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「-特集- 秋田駒ヶ岳にイヌワシを追う」 3年間の調査結果報告

1994.04.01
活動報告

 

=月刊『自然保護』No.379(1994年4月号)より転載=


 

3年計画で調査始まる

=調査計画の概要=

リゾート法に基づく開発計画 1990年、秋田県のリゾート重点地区指定とJR東日本によるリゾート開発計画について、1人の野鳥研究家がNACS-Jに相談を持ちかけた。場所は秋田県田沢湖町の秋田駒ヶ岳山麓。この地域は、秋田県が基本構想を立て、1989年3月にリゾート法の承認を受けた「北緯40度シーズナルリゾートあきた」の重点整備地区になっており、JR東日本によるスキー場、ゴルフ場、ホテル等の開発が計画されていた。 また、田沢湖スキー場、田沢湖ミナミスキー場、田沢湖高原スキー場がすでに営業し、岩手県側には新設予定の雫石スキー場計画と、リゾート開発が進む地域でもあった。
秋田駒ヶ岳のイヌワシ ここ秋田駒ヶ岳の山麓にイヌワシの巣があることは、昔から地元では知られていた。秋田駒ヶ岳は、十和田八幡平国立公園の南端に位置し、山麓はブナなどの自然林で覆われている。この山の中腹、田沢湖とその周辺に広がる水田を見渡せる急斜面の岩棚を、イヌワシは子育てに使ってきた。そして、1983年以後この巣から毎年若鳥が巣立っていることが、県の委託によって調査を続けてきた地元のアマチュア研究者によっても確認されていた。
イヌワシにせまる危機 イヌワシは、ノウサギやヘビなどを餌にする山地の食物連鎖の頂点に立つ動物だ。そのため、もともと数は多くなく、繁殖に成功した場合でも普通一つがいで一年に一羽しか巣立たない。その上開発や狩猟によって数が減り、現在日本中に300羽あまりしかいないということが、イヌワシ研究者の集まりである日本イヌワシ研究会によって調べられている。「日本の絶滅のおそれのある野生生物」(環境庁編)で、イヌワシは絶滅危惧種のリストに挙げられている。この報告書は、イヌワシの生存に対する脅威として「営巣近くで道路開通などの人為的行為」「落葉広葉樹林の針葉樹林への樹種変更」「剥製にするため」「送電線と衝突」をあげている。
NACS-Jが調査をするまで 全国的に瀕するイヌワシにとって、毎年営巣に成功している秋田駒ヶ岳は重要な生息地といえる。そこで、イヌワシという種の保護と周辺の良好な自然環境の保全のため、NACS-Jは、1990年8月1日に意見書を提出した。

この意見書でNACS-Jは、JR東日本に対してイヌワシ繁殖地周辺の計画中止を、秋田県・環境庁・文化庁・国土庁に対して同企業への適切な指導を要請した。これを受け、秋田県はイヌワシの生態調査の実施を表明。

しかし調査期間が半年しかないなど、その内容と体制では客観性に乏しい調査になるとの判断から、NACS-Jでは日本イヌワシ研究会と合同で、三年間の独自調査を実施することを決めた。またそれに伴って秋田県も調査機関を3年間に延長するなどの修正を行った。

こうして始まったNACS-Jと日本イヌワシ研究会の調査は、行動圏の把握と内部構造を明らかにする「行動圏調査」、繁殖の活動の継続観察により繁殖状況を把握する「繁殖状況調査」の2つからなっている。

1990年12月から91年12月までの調査結果は、第1回中間報告として1992年10月に発表した。そして今年9月、3年計画の調査を終了し、1992年1月から今年の繁殖期までの調査結果を第2回中間報告として発表した。この概要をご報告したい。

