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icon_syumiya.jpg 保護・研究部の朱宮です。
 
 
2014年7月12日
今回は、武澤かきこさん(84歳)のお話。
前回の佐藤ちよ子さんからは食の話題を中心にお話いただきましたが、今回は人生の流れに沿って伺おうということで、次のような項目を年代に順にお聞きすることにしました。
①独身時代
②お嫁に来たときの入谷のようす
③当時の農業の様子
④当時の食の様子
⑤農業と食の移り変わり
⑥入谷のよいところ
 
お話しいただいた一部を紹介します。当時のお話を伺うと必要なものは何でも工夫して作っていたことがよくわかります。
 
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●結婚前のこと
小学校はその頃は高等小学校って女学校さもロウダイの山の上の方だったから学校さ行くも何もできねかったわけね。ロウダイからサグマまでっていうと、歩っても行かれねえし自転車でも行かれねえから結局家にいて、農業の手伝いをしてたわけね。
 
その頃はあんまり会社だの何だのも、すぐ戦後になったから無かった。どこさも行って働くとこも無かったしね。で、そんなこんなしているうちに独身時代は裁縫の、和裁の稽古だの何かの忙しくない時ね、まあ10月の終頃から春先雪溶けて畑だのなんかさ、行く前には和裁の稽古するね。一応着物もね、縫えるようにはなったんだけどね。
その頃は、私たちが嫁になる頃は反物だのなんかもあまり無かったからねえ。私の着物は、おふくろが養蚕はやっとったからねえ。そんで、繭から糸を、おばあさんが糸とってね、おふくろが機織りしてね、そうやって着物も作ったわけだったのね。
 
●お醤油
その頃はね、醤油は家で作ったったね。絞ってくれる人があっちのマイヤの方に居たったからね、その人に頼んで。そうやってお醤油いっぱい、一年かけてつくった。
 
●お味噌
麹はやっぱり麹屋さんさ。麹屋があったからね、そこさに頼んだのね。材料ぐらい。大きい樽で作った。家族もその頃大勢だったからさあ。
一番多い時皆居たったから6人だね。でも入谷は7、8人が普通。多かったんだね。農家だからね。
 
●油
油もあんまりねえけどさ、菜種だのなんか作って、絞ったったね。家のじいさんが。
前にはこの辺で椿とかさ、色んなのアラヤのね、スズキさんのおじいちゃんの人がね、蒸かして絞って、それで立派な油できてね。実家の方からここまで絞りさ来たりしたことがあんのね。
大概はあの、蕎麦植えて菜種植えて、椿油って3種類作った。
カヤの実も。ただ木の実は効率悪いからあんまり皆やらなかった。機械にね、焼きつくんだね。椿油はよろこんで締めてるんだけど。木の実はちょっと
 
icon_syumiya.jpg 保護・研究部の朱宮です。
 
前回までの人と自然のふれあい調査を受けて、この調査を進めるメンバーで話し合った結果、入谷の暮らしは現在80歳代の方が小さかった頃、大正から昭和初期までからそれ以降で考え方が大きく変わってきたそうです。
 
大正~昭和初期以前は何でも自分で作っていた、あるいは採って食べることが当たり前だったが、それ以降はものを買って必要なものを満たすことが当たり前になっていったというのです。
買うという行為がそれ以前は自分で何もできない恥ずかしいことだったが、自分で作れなくても恥ずかしくなくなったのだそうです。
 
つまり、現在80代の方達は、ほぼ地域の自然からの恵みで暮らしていた最後の世代ということになります。そこで、まずはその時代の地域の暮らしぶりを掘り起こすためにこの80代の方々からお話を聞こうということになりました。その様子をお伝えします。
 
2014年4月8日
佐藤ちかよさんに「いりやど」に来ていただき最初のお話を聞く会が開催されました。特に入谷でたくさんのふれあいとして挙げられた食についてお聞きするという趣旨でお話をいただきました。当日は、地域の若い方々も参加しました。
以下は、いろいろあったお話の一部です。
 
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●川でおかずを捕っていた話
私の家ではさ、おかずっていうと川のものが主食だったの。とにかく収入がないから買うお金がないからね。父親が暇があると川さ行くんだよね。籠持って。ザッコ(雑魚)っていう小魚。イリッコだのカンスカだの。昔いたから。田んぼの水引く所で梁(やな)作って、このテーブル二つぐらいの長さの竹で編んで、で入り口のところは広くして、止口の方はしぼまるようにして。そして、それあげた時に色んなザッコ(雑魚)が。ザッコ(雑魚)っていうんだよ、お魚の色んなのをね。アユもあればウナギもいて。
 
●お正月
私の時代は、年越しの晩に、麦の入れないご飯食べんのさ。年越しの晩にな。
お正月、元日は餅でしょ、年越しの晩には麦の入えんねえご飯。で、元日の晩にはあんこ餅、お雑煮餅、三種類作って、好きな、クルミとか何とか作って食べたのさ。その家庭によって3日あんこ餅食う家もあったし、3日お雑煮食う家もあったし、色々その家庭によって、食べ物が違ってたんだよな。
そんで、お惣菜、おかずは、その時は刺し身、それから、なんとかかんとか年越しの頭の付いたお魚買って、神様さあげて、食べた記憶があります。
 
みんな真剣に話を聞いていました。僕にとってもたいへん貴重な経験になりました。
 
 icon_syumiya.jpg 保護・研究部の朱宮です。
 
 
NACS-Jでは、昨年、宮城県南三陸町で集水域に注目して水戸辺川上流から下流にかけて植生調査(陸上植物、アマモ分布調査)、水環境、水生昆虫調査を実施しました(「東日本海岸調査報告書2013」参照)。
あわせて沿岸での人と自然とのふれあい調査を実施したいと考え地元の方と昨年の12月から相談をしていました。
2年前に波伝谷地区でふれあい調査をさせていただいたのですが、復興の途上であり、参加していただいた地元の方にも余裕がなく、ご無理をお願いしてしまったと反省点も多かったのです。それでも、海辺にくらす人が海に対してどんな思いを持っているのか、そのほんの一部を知ることができてたいへん有意義な取り組みとなりました。
 
