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「公共事業による生物多様性破壊が進む現状を見逃している」原因・問題点を明らかにして、戦略の建て直しを」

1998.12.09
要望・声明

 

これまでの経緯(月刊『自然保護』より抜粋)

世界各地で人間の経済活動によって自然環境が急速に破壊されている現状を鑑み、UNEP(国連環境計画)・WWF(世界自然保護基金)・IUCN(国際自然保護連合)では、「世界保全戦略」(1980年)、「新世界保全戦略」(1990年)を作成してきましたが、IUCNでは1992年、「生物多様性保全戦略」を発表し、各国ごとに国家戦略づくりの必要性を強調してきました。各国は生物多様性保全の重要性を認め、独自に国家戦略作りを始めましたが、日本では二つの保全戦略の日本語版が出版されただけで、実質的な取り組みは行なわれてきませんでした。

同年、ブラジルで「国連環境開発会議(地球サミット)」が開催された際、「生物多様性条約」の調印が行なわれ、日本もこれを批准したため、生物多様性保護に対する姿勢と具体策を示す義務が生じました。

そして1995年、この条約の締約国会議が開催されるにあたり、日本政府も国家戦略を提出しようとしましたが、その際には大きな問題がありました。原案が発表され、説明会が開催されたあと国民の意見を募集した期間がわずか2週間にすぎなかったこと、原案の中身が、各省庁が個別に考えてすすめている施策の寄せ集めに過ぎないことなどです。「国家戦略」を立てようというときに、これまでの日本の自然の変貌とその原因の解析、評価、対策などがまったくなかったのです。つまり日本政府としては、生物多様性条約の履行には、それまでの土地利用の制度と管理方法で十分であると考えていたことになります。

わずか2週間という期間にも関わらず、全国から234件、のべ1497項目の意見が集まり、NACS-Jその他のNGOは、その国家戦略の発表を延期し、根本的に作り直すべきという意見を述べました。しかし市民からのこれらの意見はほとんど取りいれられることなく、会議に提出されました。

その後1997年、生物多様性条約関係省庁連絡会議によって策定後1年間の「成績表」が出され、実施状況について点検することになりました。これに対してもNACS-Jでは、さまざまな意見を表明しました。点検結果によると各省庁や地方公共団体などでも地域ごとの環境基本計画や県別のレッドデータブックが作られるなど、さまざまな取り組みがみられましたが、「この生物は他の地域にもいるから重要ではない」といわれたり、どの程度の生物多様性が保全されたかという肝心の点は判定のしようがありませんでした。

この点検結果に対してNACS-Jでは、まず総論として1.各省庁の取り組みを集めたものにすぎず、国全体の総合的評価がなされていない、2.生物多様性を低下させている原因の分析が十分なされていない、という2点を強く訴えました。その他にも個別の項目についても意見を加えました。


今回は、第2回の点検結果に対する意見です。ここまでの経緯をもとに下記の意見を見ていただくと、おおもとの問題点は何も改善されていないことがわかります。また、今回の意見聴取自体があまり広報されておらず、さらにそこに寄せられる意見がどのように活かされかも記されていません。

環境庁のホームページはこちら(1998年11月13日付け発表資料をご覧ください)


1998年12月9日

生物多様性国家戦略
第2回点検結果(報告)に関する意見

NACS-J研究部長 開発法子

1.「国家戦略」の運営に関する意見

公共事業による生物多様性破壊が進む現状を見逃している

生物多様性国家戦略が策定されて2年が経過しているにもかかわらず、諫早干潟干拓事業が実施され、吉野川河口堰建設計画が進むなど、国や自治体の行う公共事業による生物多様性破壊が後を絶たず、日本の自然は危機的な状況にさらされ続けている。各省庁や自治体が実施する事業の中で、生物多様性保護に反するものについての点検や評価が一切なされていないのは妥当でない。

