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「短期調査では ノリ第三者委員会が想定する干潟の再生はのぞめない」

2002.04.24
活動報告

1.短期間(2カ月)水門開放による海水導入調査について

有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会(以下、ノリ第三者委員会)で提言された通り、水門開放による短期海水導入調査が開始されたことに対しては、一定の評価をしたい。しかし、ノリ第三者委員会でも議論された通り、短期調査の役割は中期および長期間の本格的な調査に向けての予備的な調査であり、短期調査ではノリ第三者委員会が想定する干潟の再生はのぞめない。また、農林水産省が地元住民の合意を得るために「とりあえずは短期調査」との姿勢を示していることは、誠に遺憾である。昨年発表された干拓事業縮小案のような異なる意見を足して二で割る様な政治決着では、有明海の環境回復を計るために必要な科学的知見を得る為の調査を行うことは出来ない。

 

2.水門開放調査にあたっての、周辺地域に対する影響の予測・評価の欠如

水門開放による海水導入調査は、有明海環境回復を目指すため、また、諫早湾干拓事業が周辺海域の環境に及ぼした影響を検証するために重要である。しかし、海水導入に伴い予測される影響、例えば、周辺農地の排水不良や諫早湾内漁場への影響などについて、事前に十分な影響予測を行い対策を検討するとともに、これらを地域住民に十分に説明することが必要であった。地元住民の合意を得るために最も重要なプロセスが踏まれていないことが、地域住民との調整を難航させた大きな理由である。

 

3.短期調査に関わる計画と調査項目の検討不足

本来ならば、水門開放による調査の計画および調査項目は、本調査の実施を提言した「有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会」において公開の議論を経て決定されるのが筋である。しかし農林水産省は九州農政局の下に「諫早湾干拓事業開門総合調査運営会議」なる委員会を新たに設置し、開門調査の内容に関して、ノリ第三者委員会とは切り離し非公開で検討を行っている。水門開放調査開日の前日にこの会議が開催され調査内容が初めて検討され、調査開始当日になり初めて調査内容が公表されるなど、農林水産省は調査そのものの科学性よりも、政治的な決着を優先していると考えざるを得ない。

 

4.諫早湾干拓事業地域内からの有機物・栄養塩負荷量の調査について

当協会が2002年3月に行った調査により、調整池から排出される有機物負荷量は、ノリ第三者委員会で議論されていたレベルの2~5倍に達していることが明らかとなっている。諫早干潟の浄化能力の消失による現在の有機物負荷量の増加は、夏季の諫早湾内を中心とした貧酸素水塊の発生の大きな原因と考えられる。この有機物負荷量は、調整池内に海水を導入した場合に以下の2通りの結果を引き起こすことが考えられる。

1)汽水条件下での懸濁物質の凝集・沈殿作用により、海域への負荷量は減少する。もしそうであれば、汽水から淡水状態に戻す際に、調整池からの負荷量は増加するはずであるので、その時のモニタリングも注意深く行うべきである。

2)海水を導入した分だけ水門を出入りする流量は大きくなるため、底泥の巻き上げが生じ、海域への負荷量は増大する。

農林水産省は、この様な調整池の汽水化に伴う諫早湾海域への負荷量の変化を把握するような調査を行うべきである。

 


 

調整池と諫早湾海域における水質の比較と
調整池からの有機物負荷量の推定

 

(財)日本自然保護協会


はじめに

昨年夏、諫早湾を中心に大規模な貧酸素水塊の発生が観測されており、この貧酸素水塊の発生が近年の底生生物の減少や赤潮発生頻度の増加の要因となっているのではないかと推測されている。

諫早湾内における貧酸素水塊の発生の原因として、諫早湾干拓事業による諫早干潟の消失と堤防閉め切りによる湾内潮流の減少が挙げられる。つまり、有機物負荷量の増大に伴う酸素消費量の増加と、海水混合の減少による底層への酸素供給量の減少により、底層の貧酸素化が生じたと推測される。潮流に関しては、宇野木(2001)により、潮受け堤防閉め切り後、堤防付近では90%以上減少し、湾口付近でも-10~20%の潮流変化が生じていることが指摘されている。