そこで今回は、大正大学の山内さん、上山八幡宮神職の工藤さんが南三陸町のまちづくり協議会の公園部会の会合を開いていた時に参加させていただき、ふれあい調査を実施するならどこの地区がよいか相談をしました。
その時に紹介していただいたのが、入谷地区です。内陸の地区ではありますが、公民館の阿部館長さんを訪ねたところ積極的に話を聞いてくださり、まずはここで実施しようと決めました。ちょうど、波伝谷地区出身の鈴木卓也さん(モニ1000の調査の担当であり、南三陸ネーチャーセンター友の会の代表でもあります)が、シリーズで勉強会を入谷公民館で行っており、その入谷勉強会シリーズに位置づけてもらう形で実施していくことになりました。
 
第1回目は2013年12月22日に「いりやど」という入谷の研修施設で行いました。
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自然とのふれあいアンケートということで、参加してくれた方に、目に浮かぶ風景、耳に残る音、鼻に思い出す匂い、肌によみがえる感触、舌になつかしい味、第六感的なもの、という質問ごとに付箋に書いてもらいました。すると、舌になつかしい味が72項目ともっともたくさんのふれあいが出てきました。続いて、目に浮かぶ風景67、肌によみがえる感触47となりました。項目を分野別にまとめてみると、食、農業、養蚕に関してが最も多いふれあいであることがわかりました。
 
そこで、2014年1月23日に実施した第2回のふれあい調査では、食、農業、養蚕に関して1年を春夏秋冬の4季節にわけてどんなふれあいがあったのか付箋に書いてもらい、大きな円を描いて4つの季節に分けた模造紙に貼ってもらいました。
 
 
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すると、食だけとってもたくさんの項目が出てきて一年を通じていろいろな自然の恵みを利用していたことがよくわかりました(上写真)。また、食の中でも干し柿、カヤの実(コウセン)、ガマズミ(ソゾメ)、タラの芽などは比較的多く皆さんが記載していました。しかし、一方で、他からみると比較的海に近いところにありながら、海の恵みについては一切でてきませんでした。もちろん、まったく食べていなかったということはないかと思いますが、ハレの日など限られた日だけだったのかもしれません。
こうした取り組みを通じて自然の恵みを最大限に活用していた当時のくらしの一部を知ることができました。
 
 
( ↓ その後、地元の方からお話ししていただく調査の様子もレポートとしています。)
 

icon_ohno.jpg教育普及部の大野です。

毎日新聞のNACS-J連載「生き物のまなざし」~チゴガニ 被災の干潟からエール~ 
が、本日の朝刊に掲載されています。

東日本海岸植物調査担当の小此木の写真と文章です。ぜひご覧ください。

毎日新聞●生き物のまなざし:チゴガニ 被災の干潟からエール

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icon_watanabe.jpg  広報・編集部の渡辺です。

今朝(2月25日)の朝日新聞に、NACS-Jが東日本大震災後行ってきた東日本海岸調査や、被災地沿岸部で進む復旧事業の問題について掲載されました。

この記事では、NACS-Jの東日本海岸調査をはじめ、ほかの研究者の方々が進めてきた調査からみえてきた、東日本大震災の自然環境への影響を紹介しています。
また、現在急ピッチで進む復旧事業によって、大津波を生きぬいた生きものたちの生息環境が破壊されている現状、復旧工事が環境アセスメントの対象外となっている問題などについて掲載されています。


■(防災 復興)沿岸部、変わる生態系 東日本大震災の津波が影響、外来種増加(朝日新聞)


●NACS-Jの東日本海岸調査の結果をまとめた報告書(PDFファイル)はこちら

NACS-Jでは、海岸堤防・防潮堤復旧事業と海岸防災林復旧事業が東北の人たちの暮らしを支え地域の財産である自然環境を破壊することがないよう、自然環境と生物多様性の保全を十分考慮し、健全な自然生態系を 残しながら事業を進めることを政府および関係省庁に要望しています。


参考記事:巨大防潮堤に依存することなく、健全な自然生態系の保全と防災が両立できる復興事業を。― 防潮堤と防災林の復旧事業への意見書提出。

icon_okonogi.jpg保全研究部の小此木です。

2月16日(仙台)、17日(盛岡)2日連続の東北での東日本海岸調査の
報告会も無事に終わりました。
ご来場下さった皆さま、お手伝いいただいた皆さま、
本当にありがとうございました。

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▲仙台ニコンプラザで開催した報告会「「青森~千葉 震災後の海岸の自然環境の変化~海岸植物群落から見た海岸の今とこれから~」

両日とも当然、防潮堤計画や海岸林の復旧事業計画の話が質疑応答で出たのですが、
関係する行政マンや行政研究機関の研究者が、クロマツを一面に植えるとか、
そのために土盛りするなどのお話を熱心にされました。
しかし、そういった事業計画の説明は、公に市民向けの説明の場などを、
きちんと自ら持って地域の合意をはかっていただきたい、と痛切に思いました。

この東日本海岸調査の報告会と写真展が、報道されました。
河北新報●河北抄

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▲岩手で開催した平成24年度 植生学会・日本自然保護協会シンポジウム「岩手の海岸の自然再生に向けて~東日本大震災後の海岸植生の自律的再生と共存のために~」

仙台ニコンプラザの写真展は本日20日までです。詳しくは下記記事へ。

今後も、この調査結果や地域の方々の想いを一人でも多くの方々に知っていただくため、全国巡回写真展を企画しています。ご支援をお願いします!
(下記Campfireのサイトでクレジットカードからの募金を募っています。目標金額達した場合のみ、募金が実行されます。)

●ご支援ください!
「つなげたい・東北の海辺への想い」暮らしと自然を考える巡回写真展を開催!」

icon_okonogi.jpg保全研究部の小此木です。

2月3日に、東京・清澄庭園の大正記念館で、特別セミナー「現場から見えてきた復興と人と自然のかかわり、自然保護の課題」を開催しました。

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当日は、「東日本海岸調査」の結果報告を行い、被災地域の方々とともに行った調査で、各所で海辺の自然が甦りつつあることを発表しました。
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また、石巻市北上町でヨシ原利用のための地域の絆が速やかな高台移転に役だっているという、北海道大学の宮内泰介教授の報告や、気仙沼のカキ漁師でNPO法人「森は海の恋人」の畠山信さんから巨大防潮堤に対する地域の方々の不安の声なども発表されました。