生物多様性が脅かされている原因、問題点を明らかにし、戦略の立て直しを

生物多様性保護のための戦略であるならば、日本の自然環境が置かれている現状を正確に把握し、生物多様性が脅かされる原因、それが排除できない原因等の問題点を明らかにすることが不可欠である。正確な現況把握とそれに基づく現状認識を欠いては「戦略」とはならず、実効あるものとはならない。

独立した機関を設け、「国家戦略」の立て直しと実効ある点検を~各省庁の個別の施策・事業の羅列が点検結果といえるか

関係省庁連絡会議で生物多様性国家戦略を扱うのでは、開発事業を実施する当事者が自らを点検することになり、客観的な点検は行えない。 実際、この点検結果は、各省庁の個別の施策・事業を羅列しただけとなっており、これら施策は、「国家戦略」の中のどこに位置づけられ、どのような保全目標の元で実施されているのか、そしてどのような成果があったのか、不十分な点はどこなのか等についての具体的な記載がない。これで点検と呼べるのだろうか。 生物多様性国家戦略の運営については、生物多様性保護に取り組むNGOや研究者を構成員に含む、関係省庁連絡会議とは別の独立した機関あるいは委員会を設けて行うべきである。そして点検の結果、生物多様性保護に反している行為については、権限をもって行為の変更等を指導・提言するなど、点検結果が事業や施策に反映される仕組みを作る必要がある。

形だけの意見聴取? 国民の意見を活かすしくみを

国民から聴取した意見は、どのような仕組みで「国家戦略」および各省庁の施策に反映されるのか、その仕組みと過程を明示した方がよい。「参考にする」だけの意見聴取では意味がないばかりか、このような意見を提出しようとする意欲を失わせる原因となる。また、今回意見聴取の期間はわずか1カ月で、広く国民から意見を聴くものとなっていない。意見聴取を形だけのものにするのではなく、全国の国民が点検した結果の意見を、前項で述べた「国家戦略」を運営する機関が受け止め、「国家戦略」および各省庁の事業や施策に反映させることが重要である。

 

2.項目ごとの意見

(1)「国家戦略実施のための指針、指標等の整備、国家戦略の実施に関連する各種計画との連携及び地域レベルの取り組みへの支援と連携」に対して、「ミティゲーション」を開発の免罪符にしてはならない

開発事業実施の際の生物多様性保護の施策として、「ミティゲーション」があげられているが、「ミティゲーション」の位置づけが不適切で、開発の免罪符として使われるおそれがある。

「ミティゲーション」は、本来、環境への影響が予測された場合「回避」することが第一義であり、次善の策として開発の「最小化」がある。しかし、現在開発を進めようとする場合に、「ミティゲーション」を「代償措置」とすり替え、環境保全上問題が指摘されていても代償措置をとるので計画通り開発を行うという、開発推進の道具となりつつある。 「国家戦略」には「ミティゲーション」の本来の意味を記載し、「ミティゲーション」の名を借りて開発を進めることは生物多様性保護に反することを明記する必要がある。

(2)「保護地域の指定及び管理」に対して、自然公園保護地域の地種区分の総点検が必要

国立公園の公園計画の一部変更がなされたというが、多様性保護に向けてどのような変更がなされたのか表記されていないため、地域住民や国民による具体的な点検はできない。自然公園法は創設時の趣旨である自然景観の保護以外に、現在では生物の生育・生息地である多様な自然生態系を保全する役割も担うようになっている。現在の公園保護地域の地種区分が生物多様性保護の目的にあったものになっているのか総点検すべきであり、少なくとも公園計画の見直しの時には再検討をすべきである。

(2)「保護地域の指定及び管理」に対して、国立公園における利用は、保護地域の位置づけにあったものに

保護と共に適正な利用が図られなければならない国立公園では、地域指定のあり方以上に地域内及びその周辺の利用管理が保全上の問題になっている。長野県白馬村の八方尾根(中部山岳国立公園)では、冬季五輪競技との関係をきっかけに日常的な観光・レクリエーション利用のあり方が問題となったばかりである。保護をまず優先すべき場所と、利用と保護のバランスをはかる場所と、それぞれの位置づけに見合った利用管理が必要だが、位置づけと利用の実態があっていないものがあり、早急に適正な管理を行う必要がある。さらに保護地域の管理計画は、地域内だけではなく、連続した自然からなり地域内の利用と連動する場合、周辺地の保護と利用のあり方にも言及すべきである。

