PRO NATURA FUND

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嗜好性植物の給餌が植林地のシカの生態に与える影響

丹沢のシカ問題連絡会

大沢 洋一郎・古林 賢恒・村上 卓也・永田 幸志・皆川 康雄・石井 隆・三谷 奈保

The Influence of Supplementary Feeding of Preferential Plants on Sika Deer (Cervus nippon) in Man Made Forests.

Tanzawa Deer Research Group

Youichiro OSAWA, Kengo FURUBAYASHI, Takuya MURAKAMI, Kousi NAGATA, Yasuo MINAKAWA, Takuya ISHII and Naho MIYA

調査の目的は,1) スギ(Cryptomeria Japonica)・ヒノキ(Chamaecyparis obtusa)の植林地帯におけるニホンジカの行動圏,2) 越冬期の給餌が行動圏に与える影響について明らかにすること,である.

行動圏については,3頭のシカ(オス成獣,メス成獣,亜成獣)に発信機を装着し,ラジオテレメトリー法,直接観察法により明らかにした.

給餌植物には,越冬期に利用頻度の高いスズタケ(Sasamorupha purpurascens),アオキ(Aucuba japonica),ヤブツバキ(Camellia japonica),スゲsp.(Carex sp.)を用いた.給餌により,オス成獣,メス成獣,亜成獣の1月から3月の季節的行動圏がほぼ重なること,給餌場に滞在する時間帯が重複することがわかった.給餌植物への依存率は高く,とくに2月,3月にはアオキは100%採食する日が続いた.

はじめに

讃岐国から出土した袈裟欅文銅鐸には,シカやイノシシとトンボ,トカゲ,クモ,カマキリ,スッポン,イモリなどの図が描かれている.前者は,狩猟や漁師への関心を示したものと考えられるが,後者のグループは,そのような関心とは違ったものと考えられる.最もありふれた最も身近な「動くものに対する関心」を示し,無意識のうちに,これらの小動物たちの生命に神の摂理のごとき神秘さを感じた表れとして描いたものと推測される(中野 1986).

このような思いは,昔も今も変わりはない.岐阜と長野の県境部に,日本のヒノキの故郷とでもいえる山々がある.その一つ,奥三界山のいだく井手ノ小路の流域のヒノキ林は,300余年の歴史を刻み込み,大人が4〜5名でやっと抱きかかえられるような大木がニョキニョキと林立している森林である.通常の人工林の景観とは雲泥の差をそこに見ることができる.身動き一つせず立っている大木は,集まって下層の木や草をはぐくみ育てながら,野生の鳥獣や昆虫や魚の生活場所を提供してくれる.天敵から身を隠す場となったり,気象の変化を和らげ,野生の鳥獣にとっては生活のしやすい空間をつくりだす優しい母なる大地ともいえる.姫路城の心柱もこの森林から伐り出されたものと聞くが,美しい姫路城を支えている力持ちでもある.永久に生き続けるこの森林に誰しもが畏怖の念をいだくことであろう.そこに生きる野生生物の真剣に何よりも懸命な姿に接したときには,美しく価値ある生命として目に映り,身体に暖かいものを感じ,心豊かな気持ちになることだろう.この思いを子や孫へ健全な姿で残したいという気持ちが,「丹沢のシカ問題連絡会」を構成するメンバー一人一人の心の中に揺れ動く.

その気持ちを大切にし,身近なところから第一歩を踏み出した時,直面したことが,シカと農林業との軋轢問題であった.

日本列島に住みついた人々が,自然の営みの中に衣食住に必要なものを見いだし,それを持続的に利用するための自然の法則性を発見する喜びの過程で,何を得,何を失っていったのだろうか.山野にすむ動物たちとの絶え間ない相克の日々は,日本列島から野生の動物を締め出していく日々となった.残り少なくなった野生動物が,安住できる生態的条件を維持するための社会的条件はどこに求めることができるのか,また,その生態的条件を維持するための社会的条件とは何であるのかを,今,考えることは,人間自身がつくりだした人工的な環境が,まわりまわって人間自身にマイナスとして働くようになってきたことを肌で知り,野生動物とのつきあいの場を失いたくないという強い気持ちから出発しているのかもしれない.