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会場には約150名ほどがお越しくださり、被災地域のおかれている実情や、今後の復興事業でも大切にしていかねばならない自然とのかかわりについて聞きいってくださいました。

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会場には、東北で甦りつつある自然を写した調査写真をパネルにして数点展示しました。
(2月7日から仙台のニコンプラザで開催する展示にご支援いただいているNikonさんのご協力)

東北での復興事業は急ピッチで進んでいます。

今後も、東北の海辺の実状を多くの方々に伝え、自然とのつながりを失わない復興事業のあり方を求め、調査結果の発表と、地元の方々と連携した活動を進めていきます。

【仙台】2013年2月16日(土) 13:00-
  復興支援拠点:ニコンプラザ仙台コミュニティースペース
「青森~千葉 震災後の海岸の自然環境の変化」
同会場で2月7日~20日(9:30-18:00)に、写真と結果レポートの展示を予定。

【岩手】2013年2月17日(日) 14:00- 県民情報交流センター(アイーナ) 会議室803
「岩手の海岸植生の津波からの再生に向けて(仮)」



東日本海岸調査にご支援をお願いします!
海辺の自然に支えられた復興にあなたの応援を。
調査報告会と写真展開催に、ご支援をお願いします!

被災地地元の方々やスタッフが調査記録として撮影した、東日本沿岸の自然の変化を捉えた数々の貴重な写真を多くの方々にご覧いただき、暮らしと自然の復興について考える場を増やしていきたいと思います。
2012年2月より、東京・仙台をはじめ各地での写真展開催を企画しています。広範囲の調査や各地での地域会合の成果を広めるため、皆さまのご協力をお願いします。

郵便振替で3000円以上のご寄付に、調査で撮影された「東北の海岸植物」の卓上カレンダーを進呈中。(メッセージに東日本調査とお書きください。詳しくはこちらへ )。
クレジットカードでのご支援は、Campfireのプロジェクトページ をご利用ください(2月末まで)。
Campfireのしくみを通じて1,500円から50,000円まで、支援額に応じて心よりの御礼の品をご用意しています。2013年2月末日までに目標額40万円に達した場合に支援が実行され、御礼の品をお送りできます。


icon_shimura.jpg保護プロジェクト部の志村です。

2013年1月16日(水)に、仙台で開催された「震災復興ワークショップin仙台」に参加してきました。
副題は「自然の恵みを活かす復興に向けて、震災後の環境対策のあり方を考える」。
主催は応用生態工学会と日本生態学会。共催は日本景観生態学会、植生学会、日本水産学会でした。

まず、竹門康弘氏(京都大学水資源環境研究センター准教授)から
「昨年11月に国交省から『河川・海岸構造物の復旧における景観配慮の手引き』が出て海辺のエコトーンの重要さなどが指摘されたが、現場がどうなっているか後半でお聞きしたい。前半は、そもそも配慮しなければいけない自然のめぐみとはなにか、自然のつながり、そして自然のめぐみを利用する立場から話題提供していただく。環境配慮にとって障害となっている社会のしくみについてもお聞きしたい」という趣旨説明がありました。

自然のめぐみについては3名の方から話題提供がありました。
占部城太郎氏(東北大学大学院教授)は「干潟生物群集に及ぼした津波の影響:インパクトとこれから」と題し、生態系は安定かという生態学のテーマが、今回の津波でどうだったのかを紹介されました。
仙台周辺の6つの干潟について、震災前と震災後の生物種センサス調査の結果、干潟ごとにみると、震災前後でほとんど変化がなかった干潟、いったん種数が大きく減ったものの元の数値に近づきつつある干潟、以前とは違った種構成になって変化を続けている干潟など、それぞれの違いが見られたとのこと。小さいけれど、それぞれ個性的な干潟があることで、仙台湾全体では種数は大きく減少せず、地域全体の豊かさを維持している、とのことでした。

松政正俊氏(岩手医科大学教授)は「汽水域の恵み:ベントス(底生生物)群集の特性とこれから」。汽水域とひとくちに言っても、河口から上流にかけて、そこにくらす生物群集と塩分濃度・深度などの違いからそれぞれに特徴のあるサブシステムがあることを紹介。また、カキは海の生き物と思われているが、幼生の着生や産卵には汽水域が関係しているなど汽水域という環境が多くの自然の恵みをもたらしていることを具体的に説明されました。

平吹義彦氏(東北学院大学教授)は「砂浜海岸エコトーン植生の撹乱・再生体制が暗示する賢い復興の方向性」として、砂浜海岸を構成しているパーツについてや、震災後、予想以上に早い遷移が進み回復しつつある植生の様子、ハリエンジュなど外来生物が今後の脅威となる可能性があること。堤防工事を含むさまざまな事業で浜辺が戻ると思っている人が多いかもしれないが、すでにあっという間に進んでしまった工事もあり、元の浜に戻るための資源は残っているのだろうかと危惧されていた。また、海岸のエコトーンだけに減災・防災機能を集中させているが、海岸林を含めた視点が重要だろうと提案されていました。
なお、平吹さんは今年のNACS-J沼田眞賞受賞者のお一人。2月4日の記念講演会で、くわしくお話をお聞きできるのが楽しみです。

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(写真は、話題提供をする平吹さん)

鎌田麿人氏(徳島大学大学院教授)は、「生態系の再生を支える"つながり"」として、生態系サービスを活かした復興が必要なこと、自然の回復する余地を残した復興事業をすべきなどを提案。また、今後起こるであろう東海地震に今回の経験をいかす必要がある、あれほどの大規模な震災でありながら今までと同じ5年という期限で復興事業が進んでいることの疑問、復興増税による事業で徳島の干潟がすでに失われてしまったことの紹介もありました。