(4)「野生動植物の保護管理」に対して、省庁間の協力により二次的自然の保護を

基礎データとしてのレッドリストの見直しや種の保存法における政令指定種の追加はなされているものの、課題とされている普通種を含めた動植物相、群集・群落としての取り組みはなされていないに等しい。貴重・希少種の生育生息環境として、生態系としての生物多様性保護のために対応が急がれることはこれまでにも繰り返し指摘されてきた。原生的な自然と異なり普通種や二次的自然の保護には、省庁間の協力による具体的な保全策が必要だが、この部分に手がつけられていない。 環境庁によってシギ・チドリ類の渡来地目録が作成されたが、諫早干潟・藤前干潟・三番瀬などの掲載地での事業すら、他省庁からの積極的見直し、指導はなされていない。各省庁の施策の上位に位置する国家戦略に基づき、具体的な事例に対して省庁間で協同の取り組みを行うべきである。

(4)「野生動植物の保護管理」に対して、生息地の保全・管理のためには調査・モニター体制を確立することが不可欠

現在、鳥獣保護及び狩猟に関する法律の見直しがなされているが生息地の保護・管理のための調査・モニター体制の強化がなければ、個体数管理も、多様な野生動物の生息環境の保全もあり得ない。人的体制の強化こそ進めるべきである。

(5)「社会資本整備に伴う生物多様性の保全と回復の取り組み」に対して、今の社会資本整備のあり方を見直さない限り、日本から干潟がなくなる

近年、「干潟」は急速に減少している。その理由の43.5%(第4回自然環境保全基礎調査による)が、埋め立てである。埋め立てによる用地確保の目的は、農地であり、港湾施設であり、下水処理場、ゴミ処理場、道路用地等社会資本となる施設である。1998年3月の(財)日本自然保護協会の調査によると、全国の主な干潟のうち、諫早湾や藤前干潟、三番瀬など半数以上が埋め立てや港湾施設などの開発計画で危機にさらされている。これは、限られた国土でまとまった社会資本整備用地を確保するのは年々困難となり、「干潟」を安易に埋め立てることで一時的な用地確保が図られていることを意味する。

このままでは、日本から干潟は消滅してしまう。埋め立て事業とその許認可のあり方、港湾や下水道、道路、農地等まとまった用地を必要とする社会資本の整備のあり方を見直す必要がある。このことを「国家戦略」に具体的に盛り込むべきである。

(6)「農林水産業における生物多様性の構成要素の持続可能な利用」に対して、林野庁の「国有林管理基本計画」への取り組みを評価する

林野庁は、今年11月「国有林管理基本計画」を発表し、国民への公告・縦覧、国民からの意見募集を開始した。この管理基本計画は、課題はあるものの、生物多様性保全などの公益的機能の発揮に対する国民の期待の高まりを受け、国有林の管理方針をこれまでの木材生産重視から森林生態系の保全や国土保全等公益的機能重視に転換するという、国有林野事業を抜本的に改革しようとするもので、その理念は評価できる。

地球規模で環境破壊が進むのをくい止め、生物多様性保護を図るためには、すべての国の事業において、国民の声を聞き、生物多様性保護の視点からこのような抜本的な見直しが図られるべきであり、このような施策が「国家戦略」に具体的に明記されるべきである。

(7)「野外レクリエーション及び環境における生物多様性の構成要素の持続可能な利用」に対して、自然とのふれあいのためには身近な自然を確保することが最優先~施設整備は活動を助ける必要最小限のものに

