取材・文 保屋野初子 イラスト・さげさかのりこ
取材協力(方言校正含む):農事組合ヒューマンライフ土佐/片岡継雄、高知県産業振興推進部/小野田勝、高知県立牧野植物園/岡田稔、株式会社ツムラ/歌川博幸、越知町(以上、敬称略)
向こうの中腹に見える黄色いのはみなサイコの畑や。ミシマサイコと言うてな、風邪薬や認知症に処方する漢方の薬草を農家が栽培しゆう。あの山のすぐ下には仁淀川がくねっと流れよって霧が立つし、日当たりも風も良うてサイコがよう育つ。12月には根を掘り出すのよ。こっち側ではな、山を買うて組合(農事組合ヒューマンライフ土佐)の生薬畑にした。サンショウ、クチナシ、トウキ、トチュウ、ツリバリカズラ、クヌギ、マダケ、ダイダイ、コメ、茶……そうよのう、今20種類くらいを栽培開発しゆう。
サイコは始めてもう25~26年になるぞ。最初は(株)ツムラが「ミシマサイコをつくってみませんか」と役場に言うてきたのを、試しに1反歩(10a)つくって、収穫は1㎏くらいやったろかね。栽培方法は手探りよ。だんだん収量上がってきて今は平均40㎏くらいよ。栽培農家も250軒くらいになって、組合から年間12~13トン、種も同じくらい出荷しゆう。ツムラが買い取ってくれるが、薬だから特に、農薬にも品質にも厳しいな。
いま力入れとるのがサンショウ。いろいろ勉強に行って、だいたい栽培方法ができたから、これから作付がどんどん増えていくろう。以前のみかん農家の接ぎ木技術が生きた。フユサンショウを台木にブドウサンショウを接ぎ木すると樹勢がようなって立派な実が数多くつくわけよ。今年は新たにお米もお茶も出荷した。これも漢方薬になるそうや。生薬は昔は野生のものやったけど、今はみな栽培ものよ。日本の漢方薬の大半が中国産だけれど、顔の見える国産需要も増えていてとても足りんから、四国のほかの所へもつくり方を教えに行きゆうよ。
昔から土佐にはいろいろな薬草が自生していたと江戸時代の記録からも分かる。牧野富太郎博士はここの横倉山を調査して植物学を立てた。4000種近くもあるとな。土佐っちゅう所は太平洋から四国山脈まで一気に1000m以上もせり上がって、低い所、高い所で生える種類が違うちゅうからよ。組合で今つくりゆう薬木の森は仙人が住むような1000m近い斜面だが、杉、檜を伐採して6年ほど経つが自生の樹種が自然に生えてきた。クヌギは子どものカブトムシ捕りに、サンシュの実は鳥の餌に残してあるがの。いろんな木や草があるから虫も鳥も人も集まってくるのよ。
いま組合の畑と山は5カ所。ツムラがこれもあれも試してと言うてくるんで、荒れた山を買い足しては薬草・薬木をあれこれ植えて楽しんどる。サイコ農家も連作障害にならんようショウガや何かと輪作しとるから、畑にはいろんなもんが植わっちゅうよ。みんなまじめにつくりゆう。昔、棚田だったのを段々畑にして今も9割方はつくりゆうで。ようけ穫る農家はようけ稼いで子どもを太らせとる。生薬は軽くて高齢者でも扱いやすくて利益もいいから跡継ぎもできとる。一番大事なことはな、みなが共鳴し合って、いいものを出すんじゃ、ここでみんなで生きていこうやと一つの心になることよ。