話題提供の最後は、NACS-J沿岸保全管理検討会委員でもある清野聡子氏(九州大学大学院准教授)。「漁村・海村の立地を再考する-高台・潟・緩衝帯・引堤」として、海岸は、震災以前からの課題である、海岸浸食、制度の縦割りや横割り、バッファゾーンのない土地利用が解決されていないまま、震災復興で新たな課題を抱えていると説明。
今まで堤防は海岸線近くに設置するものとされていたが、昨年発表の「景観配慮の手引き」で「引堤」が取り入れられたのは画期的と指摘されました。堤防を作る位置で、守れるものや破壊するものがどう変わるかイメージできるよう図にしたので、こういう選択肢があることを知ってほしい。
土木は断面図の世界なので、生物のハビタットも断面図で説明すると土木関係者にも理解されやすいことなども紹介されました。また、堤防ができなくてはまちづくり計画もできないと言われるが、「防災」「環境」「地域振興・利用」は同時に考えるべきと指摘されていました。

後半の座談会は、会場中央のコの字型テーブルに話題提供者とコメンテーターが着席。そのまわりを来場者が囲むように配置換えをして議論が進みました。後半のテーマは、「自然の恵みを活かす環境対策のあり方」に必要な論点を整理し、生態工学会会誌に掲載しようというものでした。

コメンテーターのお一人は、「景観配慮の手引き」を策定した委員長の島谷幸宏氏(九州大学大学院教授)で、「手引き」の策定の経緯や配慮事項などを紹介。ほかの話題提供者も指摘していたとおり「手引き」には自然のめぐみを活かす、自然保護に重要な基本的なポイントがたくさん挙げられています。ただし、1ヶ月で作りあげるタイトなスケジュールのため、応用生態工学会の研究者以外は呼び掛けに応えられなかった、いろいろな学会でも日頃の準備や、あらかじめ連携体制をつくっておくこと、若手が現場に調査に行きベテランがバックアップすることで人材育成にもなる体制づくりなども指摘されました。

ほかの方からは、自然のめぐみとして挙げるのは生物だけでなく、砂浜が縮小していたことで被害を大きくした事例などから、砂浜の防災機能、その砂浜を維持するしくみが必要であることも加えようという提案などがありました。

清野さんは、法律上、海は「不動産」として扱われている。砂は移動するのが自然のしくみにもかかわらず、税金をかけた砂が海に戻ることは税金を捨てることと思われる。海は動的な環境であることを前提にしたいと指摘されました。会場からの防潮堤計画がすすむ窮状に対して、今の法律や技術でできることはまだある。ただしあちこちで計画が進んでおり、海岸はそれぞれ環境も状況も異なるので、研究者が一人ひと浜ずつ張り付くくらいのことをしていかないとダメだと話されました。

NACS-Jも、2月上旬の週末には東日本の海岸の保全を考える催しを続けて開催します。調査でわかった海岸植物の現状や、地域の皆さんの声をご紹介するほか、防潮堤のあり方を多くの方と一緒に考え、提案していきたいと思います。ご参加お待ちしています。

詳しい日程・会場はこちら>>>http://www.nacsj.or.jp/katsudo/higashinihon/2012/12/post-12.html

icon_okonogi.jpg 保全研究部の小此木です。


20120906senndai-shisatsu2.jpg仙台湾、蒲生干潟の南から福島県との県境までは約50kmにわたる砂浜海岸が広がっており、東日本大震災前にはその多くの場所で堤防、マツ林が広がっていました。しかし、津波の影響で堤防は壊れ、マツ林も消失してしまいました。

一方で、多くの海岸で砂浜に特有の植物や昆虫などさまざまな生きものが震災後も力強く生育しています。マツ林だった場所も現在では松の稚樹が芽生え(右写真)、多くの海岸植物が生育するなど生物多様性の高いエリアとなっています。

しかし、海岸林は防災上も重要ということもあり、今年度末までに5ヶ所の海岸林、5年間ですべての海岸林の復旧を行う計画になっています。復旧では、地盤が沈下しているいるため、また根のはりを保つために2~3mの土盛を行い、そこに苗を植える計画になっているということです。
現在多くの動植物がいる地面にどこから持ってくるのか分からない土壌を盛ることは、そこに暮らす生物相を破壊することになってしまいます。
こうした、破壊を何とか防げないか、宮城県内の複数の自然保護グループから、NACS-Jに相談が寄せられていました。

20120906senndai-shisatsu1.jpgなんとかこの計画を変えるため、8月20日に続き、9月3日に第2回目の地元自然保護団体と林野庁と復旧事業に対する生物多様性保全の協議を行って来ました。

午前中は実際に現場となる海岸を地元の自然保護団体のメンバーと歩き、生物の生息状況を見て回りました。

午後は仙台の林野庁・森林管理署にて話し合いを行い、「災害復旧であり、保安林でもあるため、震災前の状態に戻す必要がある」というなかで、生物多様性上重要なところで土盛などを実施しなくても保安林としての機能を果たせる場所は極力配慮するということになりました。
そのために今後、森林管理署と自然保護団体と共同で調査などを進めていくことになりました。

しかし一方で、地図には載っていないような震災前に林内にあった湿地はトンボ類や鳥類の重要な生育地でしたが、それらも場合によっては土盛の対象となる場所であり、そういう場所を位置を特定して保全することも今後の重要な課題です。


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↑津波を被害受けた砂浜では、希少なカワラハンミョウ(右上)をはじめ、さまざまな生きものが力強く生きている。
icon_okonogi right.jpg保全研究部の小此木です。

東北の沿岸被災地域では、防潮林も大きな被害を受けました。
甚大な被害の復旧のため、国有林だけでなく民有林においても農林水産省が直接復旧計画をたてています。

身近な自然をつぶさに見守ってきた地域の方々から、こうした復旧計画の全貌が分からず、
守ってきた自然環境が改変され、希少な生物たちの生息環境が失われてしまうのではないか、
と危惧する声がNACS-Jに多数寄せられています。

NACS-Jからは、横山理事が農林水産省に交渉し、
防潮林の復旧計画の全体像を把握するとともに、生物多様性保全上、復旧計画を見直すべき
希少な場所の洗い出しを行い、「戦略的地理情報システム(SISPA)」を用いて、
保全策を講ずる必要のある場所の地図化を行っています。

8月20日の午後、こうしたデータを用い、NACS-Jと宮城県内の自然保護グループの3団体が、
農林水産省にて宮城県内の防潮林復旧について保全策の提案を行う予定です。