通勤路が判明した

=調査結果リポート=

飛行経路が決まるわけ 1992年の行動圏調査は、1991年に十分に追跡観察できなかった地域にも観察地点を広げて行った。その結果、1992年には全部で189のイヌワシの飛行軌道を記録した。この軌道の最外郭を囲んだ行動圏面積は2万1271ヘクタールになった(図1)。これは、東京の山手線内の面積の約4.2倍にあたる。イヌワシの平均行動圏は、2100~1万1880ヘクタール。また、日本最大の記録は1983年岩手県での2万300ヘクタール以上だったので、このイヌワシの行動圏はこれまでの記録の中では日本最大で極めて広いものといえる。そしてこの行動圏の内部構造はいくつかの要素で構成されていた。これには、営巣中心にしたイヌワシが最も頻繁に行動する地域。大きな移動を行うために上空に昇る旋回上昇地点。そして狩場。さらに、旋回上昇地点と狩場を結ぶ飛行経路がある。一般にイヌワシのような大型の鳥が移動するときは、上昇気流に乗って上空に上がり、そこから遠くへ飛翔して行く。移動に必要な上昇気流がよく発達する場所を、旋回上昇地点という。
狩りで地上に降りているときに外敵が近づいたなどの緊急時以外は、必ずこの地点で上昇して飛翔していくことは、以前から研究者によって知られていた。秋田駒ヶ岳のイヌワシも、営巣地から狩場などへ移動する場合、2カ所の旋回上昇地点を使って遠くへ飛翔し、営巣地へ戻る場合も3つの経路のいずれかを使って高いところから滑翔していた。そして行動圏の中を、いくつかある旋回上昇地点を結ぶように移動していた。主な飛行経路は全部で5つ。これを季節によって使い分けていた。上昇気流は、風向に面した日当たりの良い山の斜面などで生まれる。秋田駒ヶ岳周辺の谷や山などの地形もイヌワシの生息地の重要な要素になっている。またイヌワシには、巣を中心に、見張り、休息、巣材調達、ねぐらなど、外敵の侵入に対してなわばり防衛行動などを行う占有地と呼ばれる地域があることが以前から知られていた。今回の調査で、秋田駒ヶ岳のイヌワシは占有地を含む約800ヘクタールの範囲を非常に高い頻度で利用していた。この中には、営巣地、繁殖期の主要な狩場、頻繁に利用する旋回上昇地点と飛行経路が存在している。この範囲は秋田駒ヶ岳のイヌワシの生活にとって、最も重要な地域と考えられた。
繁殖期には集中する狩場 イヌワシの生息に重要な場所の一つに、餌をとるための狩場がある。1992年に記録した狩場は全部で38カ所だった。ただし非繁殖期の22カ所に対して、繁殖期には比較的営巣地に近い16カ所の狩場に集中するという変化が見られた(図2)。

繁殖期間中、2月中旬の産卵から4月の育雛前期は、メスはほとんど巣に留まって雛の保温や付き添いをしている。したがって雄は、自らの分に加えてヒナと雌にも餌を供給しなければならず、この期間の雄の捕食活動の成否が繁殖の成否に直接関わってくる。

1992年の繁殖期に使われていた狩場は、おもにブナやミズナラなどの夏緑(落葉)広葉樹林だった。葉が落ちている季節は、林内でも見通しがきくので餌をとるのに十分な空間が生まれる。またこのような自然林は、イヌワシの主要な餌となるノウサギやヤマドリの繁殖にも必要な場所といえる。一方、6~12月の非繁殖期には狩場の範囲が広まる。この時期は、広葉樹には葉が茂って、春に使った狩場では比較的餌の発見が難しくなる。そこでヘビなども餌の対象に加えるため、伐採地やスギの植林地、ササ草原など多様な環境を含む広い範囲を行動するようになるからと考えられた。

秋田駒ヶ岳のイヌワシは、1982年の観察以来12年連続して繁殖が確認されている。しかし、1992年の繁殖失敗に続いて1993年も巣立ち直後に幼鳥が保護された。直接の原因は、親鳥が運んでくる餌が減って栄養不良になったためと考えられるが、餌となるノウサギなどの野生動物がもし減少しているのであれば、今後の繁殖への影響も心配される。

行動圏に計画されていたリゾート イヌワシの行動圏をリゾート開発計画地と照らし合わせてみると、リゾート開発はイヌワシの行動圏の中に計画されていたことが分かる(図3)。

「北緯40度シーズナルリゾートあきた」はリゾート法によって承認された開発計画で、秋田県が基本構想を作成している。その構想の中で、スキー場やゴルフ場などの特定施設の整備を特に促進することが適当と認められる重点整備地区が定められている。さらに民間事業者が施設を設置・運営する地域があり、ここではJR東日本が田沢湖リゾート地区(高野地区、黒沢野地区、湖畔地区の三地区)を計画した。 イヌワシの周年の行動圏とリゾートの重点整備地区の重なりは、湖畔地区の四分の一(1991年は約二分の一 )、田沢湖高原地区の全域(1991年は約四分の三)となっていた。