ところで,シカやカモシカは,大規模に人工林を造成した場合,一過性に下草が繁茂するために,餌が豊富となり,個体数を増加させることになる.それによって,植林した苗木に食害が出る.われわれのフィールド,丹沢山地においてシカと人間の共存を考える際に問題にしなければならないことは,

1)シカの本来の生息地と人間の生活空間が重複していること

2)国定公園内,鳥獣保護区内の高標高域の自然林にシカが生息しているが,スズタケの分布退行に代表されるように,ハビタットの劣化が短期間に目につくようになったこと

3)都会に近く,人間の接近が容易であるため,シカに対する狩猟圧(密漁を含む)が高い山地になっていることである.

2)の問題について,少し詳しくふれておくこととする.図1は,現在の丹沢山地の土地利用状況を考える上で重要な資料である.標高400mを境にするように,そこから上部が森林地帯,下部には集落・田畑が発達した地帯となっている.この土地利用は,シカの生息域を物理的に決定することとなる.シカは400m以下の地帯から締めだされ,標高の高いところで生活していかねばならなくなる.

標高800m前後までは,スギ,ヒノキを中心とする植林地が広域にわたって分布している.先述したように,植林活動は,一時的に下草の現存量を増加させるため,草食獣のシカにとっては,都合がよく,森林地帯に適応し,個体数が急増することとなる.それは,伐採の手が入らない自然条件下では山火事のようなアクシデントでも発生しない限り,起こりそうにない現象である.そこで次の3点が問題になってくる.

(1) 人工による草地化により自然条件下では認められない増加率でシカが増殖すること

(2) 増加したシカが越冬期をのりきるために,スギ,ヒノキの枝葉,樹皮を摂取すること

(3) 標高800m以上の分散地域は,植林活動の行われている下方から絶えず分散個体が供給される構造になっているため,必然的に生息密度が高まっていくことである.

しかしながら,高標高域で自然林が広く分布するゾーンでは,越冬期のシカを支える環境収容力が低いため,いろいろな問題となって表面化してくる.一つには,積雪時に起こる餓死問題であり,一つには,越冬期の主食となり,優占分布するスズタケのの分布の退行現象である.

このスズタケの枯死は,土壌の裸地化をともなう.急峻,複雑な地形(丹沢山地の60%が35゜以上の勾配になっている(神奈川県環境部 1987)),降雨量が年間2000oの山地,関東大震災の傷跡がいまだに深く山肌に刻み込まれていることを考えると,スズタケの枯死にみられるような生態系の単純化の過程は,やがて地域の生活の根源となる場を土台から崩壊させてしまう危険性をはらむ.この解決に,シカを追い払い撲滅すれば明るい地域づくりにつながるという場当たり的な発想は,暗くて貧しいものでしかなく,われわれの望むところではない.

図1 丹沢山地の土地利用  Fig. 1 Land Use in Tanzawa Mountains
図1 丹沢山地の土地利用
Fig. 1 Land Use in Tanzawa Mountains

そこで,以下のような問題を解決し,人間とシカの共存を考えた森林の管理を提言していく一環として,スギ・ヒノキの植林地帯における越冬期のシカの生態について,調査研究を推進させることになった.P.N.ファンドの援助のもとで,1990年度に行った調査項目は,

1.ラジオテレメトリー法により,オスジカ,メスジカの行動圏を明らかにすること
  2.給餌が行動圏におよぼす影響について     の2点である.

行動圏(通常,動物が採食,休息,逃避などの行動により活動する範囲)は,地形,植生,気象条件といった,環境要因,また,伐採,植林活動といった人為的要因によって大きく左右されることが考えられる.そのため,丹沢山地,それも札掛地区のシカの生態を知り,共存策を打ち出していくことを目的とした当計画の推進にあたっては,札掛地区ならびにその周辺での学際的な情報を集積する努力が常に問われることになる.

経年的なレベルでニホンジカの行動圏を追跡したものとしては,表日光一帯(丸山 1981),足尾山地(小金沢 未発表),五葉山(伊藤 1987)がある.これらの事業報告数も少ないが,丹沢山地においては,古林・山崎(1987)の一報と,古林ら(未発表)が1990年より追跡しているものを加えて,計4つの調査事例があるにすぎない.

そこで,新たにシカの捕獲を試み,ラジオテレメトリー法,直接観察法の併用により,個体の位置を確認する方法で行動圏を明らかにすることとなった.その際,越冬期を中心に給餌を行い,給餌が行動圏に与える影響について調べることとした.これは,シカがスギ・ヒノキの植林地帯で厳冬期を乗り切る際に,植栽されたスギ・ヒノキの枝葉,樹皮を採食する問題がおきているため,その問題を解決する基礎的資料を得ることを目的とするからである.