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こんにちは。保全研究部の小此木icon_okonogi right.jpg+ 広報・編集部の鶴田icon_tsuruda left.jpgです。

宮城県南三陸町の波伝谷地区は、志津川湾の南側の地区で、モニタリングサイト1000の調査サイトとして、地域の方々が里地の動植物や人為的インパクトについて調査を行ってくださっている地区です。

今回の東日本海岸調査は、鬼頭秀一さん(環境倫理学・東京大学)、富田涼都さん(環境倫理学・静岡大学)、久田浩司さん(地域づくり・NPO法人共存の森ネットワーク)とNACS-J保全研究部の小此木の東日本海岸調査の委員会メンバーと、編集室の鶴田でお邪魔しました。

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波伝谷地区でも震災で16人の方々が命を奪われ、被災後1年半たった今も、草むらの中に土台のみを残した宅地や壊れたままの学校があり、港にはがれき置き場が設置され、大型ダンプの往来が続いています。
冬に予備調査に伺ったときには、地盤が下がり一部湿地となり、冬鳥などがいた入り江は埋め立てられ、がれきの焼却施設を3年時限で建設するための工事が始まっていました。

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波伝谷地区の仮設住宅は、地元の方が高台の梅畑を提供され、避難所を転々として最後まで仮設住宅に入れなかった方々20戸ほどが、まとまって入居でき、かろうじて地域のコミュニティが残されたそうです。
この集落の皆さんに暮らしと自然のかかわりのお話をうかがう「ふれあい調査」にご協力いただくことになりました。

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27日の夜は、モニタリングサイト1000里地調査でもお世話になっている、南三陸ふるさと研究会の後藤さんや鈴木さんらにお集まりいただきました。

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かつて波伝谷では養蚕が盛んで、小さな田畑や入会の山と、小規模な漁など複合的に自然を活かした生業を営み、子どもたちも蚕の世話や浜でのおかず取りに活躍していたそうです。



集落の歴史や祭りなどの文化、ウニやタコ、アワビやカニなど志津川湾の豊かな海のめぐみに支えられた暮らし、震災前後の海のイメージの変化、これから復興を進めていく中で大切にしていきたい想いなど、たくさんのお話を伺いました。


20120806kyoudo.JPG28日は、養殖業を共同作業で再開されている海辺の作業場に、お邪魔させていただきました。強い日差しを避けたブルーシートの下で20人ほどの漁師さんと御家族が共同でカキ養殖の稚貝を採取するために、ホタテの貝殻をつなぎあわせる作業をされていました。農水省の復興支援の「がんばる養殖復興支援事業」などを利用し、津波で流されてしまったフォークリフトなどの重機も共同で利用できるようになり、ようやく養殖業を共同方式で再開できるようになったそうです。


作業をお手伝いしながら、対面でお一人ずつお話を伺いその後、仮設住宅に戻り、漁を引退されたお母さん方のお話も伺いました。20120806kikitori.JPG
地区の方々からは、以前は志津川湾にすき間なく入っていたカキやホヤ、ワカメ、ギンザケの養殖いかだが、震災でだいぶ減り、収量は減ってしまったが、その分海はきれいになって、質のいいものが取れるようになったことや、他の地方に出ていた若者も親元を心配し郷里に戻ったり、これからも海の仕事を続けていきたいという声も聞かれました。


2日間を通じて、海とのかかわりのお話から、今、計画されている大規模な防潮堤についてやはり話しが及びました。

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「そんなに大きな堤防つくったら、海がみえなくなり困る。」「漁師は海がみえないと、朝、漁に出るかどうかも決められない。」「津波から逃げるのだって遅れる可能性がある。」「人は自然の許容範囲でしか生きられないことを今回の震災で思い知らされた。防潮堤で津波を防げるとは思わない。逃げる避難をいかにできるかに知恵を注いで欲しい。」などの声が聞かれた一方で、「一部の集落が高い防潮堤をいらないということで、他の地域の迷惑になってもいけないという気持ちもあり、復旧復興の雰囲気の中で反対しづらい。」との複雑な想いも語られました。

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「ふれあい調査」では海辺の自然に寄り添う暮らしをされてきた方々の想いを、これからの地域の再興つなげるためにどんな形にしていくか、地区の皆さんとともに考えていきます。波伝谷地区のふれあい調査は引き続き10月に行う予定です。






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←写真:移動中の北上町十三浜に設置されていた河口の防潮堤の建設予定の枠。国や県主導で計画されている防潮堤は、海岸から河口部も含め、裾野が広い形の設計となっている(紅白のバーの形)。これまであったものより、かなり高く、東北沿岸全域で、6~8mほどの計画が多い。(近くにいる人の背丈を参照)、

icon_okonogi.jpg  引き続き、保全研究部の小此木です。

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7月22日は、東日本海岸調査の4回目の地域会合を青森県八戸市の種差海岸で開催しました。
地元八戸市の方だけではなく、青森市や黒石市など遠方から参加してくださった方もいました。

野外講習の場所である大須賀海岸は種差海岸階上岳県立自然公園の中にあり、日本の白砂青松100選に選定されている場所です。また、この地域は三陸復興国立公園になる予定もあります。


しかし、以下の写真のように津波により砂丘や松林は被害を受けてしまいました。

▼震災前の大須賀海岸
(以前の海岸植物群落調査にて、八戸市の自然観察指導員石津氏提供)
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▼震災後の大須賀海岸
(砂浜右の松林も津波で帯状になってしまい、松林前の砂丘も低くなった)
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また、以前は砂丘上部に生育していたウンランが砂丘と松林の間の谷地に生育していたり、震災後に後背湿地ができるなど新たな環境もできつつあります。また、ハマボウフウ、ハマナス、ハマヒルガオなどの海岸植物は元気に生育しているようでした。

震災前後での具体的な変化は、地元で調査してくださる皆さんの調査結果を待ちたいと思います。

icon_syumiya.jpg 保全研究部の朱宮です。

東日本海岸調査では、被災地の生態系についていろいろと調べ議論することが多いのですが、
7月5~6日には仙台国際センターで開かれた、「持続可能な開発のための生態系を活用した災害リスク削減研修*」(国際自然保護連合(IUCN)主催)に参加しました。

