くらしと自然のつながり再発見!

自然の恵み・インタビュー 小鶴隆一郎 さん

川辺川の「朝どれの鮎」は、
築地で一番高い、最高級の鮎です。

川辺川と球磨川本流の合流より数キロメートル上流。岸辺に小鶴さんの木製舟が係留

小鶴:ここが私の漁場です。この舟着き場あたりから上流数百メートルが、私の刺し網漁場なんです。

--漁師さんごとに漁場が決まっているのですか。

小鶴:それとなく。刺し網漁はふつう、夜8時ごろから川に出て網を張って夜のうちに獲って翌朝売る。だが、鮎は死んでから時間がたてば味が悪くなります。私のはもう一ランク上の鮎です。早朝3時ごろから網を入れて、朝5時ごろ揚げる、網にかかった鮎は生きている。すばやく鮎を網からはずして、生きたまま氷水を詰めた発砲スチロール箱に入れて〆るのです。その生鮎は「朝どれの鮎」と言って、築地(市場)で一番高い値が付く。最高級の鮎なんです。

--朝どれの鮎は築地でどのくらいの値が付くんですか。

川辺川産の鮎
(写真提供:川辺川を守りたい女性たちの会)

小鶴:キロあたり1万円くらい。若鮎サイズだと10匹くらい。築地でそのくらいするっていうことは、お客さんの前に出て行くときにはだいたい2万円くらいが相場なので、高級料亭じゃないと食べられない。天然鮎はコケを食べるのですが、コケを食べるときに砂とか混じっているんで、食べるとじゃりっとなる。でも、朝どれ鮎は口の中で全然じゃりっと来ないんですよ。夜のうちに消化するんです。だから、腹までぜんぶ食べられます。今ぐらい(6月ごろ)の若い鮎はおいしかですよ。8月ごろの鮎もそれなりにおいしかです。

--その朝どれの鮎を小鶴さんはどこに持って行くんですか。

小鶴:一番高く買ってくれる鮎問屋です。そこが安定的に買ってくれるかどうかが一番大事です。鮎は獲れる時いっぺんに獲れる。私は自分が漁師だが、ほかの漁師が持ち込む鮎を引き取って卸し問屋に渡す仲買もやっているんです。今年の解禁初日は、全部で80キロくらい持ち込まれたうち10キロくらい(漁師に)戻したけん、最終的に70キロでした。(戻した理由は)鮎だけかかればいいけどいろんな魚もかかるけ、外すのにも時間かかるでしょ。朝どれといえども網にかかった状態で死ぬのが出て、そのまま氷に漬けておくとだれてくるんですよ。ふやけてくる。それは味も違うでしょ。そういうのは問屋さんに「うちではちょっと高値では買えません。あんたとこの近くで売んなればよか」と返されてしまうから。地元で消化するぶんには十分な鮎ですよ。ただ、築地市場のきつい目で見られるときには鮮度などで値段も全然違うんですよ。で、一回おかしかとこがあればレッテルを張られるから、問屋さんも私もものすごく気を遣うがです。

--小鶴さんのところで選別されて、問屋でまたより分けられて、それだけの品質を保つということなんですね。すると地元の人は高級鮎は食べられないということですね。

小鶴:自分も食べられんとですよ、そりゃ(笑)。一匹で刺身の上等なのを買えるとなればね。

--小鶴さんは鮎漁師歴何年になりますか。何が一番おもしろいですか。

小鶴:昭和56年(1981年)からですと30年までなってないですね。解禁日になると、どうしたってわくわくするんですね。今年はどうだろな、って。始めた頃は、獲れた時にお客さんに配るのが楽しみでしたね。すると喜んでうちの電気製品をいっぱい買ってくれるんですよ。鮎で電気製品ば釣りよる。いや、(鮎を)買ってくれるところはなかったけんね。お客さんがほしいと言ったときには安くね、まけてやって。鮎とりを始めたのは(プロの川漁師)吉村勝徳さんが隣で網屋さんを始められたんですよね。私が32、33歳のとき。隣が網屋ば始めなったでそんなら魚も獲らんばんたい、ということで、網ば一つ買って。

