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MINAMISANRIKU
イヌワシの帰りを待つ土地

林業の未来のための山づくりが

イヌワシを呼び戻すかもしれない

 

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Vol.2
佐藤太一さん
株式会社 佐久 専務取締役

南三陸で江戸時代から林業を営む歴史ある会社、佐久。その会社の持つ山の一部がイヌワシを戻すための試験地となり、現在さまざまな取り組みが行われています。その山を管理するのが佐久の12代目である佐藤太一さん。林業の再生とイヌワシの関係を若々しい感覚で語ってくれました。


 

昔話のようにイヌワシのことを大人から聞いていた

 

株式会社 佐久は江戸時代から続く林業家で、佐藤さんは12代目と伺いました。歴史のある会社なんですね。

南三陸は漁業が有名ですし、林業は基幹産業でもないからうちなんて大したことないです(笑)。うちの会社は不動産業もやっていて、どちらかというと収入源はそっちの方が多いですし。ただ、林業は意地でやっていたというか、山を開発するのではなく、山を守りながらやってきたというのはあります。会社が儲かれば、手入れをするなど山にもきちんと返してきた。でも、それは聞こえはいいけど、実は林業を諦めていたってことでもあるんですよね。木材価格が高くなれば、また業としてできるかもしれない、というような感覚だったのかもしれないですね。

佐藤さんが家業としての林業に携わるのはいつからですか?

震災後の2012年からです。家業を継ぐというのは小さい頃から叩き込まれていたので、はじめはやむを得ずという部分も大きかった。でも震災で、家も所有している不動産物件も流され、人を雇う余裕もなかったですしね。大学で好きなことをやらせてもらいましたから、もう自分しかいないなと。僕は山形大学で宇宙放射線物理の研究をしていたんです。物理も自然科学の一部ではあるので、そういう目線で見ると、それまでの林業は人間のエゴで山に入ってるイメージが強かった。家を継ぐために帰ってくることになり、これから求められる林業とは何だろうと考えた時に、生物多様性とか持続可能性とか、そういうことも大切になってくるんじゃないかと思ったんです。でも、まさか林業とイヌワシを結びつけるなんてことは思いつかなかったですね。

イヌワシのことは昔から知っていたのですか?

うちの持っている山にイヌワシがいたんですよ。小さい頃は、子どもはイヌワシにさらわれるんだとか父親から聞くこともありました(笑)。絵本とか昔話の雰囲気に近い感じでしたね。あとは、楽天ゴールデンイーグルスができたときもよく話題になりましたね。ここにイヌワシがいるからついた名前なんだよなって。地元にとってはちょっとした誇りのようなものがやっぱりある。でも、林業の目線からいうと、イヌワシは少々やっかいな存在でもあるんですよ。イヌワシがいると保護区になり気を使わないといけない、だからイヌワシは面倒だ……。これは多くの作業者に共通する正直な思いでしょう。とはいえ、林業やっているからと邪魔者にしていいわけではないですから。森にとっても重要な指標でもあるし、いろいろと調べていくなかで、鈴木卓也さん(インタビューvol.1参照)や自然保護協会の出島さんと出会い、たくさん教わりました。

どういった話が印象的でしたか?

全部木を切って植林して、次の世代の木を育てるというサイクルが重要だと僕は思っていたんです。だから皆伐が必要なんじゃないかと。そうしたら、イヌワシは広いスペースがないと狩りが出できないというじゃないですか。あれ? 林業とイヌワシってマッチするんじゃない?と。そもそも、多様性のある山をつくっていくことがこれから求められる林業だという予感があったんですね。その多様性のひとつとして、皆伐制御した山もないといけない。それが、イヌワシやほかの生物にとっていい環境になるということは発見でしたね。実際に群馬県の赤谷の森を出島さんに案内してもらい、そのことをより強く実感できました。林業とイヌワシを分けて考えるのではなく、一緒に考えることが、木材生産と生物多様性を両立するひとつの表れになるんじゃないかと。

 

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南三陸ポータルセンターでのイベントで、イヌワシの紙芝居を子どもたちに聞かせる佐藤さん。昔、親から聞いていたように、自分たちの町にイヌワシがいることを地元の子どもたちに伝えようと、鈴木卓也さんを中心に製作したものです。


 

山はすべて一緒ではないから、それぞれの価値を考えないと

佐久の所有する山では、皆伐がすでに行われたのですか?

木がよく育っている山があったのでそこで強度間伐を行いました。いろいろな手続きの関係で皆伐はすぐにはできなかったので、通常の間伐よりも多く伐採するという方法ですね。イヌワシのことも少し頭にはあって、あそこは枝張るし成長量がいいから結構切ってあげないとスペースが空かないかなということもありました。でも、それがイヌワシにとってどうなのかというのはまったくわからないのが正直なところです。どちらかというと、その山の状態だと強度間伐が必要だという感じですね。その後で鈴木卓也さんに見てもらったら、いいスペースですねと言われたんです。それで、これがイヌワシのためにもなっているのかと。

イヌワシにとっては皆伐がベストなんでしょうか?