この研究調査活動の推進にあたっては,多くの人々の協力があった.ここにあらためて名前を記し,感謝の念を表したい.

石川 隆,阿部健太郎,樋口一孝,企業組合丹沢ホーム,成田和吉,鶴田幸倫,藤井 明,神奈川県県有林事務所,佐藤謙司,渡辺隆史,南足柄森林組合,ツキノワの会,井上 基(順不同).

調査地の概要

調査地は,都心部から直線距離にして60qしか離れていない神奈川県愛甲郡清川村札掛の丹沢県有林内(図2)それをかかえる丹沢山地は,標高400mの丘陵地にとりかこまれ,標高1,672mの蛭ヶ岳を最高部とし,標高1,200m以上の三角点が十数座連なる山塊である.自然植生はブナ林,シイ,カシ林地帯で占められている(神奈川県 1972).札掛の位置する東丹沢一帯は,図1(前出)をみると明らかなように,広域にわたって林業がおこなわれており,昭和40年代に入ってシカと林業の軋轢が大きな社会問題に発展した地域である.その回避にむけて,さらには人間とシカの共存のために,今日までいろいろな施策が講じられており,新たなシカ対策を考える上で格好のフィールドと考える.給餌場所は標高520mに位置し,スギ・ヒノキの植林地帯に囲まれたモミ・ツガの天然林の一隅である.

図2 調査地  Fig.2 Map of study area
図2 調査地
Fig.2 Map of study area

調査方法

1)捕獲作業 2)給餌作業 3)テレメトリー法と直接観察法による行動追跡作業の3部門に分けることができる.

1)捕獲作業

シカの捕獲作業においては生捕り用のわなが必要になる.わが国で,これまで試行されてきたものとしては,宮木・丸山ら(1978)が表日光で行った,クローバー式箱わなによる方法(図3),東(未発表)が行っているくくりわな(図3)による方法などがある.前者の箱わなでは,メスジカの捕獲はできても枝角をもつオスジカの捕獲が困難なことをはじめ,一連の捕獲作業時にシカを傷つけ,死亡させる可能性が高いことが分かった.また,くくりわなによる方法も,生捕した個体に近づき麻酔をする際に暴れるため,斜面を避け平坦地を選ぶなど,設置場所が限定される弱点を持っている.そこで,今回は容易にシカに接近できる場所で最も安全に捕獲できる方法を用いるということに重点をおいた結果,以下のような捕獲作業を行うことになった.

(1) 給餌場を設定し,シカが通ってくることを確認する作業

(2) 直接観察により,外見上,栄養状態が良い個体を見いだす作業

(3) 給餌場にいるシカに車で接近するため,車の通行でシカが避けないようにする学習作業

(4) 車をたてに,10mはなれたところから,大腿部に麻酔薬を打ちこむ作業,座り込んだシカを取り押さえ,発信機の装着,外部形態の計測を行った後覚醒剤を血管注射し,解放する作業

が,それである.通常,山で仕事をする人の車が朝8時と夕方5時に通行する以外には,車の出入りが少ない場所を選び,車道から10m程度離れた見通しのきくところに,給餌植物を置くこととした.給餌する植物には,アオキ,スズタケを用いた.これらは,冬期になってシカが好む植物と考えられるものである.1990年12月に入って,毎日10〜30sのアオキ,スズタケを給餌し,給餌の時刻は15:30〜16:00とした.10〜15頭のシカが給餌場に通うようになり,餌を採食しているところを車で通過する日々が,約50日間続いたところで,最初の捕獲が試みられた(1991年1月19日, 同1月20日).その後も同様の経緯を繰り返し,3月26日には新たに捕獲作業を行い,計3頭のシカの捕獲に成功した(写真1).

3頭の外部形態などの計測結果については表1のようになっている.

図3 わなの構造  Fig.3 The construction of deer trap
図3 わなの構造
Fig.3 The construction of deer trap
写真1 発信機をとりつけたシカ
写真1 発信機をとりつけたシカ
表1 捕獲したシカの外部形態
Table 1 Body size of deer attached with radio collars.
表1 捕獲したシカの外部形態  Table 1 Body size of deer attached with radio collars.

2)給餌作業

給餌場に通ってくるシカを直接観察することができる場所を選び,当初は10〜30sのアオキ・スズタケを給餌した.通って来るシカの頭数が安定してきた頃を見計らって,以下の数式を用いて給餌量を決定し,毎朝台秤りにて給餌量を,また翌日の給餌の前に前日の残りの植物を集め,利用割合を算出するために残査量を測定した.