--どういう漁ですか。

小鶴:投網(とあみ)です。夜、川へ行って投げ網して。でも、全然獲れんとです。小さな鮎を3匹くらい獲ってきてね、「鮎だー」と言って焼いて食べたことがあります。昔は、鮎てあんまりおいしくないと思っていたんです。今から思うと、みんな水の中で死んだ鮎ばもらったり買ったりするわけです。だからおいしくない鮎なんです。それが、隣に吉村さんが来て、そこからお袋が買ったのを焼いてくれるわけですよ。それば食べてみて、「おお、鮎って、こんなものか!」って思った。それで、自分でも網買ってやっていくうちに、どんどん上手になっていったんです。当時の球磨川漁協の組合長がうちの電気屋のお客さんだったもんだから、鮎とりのことを何でも教えてくれるんです。教えてもらわんと獲れんですよね。その人の勧めで組合員にもなったんです。昭和59年かな。当時の組合員はだいたいが、昔から鮎漁に親しんだ人だけでしたね。

--鮎の獲り方にはどんな方法があるんですか。

小鶴:刺し網、投網、友釣りと、落ち鮎の時期には瀬付きガックリ掛けという産卵鮎を針で引っ掛けるやり方。落ち鮎とりは10月1日が解禁日です。地元の漁師は友釣りは少なかですよ。友釣りだと鮎に傷が付いて傷ものだと言われるから。一番獲れたのは、平成7、8年(1995、96年)くらいやろかな。ほとんど川辺川ですが、とにかくその年は鮎漁が全然できなかったですよ。今と別のところが私の漁場だったんですが、10月3日だったですね、水ががんと出ていた。で、川の中にちょっとした沼みたいにできたもんですから、そこに網ばぱーんと入れたんですよ。して、ぱっと見た途端、網が濁りで真っ白なっとったですよ。イダかなんかかかったかなと思ったら、それ全部鮎ですよ。とにかくですね、夜の11時とか12時くらいまでやって、一晩で20キロくらい獲れた。それまでずーっと獲れなかったんですよ、雨で水が多くて。今年はもうどうなるかわらないと言っていた最後のとき、10月に入って水が減ったです。そしたら一気に鮎が出てきたわけですよ。そう、そこが産卵場になったんです。漁協には「人工孵化用の種鮎・親鮎として獲ってください」と言って。あの時にはとにかくびっくりしたですね。

--いい鮎、大きくておいしい鮎に育つには川にどういう条件が必要ですか。

小鶴:やっぱ水がきれいで、西瓜より大きいくらいの「ごろた石」がごろごろとあるところが、餌の付きがいいですね。水がきれいだと陽が当りやすいので苔が付きやすい。鮎が食んだ後は石の表面が真っ黒になるんですが、それを見るときれいかなーと思うですね。そこにまた苔が生えてきとるです。(注:鮎が珪藻類を一回食んだ後には藍藻類が生えることが多く、その栄養価が高く鮎の成長率を高めるという。最初から生えている藍藻類と、珪藻類の後に生えてくる藍藻類とは栄養価が違い、後者の藍藻類があるところに大きな鮎がいるといわれる。つまり、最初の珪藻類を食べた鮎が釣られたりしていなくなり、その後に入ってくる鮎が藍藻類を食べて大きく成長する。)

--もし川辺川にダムができたら、何が一番心配ですか。

小鶴:川に水が無くなるんです。川辺川の清流が、球磨川本流のごとなりますからね。それだと、鮎はああいう値段はせん。もう全然だめになるなとしか思わないです。僕のおふくろの実家が球磨川の上流の方で、小さい頃、ダムができる前には、そこでよう泳ぎよったです。それはきれーいだったですよ。市房ダムができた(昭和35年=1960年)時は小学校5年生くらいかな。小学校3年の時に「市房ダム見学」いうてつくりよるところば見に行ったことばあります。まあ、そのときは球磨川の水もものすごくきれいだった。その後、本当に川がいかんなったなと思ったのは中学生の時です。川藻が生えるようになった。その頃ちょうど免田方面で赤痢が流行ったんです。そういう川で泳いだりなんだりしたんでしょうかね。それで遊泳禁止になったんですよね。えらい騒動だったですよ。

