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コシガヤホシクサの保護増殖に関わる研究

コシガヤホシクサ研究グループ

宮本 太

東京農業大学農学部

1989年に刊行されたレッドデータブック“わが国における保護上重要な植物種の現状”において絶滅寸前種の一つとされるコシガヤホシクサ(Eriocaulon heleocharoides Satake)は、湿地に生育するホシクサ科ホシクサ属植物で日本固有の単子葉植物である。本種は1939年に佐竹義輔博士により記載発表されたものであるが、タイプ産地である埼玉県越谷市では、その後生育は見られず近隣においてもその生育は全く見られないため絶滅したものと考えられていた。近年、茨城県下妻市砂沼においてその生育が確認された。しかし、その生育地でも本種の個体数が年々減少し、絶滅の危機にさらされているのが現状である。この理由として、現在砂沼全域で進められている護岸工事による環境変化が考えられる。しかし、本種を含めたホシクサ属植物の生態学的特性はほとんど明らかにされていない。これらのことから本研究では絶滅危惧種であるコシガヤホシクサの生育および繁殖様式などの生態的特性の解明をし、本種の保護増殖に役立つ基礎資料を得ることを目的としておこなった。

調査地概況

調査地は、茨城県下妻市砂沼(主に、農業用灌漑池として利用され、農閑期の10月から5月は水位が低く、6月から9月の農繁期には満水状態となる)で、現在現生しているコシガヤホシクサの唯一の生育地である。

調査項目および方法

1. コシガヤホシクサの生活環の解析

個体群動態および生存率を調査するために生育地に永久コドラ−ト(30cm×30cm)を1993年9月に6ヵ所設定し1994年10月までその動態調査をおこなった。また、コシガヤホシクサの季節的変化を調べる目的で毎月1回同一地点より30個体のコシガヤホシクサを採集し、植物体各部位の計測をおこなった。計測は各器官別季節生長量および季節別器官生長量分配率を明確にするために、葉・茎・根・頭花・花茎および鞘の乾重量の測定をおこなった。

2. コシガヤホシクサの生育環境の解析

1993年11月6日にコシガヤホシクサの生育地において湖岸より本種および他植物の生育の見られるところまでライントランゼクト法を用いて植生調査をおこない、本種の生育状態および他の植物群との生態的関係を解析し、コシガヤホシクサの生育環境を明らかにした。

3. コシガヤホシクサの種子発芽特性の解析

1993年11月に種子完熟個体より採集したコシガヤホシクサの種子を用いて発芽実験をおこなった。また同所的に生育する同植物群のヒロハイヌノヒゲ(Eriocaulon ro-bustius (Maxim.) Makino)も用いそれぞれの種特性を明らかにした。

(1)春化処理条件と発芽の関係

春化処理温度を5℃とし、湿・明、湿・暗、乾燥・明および乾燥・暗の条件を設定し、径5.2cmのシャーレに50粒を置床した。発芽実験は無処理区と春化処理日数5日から50日(計11)のものを5日ごとに10℃および25℃、24時間明条件の人工気象器において発芽条件および春化処理日数が発芽におよぼす影響を調査した。

(2)発芽適性温度

春化処理により休眠打破された種子を用い10℃、15℃、20℃、25℃、30℃、35℃、および40℃の温度条件を設定し、5日ごとに発芽調査をおこなった。これらの実験(1)、(2)ともすべて3反復おこなった。

結果

1. コシガヤホシクサの生活環の解析

コドラート1から6の月別水深を測定し、5月の発芽個体数と10月の生存個体数をもとにコドラートごとの生存率調査をおこなった結果、農繁期である6月から9月まではコシガヤホシクサの生育地は冠水状態になり、9月には最高水位に達した。コドラート3では今回観察された生育地ではもっとも深い143cmになり、もっとも浅い生育地でも90cmに達した。生存率は0.21%から58.8%まで観察されたが、生存率と水深には相関関係がみられなかった。しかし、9月期の水深143cmより深いところでは全くコシガヤホシクサの生育はみられなかった。

また佐竹(1939)はコシガヤホシクサの根茎が他種にくらべ発達することから多年草であると記載しているが、その詳細は不明であった。しかし、2月までの個体群動態調査の結果、生育個体群は全て枯死していること、5月期の調査において越年個体が全く観察されなかったことから一回繁殖型の一年草であることが明らかになった。

各器官別季節生長量の測定結果から、コシガヤホシクサは5月から8月にかけて根・茎・葉の栄養生長をおこない、特に7月から8月にかけて葉の生長を著しくおこなうことが明らかになった。しかし、8月以降には栄養生長が衰え生殖生長がはじまり、特に、頭花の生長は9月から10月にかけて著しいことが明らかになった(Fig.1)。また、季節別器官生長量分配率では5月には根の占める割合が著しく高いが、その後8月までは葉の占める割合が高いことが明らかになった。8月以降は徐々に生殖器官の占める割合が高くなりはじめ、10月には80%ちかくを生殖器官が占めることが明らかになった(Fig.2)。

