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日本の風力発電事業の実情を見る

2006.07.01
解説
会報『自然保護』特集:風力発電事業を考える(2006年7/8月号)より転載

日本の風力発電事業の実情を見る~
どのように計画され、進められるものか。

問題視される事例の増加

日本の風力発電が急速に増えています。風力発電は、太陽が降り注ぐ限り大気の循環によって無尽蔵に吹く風を利用した「再生可能エネルギー」であり、二酸化炭素や窒素酸化物、硫黄酸化物などを排出しない「クリーンエネルギー」でもあります。しかし、「いいことずくめ」とみられているこの発電にも、立地地域の自然を破壊する可能性が指摘される例が出てきました。岐阜県の濁河風力発電事業計画の中止例を糸口に、風力発電の実情と課題を考えます。

濁河の計画には大きな関門が2つありました。一つが、岐阜県の環境影響評価条例です。50m以上の高層工作物を建設する際に環境影響評価を義務付けた同条例の対象となりました。この結果、事業が環境に与える影響などの調査方法や結果を公表し、一般から意見を聞き、県の審査を受けることになったのです。2つ目が国有林内での事業のための特区申請でした。水源かん養保安林と保健保安林に指定されていた計画地で事業をするには、その指定解除が必要なため、事業者は高山市と下呂市に特区申請の提出を求めました。

第一関門で事業計画が、NACS-Jや日本野鳥の会などの目に触れ、問題点や疑問点が明らかになりました。この計画地は、かつて大規模なリゾート施設建設計画が変更され、生活環境の保護と森林レクリエーションの場である保健保安林として価値付けられた森が含まれていました。またタカ類などの渡りのルートにあり、風力発電機が野鳥を巻き込む事故の恐れが大きいこと、風光明媚な場所の景観を損ねること、などが指摘されたのです。

この批判が、第二関門の特区申請で地元自治体を動かす要因になりました。高山市と下呂市は、御嶽山麓の景観を損ね、貴重な自然を改変してまでもするべき事業としてのメリットが認められないなどと判断し、特区申請を見送り、事業は事実上中止となりました。

風力発電が珍しく、その事業地もわずかであった時には、濁河のように自然保護と対立し、厳しい批判を浴びる例は聞いたことがありませんでした。しかし、90年代からの風力発電導入量の急増(図1)で事情が変わってきます。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)によると、10kW以上の風力発電施設は約300カ所(2004年度末)にも上ります。こうなってくると、施設は、多様な場所に建設、計画されるようになります。当初は海岸沿いに多かった風力発電の施設が、山間地にもつくられるようになってきました。

060701国内風力発電導入量推移.jpg

政府の政策で推進されている

風力発電の建設は欧米でも盛んです。その背景には、脱原子力の流れと、風力発電が地球温暖化防止策の重要な選択肢の一つとして意義付けられていることがあります。

日本は、「新エネルギー導入大綱」(94年)で再生可能エネルギーの導入目標を決め、風力などの新エネルギーの導入を進めました。97年には「新エネルギー利用等の促進に関する特別措置法」が施行され、導入が本格化します。この年、先進国に二酸化炭素などの温室効果ガス排出量の削減目標を定めた「京都議定書」が採択され、日本は「2008年から2012年の平均排出量を1990年比6%削減」することを目標としました。これは二酸化炭素を排出しない風力発電に強い追い風となりました。さらに、「電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法(RPS法)」が2003年に施行され、電力会社と電力の小売り・卸売り事業者が一定の割合で新エネルギーの発電電力を買い取ることを義務付けました(図2)。

060701エネルギー別電力供給量.jpg

風力発電の導入量は2004年度末で約93万kwです。「2010年までに300万kw」という政府目標を達成するためには、6年ほどで2万kwの濁河風力発電所級の施設を100カ所以上建設しなければなりません。しかし、急増したとはいえ現在の導入実績からすれば、短期間でその倍以上の導入はかなり難しいでしょう。目標を金科玉条とすると、濁河のような例が頻発し、風力のイメージは悪くなり、建設地を探すことがますます困難になるという悪循環に陥ります。

この事態は、エネルギー政策の柱の一つであるエネルギー源の多様化の、効率的な推進と両立しません。だから風力の導入のスピードを少し緩め、浮いた予算を省エネルギー推進や、住宅の太陽光発電施設への支援などに振り向けた方が有効なのではないでしょうか。

施設建設までの手順

では、風力発電施設はどう建設されていくのでしょうか。民間企業が対象の補助金と債務保証がある「新エネルギー事業者支援対策事業*1」(資源エネルギー庁)と、地方公共団体とNPOが対象の補助金がある「地域新エネルギー導入促進事業*2」(NEDO)の場合で考えましょう。

発電までの流れはこうです。まずは風況データや資材輸送路などを調べる立地調査です。有力な候補地が決まると風の状況を詳しく調べるなどの風況精査になります。次は施設の基本設計ですが、このとき事業者は環境影響評価をしなければなりません。しかし、環境影響評価の内容の公開は義務付けられておらず、住民説明会の開催も業者の任意です。たとえ住民説明会が開かれたとしても、環境影響評価の内容が公開される確率は低くなります。

つまり、地域住民が事業計画を知る機会は限られ、環境影響評価の内容を把握する機会はさらに少なくなります。基本設計の後、設備や工事などの実施設計になりますが、その前後に補助金などの申請手続きが行われ、資金支援が決まると建設工事が始まります。完成後は、電力会社の子会社や中小の建設会社などさまざまな事業者や自治体、NPOが、運転・保守をしていきます。

*1  昨年度補助金実績約142億円
*2  昨年度補助金実績不明

必要な3つの改善点

風力発電は補助金なしでは事業化が難しい点や、効率的な蓄電がまだできない点など根本的な課題もありますが、ここでは濁河などでみられた自然に関係する課題を3つ指摘します。いずれも風力が本当に「クリーン」であるために解決しなくてはならない重要な課題です。

1つ目は、事業者の自然に対する認識が低いことです。風況や資材を運ぶための道路建設といった土木工事の面からの条件などは十分調べていますが、鳥類の渡りのルートをはじめ、生物の生息環境の面からの調査は不十分なことが多く、地域で調べている人たちからの情報収集も不十分です。事業者への環境教育の必要性を強く感じます。

2つ目の課題は、事業計画の情報の入手の難しさです。濁河の事業は、岐阜県の環境影響評価条例の対象となったため、計画段階で公表され、問題点が指摘されました。しかし、岐阜県のような条例は多くありません。気がついたら建設が始まっていたという事態を避けるには、風力発電事業にアセスメントを義務付け、公開する条例を自治体に求めることが必要です。

3つ目は、計画地の人たちの無関心が挙げられます。濁河の計画地に近い地区の人たちは、計画自体は知っていましたが、問題があると受け止めている人たちは非常に少ない状況でした。計画地の住民に、風力発電事業が自然にどのような影響を与えるのかを理解してもらう方法を、考えなければならないでしょう。

(三島 勇/読売新聞東京本社科学部・NACS-J評議員)

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