「自然とのふれあい」という言葉でくくられる活動は多岐にわたるが、生物多様性保護の観点から、自然への影響度が小さく、自然の直接体験度が高く、そして環境学習・環境教育の面から重要な役割を果たす「自然体験」や「自然観察」こそを、重要な自然とのふれあい活動と位置づけるべきである。 〔今後の課題〕に「自然とのふれあいのための施設の整備や…」とあるが、自然との接触度の高い「自然体験」「自然観察」などの自然とのふれあい活動のためには、施設よりも人々が身近で日常的にふれあえる自然を確保することが最優先である。これまで自然とのふれあい活動を促進するとの名の下に、公園やリゾート施設建設などの施設偏重型の施策がしばしば行われ、本来あった自然を改変し、生物多様性を失うといったことが起きている。

「国家戦略」には、自然とのふれあいの場の確保は、原生林など豊かな自然環境はもちろん、特に里やまや、海辺・干潟・河川等の水辺など今ある身近な自然を最大限保全していく必要があることを明記すべきである。そして施設の整備を行う場合は、現存する自然をそのまま活かし、人々のふれあい活動を助ける必要最小限の施設に限るべきである。

(9)「教育及び普及啓発」に対して、すべての省庁の環境教育事業に影響力をもつ専門機関等の設置を

環境学習・環境教育に関するさまざまな取り組みは、これまで市民やNGOの努力で進められてきたにもかかわらず,それを家庭・学校・社会のあらゆる層に効果的に浸透させるための国の支援策は全く不十分である。これら民間の活動を支援する施策、しくみを考える必要がある。

また、各省庁でのさまざまな環境学習・環境教育に関する事業が並列記載されているが、各省庁ともバラバラに行っており,連携がほとんど見られない。例えば,審議会や検討委員会においても同じ人がさまざまな省庁の委員会委員になって同じような発言を繰り返し,非効率的である。同じ文部省でありながら,学校教育と生涯学習などの社会教育の連携はほとんど見られない。

生物多様性保護に関する環境学習や環境教育が現在の経済優先の社会システムや知識偏重の教育のあり方を問い直す意味をもっているものでありながら,各省庁あるいは各部局の現在の枠組みの中でしか環境学習・環境教育が考えられていないことは,現在各省庁・部局が持っている利権(予算や事業の範囲など)を見直してまで「持続的な自然と共存した生活,社会」の実現に向けた本来の環境学習・環境教育が進んでいないことを意味する。

生物多様性保護のために環境学習・環境教育の推進をはかろうというのであれば、これまで生物多様性保護や自然保護教育、環境学習・環境教育に取り組んできたNGOや市民、研究者等の意見を聞き、すべての省庁の環境学習・環境教育に関する事業、施策に影響力を持つ環境教育専門機関あるいは法律,制度等を備える必要がある。

(10)「生物多様性の現状把握、情報基盤の整備及び調査研究」に対して、自然に関するデータの一元的管理と情報の提供が必要

〔今後の課題〕にあるように、「生物多様性保全と持続可能な利用のための施策の基盤」は、科学的データによる日本の自然環境、生物多様性の現状の正確な把握である。自然環境保護と、土地及び生物資源の利用に関して、十分な議論と合意形成を促すためにも、自然環境、生物多様性に関するデータの蓄積と得られたデータの国民への公開が重要である。

しかし、現在、自然環境保全基礎調査、レッドデータ等は環境庁、河川については建設省、海に関しては水産庁、運輸省等と、さまざまな自然に関するデータが各省庁によって分散されて管理されており、データの公開方法等もまちまちである。 また、日本におけるレッドデータブックづくりは、(財)日本自然保護協会等NGOから始まった。その後環境庁、都道府県等でも作成されるようになったが、作ったもののデータが施策に活かされていない現状がある。

例えば、(財)日本自然保護協会の「植物群落レッドデータ・ブック」をはじめとする民間の調査データも含め、自然に関するデータを一元的に管理し、情報提供を行い、そのデータを生物多様性保護のためにどの場面にどのように活用したらよいのかなどを提言できる機関の設置が必要である。その運営には、もちろん生物多様性保護に取り組んできた研究者、NGO等の参加は不可欠である。

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