また、その中にあるJR東日本のリゾート計画地区は周年の行動圏に全て重なっており、重要な繁殖期の行動圏にも黒沢地区全域と高野地区の約五部の四が重なっていた。

改めてリゾート計画の見直しを

=考察と提言=

リゾート計画の見直しを 冒頭でご紹介したとおり、NACS-Jは今回の調査を始める前の1990年8月に提出した意見書で、秋田駒ケ岳山麓のJR東日本によるリゾート計画の中止を要望している。さらに調査を詳細に行なった中から第一回中間報告の結果とあわせて、今回、次の二点を指摘した。

一つは、JR東日本によるリゾート建設予定地(黒沢野地区と高野地区)は、「環境の改変を行なうべきではない地域」と考えられる点。

もう一つは、イヌワシが周年頻繁に利用し、繁殖期の狩場として高頻度利用域は「自然環境の質を高め、適切な人間の活動を維持しつつ永続的に保全すべき地域」と考えられるという点だ。

3年間の調査によって、これまで指摘してきたリゾ-ト計画見直しの必要性を、より具体的に裏付ける結果を得られたといえる。この結果はリゾート開発の主体事業主体であるJR東日本と、基本構想を立てた秋田県にも提供した。今後の姿勢が注目されるところである。

一方イヌワシは、営巣地の近くでありながら八ツ木山の北側には1~3月の間ほとんど飛行しなかった。これは、ここに既設のスキー場(田沢湖ミナミスキー場)があるためと考えられる。

そこでイヌワシがもっとも神経質になる巣のつくり始めから雛を育てる1~4月の間は、山頂周辺にスキーヤーなどの多数の人間が立ち入らない。スキー場関連施設の大音響を響かせないなどの配慮も必要と考えられる。また、岩手県側の「雫石・国見地区スキーリゾート計画」の予定地内でも補食行動を記録した。今回の調査報告は、今後同様な問題が起きている大規模リゾート開発での、自然環境保全のしかたの基本資料となることを目指している。

絶滅に瀕するイヌワシを守る 今回の繁殖状況調査で、大規模なリゾート開発が始まっていない現在でも、イヌワシの繁殖状況が悪化していることがわかった。開発の見直しだけでなく早急な保護の手だても必要といえる。

現在、イヌワシ営巣地の周辺約502ヘクタールが秋田県の「十丈の滝鳥獣保護区」に指定されている。これは高頻度利用域の約7割ではあるものの周年の行動圏からみればごく一部でしかない。また、鳥獣保護区は狩猟行為を制限する制度で、生息環境を積極的に保護する役割は期待できない。

一方、1993年4月に施行された「絶滅のおそれのある野生動植物の主の保存に関する法律」(以下、種の保存法)によって、イヌワシは国内希少野生動植物に指定された。これによりイヌワシの捕獲・殺傷・売買などが原則的に禁止されるようになった。ただし、これは従来の法律でも禁止されていたことがらだ。

そこで保護部では、種の保存法で必要に応じて指定できることになっている生息地等保護区の制度を。秋田県駒ケ岳に適用するよう、秋田県および環境庁などに働きかけを始めたいと考えている。種の保存法によって十分な面積をイヌワシの生息環境として確保できれば、他の対象種への運用にも期待が持てることになるからだ。

最後に、この長期におよぶ調査を支えてくださった、NACS-J会員はじめ多くの方々に深く感謝したい。調査の財源は、皆さんからのご寄付である「野生動物保護基金」と、プロ・ナトゥーラの寄付金を運用したプロ・ナトゥーラ・ファンド(1991、1992年度助成)によって賄われた。記録用フイルムは(株)コニカ、観察用のテントやブラインドは(株)エバニューから寄贈していただいた。3年間に集めたすべてのデータは、現在作成中の最終報告書に掲載する。NACS-Jではこの調査結果をもとに今後とも野生動物の保護を具体的に働きかけ
たいと考えている。

(編集部)


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