一方、諫早干潟の消失に伴う流入負荷量の増加に関しては、諫早干潟の水質浄化力を評価した研究が無いため、過去(潮受堤防閉め切り前)の諫早湾内への流入負荷量がどの程度であったのか分かっていない。佐々木(2001)は、諫早干潟の底生生物現存量と干潟の発達に伴う堆積効果から試算を行い、諫早干潟の水質浄化力は、諫早湾への窒素やリンの流入負荷を十分に処理出来るほどの能力であったと推定している。よって、諫早干潟の浄化能力が失われた現在においては、河川からの流入濁負荷分はそのまま海域への負荷量として増加したことになる。また、淡水化された調整池内では、植物プランクトンの増殖や底泥の巻き上げによるCODの上昇が頻繁に観測されているため、海域への更なる有機物負荷の増加が生じている可能性が高い。また、過去の海域への負荷量は分からないとしても、現在の調整池からの負荷量を見積もることは比較的簡単である。例えば、調整池から実際に排出されている水質を測定し排水量を乗じれば求められる。しかし、農林水産省等の調査では実際に排出されている水の調査は行われていないため、調整池からの正確な負荷量の算定を行うことが出来ない。

そこで日本自然保護協会では、調整池から海域への有機物負荷量を推定することを目的とし、2002年3月22日~28日に潮受堤防内外においてCOD等の水質調査を行った。また、調整池排水の海域における拡散状況についても調査を行い、調整池からの排水が海域水質に与える影響を調べた。

調査方法

諫早湾内の調査地点を図1-Aに示した。調査は、2002年3月22~28日の間、北部排水門前(a)、堤防中央に設置されている排水ポンプ前(b)、南部排水門前(c)および南部排水門の脇に設置された排水ポンプ前で行った。3月27日と28日は、調整池内3地点においても採水を行った。また、3月28日には潮受け堤防から5km付近までの計13地点で調査を行い水質の空間変化を調べた。

採水は、水深0mの水をポリ瓶に直接とり、採水と同時に、多項目水質計により塩分、濁度等の測定を行った。採取したサンプルは、COD(chemical oxygen demand;化学的酸素要求量)の測定および懸濁物質濃度の測定に用いた。CODは、硝酸銀溶液を加え塩化物イオンを沈殿させた後、酸性過マンガン酸カリウム法にて測定を行った。

結果

図1-A, Bに諫早湾奥における表層水(0m)の塩分とCODの分布を示した。諫早湾干拓工事事務所によると、調査日の3月28日は2:56~5:04に南部排水門から 62万8千トン排水を行っている。本調査は、9:00~14:00までの間に行ったので、排水後、5~10時間ほど経過していたことになる。

調整池から排水された淡水は、海水よりも比重が軽いため海面を滑るように広がってゆく。3月28日の調査結果においても南部排水門付近を中心とし、潮受堤防から2km程度離れている調査地点1~3まで塩分3%以下の水塊が広がっている(図1-A)。一方CODの分布は、南部排水門前の調査地点Cでは10.4mg/Lと最も高く、沖合や北部排水門に近づくに連れ低くなる傾向が見られた(図1-B)。また、南部排水門から最も遠い調査地点7でCODが1.4mg/Lと最も低い値であった。

図2-Aに3月22日~28日に測定を行った、諫早湾潮受け堤防付近の塩分とCODの関係を示した。CODは塩分が低いほど高くなる傾向が見られる。実際に調整池から排出されている水のCOD(塩分がゼロのときのCOD値)をこれらの実測値の回帰直線から求めると、14.7±0.8 mg/Lとなる。図2-Bに3月27日と28日に行った調整池内のCOD測定結果および、図2-Aで推定された調整池から排出されている水のCODを示した。27日は風が強く、水深の浅い調整池では底泥の巻き上げが生じたと思われ比較的高いCOD濃度であった。しかし、両日とも諫早湾海域の測定結果から推定されるCODと比較すると5~9mg/Lも低い値となっている。

(図1-A,B)
図1-A,B[諫早湾奥における表層水(0m)の塩分とCODの分布]

 

(図2-A,B)
図2-A,B[諫早湾海域における表層水塩分とCODの関係・調整池水と排水中のCODの比較]

考察

1.調整池からの排水が海域水質に与える影響
諫早湾干拓事業(一部変更)に係る環境影響評価書によると、「CODは排水門付近で約0.15~0.2mg/l、諫早湾々中央部で約0.1mg/lの減少がみられるが、変化の範囲及び濃度はとてもわずかである。」と述べられている。また、昨年9月に発表された、諫早湾干拓事業環境影響評価に係るレビューでは、「湾奥のB3で2.4~3.4mg/L、湾口のB4およびB6で2.0~3.2mg/Lの範囲にあり、平成9年度の潮受堤防閉め切り前後も含めて経年的にはほぼ横這い傾向を示している」と述べられており、調整池からの排水が海域水質に与えている影響を認めてはいない。しかし本結果で明らかなように、調整池からの排水には多量の有機物が含まれており、その水は、海水表面を広がり、湾口付近まで達している。よって、調整池からの排水が影響を及ぼす範囲は、環境影響評価で予測されている「排水門付近」だけでなく、諫早湾のかなり広い範囲に及んでいる。以下に、環境影響評価における予測よりも調整池からの排水による海域の水質悪化が生じた理由を幾つか上げ議論する。