林業にとっては木を育てることが大切なので、皆伐ばかりしてしまうと、林齢によっては禿山になる場合もありますね。重要なのは、山はそれぞれ性質が違うということなんですね。先ほどの強度間伐を行った山は、それができる山だったということ。元々その山は木を育てる山ではなく、草山とか薪炭林だったところに、戦後の拡大造林の時に杉を植えています。そこからまだ1世代。育ててみてわかったことには、この山はすごい成長量なんですよ。逆にいうと、年輪が荒くて目が詰まっていない。そういう材のデメリットはあるけれど、皆伐によって普通の山よりも世代交代を頻繁にさせることができるんです。短伐期林業と呼ぶものなのですが、その山はそういう方法がいいだろうということですね。もちろんその逆もあって、そちらは長伐期制御と呼ばれます。少し前に流行した、100年の森を育てよう、というのが近いですね。広葉樹のブナ林などは、そういう手法を取ることもできます。ひとくちに山や森といっても、皆同じではなく、山ごとにどうやって手を入れていくかを考えないといけないんです。100年なのか、短期的な世代交代なのか。意外にそのことがきちんと議論されてないような気がします。

そういうなかで“FSC”にも意識が向いていったのでしょうか?

100年目指す山と目指さない山、それぞれ機能や性質が異なるのであれば、動物や植物の環境も違うだろうし、きちんと調査して知っておいた方がいいと思うんです。国際的森林認証であるFSC(*)は、簡単にいうと植生や動物のモニタリングもしっかり行いながら林業をしていきましょうというもの。環境に適切に配慮された森であることを認証する国際的な制度で、うちの会社は2年前から取り組みを始め、昨年取得しました。そのときもイヌワシを意識している山であることが大きな強みにもなりました。生物多様性でを目指すことと、若い世代が育ってない林齢構成を変えるということの相性がとてもいい。FSC的な発想で山づくりが行えるという手応えがあります。そもそもFSCが評価するのは、森林をどうマネジメントするかということなんですよ。そこには、環境保護だけでなく、経営や労働環境も含まれます。つまりその山に価値があるかどうかが多角的に問われるんですね。その価値が台無しにならないよう、木材の加工ルールも守って、消費者に価値のあるものとして届けてくださいね、と。昨年、そういう加工をできる会社が南三陸にもできましたので、うちの会社もそこに委託しています。これまで経験したことがないことばかりで手探り状態ですが、山が価値あるものとして認められるなら林業家としては挑戦しないわけにはいかないですよね。

*株式会社佐久では2016年に国際的森林認証であるFSCを取得。FSCを取得するためには、生物多様性保全など、様々な視点から持続的な森林管理であることを審査される。

 

イヌワシが戻る=昔の山に戻す、とはまったく違いますね。次世代の山をつくるというほうが近いですか?

まさにそうです。だから、完全に昔の山にしなくていいと思っています。僕のビジョンとしては南三陸の山全体を機能ごとに考えていきたい。今は杉林ばかりですが、この山は杉だけでなくて、広葉樹などいろいろな樹種を生産できる環境にしよう、とか。生産量に関しても毎年きちんと成長量に見あった量を出荷できるよう、完全にコントロールできる環境をつくっていきたい。そういう林業をこの土地でやっていけたらなと思っているんです。僕の子どもなのか、孫なのか、未来の世代のときには、いま僕が悩んでる杉しかない状況から脱却していて、さらに付加価値のある林業になればいいなと。木材が買い叩かれるのではなく、無理のない値段で売買され、持続的に回っていくような林業がつくられていけばと思います。

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上の写真は、南三陸ポータルセンターでのイヌワシに関する講演会の様子。林業の利益がイヌワシのためにもなるという視点は、これまで林業家から語られることは多くはありませんでした。下の写真は、FSC認証を受けた地元の木材加工所で作られたもの。


 

イヌワシがいることが山や木材の価値を上げることになる

佐久で働く人たちはイヌワシやFSCのことはすんなりと受け入れていますか?

このインタビューのように話すと、全然わかってくれないですね(笑)。でも、それでいいというか、その必要もないんですよ。作業者の目線で伝えることが重要なので、イヌワシというキーワードもほとんど使いません。例えば、強度間伐にしても、このやりかたの方が材をたくさん出せるからいいよねと。そうすると光も入りやくなってほかの植物や下草なども生えてきて、桜なんかも生えるから将来使えるねと。そうやって林業ベースの話をしっかりしていくことで、新しい山づくりの環境ができていくんだろうと思います。でも、どこかで気にしているんでしょうね。こうやったら生態系に影響及ぼしますかね?ということもたまに聞いてきたりしますよ。そういうときは、そんなに気にしなくていいよって言っています。今回の取り組みは数年も一緒にやっていますからね。ダメージになるようなことはなく進んでいると実感しています。

 

イヌワシが戻ってきたらどうします? よく想像したりしませんか?

どうします…? うーん、どうしようかな? パーティでもやりましょうか(笑)。正直に言うと、僕の中ではイヌワシが戻ってくることはゴールではないんですよ。それをつなげていかないと。だから、うちの山がちゃんとしてるからイヌワシが来てんだぜって孫に自慢したいですよね。そういう想像かなあ。仮にイヌワシが戻ってきて定着したら、そのために必要なことを次に伝えていかないといけないし、それはほかの地域に対してもそうです。イヌワシと共存することで木材の付加価値をあがるようなノウハウを、林業のためにも広めていきたいですね。

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東北森林管理局計画保全部長の島内さんと話し込む佐藤さん。南三陸の山の状況をさまざまな視点から把握することが、次の取り組みへと繋がっていきます。


 

佐藤太一
Taiichi Sato

株式会社 佐久 専務取締役

宮城県出身。みちのく伊達政宗歴史館非常勤学芸員、理学博士。東日本大震災を機に家業の株式会社佐久に入社し、林業の新しいビジネスモデル構築に取り組む。南三陸杉の森林認証(FSC)取得にも尽力した。

2016年10月5日更新