国内外の政策決定者や専門家が招かれ、生態系に対する災害リスクの考え方、脆弱性の評価の方法、空間計画を策定する方法、グリーン復興のツールキットなど、IUCNやUNEP(国連環境計画)が過去のインドネシア、スリランカでの津波被害、四川省での大地震、ハイチやアメリカにおけるサイクロンの被害などから経験した、災害リスク削減に関する経験や情報を共有し、東日本大震災の復興に活かすために企画されたワークショップです。

ベトナムやタイなどでも実施されたとのこと。研修参加者は復興に関係する林野庁、環境省、国土交通省、市町村などに加えて大学、NGOなどでした。

災害リスクをどうとらえるかですが、例えば防潮林などは、「科学的には津波被害を軽減するものではないが、その他の生態系サービスを人間にもたらすと言う意味で、復元する必要がある」、「減災効果については科学的に照明されていない砂防ダムができてしまったために、本来住宅を建てるべきでない場所に住宅が建ってしまった例」(ネパール)、「緊急性や成果を求めるあまり避難所が建てられた後に二次災害が生じてしまった例」(スリランカ)、「釜石市本郷地区のように1933年の津波被害で高台移転が行われたにもかかわらず、その後新たな堤防ができてしまったために低地部に住宅が建てられてしまった例」など、海外や日本のベストプラクティスやバッドプラクティスが具体的な事例で紹介されており参考になりました。

また、国土交通省からは防潮堤の高さを決める基準や36の市町村から出された復興計画に基づいて、移転やかさ上げ、現状維持などの復興計画が進められていることが紹介されました。
しかし、南三陸町や仙台市の担当者にこのことを確認してみると、この復興計画は市町村の中できちんとコンセンサスが得られたものでなく国交省が主導して作成されたといった話があり、意見の齟齬が明らかになっています。

植林事業なども林野庁やNGO、企業などが進めていますが、各主体が横断的に意見交換しているわけでもなく、それぞれの考え方によって事業展開されていることもわかりました。
IUCNの担当者が、Green Recovery and Reconstruction Trainingツールキットの話しの中で、緊急措置のため簡易なアセスの必要性なども効果的なアイデアとして述べていましたが、復興後のことを考えるとあまり性急に復興事業をすすめていくことが本当に地域にとって望ましいことなのか、地元不在で外部の意見だけで復興がすすんでいないかどうか考えさせられました。

7日~8日はNPO田んぼの活動場所や南三陸町のWWFの養殖漁業再生プロジェクト、名取市のOISCA植樹プロジェクトの場所などへのエクスカーションが予定されています。

* Partnership for Environment and Disaster Risk Reduction (PEDRR)
6月17日に第2回の東日本海岸調査地域会合を宮城県東松島市の野蒜海岸で開催しました。
当日は野蒜海岸近くの地域に暮らしている方、自然観察指導員など約30名の方に参加していただきました。海岸のすぐ近くに暮らしていて、津波の被害にあい、仮設住宅に暮らしている方、震災後初めて海岸に来たという方もおられ、みんながまた一緒にいてくれるならば......という気持ちで今回参加してくださったとの声も聞かれ、とても嬉しいことでした。

20120705nobiru.jpg
仮設の野蒜市民センターで海岸植物についてのレクチャーなどを行ったあと、海岸に向かいました。わたしは野蒜海岸に2月、4月とすでに2回予備調査に訪れていましたが、これまでと違い今回はハマヒルガオやハマエンドウ、ハマボウフウの花が咲き、とても美しい光景でした。また、海岸の清掃も少しずつ進んでいるようで、大きな瓦礫は何カ所かに集められていました。

参加者の皆さんは、千葉県生物多様性センターの由良 浩さんより植物についていろいろ教えていただきながら、調査票に記録をされていました。この地域はかつてはハマボウフウが多く見られ、昔は漬物にしたり、刺身のツマなどとして家庭で使っていたそうです。しかし、いつの頃からか乱獲が始まり、いまではほとんど壊滅状態。それでも残っていた小さな数個体を見つけるととても嬉しそうにされていました。毎日見回りに来ようなんていう人も。

20120705hamaboufu.jpg
午後はふれあい調査を実施しました。地元に暮らしている方、他の地域から来た方で、海岸へのふれあい方は全く違いました。他の地域から来た方(ほとんど内陸の方でした)にとって、海岸とのふれあいはほとんど「海水浴」で、生活との関わりはほとんどないということが鮮明になりました。一方、地域に暮らしている方からは食べ物をとったことや、波や風の音、匂いなどより密接な話が聞かれました。

しかし、やはり震災の経験があまりに巨大で、それ以前の記憶がまったく思い出せないという方もおられ、恐怖は計り知れないものだったことが伺われました。だた被災された方も、この機会にもう一度野蒜海岸を訪れてみたいと思うきっかけになったのは、とても良かったと感じられました。
(2004年のデータや地図はこちらの特設専用サイトから)


6月22日には、第3回の地域会合を福島県いわき市四倉海岸で開催しました。

20120705yotsukura.jpg
当日は地元のNPOの方、NACS-J自然観察指導員の方、約10名に参加していただきました。

四倉海岸は暖地性海岸植物が植栽されており、ヤシなどが生えていましたが津波で折られ、流されてしまい、残っていても幹だけというものが多くありました。一方で海浜植物は多く生育しており、1時間程度の調査で30種以上が見つかりました。

▼コウボウムギ

20120705kouboumugi.jpg
しかし、オニハマダイコンを始め外来種も多く、今後、どのように変化していくか調査を継続していく必要がありそうです。

(2004年のデータや地図はこちらの特設専用サイトから)

福島から岩手の範囲は多くの協力をいただき、調査が進められそうですが、青森、茨城、千葉はまだ調査の手が足りていません。協力いただける方はぜひお問い合わせください。

(保全研究部 小此木)



■お問い合わせ:
保全研究部 東日本海岸担当
電話 03-3553-4104  FAX 03-3553-0139
E-mail kaigan2@nacsj.or.jp(@を半角にしてください)

icon_watanabe.jpg広報・編集部の渡辺です。

取り戻そう!東北の豊かな海辺
東北の自然から学び、被災地の方々の自然の恵みを活かした復興を支援するため、
「取り戻そう!東北の豊かな海辺」という活動を紹介するWEBページをオープンしました。

