取材・文 保屋野初子 イラスト・さげさかのりこ
地元の多くの方々への取材をもとに構成した。
山の神さまー お願いだぁー
どうでもこうでも お願いだぁ~
木遣りがこう鳴くときゃ難所だで。曳き子は、「こーれは さんのう えー」と歌って綱を曳くだ。動いたら「ヨイッサー オイッサー ヨイッサー オイッサー・・・・・・」って、みんなで声を合わせて進めるだけ前へ進む。なかなか動かなんだのが動いたときは、「あ、俺が動かした」ってみんなが思うだよ。
山出しの朝は早いでなあ。4時か5時に町を出て2時間くれえ歩いて棚木場まで登るさ。前の年に東俣の山で伐っといた御柱が8本、きれいに皮剥いて元綱付けて並べてあるだ。区で曳く柱が決まってるで、1本ずつ安全祈願の神事やって順に曳き出すだよ。山ん中の道行くと、脇を流れてる東俣川が霧ケ峰の七島八島(*1)の雪どけ水で、そりゃあきれいだ。とうとうと流れて水の音もにぎやかだしなあ。止まったときに鳥のさえずりや山の音も聴こえて気持ちいいだよ。
東俣はいい山だでー。御柱にできる百年、二百年の太いモミがあるだ。なんしろお宮に建てて神様に降りて来てもらう木だ、立派でねえといけね。藩の山だった時分から大体ここで伐ってるっつうが、地元の衆が山を手入れして使ってもいた宝の山だっただ。モミは高く伸びて倒れやすいで、周りにいろいろな木を生やして強い山にしてたそうだ。戦後は営林署(*2)がカラマツとヒノキの山に変えちまったが、モミは伐らなんでくれっつうことで残って、今は「御柱の森づくり」で町の衆が苗を植えたり鹿ネット張って世話するようになっただよ。
木落としかい? そりゃ緊張するずら。死人が出たこともあっただが、今は落とすまで慎重だわ。御柱の前の方の綱と後ろの綱がぴーんとなって柱の頭が坂の上に相当出てちょうどっつうときに、後ろの綱を斧で切るだ。荒くれ男どもが乗った御柱が一気に坂を落ちるで、そこんとこへ若い衆が俺が俺がと乗っちゃあ落とされてまた乗って。それが天下の「木落とし」さあ。みんなが無事だと分かるとほっとするわい。そっからまた立て直して残りを曳くだが、曳き子と観客が和気あいあいと一緒に歩くだ。山出しの終点の注連掛に着くのはたいがい夕方か夜だな。元綱衆や梃子衆は2日も3日も重労働で、そらあごしてえ(疲れる)ずら。5月の里曳きまでひと月、御柱はそこでひと休みだ。
里曳きにゃ、大名行列やら長持ち行列が出て江戸絵巻のようだよ。だが主役はなんつっても御柱だで、春宮と秋宮の四隅に8本建てる建御柱が見ものだ。まっすぐ建った御柱に男衆が鈴なりになってな。山からそこまで2年もかけて氏子が苦労して準備してきただから感無量さあ。みんな仕事もあるだで、えれえことだ。だが、そうやって千年くれえ続いてきただでやめるわけにもいかね。御柱がなくなったら諏訪の平(すわのたいら)に神様が来てくれねえ、地域もまとまらねえずら。それで東俣のダム計画も止まっただかって? そうだない、御柱の力だったんかもしれねえな……。
*1 高層湿原の八島ヶ原湿原のこと
*2 現在の森林管理署




