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「森林の公益的機能よりも赤字解消が優先されるおそれがある」「リゾート開発につながる施設整備に国有林貸付を行うべきでない」

1998.12.11
要望・声明

 

林野庁のホームページはこちら(管理経営基本計画をご覧ください)


平成10年12月11日

 

農林水産大臣  中川 昭一 殿

                     

財団法人 日本自然保護協会
                              会長  沼田 眞

国有林管理経営基本計画への意見

11月18日、国有林野の「管理経営基本計画」が縦覧されました。
 

今回の国有林改革について、自然環境保全の立場から最も危惧されるのは、3兆8千億円にのぼる国有林野特別会計の赤字解消という点に、改革の主眼が置かれていることです。国有林の管理方針が木材生産重視から公益的機能重視へ転換すること、国民に開かれた国有林へ転換するという理念は評価できますが、今回の改革が赤字解消に集中するあまり、結果的に国有林管理の実質的改革にはほど遠いものになってしまうことを強く懸念します。特に、累積赤字のうち1兆円分を、国有林資産の売却を含む自己努力によって返済するとされている点については、自然保護と赤字解消の間に深刻な矛盾が生じるおそれがあります。

 

国有林は、木材のみを指すものではなく、地形、土壌、水、植生、さらにそこにすむ野生動植物からレクリエーションや保健利用をする人間までを含む森林生態系全体が、国民から国に信託された財産であり、将来の世代に引き継ぐべき複合的遺産としての資源であることを改めて確認すべきです。森林の公益的機能の重視への転換よりも、赤字解消が優先されることがあってはなりません。また、森林生態系を中心とした生物多様性保全を実現するためには、保護林制度のみならず、国有林内に存するすべての保護地域制度を体系的に見直し、野生生物の生息生育地の保全、移動経路(回廊)の確保などに取り組む必要があり、そのためには環境行政との連携をはかると同時に、NGOの意見を反映する仕組み作りが必要です。

 

当協会は、このような基本的な考え方の下に、今回の国有林管理経営基本計画に以下7点の意見を申し述べます。


(1)国有林の公益的機能重視への転換と
赤字解消の矛盾について

1. 国有林の売却に対する歯止めが必要である       
基本計画4(1)では、「林野の売払いを推進して収入の確保に資する」旨が記述されており、1兆円の債務返済のため、国有林の民間への売却を推進する方針が示されている。しかし、国有林を名実ともに国民の森林とし、管理経営方針を木材生産重視から公益的機能重視へ転換するという本基本計画の理念に照らして、債務返済を目的とした国有林売却の推進は矛盾する施策であり、森林の公益的機能発揮に対する国民の期待にも反する。また、生産性が低いとされる自然林が安易な売却の対象となる可能性も高く、奥地の自然林は保護林制度によって売却を防げるとしても、比較的人里に近い地域の自然林や、里山的環境を形成する二次林等が、宅地開発やリゾート開発等の目的によってなし崩し的に売却されかねない。基本計画にはこの点について、歯止め策を講じる記述が見られない。

国有林野事業の抜本改革のあり方を検討した1997年12月の林政審議会答申も、林野の売却については「森林施業計画の樹立及び実行の実績からみて信用のおける林業を営む民間企業、個人等から買受けの希望がある場合は虫食い的にならないなど公益的機能の発揮に支障を及ぼさない限り」と厳しい条件を付け、さらに「将来にわたって森林の機能が損なわれないような歯止め等(条件違反の場合の買い戻し条件付き売却等)を検討する必要がある」と実効性の高い歯止め策の具体化を求めている。国有林の売却に関する厳しい条件と歯止め策について、基本計画で具体的に明記すべきである。売却や貸付に伴う安易な保安林解除に対する歯止め策も基本計画に明記すべきである。

2. リゾート開発につながる施設整備に国有林貸付を行うべきでない      
基本計画4(2)では、「森林と人との共生林」のうち、国民の保健・文化・教育的利用に積極的に供することが適当と認められる国有林野を「レクリエーションの森」として選定し、広く国民に開かれた利用に供することにより、森林との触れ合いを通じた豊かな国民生活の実現に資する旨が記述されており、評価できる。

確かに、環境教育や自然保護教育の面からも「人と自然の触れ合い」を確保する必要性はますます高まっている。しかし、基本計画では触れ合いを提供する具体策として、「民間活力を活かした施設整備を推進し、受益の程度に応じた適切な負担の実現に努める」「特に一定の施設整備を行うべき地域については、新たに、広く公衆の保健利用に供するための計画を策定し、国土の保全、自然環境の保全等の公益的機能との調和を図りながら、民間の能力を活かして休養施設、スポーツ又はレクリエーション施設、教養文化施設等の整備を行うものとする」と記述しており、リゾート開発につながりかねない「施設整備」という点が強調されていることが懸念される。この背景には、民間活力の導入によって債務返済資金を確保する狙いがあるとみられるが、そのような行為は国有林を私有財のごとく扱うものであり、リゾート開発を目的とする施設整備は森林生態系の破壊を招く可能性も高く、このような国有林の貸付は行うべきではない。

人と自然の触れ合いを実践するには、今ある森林生態系を最大限維持し、自然環境の改善をはかることを前提としたうえで、自然との直接体験を本質とする自然保護教育や森林教育、環境教育を内包したエコツーリズム(NACS-Jエコツーリズム・ガイドライン、1994年発行を参照)のような活動こそがふさわしい。

以上の観点を基本計画に取り入れたうえで、国有林の利活用について、貸付に関して守るべき原則、貸付先への条件、大規模なリゾート開発への歯止め策を基本計画に具体的に明記すべきである。