1日の給餌量(s)=0.045×(シカの体重)0.75(GILES(1978))
(但し,給餌植物のエネルギー量が4.2Kcal/g以上とする)

なお,給餌植物は,ニホンジカの生息が認められなくて,調査場所と類似する植生帯から採取することとした.そのため,南足柄森林組合を通して給餌植物を供出していただける山林所有者を紹介してもらうこととなった.

給餌は,1990年12月1日〜1991年5月10日まで行った.この間,給餌量,残査量の記録は,1991年2月5日から同4月10日までの65日間にのぼった(写真2〜4).

写真2 給餌植物の採取
写真2 給餌植物の採取
写真3 給餌量の測定
写真3 給餌量の測定
写真4 給餌
写真4 給餌

3)行動追跡作業

テレメトリー法による行動追跡については,受信機(YAESU製 FT-290MkU)とアンテナ(マルドル製 八木式3素子型)を用いて適宜ロケーションを行った.定位は3点以上のロケーションによって行った.複数の調査者が入れるときには,同時刻に,また単独入山時には短時間の間にすばやくロケーションし,定位した.

また,日周活動を明らかにするために,24時間体制で2時間ごとに3地点からロケーションを行った(写真5).

写真5 ロケーション
写真5 ロケーション

給餌場に通って来るかどうかについては,直接観察法により,個体を確認する作業を続けた.給餌時刻を一定にし,目撃可能な時間帯に給餌場に出現したシカの頭数,身体のサイズ,発信機装着個体と他のシカグループとの関係などの記載を行った.それらはロケーションの結果と合わせ,給餌が越冬期の行動圏に与える影響の考察を行う資料とした.

結果および考察

1)行動圏について

行動圏が給餌によってどのような影響をうけるのか,雌雄の行動圏のちがい,行動圏の季節性を検討するために,月別のロケーション結果についてとりまとめた.その際,まず給餌の効果をみるために,給餌場に現れる時間帯と,それ以外の時間帯に分けて,シカが定位していた場所を明らかにすることにした.給餌場に現れる時間帯の決定は,給餌場のシカの動向を直接観察することによって得られた資料(表2)に基づき行い,16時から18時とした.また,それ以外の時間帯については,日の出から1〜2時間経過し,気温の上昇する8時から16時までの日中と,気温が低くなる夜間から翌朝までに分けて,シカが生活していた場所を再現させた.図4,表3は,その結果を示したものである.

表2 給餌場で観察したシカの頭数と観察時間
Table 2 The number of deer and time spent by them at feeding site.
1);この表記法は出現時間と観察できる時間帯に立ち去った時間が明らかな場合。
2);この表記法は出現時間と観察できる時間帯に立ち去らなかった場合。
表2 給餌場で観察したシカの頭数と観察時間  Table 2 The number of deer and time spent by them at feeding site.

図4 (a)〜(j) ロケーションの結果  △ 給餌場所. 数字は給餌場所で観察した回数を示す. Fig.4 The seasonal home range on the basis of radio-telemetory data.
図4 (a)〜(j) ロケーションの結果
△ 給餌場所. 数字は給餌場所で観察した回数を示す.
Fig.4 The seasonal home range on the basis of radio-telemetory data.

表3 月別ロケーション数
Table 3 Seasonal variation of the number of deer locations
表3 月別ロケーション数  Table 3 Seasonal variation of the number of deer locations

3頭のシカの行動圏は季節的変化をともなうことがわかる.まず,オス成獣(930)とメス亜成獣(70)の1月から3月の生活空間であるが,南面を向く,下層植生の乏しいモミ・ツガ林を生活場所としていて,ほぼ重なっている.とくに16時から18時の時間帯には,給餌場で同居し,採食していることが直接観察されている(表2,前出).4月に入ると,930と70にメス成獣(830)を加えた追跡個体ならびに,それまで一緒に通っていたシカすべてについて,給餌場に出現することがそれまでに比べて少なくなり,4月10日を過ぎて以降,5月の上旬までの間に給餌場に姿を見せなくなった.それと同時に,3頭ともそれまで利用頻度が少なかったと考えられる対岸部を利用する動きが認められるようになった.その動きがどのようなことを意味するかは,今後の検討を待たねばならないが,植物の開舒とおそらく関係が深いものと考える.