1)環境影響評価の段階での調整池水質予測の誤り
「諫早湾干拓事業(一部変更)に係る環境影響評価書」によると、調整池におけるCODの環境保全目標は5mg/L以下であり、シミュレーションによる水質予測結果は75%値で平均3.0mg/Lとなっている。しかし、現実には、ほぼ年間を通して環境保全目標値を上回り5~10mg/Lの範囲を推移している。つまり、海域に排出される調整池の水質自体も環境影響評価による予測よりも2倍高くなっているため、それだけ海域での水質変化も大きくなったと言える。

2)環境影響評価における海域水質予測方法の問題
環境影響評価では、海域の水質予測方法として2次元平面一層モデルを用いているが、この方法では淡水と海水の密度差が無視されてしまう。そのため、実際には密度の軽い淡水は海水と容易に混合せずに、海水表面を広がってゆくのにも関わらず、排水が直ちに海水と混合・希釈されることとなり、調整池排水の影響が及ぶ範囲が過小評価されてしまう。また、水質シミュレーションを行うにあたっての、現況再現についての評価も曖昧である。

3)排水過程における調整池底泥の巻き上げと排出
本結果の図2-Bで示した通り、諫早湾海域の水質調査結果から推定された調整池排水のCODは、調整池水のCODよりも1.5~2倍以上高い値であった。この事は、排水門やポンプによる排水過程において調整池内底泥の巻き上げが生じ、泥も一緒に排出していることが考えられる。以下に詳しく述べるが、もし、調整池底泥の恒常的な排出が生じているとすると、これまで行われてきた諫早湾海域への有機物負荷量の見積もりがあまりにも過小評価されていたことになる。今後、その実態を詳しく調査する必要がある。

2.諫早湾への有機物負荷量の推定
前述の通り調整池からの有機物負荷量の推定は、諫早湾内における貧酸素水塊発生の解析を行う上で非常に重要である。農水省や有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会(以下、ノリ第三者委員会)自体は負荷量に関する公式な見解を示していないものの、ノリ第三者委員会において各省庁や研究者による様々なレベルでの試算結果が紹介されている。

表1.諫早湾における調整池および海域への流入負荷量の比較
引 用
評価年度
COD負荷量
(トン/年)
備 考
環境省
:第3回委員会資料
平成9年
1.027
諫早湾流入河川負荷量の和。
農水省
:環境影響評価に係るレビュー
平成10年
2069
調整池への流入負荷量(農地や干陸地からの流入も含む)。
戸原委員
:第7回委員別添資料2
平成9年~12年
2.460*1
~3.884
調整池から海域への負荷量として算出。
本調査
:2002.3.22~28からの推定
6.344*2
調整池から海域への負荷量。

*1:調整池への年間総流量(4.32×108 m3)に、調整池内におけるCOD75%値を乗じて求めている。

*2:戸原氏の年間総流量に、本調査で推定された調整池からの排水のCOD濃度14.7mg/Lを乗じて求めた。

 

表1で明らかな通り、本調査結果から推定される調整池からの有機物負荷量は、これまでに報告されている試算結果の2~5倍以上高い値となっている。
また、ノリ第三者委員会で紹介されている有明海全体の年間COD負荷量は36,500トン(環境省、平成9年度結果)~48,312トン(戸原委員、平成元年~12年の平均)であることから、調整池からのCOD負荷量は、有明海全体の13~17%にも及ぶことになる。

更に、本研究におけるCOD濃度分布調査結果では、調査地点7~9においてはCODの増加が確認されなかったことから、調整池から排出されるCOD負荷の殆どは、諫早湾外に拡散せず湾内で沈殿・堆積していることが考えられる。また、農水省による環境モニタリング結果においても、湾央のB3地点では潮受堤防閉め切り前後におけるCODの顕著な変化はみられていない。

以上の様に本調
査の結果、調整池排水が海域の水質に影響を及ぼす範囲や海域への負荷量の見積もりが、これまでの農水省の予測や認識よりも大きいことが明らかとなった。特に調整池からの排水については、排水門やポンプ排水などの排水施設の構造的・方法的欠陥から生ずる調整池底泥の巻き上げにより、海域への有機物負荷量を増大させている可能性が示唆された。農水省は早急に調整池排水の水質調査を行い本点に関する検証を行う必要がある。また、本調査で見積もられた6,000トンを越える膨大な有機物負荷は、夏季の諫早湾を中心とした貧酸素水塊発生の要因となっていることが強く示唆される。この点についても、早急にデータの収集に取りかかり検証を行うべきである。

 

調査者: 村上 哲生(名古屋女子大学)
程木 義邦(日本自然保護協会)

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