3. 合理化による公益的機能の低下を防ぐべきである      
基本計画5(1)によると、国有林の管理経営を簡素・効率化するため、「伐採、造林等の実施行為は、民間事業者に委託して行うことを緊急に推進し、集中改革期間終了後できるだけ早い時期に当該実施行為のすべてを民間事業者に委託して行う」としているが、自然林の盗伐などによって公益的機能が低下する事態を防ぐためにも、伐採計画と実施結果の整合性についてチェックする公的な監督機構を設けるべきである。また、基本計画5(1)には、「職員数を今後の業務に応じて必要かつ最小限のものとする」としているが、赤字解消を目的に安易に職員を削減するのではなく、森林保全に必要な規模の人員は維持すべきである。

(2)森林生態系の保護制度の充実について

4. 森林生態系の保全を第一目的とする「自然維持林」を機能類型区分として残すべきである
今回の基本計画では、現行の機能類型区分のうち、「自然維持林」と「森林空間利用林」を合体させ、「森林と人との共生林」に統一するとされている。しかし、森林生態系の保全を第一目的とする自然維持林と、保健文化等の機能発揮を目的とする森林空間利用林は、従来から管理方針にかなりの差があり、性質・目的の異なるこれら2タイプの森林を合体させる理由が不明確であり、あいまいな管理が行われることが懸念される。野生生物の良好な生息生育地となっている国有林を将来にわたって維持するために、森林生態系の保全を目的とする森林(自然維持林)を、機能類型区分上独立した一つのタイプとして残すべきであり、保健文化等の機能発揮を第一とする森林(森林空間利用林)とは管理形態を区別すべきである。

また、木材生産林が2割に削減され、削減分が水土保全林に組み込まれるが、良好な自然林でありながら木材生産林に区分されていた森林が少なくないため、これらの自然林は水土保全林よりもむしろ、自然維持林に組み入れ、森林生態系の保全を目的とした管理を実施すべきである。

さらに、こうした機能類型区分の見直しにあたっては、国民一般を対象とする公告縦覧だけでなく、営林局ごとに地域で自然保護活動に取り組む実績のあるNGOの意見を聞く機会を設けるなどして、NGOの意見を積極的に反映させるべきである。

5. 保護林の拡充についてより具体的な方策を明記すべきである      
基本計画2(2)に記述されている保護林の拡充方針は評価できる。しかし、保護林制度はいまだに国有林内部の林野庁長官通達として定められているに過ぎず、法的な根拠を持たないこと、このため国有林野事業の状況や社会情勢の変化等によって変動する可能性を持っていることが最大の問題として残されている。保護林制度を法的拘束力を持ったより強固なものとすべく、森林行政と環境行政との連携の図り方等について、基本計画に具体的な方策を明記すべきである。

また、保護林の拡充にあたっては、面積を拡大するだけでなく、管理のあり方も見直しを行うべきである。各保護林指定地について地域のNGOを含めて管理内容を再検討し、全国一律の画一的な内容ではない、地域の実情にあったきめ細かな管理計画を策定すべきである。これらの作業にあたっては、NGOや研究者を含めた保護林に関する常設の委員会を、林野庁及び各営林局・各営林署ごとに設置するのが望ましい。そのための具体的な方策を基本計画に明記すべきである。

また、【1】でも触れたが、今後の国有林管理にあたっては、奥地脊梁山地の原生的な自然林や貴重な動植物の生息生育地の保護はもとより、人の居住空間に近い場所にある自然林や、里山的環境を形成する二次林も、森林生態系の保全上極めて重要であり、こうした観点を基本計画に盛り込むべきである。

6. 機能類型区分を使って保護地域制度を再構築すべきである      
わが国の保護地域制度は、1918年の鳥獣保護法、1919年の史跡名勝天然記念物保存法(現在の文化財保護法)、1931年の国立公園法(現在の自然公園法)、1972年の自然環境保全法と、独自の発展をとげてきたために、IUCNの保護地域のガイドラインにはあてはまらないものとなっている。1990年の保護林制度の再編・拡充によって誕生した森林生態系保護地域、森林生物遺伝資源保存林などの保護林は、国有林の機能類型区分の裏付けをともなっているが、環境庁、文化庁が所管する前述の保護地域は、すべてが国有林ではないこともあり、必ずしも機能類型区分の裏付けをともなっていない。また自然公園などでは、国有林の施業計画にあわせてゾーニングが行われてきたため、必ずしも森林生態系保全上の重要性を反映したものとなっていない。機能類型区分そのものが見直され、民有林にも適用されるこの機会を利用し、森林・草原などいわゆる林野地域をカバーする日本の保護地域体系のゾーニングを根本的に見直し、国際的なガイドラインに合致させる努力を、早急に開始すべきである(Guidelines for Protected Area Management  Categories,IUCN 1994及びNational System Planning for Protected Areas,IUCN  1998参照)。またこの過程の中で、ユネスコの生物圏保存地域、世界遺産地域などのわが国における設定、ゾーニングの再検討を行うべきである。この作業には、環境庁、文化庁のみならず、NGOの意見も積極的に取り入れるべきである。

(3)基本計画の点検、見直しの仕組みについて

7. 基本計画の点検、見直しにNGO の意見を反映させる実効策を示すべきである      
管理経営基本計画の点検と定期的な見直しの際には、計画案を国民に公表して意見を募ることによって、一般国民の意見を反映する方策が示されており、評価できる。さらに、国有林と特に関わりの深い自然保護活動に取り組むNGOや研究者が、基本計画のあり方についてより実質的な議論をし、その意見を確実に反映できるようにするために、基本計画策定にかかわる常設の委員会を設置し、委員にNGOを含めるべきである。

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