察は行わなかったので、詳細は不明である。
1997年11月2日には、計測のために葉から離したサナギが、目の前で幾度となく腹節を動かした。すでに成虫形成を終了している可能性が高かった。画像からも、9月よりは成虫形成が進んでいる様子が読み取れた。

4) 冬の休眠期(12〜4月)

冬の休眠期は、画像に変化は見られなかった。

(2) 秋に羽化しない理由

1997年11月2日の計測の際、サナギが腹節を動かしたことから、羽化するのは翌春であるにもかかわらず、サナギは冬の休眠期の前に成虫形成を完成している可能性が高いことが分かった。

羽化の時期が秋でなく、翌春である理由を産卵行動から考察してみる。食草のひとつウスバサイシンは秋に枯れ始めるので産卵出来ない。もうひとつの食草ヒメカンアオイは7月以降地上部の活動を停止するので、ギフチョウの幼虫に葉を食害された株は、翌春まで根だけで過ごし、しかも食餌率が高い(天竜村ギフチョウ研究会, 1994)ので産卵する葉がない。

食草がウスバサイシンやヒメカンアオイである以上、産卵は秋には出来ない。

次に、成虫で越冬するよりもサナギのまま越冬したほうが越冬戦略上有利な理由を考察してみた。

1) 吸蜜植物が秋には少ない。

スプリング・エフェメラルの植物は地上部が枯れ、サクラ、ツツジなどの木本植物も開花していない。

2) 動き回ると天敵に襲われる可能性が高い。

蛹化直前の幼虫は異常なまでに神経質に行動し、蛹化場所を選定する。サナギの発見は天敵に難しいと思われる。

3) 越冬環境

蛹化場所(地表面)と、地上部の百葉箱内で温度・湿度の観測を行い、比較をした。蛹化場所は温度変化が少なく、安定した温度条件であった。

冬期最低気温は1997年2月23日に記録し、百葉箱中は−8.4℃、蛹化場所は、−3.0℃であった。百葉箱中より、蛹化場所のほうが5.4℃高かった。また同日の最高気温は百葉箱中で8.2℃であったが、蛹化場所は1.9℃と、蛹化場所が6.3℃低かった。最高と最低の較差は百葉箱で16.6℃、蛹化場所で4.9℃であった。

蛹化場所では2月25日に最低温度が−0.8℃を記録したのを最後に、氷点下にはならなかった。百葉箱中の最後の氷点下は、4月1日の−2.0℃であったが、蛹化場所では1.5℃であった。

冬期の気温・地温は2月上旬頃から上昇に転ずるが、蛹化場所の最低気温を記録したのは2月23日と遅く、わずか2日後の25日に−0.8℃を記録したのを最後に氷点下を記録しなかった。蛹化場所は、北向き斜面であり、冬期は太陽の日南中高度が低いので直射日光は全く射さない。このため日長時間が長くなっても温度は低下を続け、2月23日に至って最低となった。しかしその後は日南中高度が上がり、北向き斜面に直射日光が当たり始め、特に羽化の頃は温度の上昇が急激であった。

グリセリンは高温でグリコゲンに戻るため(朝比奈, 1991)、低温下で、温度変化の少ない場所で越冬するのが好ましい。地上部と地表部の温度条件を比較すると、地表でサナギのまま越冬するほうが越冬戦略上有利であることが分かった。

(3) 今後の課題

今回の研究に用いたサナギの飼育と野外の生態調査は、長野県南部の伊那谷で行ったが、ギフチョウの生息には限界の寒さの地域である。全国各地の生息地は、気温、日南中高度、食草など、種々の環境が異なるので、蛹期の成虫形成や他のステージの生態に差異があるかも知れない。

また、蛹化直後のアポトーシスや、秋のグリセリン生成の有無など、他の手法で解明すべきテーマも生じた。

5.謝辞

この研究に軟X線を使うアイディアは、日高敏隆氏のものである。野牧と鈴木の共同研究は、(財)トヨタ財団の久須美雅昭氏のご尽力で実現した。記して感謝したい。

6.参考文献

朝比奈英三 (1991) 虫たちの越冬戦略. 北海道大学図書刊行会

石井実 (1988) ギフチョウの蛹休眠, 蝶類学の最近の進歩 Spec.Bull.Lep.Soc.Jap. (6) 385-409.

木下ひろみ (1997) ギフチョウの研究, 平成8年度郡総合展優秀作品集: 91-94, 下伊那教育会

天竜村ギフチョウ研究会 (1994) 天竜村におけるギフチョウの卵・幼虫期の個体郡動態, 飯田市美術博物館研究紀要 4: 103-111

野牧君夫、木下ひろみ (1995) 長野県天竜村のギフチョウ, 昆虫と自然, 30(4): 16-22

日高敏隆 (1973) ギフチョウ-23度の秘密-アニマ,(2):60-63

山田武、大山ハルミ (1994) アポトーシスの科学. 講談社

Summary

The pupa stage of the Luehdorfia Japonica lasts 10 months and comprises 80 % of the life cycle of this creature. In order to investigate this invisible life history, we utilized soft X-ray examination. We developed a method to observe the pupas of Luehdorfia Japonica, which simulated the conditions of the natural field. We also took special precautions to minimize the influence of radiation exposure on the pupas during this investigation. As a result of our investigation, We were able to categorize the following 4 stages in morphological changes of the body of Luehdorfia Japonica.

Stage 1: Drastic changes were found in the body structure of the larva a few hours after pupa formation. Three hours after pupa formation, the body of the larva was separated into cranial, thoracic and abdominal parts. This rapid change was completed in 4 days.

Stage 2: During summer the resting stage, no obvious change was found from June to September.

Stage 3: The second morphological change was observed from September to December during which most of the adult formation was completed.

Stage 4: The second resting stage after the completion of adult formation lasting from December to April. It has been said that the Luehdorfia Japonica is waiting for the chance to emerge from the pupa surface during this 5 month period. It is supposed that the first resting period is to prevent energy loss during the heat of summer, and that the second resting time is to prevent energy loss during the long winter with low temperature and lack of food. We found that soft X-ray resolution was able to visualize the morphological changes in pupa noninvasively. Thus, we were able to reveal the morphological change of the pupa body of the Luehdorfia Japonica which otherwise cannot be visualized under the surface of the pupa using soft X-ray examination.

サナギの軟X線計測画像(左:平面像、右:側面像)
サナギの軟X線計測画像(左:平面像、右:側面像)

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