5月以降についてはロケーションの回数が少なくなるため,詳しい考察は避けるが,930,70, 830の行動圏がずれてくる.メスの70と830は,ヒノキ壮齢林を中心とした季節的行動圏へと活動範囲が広がっていく.この同じ地域で佐藤(1988)は,2年間にわたり当地域のけもの道を丹念に歩き回り,シカの休息跡の発見につとめ,環境選択を調べている.その調査結果の一部(図5)と,メス70,830の5月以降のロケーションの結果(図4参照)と照合させてみると,休息跡の集中する場所とロケーションにより定位した場所がまさに一致する.このメスグループが利用しているヒノキ壮齢林は,図5にみるように,沢筋部を中心にいくつものギャップが発達し,シカの利用できる植物が繁茂しているが,休息後,ロケーションの結果ともにその周辺部に集中分布する結果となっている.

一方,オスの930は,メスの70, 830とは異なったえさ場を利用している.そのため,5月から8月下旬までの4ヶ月間の季節的行動圏は,70, 830のものと大きくずれている.佐々木(未発表)は,開けた幼齢植林地をえさ場にするシカのグループに対して夏毛の斑点を基準に個体識別しながら,3年間にわたり行動を追跡し,そのグループ構成とグループ間の幼齢造林地内の利用エリアを明らかにする作業をすすめた.その結果,繁殖期を除くと,同じえさ場でオスとメスグループの同居する確率がきわめて低いことを明らかにしている.メスグループ同士が同居する場合は,一定の間隔をおいて同居していること,また,時間差をおいて全く同じエリアを利用することを発見している.オスとメスグループの間にはどのようなルールがあるか,開けた植林地にオスを発見する機会が通常時きわめて少ないため,不明となっている.オスジカがどのような環境を選択しながら生活しているのか,野生のオスジカの研究事例は欠如しており,さらに標識をつけ,調査事例を増やさねばならない.そのことによって,雌雄の生息場所のずれ(sex segregation)の意味が明らかになっていく.

図5 休息場跡(佐藤 1988より)  Fig.5 Locations of resting sites. (from Sato 1988)
図5 休息場跡(佐藤 1988より)
Fig.5 Locations of resting sites. (from Sato 1988)

ところで,9月に入ると丹沢ではシカの繁殖シーズンに入り,オスジカのラットコールが始まる.この季節には,オスジカの行動が他の季節と異なり,メスジカを追い求める生活パターンになり,そのためメスジカのえさ場に同居する生活が主体となる.図4(前出)の9-10月のオス行動圏をみると,明らかに70, 830の行動圏の中心部で定位する日が多くなり,メスグループの行動圏に重なるように行動していることが分かる.これらのオス行動は,5月から8月には見られなかったものである.この季節,種の存続のためにオスジカがどれ位の行動圏をもち,メスジカを追い求めるのか興味深いものがある.これまでのところ,本調査のオスジカについては,日周行動の面的なひろがりは他の季節と比べてかわりがない結果となっているが,「うろつきまわり型」のオスジカの行動を認める報告もある(三浦 1986).メスの集団性との関係など当季節のオスの行動についてさらに考察を進めるために,今後の追跡が急がれる.

2)日周行動

2時間おきにロケーション定位した結果(図6)に基づき,最外郭法により,活動範囲の大きさをもとめると表4のようになる.2月,3月,4月上旬の給餌場を中心に生活していた時期の活動範囲の大きさについて,比較していると,オスとメスの間で少し差がありそうである.この比較は標本数は少ないが以下の理由から意味のあるものと考える.

第1は,オス・メスともに給餌場を中心とした行動圏をもっていたこと,
  第2は,オス・メスの行動圏がほぼ重複していたこと,      である.

このように採食場,休息場がほぼ同じ場所を利用しているという共通した生活パターンを持っていることから,その大きさの比較に意味を見いだすことができる.ここでさらに重要なことは,オス・メスとも給餌場に執着した日周行動をとっていることである.日周行動の性状,サイズなどについては,他の季節の動向とともに,今後さらに標本数を増やし,その意義を明らかにしていかねばならない.また,9月以降の繁殖シーズンになると,オスジカの日周行動がどのように変化するものか興味深い.10月,11月の調査結果が待たれる.

