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西表島の生態系保全

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1990.06.01

「貴重なコウモリの洞穴にせまる開発計画」

会報『自然保護』No.337(1990年6月号)より転載



沖縄県西表島の洞穴にくらす1万7000頭のコウモリたち

イリオモテヤマネコで知られる沖縄県西表島

イリオモテヤマネコの島として知られる沖縄県西表島には大変貴重なコウモリ類が生息している。私が初めてこの島のコウモリに出会ったのは沖縄復帰の頃である。それから 10数年後、やっと2回分の調査費援助を文部省から受け、これをきっかけに、この地のコウモリの生態研究を始めて6年になる。

その中の2種、カグラコウモリとイリオモテキクガシラコウモリの生態と保護の必要性をコウモリ学者の立場から説明させていただきたい。

1万7000頭のカグラコウモリが生息する洞穴    

まずカグラコウモリの話から始めよう。カグラコウモリは典型的な熱帯系のコウモリで、国内ではこの八重山諸島(石垣島、西表島、波照間島など)にしか分布していない。しかし、石垣島においては後にも述べるように激減し、波照間島ではほとんど見ることができなくなってしまっている。

この地はカグラコウモリ科の全種にとっても、突出した分布の北限地にあたっている。カグラコウモリ科のこの種は、台湾には分布せず、亜種にあたるものが、はるかに離れたマレー半島基部(タイ南部)に生息している。飛翔能力や習性からいって、これだけ遠方への渡りはありえない。つまりカグラコウモリは、この地が大陸と地続きだったことを示す貴重な動物種といえ、生物地理学でいういわゆる遺存種にあたるのである。

50種近いカグラコウモリ類の分布は、旧世界の熱帯・亜熱帯地域に限られるためにわずかに2種(アフリカ産1種、インド産1種)の研究しか報告されていない。 私がこれまで行ってきた調査からもいくつかの新事実が発見された。

まず、カグラコウモリのような熱帯型のコウモリでは、休み場にあたる洞穴(ルースト)において均等に分布して休んでいるのが見られる。この規則的な分布型は個体どうしの繊細な威嚇・攻撃行動によって形成されることがわかった。攻撃行動自体も密集型コロニーしか作らない温帯のコウモリでは見られない珍しいものである。西表島の東部にある大富第一洞には、このカグラコウモリ1万7000頭(1984年、下謝名による)からな成る大コロニーがある。西表島内での石灰岩の分布は限られ、他に大洞穴はないので、これが国内唯一、最大規模のコロニーだといえ、熱帯域のものにひけをとらない規模である。

また、カグラコウモリの子育ての様式も大変ユニークである。大半のコウモリ類同様、年に1度のお産に1頭の子しか産まれないため、子は大切に育てられる。幼獣は母コウモリが採餌のために洞穴を出る間だけ、洞穴の天井に残されるが、あとは母コウモリの胸腹部に抱かれて育てられる。抱いたままの移動も日常的に見られ、一晩の間に3度も子を運び、置き場所を変えた母の例もある。成長に関する資料からは、長期にわたる出産期間やゆるやかな成長速度など、温帯産で親戚筋にあたるキクガシラコウモリと比べると、大変異なる特徴が見られる。このような様式は冬眠を行う温帯の種では決して採用できないものである。さらにラジオテレメトリー追跡法からは、カグラコウモリが毎夜、決まった採餌基地や採餌園を持ち、待ち伏せ型の狩りを行うことが明らかになった。狩りの獲物は大型の甲虫や蛾、ゴキブリなどで、体重の3分の1にあたる量を一晩に狩るのである。

世界中で西表島だけに生息するイリオモテキクガシラコウモリ      

一方、イリオモテキクガシラコウモリは、1980年に新種として報告された小型種で、世界中で唯一、この島にしかいない固有種となっている。もっとも近縁な種は、マレー半島西方海上のアンダマン諸島に分布するアンダマンキクガシラコウモリである。こちらもカグラコウモリ同様、遺存種である。イリオモテキクガシラコウモリはカグラコウモリとは対照的な密集型のコロニーを形成する。西表島の大富大二洞には毎年、数千頭から1万頭規模の大哺育集団が形成され、集団加温効果を利用した哺育が行われる。新生仔期には、採餌から戻った母コウモリが長時間かかって大幼獣塊の中の自分の子を探し出すのが観察されている。この識別のしくみも興味深いものである。そのほか、生態の詳細は紙面の都合で割愛させていただくことにする。

洞穴にせまる開発計画    

さて、このように学術上貴重なコウモリの哺育洞穴に関連して、たいへん困ったことが同島に持ち上がった。それは、大富地区農業基盤整備事業の次の予定地が大富洞に達することである。哺育洞穴の大切さはそれがコウモリにとって唯一安全な聖域という意味で他の哺乳類にとって巣以上のものがある。本土域でも洞口付近のわずかな環境変化によって多くの哺育コロニーが消失しており、以後回復した例はない。

開発が西表島より早くからしかも著しく進んだ石垣島では、コウモリは本土復帰の頃と比べると少なくとも100分の1以下に減少し、絶滅に数年はかからないように思われる。100分の1という計算では、現在2万頭近い規模の西表島といえども2000頭弱となり安心という訳には行かない。

前述のように、これらのコウモリはきわめて少産で、また集団性が強いため2000頭を切ると絶滅への歩みを早めるといわれている。実際、2200頭のイギリスのキクガシラコウモリは過去10年にわたる厳重な保護にもかかわらず確実に減り続けている。

石垣島の数まで減るには時間があるという反論のあるであろう。しかしながら哺育集団が1カ所に集中していなかった石垣島の年数はそのまま西表島にあてはまる訳ではない。開発計画には貴重な2種のコウモリの主要な哺育洞穴のかく乱に加え、採餌縄張りを持つコウモリの採餌場にあたる藪や林の広い伐採も含むのでこれらの相乗的な被害は図り知れない。

西表島では西部にもまた大リゾート計画が持ち上がっている。実はこの地域は私の主な調査地にあたっている。国有林内(境界区)にある旧日本軍の人工洞は、小規模な哺育洞穴になっている。20年近く生きると予測されるこの2種のコウモリの寿命や、まだ未知の部分が多い詳しい生態資料を得るために、10年計画の個体標識調査を始めてやっと4年目を迎える。

これらのコウモリは、人間と縁が薄く目立たないために、学術上の価値が高いにもかかわらず十分に保護されていない。せめて1~2万頭の個体数が維持されている現時点で現状維持の保護策をとっていただけるよう関係機関に強くお願いしたい。

松村澄子

(まつむら すみこ・山口大学医療技術短期大学部)

 

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