川辺川(左)と球磨川本流の合流点

--市房ダムができて数年後ということになりますね。

小鶴:それと、僕が中学2年の時に大水害が始まるんです。昭和38年、1963年から。そのとき、(川辺川上流の)五木村にあった親父の実家が全部流れてしまったんですね。おばあさんも、おばさんも、いとこも死んじゃった。何人も死んだ。土砂災害です。国の山ば伐るために、上に林道が通ったんです。林道から崩れとったんです、どーんと。林道をつくりよったから崩れた、けしからんなと思いよったですよね。それまでは、林道は上のほうには全然つくらんかったから、うちの前を歩いて吊り橋を通って、木を伐りに行かんばんだったんですよ。それが車が行けるよにはなったということですね。その頃は、木を伐るためには仕方がないと。何をされても何も言わない時代ですから。

--市房ダムができた後の球磨川については、いろいろと気づいていましたか。

小鶴:その後も、市房ダムがあっても水害は続いたものですから、結局ダムがあったっちゃ、やっぱ水害はあるとばいなと思うたです。高校生の頃は雨もよう降ったけど、とにかく洪水、洪水でですね。学校は休みになりますけども、危なかもんですから魚も獲りに行かんとですよ。

--川辺川ダムは幸いできないでいますが、川の状況はいま、どうなっていますか。

小鶴:最近、川辺川でも浮石がすごく少なくなってるんです。昔は、そういう石をひっくり返したらヒラタカゲロウがぺたっとたくさん付いていたんですが。そういう川虫は珪藻を餌にしているわけだから、珪藻が豊富だということは鮎にいい場所ということですね。ところが2005年の14号台風の時、砂防堰堤とか山腹崩壊で、多量の土砂が流れ出し、その崩壊した土砂が五家の莊(五木村の上流の集落)の朴ノ木砂防ダムにたまり、川辺川の長期濁水が始まった。その2年後の7月の出水で、五木築切の堰堤が崩壊、その下の瀬も淵も全部砂利で埋まってしまったんです。翌年、今度は、九州電力の板木の堰堤が崩壊して川は砂利で覆い尽くされてしまい魚がおらんようになった(砂利と言っても泥砂を含んでおりコケなど付かない)。いったん川が埋まってしまうと、一回大水が出たくらいではきれいにならないんですよ。

--いくら川の中に堰をつくっても、山の状態が悪くて崩壊してしまえば、川の状態は一気に悪くなるということなのですね。

(2009年6月21日相良村にてインタビュー/聞き手 保屋野初子)

おいしい鮎を食べて川を守ろう!~尺鮎トラスト

姿・味・香りと三拍子そろった川辺川・球磨川産の天然鮎は、「尺鮎トラスト」のウエブサイトで購入することができます。

「尺鮎トラスト」は、川辺川に持ち上がったダム計画で、国が提示した16億円の漁業補償案を聞いた「川辺川を守りたい女性たちの会」の皆さんが、「川を売らないで! 私たちが鮎を買って支援しますから」とはじめた運動です。ウェブサイトでは天然鮎のほか、うるか(鮎の卵や内臓を塩漬けしたもの)、鮎の甘露煮なども取り扱っています。ぜひ一度、立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

鮎トラスト ウェブサイトはこちら

熊本県の球磨川と川辺川

球磨川(くまがわ)は、熊本県南部を流れ八代海(不知火海)に注ぐ一級河川で、球磨川水系の本流です(長さは約115km)。
川辺川は球磨川の最大の支流で、熊本県南部の人吉盆地で本流に合流します。球磨川には源流近くに市房ダム、下流に瀬戸石ダム、荒瀬ダムと3つのダムがあります。清流で名高い川辺川にも1966年にダム建設計画が持ち上がりましたが、地元漁協はじめ流域住民の粘り強い反対運動の結果、08年9月、蒲島郁夫熊本県知事が計画の白紙撤回を表明。ダム建設は中止となる可能性が高まってきています。09年現在は、球磨川下流にある荒瀬ダム撤去問題が大きな焦点です。

小鶴 隆一郎 さん

(こづるりゅういちろう)/球磨川漁業協同組合下球磨部会長・理事。

川辺川・球磨川流域で生まれ育ち川漁師歴は28年。下球磨・芦北川漁師組合長を勤めた2001年3月、漁民有志で原告団を結成し国交省による川辺川ダム事業認定取消訴訟、いわゆる「尺鮎裁判」を提訴した。

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