図6 A〜R 日周行動  注;図中の数字は説明の表に示したロケーション時間を示す番号。実線はロケーション地点の最外郭を結んだもの。  Fig.6 Daily movement obtained from radio-telemetory data
図6 A〜R 日周行動
注;図中の数字は説明の表に示したロケーション時間を示す番号。実線はロケーション地点の最外郭を結んだもの。
Fig.6 Daily movement obtained from radio-telemetory data

図6 の続き Fig.6 (continued)
図6 の続き Fig.6 (continued)

図6 の続き Fig.6 (continued)
図6 の続き Fig.6 (continued)

図6の日周行動の説明
(表)図6の日周行動の説明

表4 日周行動範囲
Table 4 The home daily range size
表4 日周行動範囲  Table 4 The home daily range size

3)給餌植物の利用状況について

図7は,給餌植物の利用状況を示し,また給餌場にあらわれたシカの個体数は表2(前出)に示すものである.これらのシカが給餌場に滞在した時間や利用した頭数など,不明な部分が多いため,給餌植物への依存度についての詳しい結果は,今後の調査をま待たなければならないが,いくつかの大まかな傾向を今回の結果は示している.

1月〜3月の厳寒期には,給餌植物への依存度が高くなること,その傾向は春の植物の開舒期になると,植物の開舒にともない依存度が急激に低下していくことが推測される.

OZOGA&VERME(1982)は,シロオジカの長期的な研究の一環としてsupplementary Feedingをとりあげ,その効果について論究しているが,依存度について図8のような成果をおさめている.おそらく,ニホンジカについても同様の成果が期待されるものと考える.

図7 給餌量と利用率  Fig.7 Amounts of supplementary feed and its consumption by deer
図7 給餌量と利用率
注1;タテの実線 給餌したアオキの生重量,タテの破線 給餌したスズタケe.t.c.の生重量
注2;■ アオキの利用率,▲ スズタケe.t.c.の利用率
Fig.7 Amounts of supplementary feed and its consumption by deer

図8 シロオジカによる給餌利用の年変動パターン(OZAOGA&VERME 1982より)  Fig.8 Circannual patterns in supplemental feed consumption by white-tailed deer
図8 シロオジカによる給餌利用の年変動パターン(OZOGA & VERME 1982より)
Fig.8 Circannual patterns in supplemental feed consumption by white-tailed deer

引用文献

CLOVER. M. R. 1956 Single-gata deer trap. Calf. Fish and Game, 42.199-201

古林賢恒・山崎晃司 1987 若いオスジカの行動圏,39回日林関東支論,155-156

GILERS. R. H. Jr. 1987 Wildlife Management 416pp. W. H. FREEMAN and Company.

伊藤健雄・高槻成紀 1987 五葉山地域におけるニホンジカの分布域と季節移動.山形大会紀要(自然科学),11(4):411-436

神奈川県環境部 1987 丹沢三塊におけるニホンジカ生息実態調査報告

神奈川県 1972 丹沢大山学術調査報告書

丸山直樹 1981 ニホンジカ Cervus nippon TEMMINCK の季節的移動と集合様式に関する研究.東京農工大学学術報告,23:1-85

三浦慎悟 1986 ニホンジカ−その生態と社会にみる多様性.動物大百科4.大型草食獣,平凡社

宮木雅美・丸山直樹・田村勝美 1978 シカ捕獲オリの製作と使用,哺乳類動物学雑誌,7(4),228-230

中野玄三 1986 日本人の動物画,古代から近代までの歩み,朝日新聞社

OZOGA. J.J.AND L.J.VERME 1982 Physical and Reproductive Characteristics of a Supplementally-fed White-Tailed Deer Herd. J.Wildl.Managment,46(2),281-301

佐藤洋司 1988 ニホンジカ Crevus nippon の生活からみた休息場.東京農工大学農学部 1988年度卒業論文

Summary

The Habitat use and their behavior under winter supplementary feeding were studied on Sika deer (Cervus nippon) inhabited man-made Japanese Ceder (Cryptomeria japonica) and Hinoki cypress (Chamaecyparis obutusa) forest, Fudakake, Tanzawa Mountains. Suzutake (Sasamorpha purpurascens), Japanese aucuba (Aucuba japonica), Camellia (cameria japonica) and Carex sp. were fed at feering site from 1st Dec. 1990 to 10th May 1991. We also attached radio collars with three deer, a male adult, a female adult and female sub-adult in order to investigate their home range. The time spent at feeding site were almost overlapped and their home range from January to March were located almost same area. In feeding site deer preferred Japanese aucuba in comparison with other forage plants in February and March.