取材・文 市川ゆかり イラスト・さげさかのりこ
取材協力(方言校正含む):関兵次、関孚、林正弘、法師温泉長寿館/岡村興太郎、川古温泉浜屋旅館/林泉、赤谷プロジェクト地域協議会/松井睦子(以上、敬称略)
俺が若いとき、どんな仕事してたかって? なんでもやったよ。ここいらは昔っから街道沿いの宿場町で、温泉宿が多いだろ。で、温泉宿に勤めてた時期もあったし、山に入って木を切ったり、その木を山から出したりする仕事も長かったな。今みてえなチェーンソーも重機も、車だってねえころだから、ノコとマサカリしょって、歩って山に登ってたよ。
炭焼きも猟もやったよ。そんな大昔じゃねえよ、昭和30年代。そのころはろくな食いもんがねえから、ウサギだの山鳥だのは貴重なタンパク源だ。米だって年に数回しか食えなかったんだもん。ふだんは麦とかヒエの飯。麦や野菜なんかは自分ちでつくって、ほんとの自給自足だよ。食うもんを店で買うなんて、余裕のある家じゃなきゃできなかった。
だけど、そのころはいっぱいいたんさ。ノウサギなんて、猟友会で1日40羽捕ったことあるもん。夏は川で魚捕り。イワナに鮎にウナギ、全部天然ものがいたんさ。鮭だって、今の相俣ダムのあたりまでのぼってきたっぺ。春は山菜、秋はキノコ採り。キノコもしょいきれねえほど持って帰ってきてた。サルナシやヤマナシの実も、うまいんだよ。山のもんで食えねえもんって、ねえんじゃねえの。カエルだって蛇だって食える。マムシなんか、このへんじゃ昔っから薬代わりだ。
今は全然だよな。ノウサギ、1日探しても2羽くらいか。魚も減ったし、キノコも減った。山に杉をやたらと植えちまったからな。杉林は暗いし、餌になるもんがないから、生きものもいねえ。川も変わった。今、川に虫がすまないんだもん。川の石にコケがついてないんだから、魚なんて増えるわきゃない。川にすむもんがいないから、それを食べてた動物もいなくなる。がっくり少なくなったね。
昔は秋になると山で細い枯れ枝拾ってきて、囲炉裏やなんかで燃してた。ボヤって言って、大事な熱源、暖房源だった。だから昔は山に枯れ枝が落ちてなかったんさ。今は枯れ枝がいっぱいでしょ。あれもキノコにはよくねえやね。
だけど今、ここらじゃ「AKAYAプロジェクト」てんで、杉やカラマツの人工林を切って、あと植林しないでほっとくと広葉樹が生えてくるよっつう実験したり、ダムを取っ払って川の魚が行き来できるようにしたり、いろいろやってんだよ。要はまた山を太らせようって話だ。このへんは、ちょっと前にダム計画やスキー場計画が止まって山を守れたとこだから、どうせならもっと山が回復するといいよな。せっかくいい温泉も残ったわけだし、よそから来る人にも、ほんとに豊かな山ってもんを見せてやりてえよ。
山は楽しみだよ。木こりも狩猟も炭焼きも、ま、大変だけど、おもしれえんだよ。山菜採りやキノコ採りなんて、半分遊びみてえなもんさ。そういう楽しみは子どもにも教えといてやるといいよね。こっちが山との付き合い方を心得て、妙ないじめ方をしなけりゃあ、山の恵みは永遠に続くもんだからな。