2. コシガヤホシクサの生育環境の解析

湖岸よりコシガヤホシクサおよび他の植物群の生育の確認できるところまでライントランゼクトを設定し、その生育状況と植被率から種間関係を明らかにした結果、ライン1では湖岸から6m付近までヨシが、6mから20m付近まではコシガヤホシクサの生育を確認することができた。コシガヤホシクサの生育地内における種間関係はヨシの植被率の高いところでは、コシガヤホシクサの植被率は低い。これは明らかに光獲得競争によるもので、コシガヤホシクサは光の獲得し易い解放地にその生育地を求めていると推察できる。また、ライン2では湖岸から4m付近までヨシが優先し、4mから9m付近まではコシガヤホシクサとヌカキビ、ギシギシ、アゼムシロ、マツバイ、ヒメホタルイ、ヒロハノイヌノヒゲの他の植物と混生していたが、9m以降はマツバイ、ヒメホタルイ、ヒロハイヌノヒゲのみの生育がみられた。このことからコシガヤホシクサはやや陸化の進んだ他の植物群の被圧の高い場所では生育が困難であり、他の植物群が生育しない全天地が生育に適していると推察できる。しかし、他の種群が生育しない全天地においてもコシガヤホシクサの生育が確認されないのは、種子の分散様式が水流に依存していること、また発芽後も冠水状態での水の動き等によりその生育が制限されていると推察される。

Fig.1 コシガヤホシクサの器官別季節生長量
Fig.1 コシガヤホシクサの器官別季節生長量
Fig.2 コシガヤホシクサの季節別器官生長量分配率
Fig.2 コシガヤホシクサの季節別器官生長量分配率

3.コシガヤホシクサの種子発芽特性の解析

(1)春化処理条件と発芽の関係

コシガヤホシクサおよびヒロハノイヌノヒゲの種子ともに春化処理の際、乾燥条件下および発芽時に暗条件下にあった種子は発芽を確認できなかったことから、両種ともに春化処理では湿条件が、発芽には明条件が必要であることが明らかになった。

明条件・25℃の条件下での春化処理が発芽に及ぼす影響は無処理区では両種とも僅かに発芽が見られたのみであることから種子は休眠期を持つことが明らかになった。コシガヤホシクサの種子は春化処理10日以降に発芽が促進しはじめ発芽率も徐々に高くなり、春化処理30日で発芽率が50%を越え、35日以降からは約75%の発芽率が認められた。一方、ヒロハノイヌノヒゲの種子は春化処理5日で発芽が促進しはじめ急激に発芽率を高め、春化処理15日で50%を越え、25日目で92%、40日目で98.6%の高い発芽率が認められた(Fig.3)。また、休眠打破後の発芽は人工気象器内投入後約5日で両種とも最高発芽率にちかくなることが明らかになった。

(2)発芽適性温度

コシガヤホシクサおよびヒロハノイヌノヒゲの発芽適性温度実験の結果、両種ともに10℃ではまったく発芽が認められなかった。コシガヤホシクサは15℃と20℃では90%以上の高い発芽率を示したが、25℃と30℃では発芽率は78.2%・71.6%と徐々に低下し、35℃では全く発芽が認められなかった。このことからコシガヤホシクサの発芽適性温度は15℃から20℃であり、発芽限界温度は35℃であることが明らかになった。一方、ヒロハノイヌノヒゲは15℃から35℃まで90%以上の安定した種子発芽率を示したことから、ヒロハノイヌノヒゲの発芽適性温度は15℃から35℃であり、コシガヤホシクサにくらべ発芽適性温度が幅広いことが明らかになった(Fig.4)。

Fig.3 コシガヤホシクサおよびヒロハイヌノヒゲの春化処理日数と発芽率
Fig.3 コシガヤホシクサおよびヒロハイヌノヒゲの春化処理日数と発芽率
Fig.4 コシガヤホシクサとヒロハイヌノヒゲの発芽適性温度
Fig.4 コシガヤホシクサとヒロハイヌノヒゲの発芽適性温度

摘要

コシガヤホシクサの生態学的研究をおこなった。その結果、

1. コシガヤホシクサは4月から8月まで栄養成長を、8月から生殖成長をおこない、10月には種子成熟後枯死す

る一回繁殖型の一年草であることが明らかになった。

2. コシガヤホシクサの生育地は他の植物群に被圧されない全天地のみに見られる。

3. コシガヤホシクサおよびヒロハノイヌノヒゲは休眠期をもつ種子であることが明らかになった。

4. コシガヤホシクサの休眠打破は5℃条件下で35日以上の春化処理期間を必要とする。

5. コシガヤホシクサの発芽温度は15-30℃であった。

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