東北が育んできた暮らしと文化は、豊かな自然の恵みから生まれてきました。
復興計画が進み始める中で、地域の方々から「暮らしとともに自分たちの自然も取り戻したい」「復興に自然を活かした町づくりを進めたい」といった声が聞かれるようになりました。

今、NACS-Jが進めている東日本海岸調査では、東北沿岸の復興では海辺の自然や文化と人のくらし、地域の想いを活かすことができるよう、地域の自然状態とあわせ、人々の想いのヒアリングを続けています。

また、海の生物多様性保全を進めるための提言活動の中でも自然の海辺の貴重さ、保全のための地域の声を活かした海洋保護区づくりを提案しています。

地域の方々の大事にしたい自然への想いをどのように復興に活かしていくか、地域会合やセミナー、シンポジウムなどを開いたり、
東北の自然や風景の成り立ちを広め、解説する「伝えよう日本の自然~東北応援編~」などの普及活動も行っています。

こうした活動をぜひみなさまに知っていただき、応援していただく方々を増やしていきたいと思います。
ぜひ、お友だちやお知り合いの方にご紹介をお願いします。

取り戻そう!
東北の豊かな自然の海辺

icon_okonogi.jpg 保全研究部の小此木です。


20120610miyakotiikikaigo1.jpg6月10日(日)、岩手県宮古市津軽石川河口部の金浜で東日本海岸調査の地域会合を開催しました。
今回の地域会合は事前に一般に広く募集する時間がなかったため、岩手植物の会の皆さんとの共催という形で実施しました。

当日はあいにくの雨の中でしたが、16名ほどが参加してくださり、委員でもある千葉中央博物館の由良さんから海岸植物についてのレクチャーを受けた後、グループに分かれて実際に海岸の調査を実施しました。

20120610miyakotiikikaigo3.jpg金浜は以前の海岸植物群落調査の際にも調査を実施している海岸であり、このような環境でした。
震災後も浜は残っていますが、形が変わり、植物にも変化が生じたようです。
もともとは12種の植物が見つかっていましたが、今回の調査では海岸植物11種、内陸の植物13種が見つかりました。

このように海岸植物は津波に襲われても大きく種数は変わらず生育していることが分かりました。
ただ、この砂浜は、防潮堤工事のため海側に工事用道路が建設されることで近い将来なくなってしまう運命にあるそうです。
防潮堤自体は内陸側に拡張される計画なので、内陸に道路ができれば良いのですが、そうもいかないのが現状です。

20120610miyakotiikikaigo2.jpgこの海岸植物群落調査、地域会合は17日に宮城県東松島市24日に福島県いわき市7月22日に青森県八戸市で開催予定で現在参加者を募集しています。
icon_okonogi.jpg   保全研究部の小此木です。


3月23日から24日にかけて東日本海岸調査の海岸植物群落の予備調査のため、仙台湾岸の名取市から石巻市にかけて行って来ました。

今回は、昔の海岸植物群落調査の調査票を持って出かけ、以前と同じ位置で写真を撮影してきました。
石巻市の二ヶ所の写真を紹介します。

0403nisshi-hamaguri-beforeafter.jpgまずは蛤浜。
小さな漁業集落で、かなりの被害を受けていました。
写真上が震災前、下が震災後です。
海岸も写真の通り、砂浜が減り大きな石が堆積していました。
ただ、一部植物群落が残っており、ハマニンニクの芽などが出ていました。
















0403nisshi-isimakikou-beforeafter.jpg
そして、石巻港の石巻南浜海岸。
写真上が震災前、下が震災後です。
こちらも砂浜がだいぶ少なくなってしまいました。

この時期はまだ植物はほとんど芽を出しておらず、植物の調査はこれからですが、海浜植物群落が残っていそうな砂浜もいくつかあり、調査結果に期待が持てます。

現在、調査マニュアル、調査票を作成しており、でき上がり次第、調査を開始できるよう準備を進めています。
icon_watanabe.jpg広報編集部の渡辺です。

3月17日(土)~21日(水)に、 滋賀県大津市 の龍谷大学瀬田キャンパスで開催される第59回日本生態学会大津大会にて、NACS-Jスタッフが、A:AKAYAプロジェクトの成果や今後の課題、B:モニ1000里地調査など市民調査の可能性や課題、C:東日本沿岸の希少な植物群落の津波被害の現状、D:照葉樹林生態系の保全活動などについて、それぞれ自由集会やポスター発表を行います。

会報『自然保護』で登場いただいた研究者の方々や地域の保護・保全活動をすすめられている方々、NACS-Jの役員の研究者も多数の関連研究の成果を発表されます。

生態学会大会の通常の発表は参加費が必要ですが、自由集会やポスター発表は、どなたでも無料で参加できますので、お気軽にお立ち寄りください。

A:官民協働による新しい国有林管理~生物多様性復元と持続的な地域づくりを目指した「赤谷プロジェクト」8 年間の成果と今後の課題~
自由集会:3月17日(土)15時~17時 会場:RoomG

・「AKAYAプロジェクト」国有林管理のための意思決定・官民協働の枠組み
 (亀山章・NACS-J専務理事/東京農工大学名誉教授)
・赤谷の森の植生の現状評価と森林管理への反映
 (長池卓男・山梨県森林総合研究所)
・イヌワシ・クマタカを指標とした生態系評価と、森林管理への反映
 (山崎亨・アジア猛禽類ネットワーク)
・哺乳類を指標とした生態系評価
 (藤田卓・NACS-J保護プロジェクト部)


B:市民調査のデータを生物多様性の評価・政策決定につなげ! 研究者の果たす役割とは
自由集会:3月19日(月) 17時30分~19時30分 会場:RoomD

・市民調査の可能性・成果・課題~モニタリングサイト1000里地の取り組みを事例に~
 (高川晋一・NACS-J保全研究部)
・パラタクソノミスト養成講座:市民の生物分類学力を底上げする
 (大原昌宏・北海道大学博総合物館)
・市民調査のデータと生物多様性評価をつなぐ「指標」の開発の重要性」
 (天野達也・ケンブリッジ大学)
・市民調査のデータを政策に活かす地図化
 (角谷拓・国立環境研究所)
・データに基づく意思決定に必要なこと~水産資源管理の現場から~
 (黒田啓行・水産総合研究センター)
コメンテーター:竹中明夫(国立環境研究所、モニタリングサイト1000里地調査検討会委員)


C:東日本大震災において被害を受けた植物群落RDB掲載地の現状- 航空写真からの調査 
ポスター発表:3月19日(月)10時~17時 会場:ポスター発表会場
小此木宏之(NACS-J保全研究部)
※NACS-Jスタッフは12時~14時までポスター会場にいます。

また、同日17時30分~の自由集会:群落談話会「東北地方沿岸域の植生の現状と修復,回復にむけて」(会場:RoomC)にて、NACS-Jが始めた東日本海岸植物群落調査の委員となっている、原正利氏(千葉県立中央博物館)が「大津波が植生へ与えた影響-岩手県・宮城県での事例」を発表します。

D:絶滅危惧生態系ってな~に?~希少種から見えるもの~
自由集会:3月19日(月)17:30~19:30 会場:RoomI

コメンテーター:西廣淳(東京大学・農学生命科学)
・絶滅危惧生態系の中の希少種
(佐伯いく代・横浜国大/環境情報)
・小笠原の生態系を守るとはどういうことか
(加藤英寿・首都大/牧野標本館)
・照葉樹林生態系を地域とともに守るにはどうしたらよいか~宮崎県綾町・鹿児島県肝付町での取り組みから
(朱宮丈晴・NACS-J保全研究部)
・河川の攪乱プロセスを復元するする異なる2つのアプローチ:チスジノリとバイカモ
(三橋宗弘・兵庫県大/兵庫県博)

なお、保全研究部の朱宮は、3/21 14:00- RoomBの
「B2-17 小笠原諸島北硫黄島における標高ごとの1年間の温度変化と植生パターン」
でも口頭発表を行います。
(口頭発表の聴衆参加は大会参加申し込みをされた方のみです。
 参加費有料・当日申し込み可。詳細はこちらへ。)

詳しいプログラムは、日本生態学会のページにPDFファイルが掲載されています。
近畿地方の方、生態学会にご参加予定の方々、ぜひおでかけください。


icon_okonogi.jpg保全研究部の小此木です。

4月から本格的に調査を開始する東日本海岸調査。
2月23~24日、東日本海岸調査の一環として行う人と自然のふれあい調査のための予備調査に行って来ました。

行き先はモニタリングサイト1000里地調査のサイトにもなっている宮城県南三陸町の波伝谷地区。
ここは東日本大震災後に行方不明になっていた飼い猫がセンサーカメラに写っているのが見つかり、無事保護されたニュースもあった場所です。

今回は南三陸町ふるさと研究会の会長をなさっている、後藤さんに現地を歩きながら、震災当時の状況や、地域の自然と暮らしのことなどお話を伺いました。

minamisanrikuyobi-1.jpg波伝谷地区はその名前にもある通り、波が伝わってくる谷であり、今回の津波でも一戸を除き、すべての集落が流されてしまったとのことです。
写真では少し分かりにくいですが、この撮影地点の足元まで波が押し寄せたそうです。







minamisanrikuyobi-2.jpg波から逃れた地域の方は、もっと高台の小さな神社の社の前で暖を取り一晩夜を明かしました。
写真が後藤氏。後ろの黒いのが当時火を焚いた後とのこと。








minamisanrikuyobi-3-5990.jpg海岸部も堤防が壊されたり地盤が沈下して海になってしまっているところがたくさんあります。










minamisanrikuyobi-4.jpgただ、海の中の自然は豊かで、ワカメや様々な海藻類が育っているようです。
漁師の方も共同で養殖を再開するなど少しずつ活気を取り戻しています。








今後、ふれあい調査の方法などを検討し、太平洋岸の波伝谷のような集落でこれまでの地域の暮らしの中での海との関わり、これからどのようにしていきたいと思っているかなどを明らかにしたいと思います。

icon_syumiya.jpg保全研究部の朱宮です。

2月16日に、来年度から実施する東日本海岸植物群落調査の予備調査を福島県いわき市で行いました。
この調査では、1996年にNACS-Jでまとめた植物群落レッドデータブック(RDB)に記載された群落の、現状を調査します。

当日は、被災地の植生調査をされている千葉県立中央博物館の原正利さんと上野駅で集合し"スーパーひたち"で水戸駅に向かい、水戸駅からはレンタカーでいわき市に向かいました。

いわき市で、現地の案内をお願いした「福島県森の案内人の会」の草野さんと合流し、新舞子海岸、波立海岸、久ノ浜、賢沼弁財天などの状況を確認してきました。

まず、新舞子海岸では、津波の影響で砂浜が半分くらいにまで減ってしまっていました。
次に、少し北上して四倉海岸の砂浜を訪れました。
ここの暖地性植物群落は比較的残っているようで、春の暖かさが戻ってくればまた草本類の新たな芽ぶきを期待できました。

20120220-higashinihontyousa-yobityousa.jpg波立海岸のスダジイ林は天然記念物や植物群落RDBに登録されています。
崖の上の斜面に広がっているため直接の津波の影響はなかったようでしたが、海岸沿いの集落は津波で破壊され、基礎だけが残っている状態です。砂浜も一部消失していました。
その先の久之浜の集落は消滅し、砂浜もなくなっているため、震災以前の風景とは一変していました。

最後に塩屋崎の近くの賢沼弁財天に立ち寄りました。ここのスダジイ林も植物群落RDBに指定されています。

市の文化財にも指定されている密蔵院楼門は、一部が震災の影響で壊れ、未だ復元の作業はされていません。
震災前は自然観察会なども行われていたそうですが、残念ながら現在は入り口の門が壊れているため通れなくなっていました。

いわき市の周辺の様子はあまり報道されてきていませんが、沿岸部の被害は甚大なものです。
今後、このいわき市についても、過去に調査した植物群落のデータと被災後の群落の状況を比較しながら、震災の影響をさらに明らかにしていきたいと思います。
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